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わんこ、わんこ、もふもふわんこ。会えないからこそ、会いたくなるのか、すべての物事がわんこに結びついてしまう。頬杖をついて、店長さんの揺れる尻尾を目で追いかける。金色の髪を少し高めの場所でひとつ結びしているから、まるで尻尾みたいにくるんくるんと揺れているんだよねえ。
とろんとした目で店長さんの後ろ頭を見続けていたせいか、他のお客さんたちに笑われてしまった。
「さっきの話を聞いてもしかしてとは思ったけれど。騎士とはいえ、ミリセントちゃんはそういう捜査は向いてないし、ただの個人的な趣味なんだよね?」
「は?」
「でもわかるよ。好きなひとのことは、何だって知りたくなるものだし。まあ確かに、店長はいい男だもんね」
「……うん? まあ、店長さんは美男子ですよね。色気駄々洩れですんごいですもん」
「珍しく店長がコップを床に落として割っていたし。結構、脈ありかもよ?」
このひとは何を言っているのかね? そこで訳知り顔でうなずくおじさんの肩越しに、店長さんがこちらを静かに見つめていることに気が付いた。蜂蜜色の髪がまたふわりと揺れる。ああ、やっぱり似ている。あの、私が追い求めてやまない、可愛い可愛い安心毛布なわんこちゃんに。
店長さんは私から目を逸らすと、困ったような顔で割れたコップを拾い集め、瞬時に何の傷もないコップに戻してしまっていた。あれは、復元魔法! まさか、店長さんって魔術師なの? はえええ、すごいわ。その昔、誰でも魔法が使えた時代とは違って、今の時代、魔術師は貴重な人材。望めばどんな職にだって就くことができる。それこそ、こんな風に身を隠すように生きる必要なんてない。
ここは居心地の良い隠れ家的な酒場。まさか、店長さんは、魔術師になることを厭い、人目に触れないように生きているのかしら。……才あるひとが目立ってはいけない理由ってなんだろう。何か大きな秘密を抱えているとか?
そこで私は閃いてしまった。店長さんこそが、私の追い求めていたもふもふわんこさんなのではないかと。店長さんは、妖精、あるいは獣人族で、日頃はその正体を隠して人間の振りをして暮らしているのではないかと。
睡眠不足と、恋焦がれた安心毛布なわんこちゃんへの思いで脳みそが焼き切れていた私は、それを本気で信じ込んでしまったらしい。動揺する心を抑えようと頑張った結果、私は珍しく飲み過ぎた。足元がおぼつかないなんて、一体いつぶりのことだろう。そんな私に、店長さんが優しく声をかけてくる。
とろんとした目で店長さんの後ろ頭を見続けていたせいか、他のお客さんたちに笑われてしまった。
「さっきの話を聞いてもしかしてとは思ったけれど。騎士とはいえ、ミリセントちゃんはそういう捜査は向いてないし、ただの個人的な趣味なんだよね?」
「は?」
「でもわかるよ。好きなひとのことは、何だって知りたくなるものだし。まあ確かに、店長はいい男だもんね」
「……うん? まあ、店長さんは美男子ですよね。色気駄々洩れですんごいですもん」
「珍しく店長がコップを床に落として割っていたし。結構、脈ありかもよ?」
このひとは何を言っているのかね? そこで訳知り顔でうなずくおじさんの肩越しに、店長さんがこちらを静かに見つめていることに気が付いた。蜂蜜色の髪がまたふわりと揺れる。ああ、やっぱり似ている。あの、私が追い求めてやまない、可愛い可愛い安心毛布なわんこちゃんに。
店長さんは私から目を逸らすと、困ったような顔で割れたコップを拾い集め、瞬時に何の傷もないコップに戻してしまっていた。あれは、復元魔法! まさか、店長さんって魔術師なの? はえええ、すごいわ。その昔、誰でも魔法が使えた時代とは違って、今の時代、魔術師は貴重な人材。望めばどんな職にだって就くことができる。それこそ、こんな風に身を隠すように生きる必要なんてない。
ここは居心地の良い隠れ家的な酒場。まさか、店長さんは、魔術師になることを厭い、人目に触れないように生きているのかしら。……才あるひとが目立ってはいけない理由ってなんだろう。何か大きな秘密を抱えているとか?
そこで私は閃いてしまった。店長さんこそが、私の追い求めていたもふもふわんこさんなのではないかと。店長さんは、妖精、あるいは獣人族で、日頃はその正体を隠して人間の振りをして暮らしているのではないかと。
睡眠不足と、恋焦がれた安心毛布なわんこちゃんへの思いで脳みそが焼き切れていた私は、それを本気で信じ込んでしまったらしい。動揺する心を抑えようと頑張った結果、私は珍しく飲み過ぎた。足元がおぼつかないなんて、一体いつぶりのことだろう。そんな私に、店長さんが優しく声をかけてくる。
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