「あなたの好きなひとを盗るつもりなんてなかった。どうか許して」と親友に謝られたけど、その男性は私の好きなひとではありません。まあいっか。

石河 翠

文字の大きさ
7 / 7

(7)

しおりを挟む
 魔術師団内の執務室にて、てきぱきと事務仕事をするハリエットにサイモンが声をかけた。

「お疲れさま。何か困っていることはありませんか?」
「ありがとう」

 いくつかの書類について確認を取るハリエットは、実家にいた頃よりも生き生きとして見える。けれど、跡取りとして育てられたはずのハリエットを家から連れ出し、王宮で働かせてしまって本当によかったのか。本人の希望だったとはいえ、ときどきサイモンは心配になっていた。

「あなたにこんな事務仕事をさせてしまってよかったのでしょうかね。あなたなら、当主としてその才能をいかんなく発揮できたのでは」
「サイモンさまったら、買いかぶりすぎだわ。でもそうね、当主となるべく教育を受けてきたお陰で、あなたの隣に立っていても卑屈にならずに済んでいるの。並みのご令嬢じゃあ、あのねたそねみになんて対応できないわよ。それだけは、お母さまのスパルタ教育に感謝しているわ」

 ハリエットは微笑む。彼女の母の教育方針が子どもにとって良いものだったとはお世辞にも言えない。それでも学んだことは決して無駄ではなかったこと、ハリエットを守る鎧になっていたことを、サイモンと結婚し王宮での職に就いてからハリエットは実感していた。

「御義母上はご健勝だろうか」
「大丈夫。お母さまも伯母さまも、凹んでも翌朝にはけろっとしているひとたちだから気にしないで」 
「ハリエットは強いですね」
「エミリーも私もテキトーに受け流すのがうまくなっただけよ。エミリーと言えば、おめでたって聞いたわ。素敵なプレゼントを用意しなくちゃ」

 苦い子ども時代の傷が今はそれほど痛まないことに密かに驚きながら、ハリエットは微笑んでみせた。

 あの母親たちは見た目よりも存外強い。家を継いでもらうべく養子に迎えた相手ともそれなりにうまくやっていると聞いている。何より、彼女たちには辛抱強く相手をしてくれる夫たちがいるのだ。心配することはないだろう。

「お母さまと伯母さまは、どちらがより良い養母になれるか、毎日競争しているそうよ」
「やれやれ、仕方のないひとたちですね」
「とはいえ、自分たちの見栄の張り合いで子どもに圧力をかけてくるよりは、遥かにマシだもの。それに、簡単にひとは変われないわ。今までのことを思えば、今はこれで十分なのでは?」
「ハリエットは優しいですね」
「なんだかんだ言って、一応あれでも自分の親だから。酷い目に遭えばいいとは思えないの。ただ少し距離を置いて、挨拶程度の関係ならうまくいくわ。親子だと思うからきっとダメなのよ」

 サイモンはハリエットを抱き寄せる。

「サイモンさま、まだ仕事中!」
「なんだか無性にこうしたくなりまして」
「そう? それじゃあ、ちょっとだけね」

 そんな軽口を叩きながら、サイモンの温もりに救われているのは自分自身だとハリエットはちゃんと理解している。

(サイモンさま、私はこんなに幸せでいいのかしら?)

 いつか子どもが生まれたら、少しでも穏やかな気持ちで過ごせる家にしたい。けれど、本当にそれができるのかときどきたまらなく怖くなる。だから、不安を感じたときには、黙々と働くのだ。身体を動かしていれば余計なことを考えずに済むから。

 そんなとき、サイモンは黙って抱きしめてくれる。それだけでハリエットの不安は、ほどけて消えていくような気がするのだ。

「ハリエット、大丈夫ですよ」
「なにが?」
「なんでも。全部うまくいきます」
「そうだといいわね」

 サイモンと一緒なら、きっとうまくいく。そんな根拠のない自信を得られるくらいには自分は今満ち足りていて幸せなのだと、ハリエットはサイモンの腕の中で微笑んだ。
しおりを挟む

この作品は感想を受け付けておりません。

あなたにおすすめの小説

(完結)私はあなた方を許しますわ(全5話程度)

青空一夏
恋愛
 従姉妹に夢中な婚約者。婚約破棄をしようと思った矢先に、私の死を望む婚約者の声をきいてしまう。  だったら、婚約破棄はやめましょう。  ふふふ、裏切っていたあなた方まとめて許して差し上げますわ。どうぞお幸せに!  悲しく切ない世界。全5話程度。それぞれの視点から物語がすすむ方式。後味、悪いかもしれません。ハッピーエンドではありません!

病弱な幼馴染と婚約者の目の前で私は攫われました。

恋愛
フィオナ・ローレラは、ローレラ伯爵家の長女。 キリアン・ライアット侯爵令息と婚約中。 けれど、夜会ではいつもキリアンは美しく儚げな女性をエスコートし、仲睦まじくダンスを踊っている。キリアンがエスコートしている女性の名はセレニティー・トマンティノ伯爵令嬢。 セレニティーとキリアンとフィオナは幼馴染。 キリアンはセレニティーが好きだったが、セレニティーは病弱で婚約出来ず、キリアンの両親は健康なフィオナを婚約者に選んだ。 『ごめん。セレニティーの身体が心配だから……。』 キリアンはそう言って、夜会ではいつもセレニティーをエスコートしていた。   そんなある日、フィオナはキリアンとセレニティーが濃厚な口づけを交わしているのを目撃してしまう。 ※ゆるふわ設定 ※ご都合主義 ※一話の長さがバラバラになりがち。 ※お人好しヒロインと俺様ヒーローです。 ※感想欄ネタバレ配慮ないのでお気をつけくださいませ。

【完結】本当に愛していました。さようなら

梅干しおにぎり
恋愛
本当に愛していた彼の隣には、彼女がいました。 2話完結です。よろしくお願いします。

婚約破棄の前日に

豆狸
恋愛
──お帰りください、側近の操り人形殿下。 私はもう、お人形遊びは卒業したのです。

完結 裏切られて可哀そう?いいえ、違いますよ。

音爽(ネソウ)
恋愛
プロポーズを受けて有頂天だったが 恋人の裏切りを知る、「アイツとは別れるよ」と聞こえて来たのは彼の声だった

蔑ろにされた王妃と見限られた国王

奏千歌
恋愛
※最初に公開したプロット版はカクヨムで公開しています 国王陛下には愛する女性がいた。 彼女は陛下の初恋の相手で、陛下はずっと彼女を想い続けて、そして大切にしていた。 私は、そんな陛下と結婚した。 国と王家のために、私達は結婚しなければならなかったから、結婚すれば陛下も少しは変わるのではと期待していた。 でも結果は……私の理想を打ち砕くものだった。 そしてもう一つ。 私も陛下も知らないことがあった。 彼女のことを。彼女の正体を。

(完結)婚約者の勇者に忘れられた王女様――行方不明になった勇者は妻と子供を伴い戻って来た

青空一夏
恋愛
私はジョージア王国の王女でレイラ・ジョージア。護衛騎士のアルフィーは私の憧れの男性だった。彼はローガンナ男爵家の三男で到底私とは結婚できる身分ではない。 それでも私は彼にお嫁さんにしてほしいと告白し勇者になってくれるようにお願いした。勇者は望めば王女とも婚姻できるからだ。 彼は私の為に勇者になり私と婚約。その後、魔物討伐に向かった。 ところが彼は行方不明となりおよそ2年後やっと戻って来た。しかし、彼の横には子供を抱いた見知らぬ女性が立っており・・・・・・ ハッピーエンドではない悲恋になるかもしれません。もやもやエンドの追記あり。ちょっとしたざまぁになっています。

夜会の顛末

豆狸
恋愛
「今夜の夜会にお集まりの皆様にご紹介させてもらいましょう。俺の女房のアルメと伯爵令息のハイス様です。ふたりはこっそり夜会を抜け出して、館の裏庭で乳繰り合っていやがりました」

処理中です...