31 / 61
4.紫水晶の誓い
(7)
しおりを挟む
「姫、バイオレット姫! お気を確かに!」
ゆっくりとまぶたを開けば、目の前には焦った顔の今世のモラドがいた。慌てて左手を見れば、当然のような顔をして紫水晶の指輪は彼女の薬指におさまっている。さすが黒の魔女が授けた魔導具だと感心してしまった。心が通じ合ったなら、年齢や指の太さなどに関係なく指にはめられるようになっていたのだろう。ぶかぶかの指輪を見て、モラドが何を思ったのかを想像すると胸が痛んだ。
「……モラド、あなたのことを疑ってごめんなさいね」
「姫?」
「ねえ、もうビビって呼んでくれないの?」
「……まさか」
今は誰にも許していないかつての愛称を舌の上で転がしてみる。久しぶりに味わう甘さにうっとりとしながら、モラドの胸に頬をすり寄せた。池の水で身体が濡れていたからだろうか、そっと外したマントをかけられた。いつの間にかモラドが嗚咽を漏らしている。
「わたくしとヴィオラは、先ほどまで知らずの森にいたのよ。なんて言っても、きっと信じてもらえないのでしょうね」
肩をすくめて見せたバイオレットだったが、彼女の肩を抱きモラドが頭を振った。
「信じます。信じますとも。かつて自分は、黒の魔女さまに助けを求めたことがあるのです。あなたが知らずの森の番人さまにお会いしたと聞いて、どうして疑うことができましょうか」
そうだったわねと、バイオレットは淡く微笑んだ。あの大国の王は度し難い変態だったが、黒の魔女もなかなか一筋縄ではいかない御仁だったなと少しばかり呆れつつ。
「どうして、教えてくれなかったの? 自分には前世の記憶があるって」
「申し訳ありません。配慮したつもりが逆に心配をおかけしてしまい……」
もともと王族にしては丁寧な話し方をしていると思っていたが、とうとう今世のモラドの話し方はかつての護衛時代のものに戻ってしまっている。いっそのこと初めから昔のモラドの口調のままだったなら、もっと早めに彼にも前世の記憶があることに気が付いたのではないかとバイオレットは唇をとがらせた。
「ですが、自分と姫の立場を考えますと……」
「今は身分的に何の問題もないでしょう?」
「年齢をお考え下さい」
「多少の年齢差が何か問題でも?」
「大ありです。今世の姫はいまだ成人前。記憶があるかどうかわからない姫に、こちらの妄想とも執念ともわからぬ血なまぐさい話をするわけにも参りません。何より最初にお会いした頃は、自分はあからさまに姫に嫌われておりましたからね。あれ以上しつこくするわけにもいかないでしょう」
バイオレットは頬を膨らませて不満の意を示してみせた。どうにも精神年齢よりも、現在の身体の実年齢に引っ張られているようで、たびたび行動が淑女らしくなくなってしまう。前世で死ぬ間際に「もう恋なんてしない」と誓った弊害でこんな歳の差が生まれてしまったのだろうか。どうせならモラドと同年代で出会いたかったものだ。
「今世では婚約者同士。ということは、既成事実さえ作ってしまえば」
「姫、もう少しの辛抱です。婚儀まで今しばらくお待ちくださいますよう」
「あらそう。それならわたくしは全力で誘惑するけれど、モラドは頑張って我慢すればいいんじゃない?」
「なんとご無体な」
蠱惑的な微笑みを浮かべて、バイオレットがモラドに頬を寄せる。モラドがたじろいだところで、ヴィオラが天から降ってきた。すぽんとふたりの間に着地したヴィオラが、ご機嫌そうに尻尾を振る。口角を上げて、特大の笑顔をふたりにわふんと振りまいた。
『バイオレットが先に帰っちゃったから、聖獣さまがここに送ってくれた!』
「『置いていかれた。ひどい。ずるい』と騒いでいたでしょう。全部、こちらにも聞こえていたわよ」
『だって、バイオレットが置いていくから』
「ちゃんと元に戻れるから安心するようにって、聖獣さまも代理人さまも言っていたじゃない」
『だからって、ちっとも心配しないでモラドといちゃいちゃしようとするなんてずるい』
「ヴィオラがモラドと仲直りするようにって言っていたの、忘れたの?」
『それはそうだけれど!』
「……ヴィオラの言葉がわかる……」
『聖獣さまからのおわびだって。今世はいっぱいおしゃべりしようね!』
「ええ、そうね。みんなでたくさんお話しましょう」
甘い雰囲気が霧散したことに胸を撫でおろすかつての護衛騎士と、若干むくれつつ笑い出す姫君。そしてふたりに挟まれて、今も昔もご機嫌そうなもふもふした犬。やっと取り戻した。今度こそみんなで幸せになれる。ヴィオラを抱っこしたバイオレットは、モラドにもたれかかりずっと探していた温もりを堪能した。
ゆっくりとまぶたを開けば、目の前には焦った顔の今世のモラドがいた。慌てて左手を見れば、当然のような顔をして紫水晶の指輪は彼女の薬指におさまっている。さすが黒の魔女が授けた魔導具だと感心してしまった。心が通じ合ったなら、年齢や指の太さなどに関係なく指にはめられるようになっていたのだろう。ぶかぶかの指輪を見て、モラドが何を思ったのかを想像すると胸が痛んだ。
「……モラド、あなたのことを疑ってごめんなさいね」
「姫?」
「ねえ、もうビビって呼んでくれないの?」
「……まさか」
今は誰にも許していないかつての愛称を舌の上で転がしてみる。久しぶりに味わう甘さにうっとりとしながら、モラドの胸に頬をすり寄せた。池の水で身体が濡れていたからだろうか、そっと外したマントをかけられた。いつの間にかモラドが嗚咽を漏らしている。
「わたくしとヴィオラは、先ほどまで知らずの森にいたのよ。なんて言っても、きっと信じてもらえないのでしょうね」
肩をすくめて見せたバイオレットだったが、彼女の肩を抱きモラドが頭を振った。
「信じます。信じますとも。かつて自分は、黒の魔女さまに助けを求めたことがあるのです。あなたが知らずの森の番人さまにお会いしたと聞いて、どうして疑うことができましょうか」
そうだったわねと、バイオレットは淡く微笑んだ。あの大国の王は度し難い変態だったが、黒の魔女もなかなか一筋縄ではいかない御仁だったなと少しばかり呆れつつ。
「どうして、教えてくれなかったの? 自分には前世の記憶があるって」
「申し訳ありません。配慮したつもりが逆に心配をおかけしてしまい……」
もともと王族にしては丁寧な話し方をしていると思っていたが、とうとう今世のモラドの話し方はかつての護衛時代のものに戻ってしまっている。いっそのこと初めから昔のモラドの口調のままだったなら、もっと早めに彼にも前世の記憶があることに気が付いたのではないかとバイオレットは唇をとがらせた。
「ですが、自分と姫の立場を考えますと……」
「今は身分的に何の問題もないでしょう?」
「年齢をお考え下さい」
「多少の年齢差が何か問題でも?」
「大ありです。今世の姫はいまだ成人前。記憶があるかどうかわからない姫に、こちらの妄想とも執念ともわからぬ血なまぐさい話をするわけにも参りません。何より最初にお会いした頃は、自分はあからさまに姫に嫌われておりましたからね。あれ以上しつこくするわけにもいかないでしょう」
バイオレットは頬を膨らませて不満の意を示してみせた。どうにも精神年齢よりも、現在の身体の実年齢に引っ張られているようで、たびたび行動が淑女らしくなくなってしまう。前世で死ぬ間際に「もう恋なんてしない」と誓った弊害でこんな歳の差が生まれてしまったのだろうか。どうせならモラドと同年代で出会いたかったものだ。
「今世では婚約者同士。ということは、既成事実さえ作ってしまえば」
「姫、もう少しの辛抱です。婚儀まで今しばらくお待ちくださいますよう」
「あらそう。それならわたくしは全力で誘惑するけれど、モラドは頑張って我慢すればいいんじゃない?」
「なんとご無体な」
蠱惑的な微笑みを浮かべて、バイオレットがモラドに頬を寄せる。モラドがたじろいだところで、ヴィオラが天から降ってきた。すぽんとふたりの間に着地したヴィオラが、ご機嫌そうに尻尾を振る。口角を上げて、特大の笑顔をふたりにわふんと振りまいた。
『バイオレットが先に帰っちゃったから、聖獣さまがここに送ってくれた!』
「『置いていかれた。ひどい。ずるい』と騒いでいたでしょう。全部、こちらにも聞こえていたわよ」
『だって、バイオレットが置いていくから』
「ちゃんと元に戻れるから安心するようにって、聖獣さまも代理人さまも言っていたじゃない」
『だからって、ちっとも心配しないでモラドといちゃいちゃしようとするなんてずるい』
「ヴィオラがモラドと仲直りするようにって言っていたの、忘れたの?」
『それはそうだけれど!』
「……ヴィオラの言葉がわかる……」
『聖獣さまからのおわびだって。今世はいっぱいおしゃべりしようね!』
「ええ、そうね。みんなでたくさんお話しましょう」
甘い雰囲気が霧散したことに胸を撫でおろすかつての護衛騎士と、若干むくれつつ笑い出す姫君。そしてふたりに挟まれて、今も昔もご機嫌そうなもふもふした犬。やっと取り戻した。今度こそみんなで幸せになれる。ヴィオラを抱っこしたバイオレットは、モラドにもたれかかりずっと探していた温もりを堪能した。
80
あなたにおすすめの小説
存在感のない聖女が姿を消した後 [完]
風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは
永く仕えた国を捨てた。
何故って?
それは新たに現れた聖女が
ヒロインだったから。
ディアターナは
いつの日からか新聖女と比べられ
人々の心が離れていった事を悟った。
もう私の役目は終わったわ…
神託を受けたディアターナは
手紙を残して消えた。
残された国は天災に見舞われ
てしまった。
しかし聖女は戻る事はなかった。
ディアターナは西帝国にて
初代聖女のコリーアンナに出会い
運命を切り開いて
自分自身の幸せをみつけるのだった。
貴方もヒロインのところに行くのね? [完]
風龍佳乃
恋愛
元気で活発だったマデリーンは
アカデミーに入学すると生活が一変し
てしまった
友人となったサブリナはマデリーンと
仲良くなった男性を次々と奪っていき
そしてマデリーンに愛を告白した
バーレンまでもがサブリナと一緒に居た
マデリーンは過去に決別して
隣国へと旅立ち新しい生活を送る。
そして帰国したマデリーンは
目を引く美しい蝶になっていた
無魔力の令嬢、婚約者に裏切られた瞬間、契約竜が激怒して王宮を吹き飛ばしたんですが……
タマ マコト
ファンタジー
王宮の祝賀会で、無魔力と蔑まれてきた伯爵令嬢エリーナは、王太子アレクシオンから突然「婚約破棄」を宣告される。侍女上がりの聖女セレスが“新たな妃”として選ばれ、貴族たちの嘲笑がエリーナを包む。絶望に胸が沈んだ瞬間、彼女の奥底で眠っていた“竜との契約”が目を覚まし、空から白銀竜アークヴァンが降臨。彼はエリーナの涙に激怒し、王宮を半壊させるほどの力で彼女を守る。王国は震え、エリーナは自分が竜の真の主であるという運命に巻き込まれていく。
「お前を愛するつもりはない」な仮面の騎士様と結婚しました~でも白い結婚のはずなのに溺愛してきます!~
卯月ミント
恋愛
「お前を愛するつもりはない」
絵を描くのが趣味の侯爵令嬢ソールーナは、仮面の英雄騎士リュクレスと結婚した。
だが初夜で「お前を愛するつもりはない」なんて言われてしまい……。
ソールーナだって好きでもないのにした結婚である。二人はお互いカタチだけの夫婦となろう、とその夜は取り決めたのだが。
なのに「キスしないと出られない部屋」に閉じ込められて!?
「目を閉じてくれるか?」「えっ?」「仮面とるから……」
書き溜めがある内は、1日1~話更新します
それ以降の更新は、ある程度書き溜めてからの投稿となります
*仮面の俺様ナルシスト騎士×絵描き熱中令嬢の溺愛ラブコメです。
*ゆるふわ異世界ファンタジー設定です。
*コメディ強めです。
*hotランキング14位行きました!お読みいただき&お気に入り登録していただきまして、本当にありがとうございます!
虐げられた聖女は精霊王国で溺愛される~追放されたら、剣聖と大魔導師がついてきた~
星名柚花
恋愛
聖女となって三年、リーリエは人々のために必死で頑張ってきた。
しかし、力の使い過ぎで《聖紋》を失うなり、用済みとばかりに婚約破棄され、国外追放を言い渡されてしまう。
これで私の人生も終わり…かと思いきや。
「ちょっと待った!!」
剣聖(剣の達人)と大魔導師(魔法の達人)が声を上げた。
え、二人とも国を捨ててついてきてくれるんですか?
国防の要である二人がいなくなったら大変だろうけれど、まあそんなこと追放される身としては知ったことではないわけで。
虐げられた日々はもう終わり!
私は二人と精霊たちとハッピーライフを目指します!
【書籍化決定】愛など初めからありませんが。
ましろ
恋愛
お金で売られるように嫁がされた。
お相手はバツイチ子持ちの伯爵32歳。
「君は子供の面倒だけ見てくれればいい」
「要するに貴方様は幸せ家族の演技をしろと仰るのですよね?ですが、子供達にその様な演技力はありますでしょうか?」
「……何を言っている?」
仕事一筋の鈍感不器用夫に嫁いだミッシェルの未来はいかに?
✻基本ゆるふわ設定。箸休め程度に楽しんでいただけると幸いです。
『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』
夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」
教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。
ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。
王命による“形式結婚”。
夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。
だから、はい、離婚。勝手に。
白い結婚だったので、勝手に離婚しました。
何か問題あります?
夫に顧みられない王妃は、人間をやめることにしました~もふもふ自由なセカンドライフを謳歌するつもりだったのに、何故かペットにされています!~
狭山ひびき
恋愛
もう耐えられない!
隣国から嫁いで五年。一度も国王である夫から関心を示されず白い結婚を続けていた王妃フィリエルはついに決断した。
わたし、もう王妃やめる!
政略結婚だから、ある程度の覚悟はしていた。けれども幼い日に淡い恋心を抱いて以来、ずっと片思いをしていた相手から冷たくされる日々に、フィリエルの心はもう限界に達していた。政略結婚である以上、王妃の意思で離婚はできない。しかしもうこれ以上、好きな人に無視される日々は送りたくないのだ。
離婚できないなら人間をやめるわ!
王妃で、そして隣国の王女であるフィリエルは、この先生きていてもきっと幸せにはなれないだろう。生まれた時から政治の駒。それがフィリエルの人生だ。ならばそんな「人生」を捨てて、人間以外として生きたほうがましだと、フィリエルは思った。
これからは自由気ままな「猫生」を送るのよ!
フィリエルは少し前に知り合いになった、「廃墟の塔の魔女」に頼み込み、猫の姿に変えてもらう。
よし!楽しいセカンドラウフのはじまりよ!――のはずが、何故か夫(国王)に拾われ、ペットにされてしまって……。
「ふふ、君はふわふわで可愛いなぁ」
やめてえ!そんなところ撫でないで~!
夫(人間)妻(猫)の奇妙な共同生活がはじまる――
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる