偽聖女として断罪追放された元令嬢は、知らずの森の番人代理として働くことになりました

石河 翠

文字の大きさ
3 / 61
1.雪深き知らずの森

(3)

しおりを挟む
 神殿に入ることは、一般的には俗世から距離を置くことになると言われている。けれど実際のところ神殿内部では、貴族社会における立ち位置が予想以上に幅を利かせていた。「誰もが神の前に平等」というのは、あくまで建前であることに気が付かなかった自分の愚かさに、リリィは我がことながら呆れてしまったくらいだ。

『大変申し訳ないのですが、このようなお仕事では力を発揮することが難しいのです』
『平民の方のお相手は緊張してしまって。ほら、皆さまお口が達者でいらっしゃるから』
『魔獣退治後の治療や武具の穢れを払うだなんて荷が重いのです。そういったお仕事に対しても忌避感のない豪胆な方にお任せした方が良いのでは?』

 貴族の屋敷であれば使用人が行っていたような雑事、平民相手の治療、魔獣相手に重篤な怪我を負った騎士団員の治療、穢れをまとった武具の浄化など、地味な上に、重労働な汚れ仕事は立場の弱い聖女見習いに回ってくる。身分こそ伯爵令嬢ではあったものの、神殿への寄付も少なく、社交界での繋がりも薄いリリィは、あっという間にそういったみんなの嫌がる仕事を押し付けられるようになってしまった。

 それでもリリィは、田舎貴族ゆえに魔獣の脅威が骨身にしみている。そして命を賭けて戦ってくれる騎士団が来てくれることのありがたさもまた、誰よりも熟知しているのだ。何せ王都から離れれば離れるほど魔獣の出現率は上がるというのに、田舎になればなるほど騎士団の救援を求めることは難しくなるのだから。

 騎士団員の生存率が上がること、武器の性能が上がることは、弱い立場の民衆にとってもめぐりめぐって重要なことになる。だからこそリリィは、寝る間も惜しんで働いた。明らかに過労状態だったが、神殿に入ることを決めた時点である程度の覚悟はできている。

 どんな仕事でも厭わないリリィのことを信頼してくれる友人も少数ながらできた。何より神殿には、リリィが尊敬してやまない大聖女がいるのだ。

『リリィ。そなたは、真面目で頑張り屋だ。何事にも手を抜かず、自身の正しいと思ったことを貫く強さもある』
『ありがとうございます』
『だが、時にそなたは真面目過ぎる。何よりすべてを抱え込みすぎておる。勤勉なことは素晴らしいが、そなたがつぶれてしまわないか心配でならぬのだ』
『もったいないお言葉でございます』

 リリィはあくまで問題ないと、微笑んでみせた。本当に大切な相手だからこそ、言いたくないことだってあるのだ。

 もともとリリィの実家は、とある田舎の地方領主である。そこは魔獣がたびたび出現する場所でもあり、幼いリリィが初めて大聖女に出会ったのもまた、魔獣の大量発生の瞬間であった。

 本来ならば指揮をとるのは領主たる父。けれど父は領地から離れ、王都の愛人の元で安穏と過ごしている。もともと父に領地運営の才はない。父の代わりに領地を適切に運営するために政略結婚をする羽目になったリリィの母は、黙々と領民のために働いた。魔力が高く、魔術師としての実力も十分にあったが、それでもわずかばかりの騎士団で、異常発生した魔獣を制圧することは難しい。

 領地が魔獣の群れに蹂躙されようとしたその時、リリィは見た。ひとりのまばゆいほどの麗人が、結界を張り、魔獣を浄化し、傷ついた多くの人々を治癒しているのを。神々しいとしか言いようのないその様子に、リリィはただただ圧倒された。その後の記憶はとぎれとぎれで、ほとんど覚えていない。

 リリィの母は領地の騎士の多くとともに亡くなっている。葬儀もあげたはずなのだが、やはりリリィにはほとんど記憶がない。あまりの衝撃ゆえに、辛い記憶を心の中にしまい込んでいるのかもしれない。そうでなければリリィはとてもではないが、父親を始めとする周囲の仕打ちに耐えることはできなかっただろう。

 恩人である麗人が大聖女であることを、ずいぶんと後になってリリィは知った。神殿に飾られている姿絵を見て、その存在に気づいたのだ。大聖女の功績はあまりに多すぎるせいか、それとも非常に謙虚なのか、この働きについては神殿の正式な記録には残っていない。それでもリリィは、大聖女によって救われた自分の命は、神殿を通して人々のために使うべきだと考えている。自身の幸福を考えることなどおこがましい。

 だからリリィにとって、大聖女が自分のことを気にかけてくれているという事実だけで、前を向いて生きていくことができたのである。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わかったわ、私が代役になればいいのね?[完]

風龍佳乃
恋愛
ブェールズ侯爵家に生まれたリディー。 しかしリディーは 「双子が産まれると家門が分裂する」 そんな言い伝えがありブェールズ夫婦は 妹のリディーをすぐにシュエル伯爵家の 養女として送り出したのだった。 リディーは13歳の時 姉のリディアーナが病に倒れたと 聞かされ初めて自分の生い立ちを知る。 そしてリディアーナは皇太子殿下の 婚約者候補だと知らされて葛藤する。 リディーは皇太子殿下からの依頼を 受けて姉に成り代わり 身代わりとしてリディアーナを演じる 事を選んだリディーに試練が待っていた。

聖女になる道を選んだので 自分で幸せを見つけますね[完]

風龍佳乃
恋愛
公爵令嬢リディアは政略結婚で ハワードと一緒になったのだが 恋人であるケイティを優先させて リディアに屈辱的な態度を取っていた ハワードの子を宿したリディアだったが 彼の態度は相変わらずだ そして苦しんだリディアは決意する リディアは自ら薬を飲み 黄泉の世界で女神に出会った 神力を持っていた母そして アーリの神力を受け取り リディアは現聖女サーシャの助けを 借りながら新聖女として生きていく のだった

運命の秘薬 〜100年の時を超えて〜 [完]

風龍佳乃
恋愛
シャルパド王国に育った アリーリアはこの国の皇太子である エドアルドとの結婚式を終えたが 自分を蔑ろにした エドアルドを許す事が出来ず 自ら命をたってしまったのだった アリーリアの魂は彷徨い続けながら 100年後に蘇ったのだが… 再び出会ってしまったエドアルドの 生まれ変わり 彼も又、前世の記憶を持っていた。 アリーリアはエドアルドから離れようと するが運命は2人を離さなかったのだ 戸惑いながら生きるアリーリアは 生まれ変わった理由を知り驚いた そして今の自分を受け入れて 幸せを見つけたのだった。 ※ は前世の出来事(回想)です

ドレスが似合わないと言われて婚約解消したら、いつの間にか殿下に囲われていた件

ぽぽよ
恋愛
似合わないドレスばかりを送りつけてくる婚約者に嫌気がさした令嬢シンシアは、婚約を解消し、ドレスを捨てて男装の道を選んだ。 スラックス姿で生きる彼女は、以前よりも自然体で、王宮でも次第に評価を上げていく。 しかしその裏で、爽やかな笑顔を張り付けた王太子が、密かにシンシアへの執着を深めていた。 一方のシンシアは極度の鈍感で、王太子の好意をすべて「親切」「仕事」と受け取ってしまう。 「一生お仕えします」という言葉の意味を、まったく違う方向で受け取った二人。 これは、男装令嬢と爽やか策士王太子による、勘違いから始まる婚約(包囲)物語。

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

不愛想な婚約者のメガネをこっそりかけたら

柳葉うら
恋愛
男爵令嬢のアダリーシアは、婚約者で伯爵家の令息のエディングと上手くいっていない。ある日、エディングに会いに行ったアダリーシアは、エディングが置いていったメガネを出来心でかけてみることに。そんなアダリーシアの姿を見たエディングは――。 「か・わ・い・い~っ!!」 これまでの態度から一変して、アダリーシアのギャップにメロメロになるのだった。 出来心でメガネをかけたヒロインのギャップに、本当は溺愛しているのに不器用であるがゆえにぶっきらぼうに接してしまったヒーローがノックアウトされるお話。

婚約破棄されたトリノは、継母や姉たちや使用人からもいじめられているので、前世の記憶を思い出し、家から脱走して旅にでる!

山田 バルス
恋愛
 この屋敷は、わたしの居場所じゃない。  薄明かりの差し込む天窓の下、トリノは古びた石床に敷かれた毛布の中で、静かに目を覚ました。肌寒さに身をすくめながら、昨日と変わらぬ粗末な日常が始まる。  かつては伯爵家の令嬢として、それなりに贅沢に暮らしていたはずだった。だけど、実の母が亡くなり、父が再婚してから、すべてが変わった。 「おい、灰かぶり。いつまで寝てんのよ、あんたは召使いのつもり?」 「ごめんなさい、すぐに……」 「ふーん、また寝癖ついてる。魔獣みたいな髪。鏡って知ってる?」 「……すみません」 トリノはペコリと頭を下げる。反論なんて、とうにあきらめた。 この世界は、魔法と剣が支配する王国《エルデラン》の北方領。名門リドグレイ伯爵家の屋敷には、魔道具や召使い、そして“偽りの家族”がそろっている。 彼女――トリノ・リドグレイは、この家の“戸籍上は三女”。けれど実態は、召使い以下の扱いだった。 「キッチン、昨日の灰がそのままだったわよ? ご主人様の食事を用意する手も、まるで泥人形ね」 「今朝の朝食、あなたの分はなし。ねえ、ミレイア? “灰かぶり令嬢”には、灰でも食べさせればいいのよ」 「賛成♪ ちょうど暖炉の掃除があるし、役立ててあげる」 三人がくすくすと笑うなか、トリノはただ小さくうなずいた。  夜。屋敷が静まり、誰もいない納戸で、トリノはひとり、こっそり木箱を開いた。中には小さな布包み。亡き母の形見――古びた銀のペンダントが眠っていた。  それだけが、彼女の“世界でただ一つの宝物”。 「……お母さま。わたし、がんばってるよ。ちゃんと、ひとりでも……」  声が震える。けれど、涙は流さなかった。  屋敷の誰にも必要とされない“灰かぶり令嬢”。 だけど、彼女の心だけは、まだ折れていない。  いつか、この冷たい塔を抜け出して、空の広い場所へ行くんだ。  そう、小さく、けれど確かに誓った。

虐げられた聖女は精霊王国で溺愛される~追放されたら、剣聖と大魔導師がついてきた~

星名柚花
恋愛
聖女となって三年、リーリエは人々のために必死で頑張ってきた。 しかし、力の使い過ぎで《聖紋》を失うなり、用済みとばかりに婚約破棄され、国外追放を言い渡されてしまう。 これで私の人生も終わり…かと思いきや。 「ちょっと待った!!」 剣聖(剣の達人)と大魔導師(魔法の達人)が声を上げた。 え、二人とも国を捨ててついてきてくれるんですか? 国防の要である二人がいなくなったら大変だろうけれど、まあそんなこと追放される身としては知ったことではないわけで。 虐げられた日々はもう終わり! 私は二人と精霊たちとハッピーライフを目指します!

処理中です...