29 / 61
4.紫水晶の誓い
(5)
しおりを挟む
このひとが前世のモラドと結婚したという女性なのだろうか。だが、あの忌々しい結婚相手はモラドが艶やかな美女と結婚したと言っていたはずだ。目の前の女性は確かに美しい。けれどその美しさは、咲き誇る華やかさよりも、非常に控えめで慎ましいものだった。バイオレットのような姫というよりも、誰かのために祈りを捧げる聖女のような静謐さ。どうにも、想像していたモラドの結婚相手とは食い違う。
首を傾げつつ、バイオレットは目の前の光景に集中する。記憶というものは、景色だけでなく音や匂いまで残るものらしい。今映し出されている光景は、紫水晶の指輪の記憶だ。バイオレットが指輪を握りしめているせいか、あるいは身長差があるせいか、女性にバイオレット自身を抱きかかえられているような感じがしてどうにも落ち着かない。
烏の濡れ羽色をした女性の髪が、ふわりとバイオレットの鼻先をくすぐった。知らずの森とは異なる、不思議な甘い香り。どこかで嗅いだような気がして、首を傾げる。とても身近なはずなのに、思い出せないこの香りは一体なんなのだろう。
『ヴィオラに引き続き、お前までここへ来るとは』
『彼女もここへ来ましたか。我々はあなたさまに頼りすぎなのでしょうね。申し訳ありません。ですが、自分にはもう黒の魔女さまにすがるより他に方法がなかったのです』
『やれやれ。この指輪は、決して万能の魔導具などではないのだけれど。過信しないでほしいわ』
『承知しております』
女性からモラドに紫水晶の指輪が渡される。指輪を両手でつかんだのだろう、けれどそれはバイオレットの小さな手をそっと包み込む形になっていて、彼女は思わず涙をこぼしそうになった。懐かしい剣だこのある硬く骨ばった大きな手。普段はあれだけ拒み突き放しているけれど、心から愛したひとなのだ。平静でなどいられない。
『時間がないの。急いで。馬は貸してあげる』
『ありがとうございます』
魔女が風に溶けて姿を消すと同時に、モラドは青毛の馬に乗り走り出していた。モラドに何か泥のような何かがまとわりつきそうになり、一瞬にして消える。どうやら魔女が授けた指輪が何らかの呪いに対抗しているらしい。
そこでバイオレットは気が付く。モラドに攻撃を仕掛けている男が、バイオレットを誘拐まがいの方法で娶ったあの男自身であることに。戦上手とはいえ、大国の王が小国の姫の護衛の始末に自ら出向くなんてありえない。何と言ってもあの男は、バイオレットのことなどこれっぽっちも愛していないのだから。
首を傾げつつ、バイオレットは目の前の光景に集中する。記憶というものは、景色だけでなく音や匂いまで残るものらしい。今映し出されている光景は、紫水晶の指輪の記憶だ。バイオレットが指輪を握りしめているせいか、あるいは身長差があるせいか、女性にバイオレット自身を抱きかかえられているような感じがしてどうにも落ち着かない。
烏の濡れ羽色をした女性の髪が、ふわりとバイオレットの鼻先をくすぐった。知らずの森とは異なる、不思議な甘い香り。どこかで嗅いだような気がして、首を傾げる。とても身近なはずなのに、思い出せないこの香りは一体なんなのだろう。
『ヴィオラに引き続き、お前までここへ来るとは』
『彼女もここへ来ましたか。我々はあなたさまに頼りすぎなのでしょうね。申し訳ありません。ですが、自分にはもう黒の魔女さまにすがるより他に方法がなかったのです』
『やれやれ。この指輪は、決して万能の魔導具などではないのだけれど。過信しないでほしいわ』
『承知しております』
女性からモラドに紫水晶の指輪が渡される。指輪を両手でつかんだのだろう、けれどそれはバイオレットの小さな手をそっと包み込む形になっていて、彼女は思わず涙をこぼしそうになった。懐かしい剣だこのある硬く骨ばった大きな手。普段はあれだけ拒み突き放しているけれど、心から愛したひとなのだ。平静でなどいられない。
『時間がないの。急いで。馬は貸してあげる』
『ありがとうございます』
魔女が風に溶けて姿を消すと同時に、モラドは青毛の馬に乗り走り出していた。モラドに何か泥のような何かがまとわりつきそうになり、一瞬にして消える。どうやら魔女が授けた指輪が何らかの呪いに対抗しているらしい。
そこでバイオレットは気が付く。モラドに攻撃を仕掛けている男が、バイオレットを誘拐まがいの方法で娶ったあの男自身であることに。戦上手とはいえ、大国の王が小国の姫の護衛の始末に自ら出向くなんてありえない。何と言ってもあの男は、バイオレットのことなどこれっぽっちも愛していないのだから。
78
あなたにおすすめの小説
わかったわ、私が代役になればいいのね?[完]
風龍佳乃
恋愛
ブェールズ侯爵家に生まれたリディー。
しかしリディーは
「双子が産まれると家門が分裂する」
そんな言い伝えがありブェールズ夫婦は
妹のリディーをすぐにシュエル伯爵家の
養女として送り出したのだった。
リディーは13歳の時
姉のリディアーナが病に倒れたと
聞かされ初めて自分の生い立ちを知る。
そしてリディアーナは皇太子殿下の
婚約者候補だと知らされて葛藤する。
リディーは皇太子殿下からの依頼を
受けて姉に成り代わり
身代わりとしてリディアーナを演じる
事を選んだリディーに試練が待っていた。
聖女になる道を選んだので 自分で幸せを見つけますね[完]
風龍佳乃
恋愛
公爵令嬢リディアは政略結婚で
ハワードと一緒になったのだが
恋人であるケイティを優先させて
リディアに屈辱的な態度を取っていた
ハワードの子を宿したリディアだったが
彼の態度は相変わらずだ
そして苦しんだリディアは決意する
リディアは自ら薬を飲み
黄泉の世界で女神に出会った
神力を持っていた母そして
アーリの神力を受け取り
リディアは現聖女サーシャの助けを
借りながら新聖女として生きていく
のだった
運命の秘薬 〜100年の時を超えて〜 [完]
風龍佳乃
恋愛
シャルパド王国に育った
アリーリアはこの国の皇太子である
エドアルドとの結婚式を終えたが
自分を蔑ろにした
エドアルドを許す事が出来ず
自ら命をたってしまったのだった
アリーリアの魂は彷徨い続けながら
100年後に蘇ったのだが…
再び出会ってしまったエドアルドの
生まれ変わり
彼も又、前世の記憶を持っていた。
アリーリアはエドアルドから離れようと
するが運命は2人を離さなかったのだ
戸惑いながら生きるアリーリアは
生まれ変わった理由を知り驚いた
そして今の自分を受け入れて
幸せを見つけたのだった。
※ は前世の出来事(回想)です
ドレスが似合わないと言われて婚約解消したら、いつの間にか殿下に囲われていた件
ぽぽよ
恋愛
似合わないドレスばかりを送りつけてくる婚約者に嫌気がさした令嬢シンシアは、婚約を解消し、ドレスを捨てて男装の道を選んだ。
スラックス姿で生きる彼女は、以前よりも自然体で、王宮でも次第に評価を上げていく。
しかしその裏で、爽やかな笑顔を張り付けた王太子が、密かにシンシアへの執着を深めていた。
一方のシンシアは極度の鈍感で、王太子の好意をすべて「親切」「仕事」と受け取ってしまう。
「一生お仕えします」という言葉の意味を、まったく違う方向で受け取った二人。
これは、男装令嬢と爽やか策士王太子による、勘違いから始まる婚約(包囲)物語。
存在感のない聖女が姿を消した後 [完]
風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは
永く仕えた国を捨てた。
何故って?
それは新たに現れた聖女が
ヒロインだったから。
ディアターナは
いつの日からか新聖女と比べられ
人々の心が離れていった事を悟った。
もう私の役目は終わったわ…
神託を受けたディアターナは
手紙を残して消えた。
残された国は天災に見舞われ
てしまった。
しかし聖女は戻る事はなかった。
ディアターナは西帝国にて
初代聖女のコリーアンナに出会い
運命を切り開いて
自分自身の幸せをみつけるのだった。
不愛想な婚約者のメガネをこっそりかけたら
柳葉うら
恋愛
男爵令嬢のアダリーシアは、婚約者で伯爵家の令息のエディングと上手くいっていない。ある日、エディングに会いに行ったアダリーシアは、エディングが置いていったメガネを出来心でかけてみることに。そんなアダリーシアの姿を見たエディングは――。
「か・わ・い・い~っ!!」
これまでの態度から一変して、アダリーシアのギャップにメロメロになるのだった。
出来心でメガネをかけたヒロインのギャップに、本当は溺愛しているのに不器用であるがゆえにぶっきらぼうに接してしまったヒーローがノックアウトされるお話。
婚約破棄されたトリノは、継母や姉たちや使用人からもいじめられているので、前世の記憶を思い出し、家から脱走して旅にでる!
山田 バルス
恋愛
この屋敷は、わたしの居場所じゃない。
薄明かりの差し込む天窓の下、トリノは古びた石床に敷かれた毛布の中で、静かに目を覚ました。肌寒さに身をすくめながら、昨日と変わらぬ粗末な日常が始まる。
かつては伯爵家の令嬢として、それなりに贅沢に暮らしていたはずだった。だけど、実の母が亡くなり、父が再婚してから、すべてが変わった。
「おい、灰かぶり。いつまで寝てんのよ、あんたは召使いのつもり?」
「ごめんなさい、すぐに……」
「ふーん、また寝癖ついてる。魔獣みたいな髪。鏡って知ってる?」
「……すみません」
トリノはペコリと頭を下げる。反論なんて、とうにあきらめた。
この世界は、魔法と剣が支配する王国《エルデラン》の北方領。名門リドグレイ伯爵家の屋敷には、魔道具や召使い、そして“偽りの家族”がそろっている。
彼女――トリノ・リドグレイは、この家の“戸籍上は三女”。けれど実態は、召使い以下の扱いだった。
「キッチン、昨日の灰がそのままだったわよ? ご主人様の食事を用意する手も、まるで泥人形ね」
「今朝の朝食、あなたの分はなし。ねえ、ミレイア? “灰かぶり令嬢”には、灰でも食べさせればいいのよ」
「賛成♪ ちょうど暖炉の掃除があるし、役立ててあげる」
三人がくすくすと笑うなか、トリノはただ小さくうなずいた。
夜。屋敷が静まり、誰もいない納戸で、トリノはひとり、こっそり木箱を開いた。中には小さな布包み。亡き母の形見――古びた銀のペンダントが眠っていた。
それだけが、彼女の“世界でただ一つの宝物”。
「……お母さま。わたし、がんばってるよ。ちゃんと、ひとりでも……」
声が震える。けれど、涙は流さなかった。
屋敷の誰にも必要とされない“灰かぶり令嬢”。
だけど、彼女の心だけは、まだ折れていない。
いつか、この冷たい塔を抜け出して、空の広い場所へ行くんだ。
そう、小さく、けれど確かに誓った。
虐げられた聖女は精霊王国で溺愛される~追放されたら、剣聖と大魔導師がついてきた~
星名柚花
恋愛
聖女となって三年、リーリエは人々のために必死で頑張ってきた。
しかし、力の使い過ぎで《聖紋》を失うなり、用済みとばかりに婚約破棄され、国外追放を言い渡されてしまう。
これで私の人生も終わり…かと思いきや。
「ちょっと待った!!」
剣聖(剣の達人)と大魔導師(魔法の達人)が声を上げた。
え、二人とも国を捨ててついてきてくれるんですか?
国防の要である二人がいなくなったら大変だろうけれど、まあそんなこと追放される身としては知ったことではないわけで。
虐げられた日々はもう終わり!
私は二人と精霊たちとハッピーライフを目指します!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる