[完]聖女の真実と偽りの冠

さち姫

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ルクレド王国へ~レティシア目線~

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ルクレドへの旅路は、想像していたよりも過酷だった。

峠を越え、岩だらけの道を進み、時に道なき道を馬車で行く。

霧の多いエルサリオとは打って変わって、乾いた風と強い陽射しが容赦なく降り注ぐ大地。

砂塵が舞い、肌に纏わりつく汗が衣を重たくする。

そんな中カリオンの姿は、ひときわ異彩を放っていた。

「ガイル、足の具合はどうだ? 昨日、左足を庇っていたように見えたが、今はどうだ?」

「い、いえ、殿下平気です! お構いなく!」

「構うなと言われて構えるか。傷は放っておくと長く残る。夜営地に着いたら医師に見せてくれ」

そう言って、彼は迷いなく、自らの水筒を兵士に差し出した。

「・・・殿下、それは・・・」

「私は馬車に戻れば水もある。お前たちは外に立ち続けている。だから飲め」

兵士は頭を下げ、震える手で水筒を受け取った。

その光景を、私は少し離れた場所からそっと見ていた。

王子としてではなく、ひとりの人として、民に寄り添う。

言葉だけではなく、行動で示す彼の姿が、胸に焼きつく。

その夜、焚き火の灯りがぽつりぽつりと灯る中、私は薪をくべながら、つい口に出していた。

「・・・兵士たちは、殿下に深く敬意を抱いているのですね」

「・・・え?」

カリオンは、焚き火越しに私を見つめ、柔らかく微笑んだ。

「そう、見えましたか?」

「はい。あなたが、ただ命令を下すのではなく、心を尽くして接しているから自然と、皆がついてくるのでしょう」

彼は少し驚いたように目を瞬かせ、それから焚き火の炎を見つめながら、静かに語り出した。

「王子というのは、誰よりも遠くにいる存在であるべきだと、子供の頃から言われてきました。だが、僕はそれが怖かった」

「怖かった?」

「“遠くにいる王子”が、民の声を忘れてしまうのではないかと。父も、かつては民思いの王でした。でも、飢饉や戦の報せが増えるにつれ、神託と儀礼に縋るようになった」

「・・・」

「僕は違う在り方を選びたかった。民の声を、涙を、怒りを、嘆きを耳を塞がず受け止めたいと、そう思ったんです」

焚き火の光が彼の横顔を照らす。

強さと、優しさと、痛みを隠さず語るその姿に、私はまた少し、心が動いていた。

「貴方の言葉を聞くたびに、私は自分がどれだけ“神の声”に縛られていたかを思い知らされます」

「それは、あなたが真摯だからです。だから、民が今も聖女レティシアを求める」

「でも私は、アリシアのようにはなりたくない。神託を盾に、他者の心を踏みにじるような・・・そんな聖女には」

「ならば、あなたはもう違いますよ。あなたは、ちゃんと“レティシア”として在ってくださっている」

彼のその言葉に、心の奥が静かに震えた。

神の声だけでなく、誰かの温かい言葉が、私の存在を肯定してくれたのは、初めてだったかもしれない。

私は火に手をかざしながら、小さく呟いた。

「・・・変ですね。旅の途中なのに、心が少し、軽くなったような気がします」

カリオンがふっと笑う。

「僕も同じです。あなたと共にこの旅路を歩めることが、どこか、嬉しい」

顔を上げたその瞳は、静かで、優しく、どこまでもまっすぐだった。

私はその視線から目を逸らせずにいた。

レティシアとして、聖女として、そして一人の人間として。

この旅の中で、私は確かに、自分の気持ちにも正直になれるようになっていた。

そして、少しずつ、あの瑠璃の瞳に惹かれていく心を、私は止められずにいた。

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