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5.めっきとガラス玉の願い
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エリンジウムとエリンジウムの母が伯爵家に身を寄せたのは、父の本妻が亡くなってから一年後のことだった。
幼かったエリンジウムにとって、リリィは完璧なお姫さまだった。本妻だとか妾だとかそんな大人の事情など知らない彼女にとっては、ずっと欲しかった素敵なお姉さまが新しくやってきたようなもの。いつも控えめで、華やかなお誕生日パーティーを開くことさえ望まない穏やかなお姫さま。伯爵家で始まった生活は、楽しい以外の何物でもなかった。
けれど、どんなときだってエリンジウムをないがしろにすることのないリリィが、絶対にエリンジウムを連れて行ってくれない場所があることにはすぐに気が付いた。父や母にお願いしても言葉を濁し、リリィに対して頭ごなしに叱りつけるばかり。普段は素直なリリィが決して従おうとしない場所には、一体何が存在するのか。
周囲に甘えたり、怒ったり、脅したり、贈り物をしたりしながら聞き出した情報に、エリンジウムは真っ青になった。まさか自分が別邸で父と母と楽しく暮らしている間に、エリンジウムの母をはじめ、領内の騎士団員がたくさん死ぬような出来事が起きているなんて思ってもいなかったのだ。
それでも、リリィの母のことについてもっとはやく気が付くべきだった。一夫一妻制であるにもかかわらず、エリンジウムの母が父と再婚できたということは、リリィの母親が死んだからだということに他ならない。何せ一度結婚してしまえば、この国では離縁は認められていないのだから。
憧れのお姫さまを、自分の存在こそが傷つけていたことに動揺した。その上エリンジウムは、さらに恐ろしい事実に気が付いてしまった。自分の父親が、国に納めるべき税収を横領していることを。そして収入の少ない領地を豊かにし、もろもろの問題を打破するため、正規品ではない魔導具を領地に集めていたことを。
馬鹿な両親は、痩せた土地を実り豊かな大地に変えるために違法な魔力注入をそこかしこで行っていた。それこそが、かつておきた領内での魔物の大発生の理由だったのである。幼かったエリンジウムが理解できたのは、伯爵家の家令が必死で両親を説得していたからだ。まあ、その諫言は完全に無駄に終わったのだけれども。
とんでもない事態を引き起こしていたはずの両親は、言い募る家令の必死さを他人事のように笑っていた。愛娘であるエリンジウムが、聞き耳を立てているとも知らないで。リリィの母たちの努力で魔獣の大量発生による被害は最小限に抑えられたが、使用した魔導具の浄化が滞っているらしい。瘴気を溜め込んだ魔導具はリリィの身の回りに配置することで浄化を行っているが、最終的な責任はリリィに取らせる予定になっているのだという。この家の後継ぎとして魔力の高い子どもを産んだ後、リリィを生きたまま魔導具とともに術式に組み込み、この地の礎として固定するつもりだというのだ。
過去の過ちを悔いるどころか、さらに馬鹿なことを企むとは。その上リリィは、永遠にも近い時間、この土地のために搾取されることになるらしい。死ぬことさえ許されないなんて。自分の親の非道さと、その血を受け継いだことへの嫌悪感におかしくなりそうだった。だからエリンジウムは、黒の魔女を呼び出した。お伽噺で教わった通り、強く願い続けていれば魔女のほうからエリンジウムの前に姿を現してくれた。
魔女との契約はエリンジウムが思っていたほど便利で万能なものではなかったけれど、大好きな異母姉の人生を救うには十分だった。
リリィが受け取るべきだった高価な品々は、瘴気まみれだ。「ずるい、ずるい」と言い続けて奪い取っていれば、瘴気の浄化が滞っていく。エリンジウムも自分なりに浄化に励んだが、聖女の素質を持つリリィには及ばない。月日が経つにつれ身体を動かすのさえ億劫になり、それゆえに立ち振る舞いは傲慢に見えるようになったがそれも仕方がないこと。
瘴気だけうまく引き受けて、綺麗になった領地と伯爵家はリリィに返すつもりだったが、そう都合よくはいかなそうだ。早めに見切りをつけたエリンジウムは、リリィを守るために伯爵家から追い出すことにした。
神殿に逃がすことでこの家との関係を切り離すことはできたが、リリィの不在により魔導具の瘴気の濃度はさらに急速に濃くなっていく。貴族籍を抜けても、神殿にいる限りは還俗できる。だからもっと特別な理由をつけて、絶対に手の届かない場所に逃げてもらわなくてはいけない。
乱暴だけれど一番簡単な方法は、リリィを神殿から追放させることだ。神殿追放という大きすぎる瑕疵があれば、リリィは伯爵家に帰ってこれないだろう。黒の魔女にそっくりな大聖女は、きっとエリンジウムの思惑を見抜いている。だから、自分のような下賤な人間の言葉に耳を傾けたのだ。
あとはアッシュをこの家から逃がすだけ。エリンジウムの心配ばかりする彼に、「気に病む必要はないのだ」と秘密を打ち明けたところ、彼が何の手続きもする間もなく屋敷を飛び出してしまうとはさすがに思っていなかったのだけれど。
幼かったエリンジウムにとって、リリィは完璧なお姫さまだった。本妻だとか妾だとかそんな大人の事情など知らない彼女にとっては、ずっと欲しかった素敵なお姉さまが新しくやってきたようなもの。いつも控えめで、華やかなお誕生日パーティーを開くことさえ望まない穏やかなお姫さま。伯爵家で始まった生活は、楽しい以外の何物でもなかった。
けれど、どんなときだってエリンジウムをないがしろにすることのないリリィが、絶対にエリンジウムを連れて行ってくれない場所があることにはすぐに気が付いた。父や母にお願いしても言葉を濁し、リリィに対して頭ごなしに叱りつけるばかり。普段は素直なリリィが決して従おうとしない場所には、一体何が存在するのか。
周囲に甘えたり、怒ったり、脅したり、贈り物をしたりしながら聞き出した情報に、エリンジウムは真っ青になった。まさか自分が別邸で父と母と楽しく暮らしている間に、エリンジウムの母をはじめ、領内の騎士団員がたくさん死ぬような出来事が起きているなんて思ってもいなかったのだ。
それでも、リリィの母のことについてもっとはやく気が付くべきだった。一夫一妻制であるにもかかわらず、エリンジウムの母が父と再婚できたということは、リリィの母親が死んだからだということに他ならない。何せ一度結婚してしまえば、この国では離縁は認められていないのだから。
憧れのお姫さまを、自分の存在こそが傷つけていたことに動揺した。その上エリンジウムは、さらに恐ろしい事実に気が付いてしまった。自分の父親が、国に納めるべき税収を横領していることを。そして収入の少ない領地を豊かにし、もろもろの問題を打破するため、正規品ではない魔導具を領地に集めていたことを。
馬鹿な両親は、痩せた土地を実り豊かな大地に変えるために違法な魔力注入をそこかしこで行っていた。それこそが、かつておきた領内での魔物の大発生の理由だったのである。幼かったエリンジウムが理解できたのは、伯爵家の家令が必死で両親を説得していたからだ。まあ、その諫言は完全に無駄に終わったのだけれども。
とんでもない事態を引き起こしていたはずの両親は、言い募る家令の必死さを他人事のように笑っていた。愛娘であるエリンジウムが、聞き耳を立てているとも知らないで。リリィの母たちの努力で魔獣の大量発生による被害は最小限に抑えられたが、使用した魔導具の浄化が滞っているらしい。瘴気を溜め込んだ魔導具はリリィの身の回りに配置することで浄化を行っているが、最終的な責任はリリィに取らせる予定になっているのだという。この家の後継ぎとして魔力の高い子どもを産んだ後、リリィを生きたまま魔導具とともに術式に組み込み、この地の礎として固定するつもりだというのだ。
過去の過ちを悔いるどころか、さらに馬鹿なことを企むとは。その上リリィは、永遠にも近い時間、この土地のために搾取されることになるらしい。死ぬことさえ許されないなんて。自分の親の非道さと、その血を受け継いだことへの嫌悪感におかしくなりそうだった。だからエリンジウムは、黒の魔女を呼び出した。お伽噺で教わった通り、強く願い続けていれば魔女のほうからエリンジウムの前に姿を現してくれた。
魔女との契約はエリンジウムが思っていたほど便利で万能なものではなかったけれど、大好きな異母姉の人生を救うには十分だった。
リリィが受け取るべきだった高価な品々は、瘴気まみれだ。「ずるい、ずるい」と言い続けて奪い取っていれば、瘴気の浄化が滞っていく。エリンジウムも自分なりに浄化に励んだが、聖女の素質を持つリリィには及ばない。月日が経つにつれ身体を動かすのさえ億劫になり、それゆえに立ち振る舞いは傲慢に見えるようになったがそれも仕方がないこと。
瘴気だけうまく引き受けて、綺麗になった領地と伯爵家はリリィに返すつもりだったが、そう都合よくはいかなそうだ。早めに見切りをつけたエリンジウムは、リリィを守るために伯爵家から追い出すことにした。
神殿に逃がすことでこの家との関係を切り離すことはできたが、リリィの不在により魔導具の瘴気の濃度はさらに急速に濃くなっていく。貴族籍を抜けても、神殿にいる限りは還俗できる。だからもっと特別な理由をつけて、絶対に手の届かない場所に逃げてもらわなくてはいけない。
乱暴だけれど一番簡単な方法は、リリィを神殿から追放させることだ。神殿追放という大きすぎる瑕疵があれば、リリィは伯爵家に帰ってこれないだろう。黒の魔女にそっくりな大聖女は、きっとエリンジウムの思惑を見抜いている。だから、自分のような下賤な人間の言葉に耳を傾けたのだ。
あとはアッシュをこの家から逃がすだけ。エリンジウムの心配ばかりする彼に、「気に病む必要はないのだ」と秘密を打ち明けたところ、彼が何の手続きもする間もなく屋敷を飛び出してしまうとはさすがに思っていなかったのだけれど。
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