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3.藍のカップを満たすもの
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「旦那さまに言いたいことがちゃんと言えているといいのですが」
「まあ、大丈夫ではないか。話が弾まなければ、美味しいお茶を味わっていればよい」
「話が弾まないからといってお茶ばかり飲んでいたら、お腹がちゃぷちゃぷになってしまいますよ」
客人を見送ったリリィはテーブルを片付けると、再び自分たちのためにお茶会の準備を始めた。先ほどまでは悩める客人をもてなすためのお茶会。これから開くのは、客人を送り出した自分たちへの慰労のためのお茶会だ。なんとも贅沢なことである。
店内の飲食は数か月待ち、持ち帰りの商品であっても行列に並んでやっと買えるかどうかという王都でも評判のパティスリーのお菓子。神殿にいたリリィもその名を聞いたことがあったが、まさか実際に食べることができる日が来るなんて夢にも思わなかった。
ちなみに一部の聖女たちは、治癒の礼として上級貴族たちから融通してもらっているという噂もあるが、それを咎めるつもりはリリィにはない。ただリリィはそういったお礼を期待するべくもない聖女たち――つまりは、平民たちの治療にあたっている他の聖女たち――が報われる機会があるといいなあと密かに願っている。
真面目に働く仲間たちが手に入れることはできない甘味という贅沢を、若干の罪悪感を覚えながらリリィはそっと味わう。口の中でとろける甘さとほろ苦さは、まさしく罪の味なのだろう。取り分けられるのを大人しく待っていた白狼もよだれを垂らしていたらしく、テーブルクロスがしっとりと濡れていた。
「聖獣さまは、本当に甘い物が好きですね」
「甘い物が好きなのではない。旨い物が好きなのだ。そもそも、不味い物を好んで食べる者はいないだろう?」
「そうですねえ。私は、お腹が膨れるのであれば不味いものでも喜んで食べておりましたから。すごく美味しい物を指先程度だけと、すごく不味い物をお腹いっぱいだと、ちょっと悩んでしまうかもしれません」
そういえば異母妹と元婚約者のお茶会があると、元婚約者は人目を忍んでお茶会で出たお菓子をリリィに届けてくれていた。それを知った異母妹にお菓子を袋ごと踏まれたこともあるけれど、どんなに粉々でもお菓子はお菓子。泥まみれになったわけでもなし、袋に入ったままのお菓子は不格好になっても美味しかったものだ。元婚約者に対する感情などほとんど存在しないが、お菓子を届けてくれていたことだけは感謝してもいいのかもしれないとリリィは思っている。
「……もっと食べろ」
「え、聖獣さまの分ですよ?」
「わたしの分は、また後で届けてもらう。好きなのだろう、食べられるだけ食べるがいい」
「本当に良いのですか?」
「早くしろ」
でも、とリリィは思う。聖獣さまったら涙目になっていらっしゃるなんて、そんなにこのお菓子を召し上がりたかったのかしらんと。
「やはりいただくわけには参りません。聖獣さまの好物を取り上げるなど、無礼千万ではありませんか」
「くどい。このわたしが良いと言っているのだ」
「それでは、半分こいたしましょう。それならば、よろしいですか?」
互いに譲ろうとしない状況に、リリィが微妙な落としどころを提案した。菓子の半分をフォークにさし、そっと白狼に差し出す。
「う、うむ、いや……」
「ほら、早く食べてください。フォークから落っこちてしまいます」
「む、むう。仕方ないな……」
「もしかして……」
「な、なんだ! わたしは別に……」
「聖獣さま、フォークが苦手なのですか? 確かに敏感な方は、金属が口の中にあたると変な味がするとおっしゃいますものね。はい、あーん」
そっとフォークの先のお菓子を指先でつまみ、そのまま白狼の口元へ運んだ。犬扱いする形になってもっと良くなかったのかもしれないと思ったが、白狼は黙ってリリィの指先をなめつつ菓子を頬張った。
「……」
「どうですか?」
「……甘いな」
「そうですね。見た目も美しいですが、やはりお菓子は口の中に入れてこそ感動もひとしお。感想を書き留めておいて、今度は別の種類のお菓子も買ってみたいですね」
「好みだったものは、きちんと書き残すように」
先ほど「また後から届けてもらう」と聞こえたが、果たして神殿は王都の有名パティスリーへのコネもあるのだろうか?
それにしても、お客人の悩みは恋のお悩みがどうにも多いようだ。まあ、リリィとしても恋の話は嫌いではない。何より政治的な悩みを持ち込まれたところで、解決のための糸口を探し出すことは難しいだろう。婚約者をあっさり異母妹に奪われたリリィごときにできる恋のアドバイスもほとんどないが。
もしかしたら森の番人が眠りについている今は、代理人であるリリィの手に負えない悩みを持つ人々は、森に入ることができないのかもしれない。適材適所を森が判断してくれているのだとしたら、なんともありがたいことだ。若干の疑問を抱きつつも、リリィは美味しいお菓子とお茶の時間を満喫する。
「まあ、大丈夫ではないか。話が弾まなければ、美味しいお茶を味わっていればよい」
「話が弾まないからといってお茶ばかり飲んでいたら、お腹がちゃぷちゃぷになってしまいますよ」
客人を見送ったリリィはテーブルを片付けると、再び自分たちのためにお茶会の準備を始めた。先ほどまでは悩める客人をもてなすためのお茶会。これから開くのは、客人を送り出した自分たちへの慰労のためのお茶会だ。なんとも贅沢なことである。
店内の飲食は数か月待ち、持ち帰りの商品であっても行列に並んでやっと買えるかどうかという王都でも評判のパティスリーのお菓子。神殿にいたリリィもその名を聞いたことがあったが、まさか実際に食べることができる日が来るなんて夢にも思わなかった。
ちなみに一部の聖女たちは、治癒の礼として上級貴族たちから融通してもらっているという噂もあるが、それを咎めるつもりはリリィにはない。ただリリィはそういったお礼を期待するべくもない聖女たち――つまりは、平民たちの治療にあたっている他の聖女たち――が報われる機会があるといいなあと密かに願っている。
真面目に働く仲間たちが手に入れることはできない甘味という贅沢を、若干の罪悪感を覚えながらリリィはそっと味わう。口の中でとろける甘さとほろ苦さは、まさしく罪の味なのだろう。取り分けられるのを大人しく待っていた白狼もよだれを垂らしていたらしく、テーブルクロスがしっとりと濡れていた。
「聖獣さまは、本当に甘い物が好きですね」
「甘い物が好きなのではない。旨い物が好きなのだ。そもそも、不味い物を好んで食べる者はいないだろう?」
「そうですねえ。私は、お腹が膨れるのであれば不味いものでも喜んで食べておりましたから。すごく美味しい物を指先程度だけと、すごく不味い物をお腹いっぱいだと、ちょっと悩んでしまうかもしれません」
そういえば異母妹と元婚約者のお茶会があると、元婚約者は人目を忍んでお茶会で出たお菓子をリリィに届けてくれていた。それを知った異母妹にお菓子を袋ごと踏まれたこともあるけれど、どんなに粉々でもお菓子はお菓子。泥まみれになったわけでもなし、袋に入ったままのお菓子は不格好になっても美味しかったものだ。元婚約者に対する感情などほとんど存在しないが、お菓子を届けてくれていたことだけは感謝してもいいのかもしれないとリリィは思っている。
「……もっと食べろ」
「え、聖獣さまの分ですよ?」
「わたしの分は、また後で届けてもらう。好きなのだろう、食べられるだけ食べるがいい」
「本当に良いのですか?」
「早くしろ」
でも、とリリィは思う。聖獣さまったら涙目になっていらっしゃるなんて、そんなにこのお菓子を召し上がりたかったのかしらんと。
「やはりいただくわけには参りません。聖獣さまの好物を取り上げるなど、無礼千万ではありませんか」
「くどい。このわたしが良いと言っているのだ」
「それでは、半分こいたしましょう。それならば、よろしいですか?」
互いに譲ろうとしない状況に、リリィが微妙な落としどころを提案した。菓子の半分をフォークにさし、そっと白狼に差し出す。
「う、うむ、いや……」
「ほら、早く食べてください。フォークから落っこちてしまいます」
「む、むう。仕方ないな……」
「もしかして……」
「な、なんだ! わたしは別に……」
「聖獣さま、フォークが苦手なのですか? 確かに敏感な方は、金属が口の中にあたると変な味がするとおっしゃいますものね。はい、あーん」
そっとフォークの先のお菓子を指先でつまみ、そのまま白狼の口元へ運んだ。犬扱いする形になってもっと良くなかったのかもしれないと思ったが、白狼は黙ってリリィの指先をなめつつ菓子を頬張った。
「……」
「どうですか?」
「……甘いな」
「そうですね。見た目も美しいですが、やはりお菓子は口の中に入れてこそ感動もひとしお。感想を書き留めておいて、今度は別の種類のお菓子も買ってみたいですね」
「好みだったものは、きちんと書き残すように」
先ほど「また後から届けてもらう」と聞こえたが、果たして神殿は王都の有名パティスリーへのコネもあるのだろうか?
それにしても、お客人の悩みは恋のお悩みがどうにも多いようだ。まあ、リリィとしても恋の話は嫌いではない。何より政治的な悩みを持ち込まれたところで、解決のための糸口を探し出すことは難しいだろう。婚約者をあっさり異母妹に奪われたリリィごときにできる恋のアドバイスもほとんどないが。
もしかしたら森の番人が眠りについている今は、代理人であるリリィの手に負えない悩みを持つ人々は、森に入ることができないのかもしれない。適材適所を森が判断してくれているのだとしたら、なんともありがたいことだ。若干の疑問を抱きつつも、リリィは美味しいお菓子とお茶の時間を満喫する。
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