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私は、聖力~アリシア目線~
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私の神託は、王都の玉座に向けられたものではない。
国を、民を、そして信じる者たちを導くための声。
それが今、確かに世界を動かし始めている。
そう言ったのは、ほんの数ヶ月前の私だった。
神殿の高台に立ち、王都を見下ろす景色は、かつて誇らしいものであった。
けれど、今は違う。
晴れているはずの空が鈍く濁り、遠くの空気までもがどこか重苦しい。
なのに、私は今日も笑っていた。
白い聖衣をまとい、神殿前に集った民たちの前に立ち、手を広げる。
「皆さま、どうか安心してください。神託は、確かに降りました」
誰もが不安な目で見つめてくる。
けれど、その視線の中に、ごく僅かな希望を見つけて私は言葉を続ける。
「神は、我らを見捨ててはおりません。雨はまもなく戻り、大地は再び実りをもたらすでしょう。この疫病も、過ぎ去る定めにございます」
それは、ただの“演技”。
本当は、神の声など一度も聞いたことがなかった。
任命された時から、ずっとそうだった。
でも、それを認めた瞬間、すべてが崩れる。
私は“聖女アリシア”という名で生きている。
民の前で光をもたらす象徴として“信じさせなければいけない”。
「信じれば、救いは訪れる」
それを言い続けるしかなかった。
だけど、国は正直だ。
雨は降らない。
大地は裂ける。
畑は枯れ、飢えが広がり、病が人々を襲う。
「水が尽きました・・・」
「牛が次々と死に・・・」
「疫病が・・・また・・・!」
報告が届くたび、私は冷えた手を胸に当て、震える唇を引き結ぶ。
それでも、舞台の上では笑わなければならない。
「・・・これは試練です。信じましょう、神はきっと・・・」
自分の口から出てくるのに、何の実感もなかった。
夜、神殿に戻った私は、祈りの間にひとり膝をついた。
石の床は痛く、冷たい。
でも、それでも構わない。私は祈る。
誰よりも懸命に。
「どうか・・・声を・・・神様、お願い・・・私に・・・!」
返ってくるのは、石の壁に響く虚しい反響だけ。
その沈黙の中で、お義姉様の名がよぎる。
“元聖女が光を呼んだ”
“病を癒し、土地に実りをもたらした”
“異国の王太子が彼女にすがった”
そんな噂が、王都にまで届いている。
嘘よ。そんなの、きっと何かの偶然。
だって、彼女は追放されたのよ。
お義姉様は偽物なのよ。
私が本物なのよ。
なのに、どうして私には、何も聞こえないの?
「私は、聖女なのよ。神よ、答えてよ!」
膝に額を押し当てる。
それでも、何の光も差し込まない。
ただ冷たい空気が肌を刺すばかりだった。
遠くで、鐘が鳴る。
新たな病が王都に蔓延し始めたという報せ。
私は、ふっと微笑んでしまった。
それは、もはや歪んだ反応だった。
お義姉様の“真実”が、私の“嘘”を静かに押し流していく。
誰が言い始めたのかなんて、もうどうでもいい。
人々は言う。
「本物の聖女は、まだ生きている」
と。
その名前が、耳に焼きついて離れない。
レティシア。
あの女は捨てられたはず。
なのに、なぜ?
なぜ、私ではなく彼女なの?
神様、お願い。私にだって、選ばれた理由があったはずでしょう?
私だって、聖女になりたくて、誰よりも努力した。
祈りも、献身も、何もかも・・・全部してきた。
なのに、なぜ。
周囲の視線が、次第に冷たくなっていく。
「聖女様は、本当に神の声を聞いておられるのか」
「神殿の光は・・・もう、失われているのではないか」
そんな囁きが、神殿の壁を伝って、私の耳に届く。
王太子さまも、最近では私を見ようとしない。
政務の報告も、祈りの儀式も、すべては側近たちを通して行われている。
私はもう、“聖女”の名だけを纏った飾りにすぎない。
焦燥に駆られ、私は噂を否定する偽の情報を流させた。
「辺境の奇跡は、薬師の欺瞞」
「かつての聖女が、民を騙しているだけだ」
でも、もう止まらない。
誰も、私の言葉に重みを感じてくれない。
私は、夜ごと神にすがった。
血が滲むほど指を組んで、声が掠れるまで祈って、
それでも何も、何ひとつ、返ってこなかった。
ふと、耳元に響いた声があった。
“神の目は、決して偽りを許さない。真実は、いずれ明らかになります”
お義姉様の、あの澄んだ声。
「うるさい・・・! うるさい・・・!!」
私は叫びながら、祈りの間で膝を抱えて座り込んだ。
神殿の灯は揺れている。
でもその光は、もはや私を照らしてはくれなかった。
国を、民を、そして信じる者たちを導くための声。
それが今、確かに世界を動かし始めている。
そう言ったのは、ほんの数ヶ月前の私だった。
神殿の高台に立ち、王都を見下ろす景色は、かつて誇らしいものであった。
けれど、今は違う。
晴れているはずの空が鈍く濁り、遠くの空気までもがどこか重苦しい。
なのに、私は今日も笑っていた。
白い聖衣をまとい、神殿前に集った民たちの前に立ち、手を広げる。
「皆さま、どうか安心してください。神託は、確かに降りました」
誰もが不安な目で見つめてくる。
けれど、その視線の中に、ごく僅かな希望を見つけて私は言葉を続ける。
「神は、我らを見捨ててはおりません。雨はまもなく戻り、大地は再び実りをもたらすでしょう。この疫病も、過ぎ去る定めにございます」
それは、ただの“演技”。
本当は、神の声など一度も聞いたことがなかった。
任命された時から、ずっとそうだった。
でも、それを認めた瞬間、すべてが崩れる。
私は“聖女アリシア”という名で生きている。
民の前で光をもたらす象徴として“信じさせなければいけない”。
「信じれば、救いは訪れる」
それを言い続けるしかなかった。
だけど、国は正直だ。
雨は降らない。
大地は裂ける。
畑は枯れ、飢えが広がり、病が人々を襲う。
「水が尽きました・・・」
「牛が次々と死に・・・」
「疫病が・・・また・・・!」
報告が届くたび、私は冷えた手を胸に当て、震える唇を引き結ぶ。
それでも、舞台の上では笑わなければならない。
「・・・これは試練です。信じましょう、神はきっと・・・」
自分の口から出てくるのに、何の実感もなかった。
夜、神殿に戻った私は、祈りの間にひとり膝をついた。
石の床は痛く、冷たい。
でも、それでも構わない。私は祈る。
誰よりも懸命に。
「どうか・・・声を・・・神様、お願い・・・私に・・・!」
返ってくるのは、石の壁に響く虚しい反響だけ。
その沈黙の中で、お義姉様の名がよぎる。
“元聖女が光を呼んだ”
“病を癒し、土地に実りをもたらした”
“異国の王太子が彼女にすがった”
そんな噂が、王都にまで届いている。
嘘よ。そんなの、きっと何かの偶然。
だって、彼女は追放されたのよ。
お義姉様は偽物なのよ。
私が本物なのよ。
なのに、どうして私には、何も聞こえないの?
「私は、聖女なのよ。神よ、答えてよ!」
膝に額を押し当てる。
それでも、何の光も差し込まない。
ただ冷たい空気が肌を刺すばかりだった。
遠くで、鐘が鳴る。
新たな病が王都に蔓延し始めたという報せ。
私は、ふっと微笑んでしまった。
それは、もはや歪んだ反応だった。
お義姉様の“真実”が、私の“嘘”を静かに押し流していく。
誰が言い始めたのかなんて、もうどうでもいい。
人々は言う。
「本物の聖女は、まだ生きている」
と。
その名前が、耳に焼きついて離れない。
レティシア。
あの女は捨てられたはず。
なのに、なぜ?
なぜ、私ではなく彼女なの?
神様、お願い。私にだって、選ばれた理由があったはずでしょう?
私だって、聖女になりたくて、誰よりも努力した。
祈りも、献身も、何もかも・・・全部してきた。
なのに、なぜ。
周囲の視線が、次第に冷たくなっていく。
「聖女様は、本当に神の声を聞いておられるのか」
「神殿の光は・・・もう、失われているのではないか」
そんな囁きが、神殿の壁を伝って、私の耳に届く。
王太子さまも、最近では私を見ようとしない。
政務の報告も、祈りの儀式も、すべては側近たちを通して行われている。
私はもう、“聖女”の名だけを纏った飾りにすぎない。
焦燥に駆られ、私は噂を否定する偽の情報を流させた。
「辺境の奇跡は、薬師の欺瞞」
「かつての聖女が、民を騙しているだけだ」
でも、もう止まらない。
誰も、私の言葉に重みを感じてくれない。
私は、夜ごと神にすがった。
血が滲むほど指を組んで、声が掠れるまで祈って、
それでも何も、何ひとつ、返ってこなかった。
ふと、耳元に響いた声があった。
“神の目は、決して偽りを許さない。真実は、いずれ明らかになります”
お義姉様の、あの澄んだ声。
「うるさい・・・! うるさい・・・!!」
私は叫びながら、祈りの間で膝を抱えて座り込んだ。
神殿の灯は揺れている。
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