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003 姉貴
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「まぁ、そんなことがあってよぉ……」
「そうなの……」
オレは狭く質素な部屋の中で、テーブルを挟んで向かいに座る姉貴に愚痴を零す。姉貴は痛ましげに眉尻を下げてオレのことを見ていた。
オレの姉貴、マルティーヌ。その黒く輝く黒曜石のような瞳と髪は、オレとの確かな血縁を感じさせる。オレも黒髪黒目なのだ。
姉貴はまるで20そこそこに見えるが、御年35歳。32歳のオレの姉貴なんだから当然オレより年上だ。大して化粧っけも無いのに、この見た目なのだから驚かざるをえない。オレと並んで歩くと、兄妹と間違われるのは日常茶飯事。酷い時には親父と娘に間違われたこともあるくらい若く見える。
そんな姉貴に対して、オレは実年齢よりも年上に見られることが多い。姉貴曰く、この無精ヒゲが原因らしいが……いちいちこまめに剃るのも面倒だ。ダンジョンに行ってる時は伸び放題なんだから今更だと思うんだが、姉貴は「街に居る間はしっかりしろ」と仰せだ。まぁ、面倒だからそこまで丁寧に剃らないがな。
閑話休題。
オレが姉貴に語って聞かせたのは、オレが所属していた冒険者パーティ、ブランディーヌ率いる『切り裂く闇』との一件だ。ようするに、オレは昨日のことを朝一番から姉貴に愚痴っているのだ。我ながら女々し過ぎて心が痛い。
大勢の冒険者の前で起こったパーティ追放劇。きっと、今日中には王都の誰もが知るところとなるだろう。パーティから追放されるなんて、尋常なことではない。きっと、今頃はオレの悪い噂で持ちきりだろうな。想像するだけで、頭が痛くなるほど憂鬱だ。
「でも、あんたがこのタイミングで解任されるなんて、神様のご差配かしら?」
姉貴が突然おかしなことを言う。薄い笑みを浮かべ、喜んでいるようにも見えた。姉貴は人の不幸を、ましてやオレの不幸を笑うような奴じゃなかったはずだが……?
「どういう意味だ?」
「もう、怒らないの」
自分でも気付かぬほど、多少語気が強くなったのだろう。返しきれないほどの大恩ある姉貴にまで噛み付こうだなんて、今のオレはどうかしているな。だが、姉貴はオレを優しく窘めるように言う。なんていうか、姉貴の中ではオレはまだガキのままなのかもしれないな。完全に子ども扱いだ。
「クロエが冒険者になったことは、あんたも知ってるでしょ?」
「あぁ……」
姉貴の言葉に苦いものが込み上げる。クロエというのは、ついこの間成人したばかりの姉貴の娘だ。クロエはなにを思ったのか、冒険者なんて半ばギャンブラーのような安定性の欠片も無い職に就いちまった。姉貴に言わせると、オレの影響が大きいらしい。最悪だ。
ただのギャンブルなら失うものは金で済む。しかし、冒険者は自分の命をチップに賭けるバカの集まりだ。失うものは手足で済めばいい方で、最悪死ぬ危険も十分にある危険な職。そんな仕事に就いた姪が心配で仕方ないし、姉貴には申し訳なく思っている。
オレが冒険者になる時も泣いて止めようとした姉貴だ。自分の命よりも愛おしいと公言しては憚らない娘が冒険者になることも当然反対した。しかし、娘の意思を尊重したいという気持ちもあるようで、止めるに止めきれなかった。
当然だが、オレもクロエが冒険者になるのには反対した。かわいいかわいい姪だからな。オレの影響で冒険者に夢を見ているようなら、オレが現実を分からせて諦めさせるのが筋だろう。
しかし、普段は素直なクロエも、冒険者になることだけは譲れないと言って、一歩も譲らなかった。そのままクロエが一向に引かずに時が経ち、クロエが成人と共に勝手に冒険者ギルドの門を叩いてしまったというオチが付く。オレはクロエを止めきれなかったのだ。
「あんたがパーティをクビになったなら丁度いいじゃない。あんたがクロエをサポートしてあげて? あたしは冒険者じゃないから、なんのアドバイスもできないのよ……」
そう言って悲しそうな表情を見せる姉貴。その黒い瞳には、オレにも分かるほどはっきりと潤んでいる。
本当は母娘揃って布の染色の職に就かせようと考えていた姉貴だ。娘の手助けができなくて、ひどくもどかしい気持ちを抱えているのだろう。
冒険者は王都の花形なんて褒めそやされるが、その分、危険な職業だ。本音を言うなら、姉貴は娘にもオレにも、冒険者なんて辞めてほしいと願っているに違いない。
「ねぇ、お願いよ。こんなこと頼めるのはあんたしか居ないの……」
その姉貴が、いつも強気な態度でオレに涙なんて見せなかった姉貴が、涙を隠そうともせずオレに頭を下げている。
オレには、姉貴に返しきれないほどの恩がある。姉貴の恩に報いるためにも、そして、オレにとってもかわいい姪であるクロエのためにも、オレは固く決意する。
「頭を上げてくれよ姉貴。オレにやらせてくれ」
オレは震える姉貴の手を取りながら懇願する。
オレには、クロエが冒険者になることを止められなかった後悔がある。
冒険者を辞めるなんて、商人に雇われて悠々自適な生活なんて、そんな甘ったれた考えは、オレには許されない。
クロエがオレのせいで冒険者に憧れてしまったのなら、きっちりとその責任を取るべきだ。
「やらせてくれ姉貴。オレが絶対にクロエを護ってみせる!」
「そうなの……」
オレは狭く質素な部屋の中で、テーブルを挟んで向かいに座る姉貴に愚痴を零す。姉貴は痛ましげに眉尻を下げてオレのことを見ていた。
オレの姉貴、マルティーヌ。その黒く輝く黒曜石のような瞳と髪は、オレとの確かな血縁を感じさせる。オレも黒髪黒目なのだ。
姉貴はまるで20そこそこに見えるが、御年35歳。32歳のオレの姉貴なんだから当然オレより年上だ。大して化粧っけも無いのに、この見た目なのだから驚かざるをえない。オレと並んで歩くと、兄妹と間違われるのは日常茶飯事。酷い時には親父と娘に間違われたこともあるくらい若く見える。
そんな姉貴に対して、オレは実年齢よりも年上に見られることが多い。姉貴曰く、この無精ヒゲが原因らしいが……いちいちこまめに剃るのも面倒だ。ダンジョンに行ってる時は伸び放題なんだから今更だと思うんだが、姉貴は「街に居る間はしっかりしろ」と仰せだ。まぁ、面倒だからそこまで丁寧に剃らないがな。
閑話休題。
オレが姉貴に語って聞かせたのは、オレが所属していた冒険者パーティ、ブランディーヌ率いる『切り裂く闇』との一件だ。ようするに、オレは昨日のことを朝一番から姉貴に愚痴っているのだ。我ながら女々し過ぎて心が痛い。
大勢の冒険者の前で起こったパーティ追放劇。きっと、今日中には王都の誰もが知るところとなるだろう。パーティから追放されるなんて、尋常なことではない。きっと、今頃はオレの悪い噂で持ちきりだろうな。想像するだけで、頭が痛くなるほど憂鬱だ。
「でも、あんたがこのタイミングで解任されるなんて、神様のご差配かしら?」
姉貴が突然おかしなことを言う。薄い笑みを浮かべ、喜んでいるようにも見えた。姉貴は人の不幸を、ましてやオレの不幸を笑うような奴じゃなかったはずだが……?
「どういう意味だ?」
「もう、怒らないの」
自分でも気付かぬほど、多少語気が強くなったのだろう。返しきれないほどの大恩ある姉貴にまで噛み付こうだなんて、今のオレはどうかしているな。だが、姉貴はオレを優しく窘めるように言う。なんていうか、姉貴の中ではオレはまだガキのままなのかもしれないな。完全に子ども扱いだ。
「クロエが冒険者になったことは、あんたも知ってるでしょ?」
「あぁ……」
姉貴の言葉に苦いものが込み上げる。クロエというのは、ついこの間成人したばかりの姉貴の娘だ。クロエはなにを思ったのか、冒険者なんて半ばギャンブラーのような安定性の欠片も無い職に就いちまった。姉貴に言わせると、オレの影響が大きいらしい。最悪だ。
ただのギャンブルなら失うものは金で済む。しかし、冒険者は自分の命をチップに賭けるバカの集まりだ。失うものは手足で済めばいい方で、最悪死ぬ危険も十分にある危険な職。そんな仕事に就いた姪が心配で仕方ないし、姉貴には申し訳なく思っている。
オレが冒険者になる時も泣いて止めようとした姉貴だ。自分の命よりも愛おしいと公言しては憚らない娘が冒険者になることも当然反対した。しかし、娘の意思を尊重したいという気持ちもあるようで、止めるに止めきれなかった。
当然だが、オレもクロエが冒険者になるのには反対した。かわいいかわいい姪だからな。オレの影響で冒険者に夢を見ているようなら、オレが現実を分からせて諦めさせるのが筋だろう。
しかし、普段は素直なクロエも、冒険者になることだけは譲れないと言って、一歩も譲らなかった。そのままクロエが一向に引かずに時が経ち、クロエが成人と共に勝手に冒険者ギルドの門を叩いてしまったというオチが付く。オレはクロエを止めきれなかったのだ。
「あんたがパーティをクビになったなら丁度いいじゃない。あんたがクロエをサポートしてあげて? あたしは冒険者じゃないから、なんのアドバイスもできないのよ……」
そう言って悲しそうな表情を見せる姉貴。その黒い瞳には、オレにも分かるほどはっきりと潤んでいる。
本当は母娘揃って布の染色の職に就かせようと考えていた姉貴だ。娘の手助けができなくて、ひどくもどかしい気持ちを抱えているのだろう。
冒険者は王都の花形なんて褒めそやされるが、その分、危険な職業だ。本音を言うなら、姉貴は娘にもオレにも、冒険者なんて辞めてほしいと願っているに違いない。
「ねぇ、お願いよ。こんなこと頼めるのはあんたしか居ないの……」
その姉貴が、いつも強気な態度でオレに涙なんて見せなかった姉貴が、涙を隠そうともせずオレに頭を下げている。
オレには、姉貴に返しきれないほどの恩がある。姉貴の恩に報いるためにも、そして、オレにとってもかわいい姪であるクロエのためにも、オレは固く決意する。
「頭を上げてくれよ姉貴。オレにやらせてくれ」
オレは震える姉貴の手を取りながら懇願する。
オレには、クロエが冒険者になることを止められなかった後悔がある。
冒険者を辞めるなんて、商人に雇われて悠々自適な生活なんて、そんな甘ったれた考えは、オレには許されない。
クロエがオレのせいで冒険者に憧れてしまったのなら、きっちりとその責任を取るべきだ。
「やらせてくれ姉貴。オレが絶対にクロエを護ってみせる!」
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