偽聖女として断罪追放された元令嬢は、知らずの森の番人代理として働くことになりました

石河 翠

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3.藍のカップを満たすもの

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「それにしても、神殿の野草茶をここで飲むことを嫌だとは思わないのか? 神殿は、そなたを偽聖女として追放した大聖女のいるところだろう」
「大聖女さまの悪口は、いくら聖獣さまとて許しませんよ」
「まったく、どうしてそうも盲目的に信頼できるのだ。たかが大聖女ではないか」

 白狼は、野草茶の匂いを嗅ぐとあからさまに嫌そうな顔をした。そして自分用に、コーヒーを入れてくれとリリィにせっつく。出されたものは何でも食べられるものの、意外と飲み物や食べ物にこだわりがあるらしいことにリリィは一緒に生活を始めてからすぐに気が付いた。

 リリィとてかつては貴族令嬢として生活していた身の上だ。それなりの茶会や夜会に出席したことだってある。そこで出会ったひとたちも、聖獣ほどの知識は持ち得ていなかった。聖獣と共に暮らしていた森の番人の不思議さは、日を追うごとに深まるばかりだ。眠りについている森の番人は一体どんなひとだったのだろう。

「大聖女さまは、私の命の恩人です。そんな方に神殿を追放されたことは、悲しくないと言えば嘘になります。けれどそこを恨むのではなく、あの日差し伸べられた手の温かさを大事にして生きていきたいのです」

 領地の騎士たちが倒れ、魔術師だった母も敗れ、治癒の才能を持っていた幼いリリィもまた意識を失いかけた。あの時領地に結界を張り、魔獣を浄化し、人々の傷を癒してくれた恩人がいなければ、今こうやってのんびりとお茶会をすることもできなかったのだ。

 あれは本当に美しい光景だった。荒れ果てた大地に光が降り注ぐと、魔獣たちが浄化され、地に緑が満ちる。倒れた人々の傷が塞がり、苦悶の表情は安らいだものへと変わっていった。命を賭して戦った母が、生前の美しい姿のままで見送ることができたことをリリィは心から感謝している。自分が見た母の最後の姿があの無残なもののままだったなら、きっとリリィはこうやって生きていくことはできなかったに違いない。

 死んでしまっては意味がないと怒る領民もいないではなかったが、それでもリリィは恩人がどれだけの力を振り絞ってリリィの故郷を守ってくれたのか、それを日々実感している。聖女の末席に名を連ねていたからこそ理解できることもあるのだ。感謝こそすれ、恨めるはずがない。だが、そんなリリィの言葉は白狼にとっては吹けば飛ぶほどに薄っぺらいものに思えたようだ。

「人間の感覚というのはあてにならぬぞ。明るい場所と暗い場所、どちらの場所で見るかというだけで、『青と黒』のドレスと『白と金』のドレスを見間違えることもある。大聖女を恩人と崇めていると、足元をすくわれるぞ」
「白と黒を見間違えるなんて、そんな馬鹿な。それに何より、恩人の顔を見間違えるほど、私はお馬鹿さんではないつもりなのですが」
「だといいがな」

 話はそれまでだと言うように白狼は大きなあくびをひとつすると、暖炉のそばで昼寝を始めた。

「あんまり近づきすぎてはいけませんよ。毛皮が焦げてしまいます」
「そなたはわたしを一体何だと思っている」
「暖炉に近づきすぎて、煙が出てしまった聖獣さまです」
「くだらぬ」

 暖炉に薪を新しくくべながら、リリィはそっと窓の外をのぞく。さんさんと光が差し込む窓辺の温かさとは裏腹に、知らずの森は今日も白い雪に閉ざされている。
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