偽聖女として断罪追放された元令嬢は、知らずの森の番人代理として働くことになりました

石河 翠

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1.雪深き知らずの森

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 そんなリリィの大聖女には決して言えない不安。それは、自身の聖女としての伸びしろが大きくはないというところだ。リリィは器用貧乏だ。ある程度の魔術をそれなりの速度で覚え、それなりの質で展開することができる。だが、それだけだ。高度に展開速度を上げることも、質を高めることもリリィには難しい。

 新人としてやってくる見習い聖女たちに指導するのもつかの間、いつの間にかリリィの能力を軽々と超えた彼らは、見習いから卒業していってしまう。いつまで経っても見習い聖女のリリィ。かつての新人たちは今のところリリィに感謝を示してくれているが、いつまで経っても見習いという現状では、「向上心なし」「聖女への適合なし」と上に判断されてもおかしくない。

 聖女でなくなれば、神殿にいることはできない。還俗した聖女は、政略結婚の相手としてなかなかの値打ちものだが、あの家族が自分に幸せな結婚を用意してくれるとはとても思えない。万が一還俗ともなれば、どこへ売り飛ばされる羽目になるのか。そう思い悩んでいたところでの、まさかの聖女資格の剥奪だったわけである。

 結局のところリリィは、異母妹が自分を神殿から追放した理由がわからないままだった。異母妹は、リリィのすべてを手に入れた。これ以上は無意味だ。リリィが身を寄せていた神殿から居場所を奪う必要がどこにあったのだろう。

 そしてあれほどリリィのことを気にかけてくれていた大聖女が、どうしてリリィではなく異母妹の話を信用したのか。それもまたリリィには理解できなかった。まさかリリィの異母妹は、お伽噺に出てくるような魅了の力でも持ち合わせているのだろうか?

 王国の初代国王の友人だったという黒の魔女や白の魔術師でもなければ持ち合わせていないはずの代物を想像し、リリィは小さく首を横に振った。

「私には関係のない話ね」

 資格剥奪で死にたくなるほどショックを受けるかと思っていたが、思った以上に冷静な自分がいる。大切な場所があるから怖いのだ。失うものなど何もなくなってしまえば、もう恐れることはない。弱者の心の守り方は、何とも愚かなものなのだ。

 リリィが追放されることになった知らずの森は、一年中深い雪に閉ざされている不思議な森だ。森の中に入ることができるのは、森の番人が招いた者だけ。何を対価に払ったとしても叶えたい強い想いがある者だけが、客人として深き森の奥にある秘密の館に招かれるのだそうだ。招かれざる客は死ぬまで森の中をさまよい歩くことになるのだという。

 それは王国の誰もが知るお伽噺。けれど森の番人に会い、願いを叶えてもらったという人間は表には現れない。ただ神殿によって禁足地に指定されているという事実が、単なるお伽噺ではないのだろうと人々に思わせている程度の与太話。神殿を敵に回してまで真実を確かめたいと思うほど、リリィは命知らずではなかった。

 それなのにリリィの異母妹は、リリィが向かう場所は知らずの森がふさわしいと言い放った。確かに森に招かれ、番人に願うことができたならば「偽聖女」の汚名もすすがれるのかもしれない。けれどそれはあまりにも可能性の低い望み。辺鄙な森の中で飢え死にするか、あるいは獣に屠られるか。どちらの未来がより確率が高いだろうか。そもそも禁足地への侵入を理由として処分する腹積もりかもしれない。

「死ぬ間際まで痛いのは遠慮したいわね」

 リリィのつぶやきに、返事をする者は誰もいなかった。
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