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第一章
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「閣下は、テッドの実の父親ではなかったのですか?」
「先ほども言った通り、血縁者でしかない。神殿の立ち合いの元で魔力鑑定を行い、エドワードがわたしの実子ではなく甥であることは確定している。鑑定結果が出るまで、あの女の実家から相当責められたのだぞ」
「……それは、テッドは知っているのですか?」
「わたしは話していない。あの女がエドワードに話していなければ、知らないはずだ」
情報量が多すぎる。テッドが知っているのならばそれこそフォローが必要だが、知らないのであれば今はまだ耳に入れる必要のない情報である。もう少し成長して、それぞれの事情を呑み込める年齢になってからでも遅くはないのだ。
「まったく、侯爵家は結婚に失敗してばかりだ」
「閣下がそれをおっしゃるのですか」
「わたしだからこそ言えるのだ。他の人間では、不敬罪になりかねない」
アンナは密かに頬がひきつるのを感じていた。侯爵の祖父は離れに妾の振りをした薬師を住まわせていた。その結果、侯爵の父はかなりのプレイボーイに成長してしまったらしい。家門のためにいろいろな細かい事情を伏せたはずが、浮気性のろくでなしと認識されるとは一体どんな悲劇なのだろう。
そして父親があちらこちらに種をばらまいた結果、母親は早逝。侯爵自身、顔も知らない兄や弟の後始末に奔走していたそうだが、結局このありさまだ。
「詳細不明の兄弟など危なっかしくてかなわないからな。すべてあの世に送っておこうかとも思っていたが、さすがに陛下に反対された」
「それはそうでしょう」
「だが手をこまねいているうちに、上級貴族の令嬢であった前妻が、わたしの兄だか弟だかを見つけてしまったわけだ。そして顔も似ているし、近親者なら魔力鑑定を誤魔化せると、わたしの子を孕んだと騒ぎ立てた。まったく。婚約者に立候補されたときに完璧に断ったはずが、あんな落とし穴があるとはな」
上級貴族の令嬢を未婚の母にするわけにはいかず、お腹の子の父親の血縁者である侯爵がびんぼうくじを引く羽目になったというのがことの真相らしい。そこまでして自分と結婚したかったなんてと、心底疲れた様子で肩を落とす侯爵に、アンナはずっと気になっていたことを尋ねた。
「それで、本物の父親はどこにいるのですか?」
「死んでいる」
「なぜわかるのです?」
「あの女にそそのかされて、『聖者の指輪』を探しに行ったと聞いたからだ」
「『聖者の指輪』とはなんですか? なぜそれを探しに行くと死んだとわかるのです?」
「上級貴族内では常識なのだが、下級貴族やそれ以外では身近でない知識なのだな。なるほど、テッドの父親が身分違いの結婚を許してもらえるならばとのこのこと探しにいって命を落とすわけだ」
爽やかに馬鹿にされている。ひとが死んでいるにもかかわらずどうにも不愉快な物言いだが、実際何も知らないのは事実なため教えてもらうしかない。じっと侯爵を見上げて続きを待っていれば、仕方がなさそうに口を開き始めた。
「『聖者の指輪』というのは、黒の森の奥深くでとれる万能薬だ。宝石のような種子を採取し、魔力を注いで成熟させることで、どんな異常状態も回復させることができると言われている。指輪と言われているのは、魔力を注ぐ過程で自身の身体を固定するために種から蔓が出現するせいだな」
「なぜ、『聖者』と呼ぶのです」
「種子に手を触れた瞬間に命を落とすからだ」
「どういう意味ですか? 種子を採取して、成熟させることで万能薬の効果を持つようになるのでしょう?」
「宝石のように輝く種子は、剣や槍でつついても壊せないし、採取することもできない。人間の命をひとり分吸わせて、ようやく地面に落ちてきた一粒を手に入れることができるのだ」
そこでアンナは嫌な想像をした。その特別な力を持つという『聖者の指輪』を欲しい権力者が大量の奴隷を使って命を消費しさえすれば、種子を手に入れること自体は可能なのではないか。
「えげつない方法に気が付いたか。だが、それも駄目だ。『聖者の指輪』は最初に手に触れた者でなければ、運ぶことができない。同じく種子の成熟も、同じ人間の魔力を注がなければ意味がないだろう」
「……待ってください。触れれば死ぬ。けれど死んだ人間でないと運ぶことはできない。さらに種子に死んだ人間の魔力を注ぐですって? そんなことが実際に可能なのですか?」
まさか異世界に来て、なぞなぞのようなクイズのようなものを解く羽目になるとは。うんうんと考え込むアンナに侯爵が、肩をすくめる。
「もともとは『聖者の指輪』は、魔獣たちが利用しているところが発見されたことで冒険者から上級貴族たちに知られることになったんだ。だが、その魔獣は普通の動物とは異なるところがあった」
「……あくまで想像ですが、心臓が複数あったのではないでしょうか。種子の採取、運搬、成熟に心臓を潰されたとしても死なない魔獣だけが利用できるのではないかと」
「よく正解に辿り着けたな」
「閣下の説明を満たす回答が、これしか思いつかなかっただけですわ」
「まあ、だからわかっただろう。『聖者の指輪を持って、結婚の許しをもらいにいこう』と言われたということは、『死んでもお前とは結婚しない』という意味なのだ。それをわたしの兄だか、弟は、本気で信じて黒の森に行ったのだ。ああ、本当に底なしに間抜けの愚か者め。いっそ『愚者の指輪』という名前だったのなら、騙されずに踏みとどまることができたのだろう。あんなひとをひととも思っていない悪女の提案に乗るなんて。エドワードを守れるのは実の父親しかいなかったのに」
ここまで聞いてようやくアンナは、侯爵が悪女を憎む理由がわかったような気がした。そして無神経で、無遠慮な侯爵は、物騒なことを口にしていた割には顔も知らない兄弟のことを悼んでいるということも理解してしまったのである。
「先ほども言った通り、血縁者でしかない。神殿の立ち合いの元で魔力鑑定を行い、エドワードがわたしの実子ではなく甥であることは確定している。鑑定結果が出るまで、あの女の実家から相当責められたのだぞ」
「……それは、テッドは知っているのですか?」
「わたしは話していない。あの女がエドワードに話していなければ、知らないはずだ」
情報量が多すぎる。テッドが知っているのならばそれこそフォローが必要だが、知らないのであれば今はまだ耳に入れる必要のない情報である。もう少し成長して、それぞれの事情を呑み込める年齢になってからでも遅くはないのだ。
「まったく、侯爵家は結婚に失敗してばかりだ」
「閣下がそれをおっしゃるのですか」
「わたしだからこそ言えるのだ。他の人間では、不敬罪になりかねない」
アンナは密かに頬がひきつるのを感じていた。侯爵の祖父は離れに妾の振りをした薬師を住まわせていた。その結果、侯爵の父はかなりのプレイボーイに成長してしまったらしい。家門のためにいろいろな細かい事情を伏せたはずが、浮気性のろくでなしと認識されるとは一体どんな悲劇なのだろう。
そして父親があちらこちらに種をばらまいた結果、母親は早逝。侯爵自身、顔も知らない兄や弟の後始末に奔走していたそうだが、結局このありさまだ。
「詳細不明の兄弟など危なっかしくてかなわないからな。すべてあの世に送っておこうかとも思っていたが、さすがに陛下に反対された」
「それはそうでしょう」
「だが手をこまねいているうちに、上級貴族の令嬢であった前妻が、わたしの兄だか弟だかを見つけてしまったわけだ。そして顔も似ているし、近親者なら魔力鑑定を誤魔化せると、わたしの子を孕んだと騒ぎ立てた。まったく。婚約者に立候補されたときに完璧に断ったはずが、あんな落とし穴があるとはな」
上級貴族の令嬢を未婚の母にするわけにはいかず、お腹の子の父親の血縁者である侯爵がびんぼうくじを引く羽目になったというのがことの真相らしい。そこまでして自分と結婚したかったなんてと、心底疲れた様子で肩を落とす侯爵に、アンナはずっと気になっていたことを尋ねた。
「それで、本物の父親はどこにいるのですか?」
「死んでいる」
「なぜわかるのです?」
「あの女にそそのかされて、『聖者の指輪』を探しに行ったと聞いたからだ」
「『聖者の指輪』とはなんですか? なぜそれを探しに行くと死んだとわかるのです?」
「上級貴族内では常識なのだが、下級貴族やそれ以外では身近でない知識なのだな。なるほど、テッドの父親が身分違いの結婚を許してもらえるならばとのこのこと探しにいって命を落とすわけだ」
爽やかに馬鹿にされている。ひとが死んでいるにもかかわらずどうにも不愉快な物言いだが、実際何も知らないのは事実なため教えてもらうしかない。じっと侯爵を見上げて続きを待っていれば、仕方がなさそうに口を開き始めた。
「『聖者の指輪』というのは、黒の森の奥深くでとれる万能薬だ。宝石のような種子を採取し、魔力を注いで成熟させることで、どんな異常状態も回復させることができると言われている。指輪と言われているのは、魔力を注ぐ過程で自身の身体を固定するために種から蔓が出現するせいだな」
「なぜ、『聖者』と呼ぶのです」
「種子に手を触れた瞬間に命を落とすからだ」
「どういう意味ですか? 種子を採取して、成熟させることで万能薬の効果を持つようになるのでしょう?」
「宝石のように輝く種子は、剣や槍でつついても壊せないし、採取することもできない。人間の命をひとり分吸わせて、ようやく地面に落ちてきた一粒を手に入れることができるのだ」
そこでアンナは嫌な想像をした。その特別な力を持つという『聖者の指輪』を欲しい権力者が大量の奴隷を使って命を消費しさえすれば、種子を手に入れること自体は可能なのではないか。
「えげつない方法に気が付いたか。だが、それも駄目だ。『聖者の指輪』は最初に手に触れた者でなければ、運ぶことができない。同じく種子の成熟も、同じ人間の魔力を注がなければ意味がないだろう」
「……待ってください。触れれば死ぬ。けれど死んだ人間でないと運ぶことはできない。さらに種子に死んだ人間の魔力を注ぐですって? そんなことが実際に可能なのですか?」
まさか異世界に来て、なぞなぞのようなクイズのようなものを解く羽目になるとは。うんうんと考え込むアンナに侯爵が、肩をすくめる。
「もともとは『聖者の指輪』は、魔獣たちが利用しているところが発見されたことで冒険者から上級貴族たちに知られることになったんだ。だが、その魔獣は普通の動物とは異なるところがあった」
「……あくまで想像ですが、心臓が複数あったのではないでしょうか。種子の採取、運搬、成熟に心臓を潰されたとしても死なない魔獣だけが利用できるのではないかと」
「よく正解に辿り着けたな」
「閣下の説明を満たす回答が、これしか思いつかなかっただけですわ」
「まあ、だからわかっただろう。『聖者の指輪を持って、結婚の許しをもらいにいこう』と言われたということは、『死んでもお前とは結婚しない』という意味なのだ。それをわたしの兄だか、弟は、本気で信じて黒の森に行ったのだ。ああ、本当に底なしに間抜けの愚か者め。いっそ『愚者の指輪』という名前だったのなら、騙されずに踏みとどまることができたのだろう。あんなひとをひととも思っていない悪女の提案に乗るなんて。エドワードを守れるのは実の父親しかいなかったのに」
ここまで聞いてようやくアンナは、侯爵が悪女を憎む理由がわかったような気がした。そして無神経で、無遠慮な侯爵は、物騒なことを口にしていた割には顔も知らない兄弟のことを悼んでいるということも理解してしまったのである。
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