幼馴染みの二人

朏猫(ミカヅキネコ)

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(き、来てしまった)

 というより、気がついたら慎兄さんの部屋の前だった。

(全部が慎兄さんっぽい感じがする)

 一軒家のうちとは違うお洒落な外観のマンションで、部屋の中もお洒落でかっこいい。

(このソファもインテリア雑誌とかに載ってそう)

 座っているソファも置いてあるクッションもすごくお洒落だ。なんとなく落ち着かなくて、家にいるときと同じようにクッションを膝に立てて抱きしめる。顎を載せるようにすると、かすかにふわりといい匂いがすることに気がついた。

(これ……慎兄さんの香水かな)

 爽やかな中に柑橘っぽい匂いが少しだけ混じっている。そういえば車でもほんの少しいい匂いがしていた。
 二海兄さんは香水をつけるけど、僕と壱夜兄さんは使わない。たまに壱夜兄さんから香水の匂いがするときは靜佳とデートしたか部屋に行った後だ。

(こうやって抱きしめてたら、僕にも香水の匂い移ったりしないかな)

 そうすれば家に帰ってからも慎兄さんの匂いを堪能することができるのに……そんなことを考えた自分にハッとした。慎兄さんの匂いを嗅ぎたいなんて変態にも程がある。なんて気持ちが悪いことを考えてしまったんだろう。これじゃあせっかく好きだって言ってもらったのに愛想を尽かされてしまうに違いない。

(……そうだ、僕、好きって言われたんだ)

 ボボボッと顔が熱くなった。長い指であちこち撫でられたことを思い出して体がカッカと熱くなる。抱きしめたクッションに口元まで埋めながら、ウズウズする気持ちを抑えられなくて足をバタバタさせてしまった。気がつけば「うー」だとか「あー」だとかよくわからない声まで出ている。

「三春くん?」
「し、ししし慎兄さん!」
「どうかした?」
「なななななんでもないですっ」

 慌てて大人しく座り直した。飲み物を持って来てくれた慎兄さんが「何やっても可愛いなぁ」なんて言いながら隣に座る。

「か、かわいい」
「うん、可愛い」
「ぼ、ぼくが」
「そう、三春くんが」

 にっこり笑いながら僕を見る慎兄さんがかっこよすぎて慌てて俯いた。慎兄さんは「全然変わらないな」なんて言いながら笑っている。

「三春くんは小さいときからずっと可愛かった。ランドセルを背負ってるのも可愛かったし、中学の学ランも高校のブレザーも可愛かった。直接見られなかったのをどれだけ残念に思ったことか」

 好きな人に可愛いと言われるのがこんなに気恥ずかしいものだなんて知らなかった。思わず「そ、そんなことないです」と答えながら「あれ?」と首を傾げる。

「慎兄さん、なんで制服のこと知ってるんですか?」

 慎兄さんが都会に行ったのは僕が小学生のときだ。それから一度も会っていないから中学や高校の制服姿を見たことはないはず。不思議がる僕に「二海に見せてもらったんだよ」と言ってスマホを見せてくれた。そこには中学と高校で撮った入学式の写真が映っている。

「二海に頼んで送ってもらったんだ。入学式の初々しい表情もいいけど、卒業式の目が赤くなってる写真も好きだな。ほかに体育祭のときのもあるし、学園祭の写真もあるよ」

 高校二年のとき、無理やり着させられたセーラー服姿の写真まであった。

「ここここれは!」
「こういうの学生っぽくていいよね」
「ちちち違うんです! 着たくて着たわけじゃなくて!」
「二海に聞いた。じゃんけんで負けたんだって?」
「違います! 本当はじゃんけんに勝ったから着なくてよかったのに、着る人が風邪で休んでしまって急きょ僕が着ることになっただけで……!」

 恥ずかしくて涙が出そうだ。セーラー服を貸してくれた美優ちゃんは「わたしよりめっちゃ似合ってる!」なんて言いながら写真を撮っていたけど、きっとそれを二海兄さんがもらって慎兄さんに送ったに違いない。

「へ、変な顔してるから見ないでください!」
「そんなことないよ。すごく可愛い」
「か、可愛くなんてないです……」

 二海兄さんも二海兄さんだ。もっとましな写真を送ってくればいいのにと、ニヤニヤ笑っている脳内の兄さんに文句を言う。

「もしかして俺が写真持ってるの嫌?」
「い、嫌じゃないです……ただ、そんな変な写真じゃなくてもっとマシなのがあるはずなのにって……」
「そこはほら、二海チョイスだから」
「……二海兄さん、最悪だ」
「ははは、今度一緒にそれ言ってやろう」

 二海兄さんは最悪だけど、笑っている慎兄さんがかっこよくてどうでもよくなってきた。

(こんなかっこいい慎兄さんが僕を好きだなんて……本当なのかな)

 盗み見るようにチラチラ見ていると、流し目で僕を見た慎兄さんがフッと笑った。それだけで僕は顔は真っ赤になってしまう。

「もしかして俺が三春くんのことを好きだってこと、疑ってる?」
「……だって……」
「三春くんのこと、ずっと好きだったんだ」
「え?」
「ずっと前から好きだった。気づかなかった?」
「ぜ、ぜんぜん」
「けっこうアピールしてたんだけどなぁ。そういうところも三春くんらしいけど」

 アピールだなんてまったく気がつかなかった。僕はいつも自分のことで精一杯で、だからいろんなことに気づけないでいる。

「い、いつからですか……?」

 どうしても気になって、つい尋ねてしまった。

「三春くんに好きだって言われたときからずっとだよ」
「僕が言ったのって……」
「覚えてない? 三春くんが幼稚園に通ってた頃、俺の手を握って好きって言ってくれたよね?」

 もちろん忘れるはずがない。

「あのときから俺はずっと三春くんが好きだった。会えなかった間もずっとね」

 笑っていた慎兄さんの顔が真面目なものに変わった。

「こんな俺は重すぎるかな。それとも気持ち悪い?」
「そ、そんなこと思わないです!」

 慌てて否定した。それを言うなら僕だって同じようなものだ。ついさっきも「慎兄さんの匂いを堪能することができるのに」なんて変態的なことを想ってしまった。

(でも、そのくらい慎兄さんのことが好きなんだ)

 初めて慎兄さんに会ったときからずっと好きだった。好きで好きで、それでもばれたら駄目だと思って忘れようとしたり誤魔化そうとしたりした。でも駄目だった。

「僕もずっと慎兄さんのこと好きだったから……僕だって同じです」

 言った途端に顔がぶわっと熱くなった。慌てて俯こうとした僕の頬に大きな手が触れる。

「よかった。俺たちずっと両思いだったってことだ」
「りょ、両思い……」
「そう。そして今日、思いが通じあって恋人になった」
「こ、こいびと」

 慎兄さんの親指が僕の唇をふにっと押した。耳の下あたりがぞわぞわして肩がブルッと震える。

「恋人になった記念に、キスしとく?」
「キ……」

 心臓がドコドコと太鼓のようにうるさくなった。目の前が真っ赤になって頭がクラクラする。

(き、キスって……あのキスを、僕と慎兄さんが……?)

 経験はなくても本で何度も読んだことがある。どれも男女のカップルだったけど、自分と慎兄さんを重ねて想像したことだってあった。そのたびに体が疼いたのを思い出して頭がカッと熱くなる。

「キスしたくない?」
「し、したいです」

 勢い答えてハッとした。慎兄さんが驚いたように目を見開いている。

「ええと、その、あの、」

 僕はなんて恥ずかしいやつなんだろう。穴があったら隠れたいくらいなのに、慎兄さんの手が顎に添えられていて顔を逸らすことができない。視線をウロウロさせていると、唇をするっと撫でられて「ん」と恥ずかしい声を漏らしてしまった。

「やばいな、腰にくる」
「慎に、」

 最後まで名前を呼ぶことはできなかった。熱くて柔らかいものが唇に触れて息が止まる。慌てて目を瞑ると、途端に唇に感じる熱や柔らかさが鮮明になった。

(慎兄さんと、キス、してる)

 慎兄さんがはむっと僕の下唇を噛んだ。ビリビリして唇が少しだけ開いてしまう。すると上唇もはむっと噛まれて体が揺れた。チュッチュッと聞こえてくる音が恥ずかしくて、それ以上に気持ちがよくて頭がぼんやりしてくる。

(なんだか……体が溶けてしまいそうだ……)

 とっくにどこもかしこもトロトロに溶けている気がした。どうしよう、体の奥がジンジンする。本で読んだときよりずっと興奮している自分に気がついたけど、恥ずかしいという気持ちより嬉しい気持ちのほうが強くてますますうっとりした。

「あー……やっぱり約束なんてするんじゃなかった」

 慎兄さんの唇が離れた。もっとしてほしくて唇を少し突き出すと、「一種の拷問だな」と聞こえた後にまた柔らかいものがチュッとくっつく。気持ちがよくて「もっと、もっと」とクッションを抱きしめながら身を乗り出した。

(気持ちいい……どうしよう、キスがこんなに気持ちいいなんて知らなかった……)

 本で読むのとは大違いだ。僕は初めてのキスに夢中になった。もっとくっつきたくてクッションを掴んでいた手を離し、慎兄さんの腕を掴む。

「んっ」

 下唇を強く吸われて声が漏れた。聞いたことがない甘えるような高い声だったからか、急に恥ずかしくなって手に力が入る。それに気づいた慎兄さんがキスしたまま慰めるように僕の頬を撫で、熱くて柔らかい唇がゆっくりと離れていった。

「慎、に、さん」

 唇が痺れてうまく話せない。もっとしてほしいと言いたくて、目で必死に訴える。

「あー……これは間違いなく拷問だな。でもここで間違えるわけにはいかない。それに二海たちに殺されたくはないし」
「ふたみ、にいさん……?」
「なんでもないよ。それよりご飯にしよう。パスタならすぐに用意できるよ。ソースはたらことカルボナーラ、どっちがいい?」

 もうキスは終わりということだ。残念に思いながら、そう思ってしまう自分がやっぱり恥ずかしい。

「じゃあ、カルボナーラで……」
「了解」

 慎兄さんがソファから立ち上がった。袖をまくりながらキッチンに向かう後ろ姿を名残惜しい気持ちで見送っていると、くりると振り返ってドキッとする。

「今夜泊まっていく?」
「え……?」
「よかったらだけど」

 泊まれば朝まで慎兄さんと一緒にいられる。

「と、泊まりたいです」

 前のめりになりながらそう答えた。そんな僕を見ながら慎兄さんが目を細めて笑っている。

(こ、恋人になってすぐ泊まるなんてやっぱり駄目だったかな)

 でも恋人の家に泊まるのは僕の夢だったんだ。いつか同棲もしてみたいけど……どんどん膨らんでいく妄想に顔が熱くなる。

「それじゃ壱夜さんに連絡しておいて。黙ったままだときっとすごく心配するだろうから」

 大きく頷いてからスマホを取り出した。

(今夜は、慎兄さんの家に、泊まります……っと)

 メッセージを入力しながら自分の大胆さに改めて驚く。

(こんなに積極的になったの、生まれて初めてかも……)

 これもきっと恋人になったからだ。

(恋人……僕と慎兄さんが恋人……)

 頭のてっぺんからプシュッと湯気が出た気がした。一瞬夢かもしれないと不安になった僕は、そっと自分の唇を触った。指先でちょんと触れただけなのにジンジンして慌てて指を引っ込める。それでも気になってもう一度触ると、少し腫れぼったくなっているような気がした。

(夢じゃない。僕は慎兄さんとキスしたんだ)

 しかも恋人のキスだ。嬉しくてニマニマしていると、ピロンという音がして慌てて画面を見る。

『慎太郎にはメッセージ送っておいたから』

 二海兄さんからのメッセージで、たぶん壱夜兄さん宛に違いない。グループメッセージだから僕のメッセージは二海兄さんも見ることができる。

(慎兄さんにメッセージって、なんだろう)

 もしかして「弟がお世話になります」みたいなメッセージを送ったんだろうか。僕だって二十歳を超えた大人なのに、相変わらず兄さんたちは過保護すぎる。
 結局、壱夜兄さんからの返事はなかった。二海兄さんが駄目だと言わなかったから大丈夫だろうけど少しだけ気になる。

(もう一度メッセージ送ったほうがいいかな)

 あれこれ考えたものの、「パスタできたよ」という慎兄さんの声に慌てて顔を上げた。そのまま壱夜兄さんのことはすっかり忘れてしまい、生まれて初めて恋人と過ごす夜を堪能することに夢中になった。
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