[完]聖女の真実と偽りの冠

さち姫

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ルクレド王国ヘ2~レティシア目線~

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馬車の揺れに身を任せ、私はカリオンの隣で静かに口を開いた。

「この国の疲弊は、長い年月の中で様々な要因が絡んでいるのでしょうね」

カリオンは静かに息をつき、視線を遠くに向けた。

「実は・・・私だけが知ることが許された秘密があります」

私は顔を向けた。彼の言葉に重みがあった。

「かつての聖女セレナが神託を受けたとされるが、あの神託は本物ではありませんでした。国の威信を守るため、外に知られてはならない真実として隠蔽されてきたのです」

彼の瞳には揺らぎがありながらも、強い決意が宿っていた。

「その偽りの神託が、この国を誤った道へと導き、飢饉と疫病を招いた。神殿も真実を封じ、誰も口にしようとしなかった」

私は静かに息を飲んだ。そんな秘密を初めて聞く。

「カリオン殿下どうしてあなたがそのことを?」

彼は私の手を握り、熱く語った。

「王太子として、民の苦しみを目の当たりにしてきました。偽りの神託の影響で、多くの無辜の命が失われている。それを知ったことで、真実の祈りを取り戻す責任を強く感じています」

私は胸の奥に何かがざわめくのを感じた。

アリシアの偽りの神託によって滅びた村の悲劇が重なった。

私は、また、同じ過ちの繰り返しを止めねばならない。

「だからこそ、あなたは私に会いに来たのですね」

彼は力強く頷いた。

「はい。あなたの祈りこそが、この国の闇を晴らし、民の未来を照らす光になると信じています」

私は深く息をつき、決意を固めた。

「偽りの神託に翻弄さた。・・・カリオン殿下はお気づきなのですね。アリシアが、セレナ様と同じ事をした、と。偽りの神託を流したことを・・・だから、セレナ様の話しを私にしたのですね」

私の言葉に静かに、けれど真摯な瞳で頷いた。

「彼女の過ちがもたらした痛みを、二度と繰り返してはならない」

「ならば、偽りを終わらせ、真実を取り戻すために、私は王都へ、アリシアの元へ戻らねばなりませんね」

カリオンは優しく微笑み、励ました。

「共に戦いましょう、レティシア。あなたの祈りは、私たちに希望をもたらす」

馬車の揺れが、私の心に新たな決意を刻み込んだ。

神託にすべてを捧げてきた私が、初めて誰かと心を通わせ、自分の気持ちも大切にできるのだと感じ、とても心が暖かくなった。

 

七日七夜、私は祈り続けていた。

熱にうなされる子どもたちの枕元で、崩れ落ちそうな母親の手を握りながら。

乾ききった大地に膝をつき、夜明け前の冷えた空気の中で神の声に耳を澄ませていた。

そして、

その日は、訪れた。

「・・・雨だ・・・!」

最初のひとしずくが頬に落ちたとき、私は思わず顔を上げた。

空は灰色の雲に覆われていたが、確かに、そこから水が降っていた。

音を立てて地に落ちる雨粒が、干からびた畑に沁み込んでいく。

「井戸に水が・・・戻ってる!」

「葉っぱが・・・青くなった!見て、芽吹いてる!」

広場では人々の歓喜の声が響き渡り、誰もが涙を流して天を仰いでいた。

私の祈りではない。

民の信じる心が、神へと届いたのだ。

私はその光景を胸に刻みながら、静かに祈りの手を解いた。

そして横に視線をやれば、彼がそこにいた。

カリオン・ルクレド。

異国の王太子とは思えぬほど質素な装いに身を包み、今も泥に汚れた兵士たちと同じ場所に立ち、同じように天を見上げていた。

しなやかに整った体躯は、騎士として鍛えられたものだろう。

長身ながら、無駄な力みはない。

漆黒の髪は雨に濡れ、額にかかる。

深い青の瞳には、どこまでも澄んだ決意と――静かな優しさが揺れていた。

その瞳が私を捉える。

「・・・ありがとう。あなたがいてくれたから、この国は救われた」

「違います。私はただ、神の声を信じたまで。でも・・・」

言葉をそこで切って、私は彼を見つめ返した。

「あなたのまっすぐな思いがなければ、私はこの地に足を踏み入れることさえなかった。民を思うその祈りが、私を動かしたのです」

「・・・それでも、あなたの祈りがなければ、雨は来なかった」

彼はそう言って、私の前にひざまずく。

「レティシア。私は、あなたに国を救ってもらった借りがある。だが、それだけではない。

 私は・・・あなたという存在に、ずっと心を動かされてきた。まだ王都にいた頃、宮廷で見かけたあの日から・・・」

言葉に、心臓が静かに跳ねた。

けれど、今、胸の奥に確かに芽生えたものがある。

「私・・・あなたのまなざしに、救われた気がします。

 神の声だけでなく、自分の気持ちを信じてもいいのだと、教えてくれた」

降り続けた雨はやがて弱まり、雲の切れ間から柔らかな光が差した。

まるで神が、この瞬間を祝福しているかのように。

私は静かに頷いた。

「・・・共に、歩きましょう。あなたの国を、そして、あなた自身を救うために」

その言葉に、カリオンの顔がふっと和らいだ。

人々はなおも歓喜の声を上げていた。

誰もが、空を見上げ、地を踏みしめ、生きている喜びを噛み締めている。

この光景こそ、私の望んだ奇跡。

神の声に背くことなく、それでも私自身の心を偽らずに選び取った未来。

そしてその隣に立つのは、かつて王太子ラゼルにはなかった、真実の優しさを持った男に、私は、惹かれている。

その手の温もりに、私は少しずつ心を傾けていく。

祈りの果てに辿り着いたこの再生の地で、私はようやく、ひとりの人間としての一歩を踏み出したのだった。

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