偽聖女として断罪追放された元令嬢は、知らずの森の番人代理として働くことになりました

石河 翠

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4.紫水晶の誓い

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 信じられないことに、あれほど無理矢理手に入れたバイオレットのことを大国の王は酷く冷めた目で見ていた。もしもバイオレットが媚びを売っていたならば斬り殺されていたのではないだろうか。バイオレットが男を嫌えば嫌うほど、そしてモラドを恋慕えば慕うほど、男はどこか恍惚としているように見えたくらいだ。

 懐かない動物を懐かせるのが趣味なのかとも思っていたが、王がモラドを見る瞳の色に気が付き、鳥肌が立った。同じだ、あの男はモラドを求めるバイオレットを眺めるのと同じ瞳で、バイオレットの救出を誓うモラドを眺めている。バイオレットは確かにこの王に望まれて嫁いだが、この王が望んだのはバイオレットの身体でも心でもなかった。

『ああ、素晴らしい。愛する姫を取り戻すため、君は黒の魔女と契約まで行ったのか』
『武力に物を言わせ、姫殿下をさらっておきながらぬけぬけと』
『なるほど。君は信じているのだね。姫がまだ君のことを待っているのだと』
『姫殿下がお幸せならば、それで構わない。過去のことなど忘れて、前を向いて生きていかれれば良いのだ。だがもしも姫殿下が不幸なのだとすれば、姫との約束通りこの命を賭けてお助けする』
『それはそれは。ちなみに彼女は、君の手紙を今もずっと待っているよ。君のつづった彼女への愛の言葉は、わたしにとっての聖書だ。彼女の代わりに、繰り返し読んでいるとも』

 最高だと、男は手を叩いて笑った。それは嫌味や皮肉などではなく、心からの賞賛であるらしかった。

『真実の愛の、何と美しいことか』
『一体、何を』
『大国の王ともなれば、汚い感情ばかりを見る羽目になってね。愛などというものは、最も薄っぺらく信用できないものとなってしまう。それでも、わたしは夢見てしまうのだ。この世の中には、権力にも財力にも屈しない純粋な愛があるのではないかと。ようやっと探し求めた物を見つけられるらしい』
『ふざけるな』
『真剣な話さ。だからこそ君には死んでもらわなくてはならない。ふたりの愛が揺るぎないものであることを証明するために』

 大国の王の望みは、悪夢に等しかった。
 愛を信じられなくなった彼は完璧なる愛を求めて、バイオレットを娶ったのだ。彼女の愛を乞うためではない。強大無比な己を求めず、モラドへの想いに殉じるバイオレットが見たかったから。同様に、一国を敵に回しても、自国の民を見捨てても、ひとりの女性を救おうとするモラドの一途さを見たかったから。

 大国の王がいくつもの国を戦で併合し、たくさんの側室を抱えていたのは同じように相手を試していたからに他ならなかった。そして彼女たちは、国のために王を愛そうとした。それゆえに、男はさらに純粋な凶暴さで愛を渇望したのだ。

『……狂っている』
『王座にいれば、まともではいられんものさ』

 馬鹿な男だ。自分の手ですべてぶち壊しておきながら、手に入らないと泣きわめくなんて。本当にどうかしている。こんな男にかかわっていては、命がいくつあっても足りないだろう。この男は何の迷いもなくモラドを殺そうとしていることだけは理解できた。逃げてと叫ぶ間もなく、モラドに向かって矢の雨が降り注ぐ。

『悪く思うなよ。ああ、心配するな。彼女がお前のことを心から愛しているなら、すぐに天の国で再会できるさ』

 矢を避け、王が馬上で振るった魔剣をかわそうとしてモラドは進路を誤った。馬を進めたその先は雪庇(せっぴ)であり、進むべき地面はなかったのである。崖下にモラドが落ちていく。紫水晶の指輪バイオレットのことをぎゅっと握りしめていた手が離されるのがわかった。

 ああ、ここでモラドは死ぬのか。真っ白な雪景色の中でバイオレットは悟る。自分が死んだのは、雪が消え、辺り一面が泥濘にまみれていた頃。やはりあの大国の王は、嘘を吐いていたのだ。バイオレットの愛しいひとは、決して彼女を裏切ってはいなかった。

 指輪がモラドの手から消えることが悲しくて。
 愛するひとを信じることができなかった自分が悔しくて。
 モラドの命が零れ落ちていくことがどうしても許せなくて。
 やっと取り戻した愛するひとの手の温もりを失いたくなくて。

 だから、バイオレットは飛び出した。この景色は紫水晶の見ていたもう手の届かない記憶だなんてことを忘れて。秘密の花園の池に落ちた時よりも、ずっと勢いよく。もう二度と大切な物を失わないために、必死で両手を伸ばす。

「モラド!」

 気を失ってしまいそうな衝撃と浮遊感。もはや悲鳴も上げられない。涙目になりながら、バイオレットはただ必死に愛しいひとに抱き着いていた。
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