偽聖女として断罪追放された元令嬢は、知らずの森の番人代理として働くことになりました

石河 翠

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4.紫水晶の誓い

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 このひとが前世のモラドと結婚したという女性なのだろうか。だが、あの忌々しい結婚相手はモラドが艶やかな美女と結婚したと言っていたはずだ。目の前の女性は確かに美しい。けれどその美しさは、咲き誇る華やかさよりも、非常に控えめで慎ましいものだった。バイオレットのような姫というよりも、誰かのために祈りを捧げる聖女のような静謐さ。どうにも、想像していたモラドの結婚相手とは食い違う。

 首を傾げつつ、バイオレットは目の前の光景に集中する。記憶というものは、景色だけでなく音や匂いまで残るものらしい。今映し出されている光景は、紫水晶の指輪の記憶だ。バイオレットが指輪を握りしめているせいか、あるいは身長差があるせいか、女性にバイオレット自身を抱きかかえられているような感じがしてどうにも落ち着かない。

 烏の濡れ羽色をした女性の髪が、ふわりとバイオレットの鼻先をくすぐった。知らずの森とは異なる、不思議な甘い香り。どこかで嗅いだような気がして、首を傾げる。とても身近なはずなのに、思い出せないこの香りは一体なんなのだろう。

『ヴィオラに引き続き、お前までここへ来るとは』
『彼女もここへ来ましたか。我々はあなたさまに頼りすぎなのでしょうね。申し訳ありません。ですが、自分にはもう黒の魔女さまにすがるより他に方法がなかったのです』
『やれやれ。この指輪は、決して万能の魔導具などではないのだけれど。過信しないでほしいわ』
『承知しております』

 女性からモラドに紫水晶の指輪バイオレットが渡される。指輪を両手でつかんだのだろう、けれどそれはバイオレットの小さな手をそっと包み込む形になっていて、彼女は思わず涙をこぼしそうになった。懐かしい剣だこのある硬く骨ばった大きな手。普段はあれだけ拒み突き放しているけれど、心から愛したひとなのだ。平静でなどいられない。

『時間がないの。急いで。馬は貸してあげる』
『ありがとうございます』

 魔女が風に溶けて姿を消すと同時に、モラドは青毛の馬に乗り走り出していた。モラドに何か泥のような何かがまとわりつきそうになり、一瞬にして消える。どうやら魔女が授けた指輪が何らかの呪いに対抗しているらしい。

 そこでバイオレットは気が付く。モラドに攻撃を仕掛けている男が、バイオレットを誘拐まがいの方法で娶ったあの男自身であることに。戦上手とはいえ、大国の王が小国の姫の護衛の始末に自ら出向くなんてありえない。何と言ってもあの男は、バイオレットのことなどこれっぽっちも愛していないのだから。
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