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4.紫水晶の誓い
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「殿下、申し訳ありませんが、気分が優れませんの。本日はこれにて失礼いたしますわ」
『バイオレット、何を言っているの! まだお茶会は始まったばかりよ。せっかくバイオレットの誕生日をお祝いするために駆けつけてくださったというのに!』
「あら、ヴィオラに叱られてしまったわね。そんなにわたくしの不作法を咎めるというのであれば、わたくしの代わりとしてヴィオラに殿下のお相手をお願いするわ」
「姫、お渡ししたいものがございます」
「どうぞ、侍女に預けてくださいませ」
つんと顔をそらし、バイオレットはお茶会の席を立った。婚約者である隣国の王太子モラドは、日頃バイオレットがどんな態度をとったところで怒ることはない。バイオレットの意志を尊重してくれていると言えば聞こえは良いが、結局のところバイオレットの癇癪など気にもならないのだろう。完璧な美貌の王子さまにしてみれば、婚約者であるバイオレットなど赤子のようなもの。
「姫! 少々お待ちを!」
どういう風の吹き回しか、今回は珍しく何事か後ろで騒いでいるらしい。追いつかれると面倒だ。バイオレットは小柄なことを活かしてお茶会の会場だった庭園をつっきり、生け垣の端から無理矢理身体を潜り込ませる。背の高いものには見えない崩れかけた秘密のトンネル。そこを通れば、回り道をすることなく薔薇園の奥にある秘密の花園に到着することができるのだ。追っ手を引き離し、バイオレットはりすのように駆け回る。
『バイオレット、逃げちゃダメだって言ったのに!』
「なによ、ヴィオラはわたくしではなく殿下の味方をするのね」
『そういうつもりじゃないわ。ただ、バイオレットには幸せになってほしくて……』
落ち込む親友を見ると怒りを持続させるのは難しくなる。それでも、バイオレットは自身の主張を曲げることなどできなかった。とはいえバイオレットがどんなに嫌がったところで王族の結婚は義務のようなものであり、逃げられるはずもない。その上、一般的に見てこれほどの好条件との相手ともなれば、拒否などありえないのである。
バイオレットの両親はこの婚約に涙した。隣国との関係性に頭を悩ませてきたのは、国王と王妃なのだから当然だ。両国の国境沿いがきな臭いのは長年の懸案事項でもある。バイオレットとモラドの婚姻により両国が姻族関係になれば、多少は国境沿いの国民たちも穏やかに暮らすことができるようになるのではないかと期待されていた。
兄弟姉妹も喜んだ。何せバイオレットたち王女には王位継承権はない。そうなるとより良い結婚相手を見つけることが、幸せへの近道となる。高貴な身分ともなると、年齢的な問題も含めて婚姻をまとめるのは意外と難しいことなのだ。その上バイオレットのように、上に姉がたくさんいる妹姫ともなると、良い嫁ぎ先はなかなか少なくなってしまう。身分的につり合いがとれており、遠すぎない場所にある嫁ぎ先というのは涙が出るほどありがたい代物なのだった。
その上、バイオレットの親友でもあり、護衛でもあるヴィオラもまた、王太子モラドのことを非常に気に入っているようだった。何せ王家の影ですら見抜けなかった他国の間諜を一発で怪しいと判断する鋭い嗅覚を持っているヴィオラである。腹にいろいろと抱えた人間は、老若男女を問わずバイオレットの前から排除された。それにもかかわらず、彼女は王太子モラドに会うなり、一発で服従の意を示したのだ。
(そもそもヴィオラはわたくしの護衛ですのに。一体どういうつもりなんですの! まったく前世といい、今世といい、忌々しい男ですわ!)
最後には勝手な嫉妬まで混じらせつつ、前世持ちであるバイオレットはその薔薇色の頬をぷっくりと膨らませた。
『バイオレット、何を言っているの! まだお茶会は始まったばかりよ。せっかくバイオレットの誕生日をお祝いするために駆けつけてくださったというのに!』
「あら、ヴィオラに叱られてしまったわね。そんなにわたくしの不作法を咎めるというのであれば、わたくしの代わりとしてヴィオラに殿下のお相手をお願いするわ」
「姫、お渡ししたいものがございます」
「どうぞ、侍女に預けてくださいませ」
つんと顔をそらし、バイオレットはお茶会の席を立った。婚約者である隣国の王太子モラドは、日頃バイオレットがどんな態度をとったところで怒ることはない。バイオレットの意志を尊重してくれていると言えば聞こえは良いが、結局のところバイオレットの癇癪など気にもならないのだろう。完璧な美貌の王子さまにしてみれば、婚約者であるバイオレットなど赤子のようなもの。
「姫! 少々お待ちを!」
どういう風の吹き回しか、今回は珍しく何事か後ろで騒いでいるらしい。追いつかれると面倒だ。バイオレットは小柄なことを活かしてお茶会の会場だった庭園をつっきり、生け垣の端から無理矢理身体を潜り込ませる。背の高いものには見えない崩れかけた秘密のトンネル。そこを通れば、回り道をすることなく薔薇園の奥にある秘密の花園に到着することができるのだ。追っ手を引き離し、バイオレットはりすのように駆け回る。
『バイオレット、逃げちゃダメだって言ったのに!』
「なによ、ヴィオラはわたくしではなく殿下の味方をするのね」
『そういうつもりじゃないわ。ただ、バイオレットには幸せになってほしくて……』
落ち込む親友を見ると怒りを持続させるのは難しくなる。それでも、バイオレットは自身の主張を曲げることなどできなかった。とはいえバイオレットがどんなに嫌がったところで王族の結婚は義務のようなものであり、逃げられるはずもない。その上、一般的に見てこれほどの好条件との相手ともなれば、拒否などありえないのである。
バイオレットの両親はこの婚約に涙した。隣国との関係性に頭を悩ませてきたのは、国王と王妃なのだから当然だ。両国の国境沿いがきな臭いのは長年の懸案事項でもある。バイオレットとモラドの婚姻により両国が姻族関係になれば、多少は国境沿いの国民たちも穏やかに暮らすことができるようになるのではないかと期待されていた。
兄弟姉妹も喜んだ。何せバイオレットたち王女には王位継承権はない。そうなるとより良い結婚相手を見つけることが、幸せへの近道となる。高貴な身分ともなると、年齢的な問題も含めて婚姻をまとめるのは意外と難しいことなのだ。その上バイオレットのように、上に姉がたくさんいる妹姫ともなると、良い嫁ぎ先はなかなか少なくなってしまう。身分的につり合いがとれており、遠すぎない場所にある嫁ぎ先というのは涙が出るほどありがたい代物なのだった。
その上、バイオレットの親友でもあり、護衛でもあるヴィオラもまた、王太子モラドのことを非常に気に入っているようだった。何せ王家の影ですら見抜けなかった他国の間諜を一発で怪しいと判断する鋭い嗅覚を持っているヴィオラである。腹にいろいろと抱えた人間は、老若男女を問わずバイオレットの前から排除された。それにもかかわらず、彼女は王太子モラドに会うなり、一発で服従の意を示したのだ。
(そもそもヴィオラはわたくしの護衛ですのに。一体どういうつもりなんですの! まったく前世といい、今世といい、忌々しい男ですわ!)
最後には勝手な嫉妬まで混じらせつつ、前世持ちであるバイオレットはその薔薇色の頬をぷっくりと膨らませた。
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