どうやら悪役令嬢のようですが、興味が無いので錬金術師を目指します(旧:公爵令嬢ですが錬金術師を兼業します)

水神瑠架

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少女来襲(3)

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 何となく変わった周囲の空気をよそに、殿下はあっさりと視線をこちらに戻し、同時に先ほどの雰囲気も霧散する。
 切り替えの早さは見習うべきかもしれない。
 
「これでも分からないなら、切り捨てるまでだね」

 今度はこの席の中にしか聞こえない音量で話す殿下に内心苦笑する。
 今更だけど、どうやら助け舟を出してもらったらしい。

「ありがとう存じます、ヴァイディーウス殿下」
「気にすることじゃないよ。最近ちょっと目に余っていたのは事実だしね」

 殿下の言葉にわずかに首をかしげてお兄様に水を向ける。
 するとお兄様も苦笑しつつも頷いた。

「思惑があって近づいてくるのは、まぁ仕方無いと思っている。けれど、周囲を排除して自分達を重用するように仄めかすのはね。最近は言葉も大分直接的になってきていたんだ」
「お兄様は大丈夫でしたの?」

 殿下に侍りたい輩にとってお兄様は邪魔なはずだ。
 何かされたのなら、報復を考えねば。
 そんな物騒な気配を察知されたのか、お兄様の笑みが深くなる。

「大丈夫。かりにも公爵家の人間に直接何かする人間はいないよ。せいぜい言葉で攻撃してくるくらいさ。なんの問題もないよ」

 攻撃してきた人間は全員把握しているしね、と締めくくったお兄様の言葉に思わずから笑いが。
 全く赦していないし、弱みを握ったようなものだ。
 確かにこれなら問題なさそうだ。
 やられたら自分でやり返しそうだし。
 
「(けどまぁ、あとで教えてもらおうっと。覚えておいて損は無いし)」

 何かあった時の攻撃材料は多い方が良いし。
 私は満面の笑みを浮かべると「わかりました。けれど後で教えてくださいましね?」と言って終わる。
 先ほどではにが中々に冷え込んだ空間に今度は殿下達が苦笑している。

「相変わらず、キース嬢は兄が好きだな」
「ええ。大好きですわ。ロアベーツィア様だって兄が大好きではありませんか」
「それもそうだな」
「それは嬉しいな。私もロアが好きだよ」

 空気が一変。
 何ともほのぼのしい空気が私たちのテーブルを包み込む。
 これは良き雰囲気のまま昼の時間を終われそうである。

 なんて思っていたからだろうか?
 穏やかな時間があっさりとさってしまったのは。
 悲しきかな問題とは突然やってくるものなのである。

「そこの女、何してるのよ!」

 突然穏やかな時間を切り裂く声がその場に響き渡る。
 その場にいた全員の視線が声の主に集まる。
 
「アンタ! 早くアールから離れて!」

 金色の髪を振り乱し、琥珀色の瞳でこちらをにらみつけてくる少女に私は首を傾げた。

「(視線の強さを考えれば、私をえらく憎んでいるうちの一人、なんだろうけど)」

 うーん。
 見覚えがない。
 金色の髪に琥珀色の瞳という事は【神々の恵み子】ってことだ。
 逆に言えば、それしか情報が無い。

「(あと、お兄様に触るなって言われても)」

 今、私はちょうどお兄様に頭を撫ぜられていた。
 別に私から接触したわけじゃない。
 勿論、嬉しいし避ける理由もないから思い切り甘えてますけどね!
 別に兄妹だし、これぐらいの接触は問題ないのでは?

「(あとあと、お兄様の事をアールって呼んだよね? あれ? 知り合い?)」

 お兄様に視線だけで問いかけたが、お兄様の知り合いではなかったみたいで、とても困惑した表情をしていた。
 何とも言えないこちらの空気を全く読んでいない、いやむしろ読む気がないのだろうか。
 くだんの少女は鬼のような形相になり、私を睨みつけてくる。

「いい加減にしてよ! ロアだけじゃなくアールにまで色目をつかって! 二人が嫌がっているのも分からないのに居座るなんて、何、考えてるのよ!」

 今度はロアベーツィア様を呼び捨てって。
 これには流石に周囲の観客もざわつく。
 王族を許可無く呼び捨てにすれば学園内とはいえ、問題になる可能性が高い。

 ロアベーツィア様が許可していればいいけど……。
 
 ちらっとロアベーツィア様を見るが、中々厳しい、というか嫌気がさしているような顔をしている。
 どうやら無許可だと分かり、頭が痛くなってきた気がする。
 さて、どうしよう?

「(同じテーブルにいるのは許可されているし、スキンシップだって兄妹間でなんの問題が? あと、ヴァイディーウス殿下を完全に無視しているのも問題な気が)」

 ここでヴァイディーウス殿下の事にも言及したなら、単純に三人と親しい(あくまで友愛の範囲だが)私に対する嫉妬だと考えるのだけれど。
 少女の目にはロアベーツィア様とお兄様しか入っていない。
 一体何を考えてヴァイディーウス殿下を抜かしているのか。

「(ただの頭のおかしい少女じゃない?)」

 私の疑念は殿下達も抱いているのだろう。
 少女を見る目には警戒心がのっている。
 おかげで完全に膠着状態に陥ってしまった。
 まことに厄介である。
 
「(敵視されているのは私だし、これを壊すのも私の役目、かな)」

 私は小さくため息をつくと立ち上がる。

「ここは、許可なく入ることは許されませんわ。貴女はどなたかに許可を頂いていて?」
「何おかしなこと言ってんのよ! そうやってロアやアールを孤立させてどうするつもり!? アンタがいくら色目を使ってもロア達はアンタなんか気にもかけないんだから!」

 もうくじけそうなんですが。
 早いとは思う。
 思うけど、同じ言語を使って話している気がしないのだけど、どうすれば?
 呆気に取られている私を見て、自分が優位だとでも思ったのか、少女の顔が勝ち誇ったものに変化する。
 かわいらしい顔立ちなのに、言動が残念過ぎる。
 
「アンタみたいなモブにその位置はもったいないのよ! さっさと本来の持ち主であるあたしに渡しなさい!」
「……モブ?」

 もしやこの子転生者か?
 私はすっと意識を切り替える。

「(転生者なら話は別。ただ頭がおかしいだけじゃないかもしれない)」

 警戒心も露わに少女を見やると、相手も私の警戒心に気づいたのか一瞬だけひるんだ。
 けれど、懲りずに睨みつけてくる所、相当自分に自信があるようだ。
 一体、その根拠はどこにあるのだろうか?
 頭にラーズシュタイン家に敵対している派閥の顔ぶれがよぎる。
 ……いや、関係ない。
 たとえ、どんな後ろ盾があろうとも私に意味の分からない言いがかりをつけられる相手はそう多くない。
 そして、目の前の少女はその一人ではない。
 それだけが全てだ。

「(さっさと退場願おう)」

 私は少女に見切りをつけて警備の人たちにつまみ出すように言うつもりだった。
 そんな私の行動に気づいたのだろう。
 少女が更に何か文句を言い募ろうとした、その時。

「いい加減にしてはどうだい? いつまで意味の分からないことを喚くつもりなんだい?」

 ヴァイディーウス殿下が極寒の声音で少女の言葉を一刀両断したのだった。
 自分の言葉を切り捨てられ一瞬唖然とした少女だったが、すぐに立て直し、あろうことか今度はヴァイディーウス殿下を睨みつけた。
 いや、不敬が過ぎる。
 これにはロアベーツィア様も不快になったのだろう。
 ものすごい眉間に皺が寄っている。
 
「何よ、あんた! 背景が口を挟まないで!」

 この少女、転生者かもしれないけど、それ以上にバカでしょう。
 警戒するのがあほらしくなる程度にはこの少女はバカだった。
 ヴァイディーウス殿下を背景扱いするなんて。

「(えー。ヴァイディーウス殿下を知らないとか、ありえるの? もしかして平民?)」

 けれどロアベーツィア様は知っていたよね?
 あと、お兄様の事も。
 というよりもお兄様を知っていてヴァイディーウス殿下は知らないってどういう事?
 兄とヴァイディーウス殿下が共に行動している事を知っている身としては意味が分からなさすぎる。
 混乱の渦に陥った私とは違いヴァイディーウス殿下は一瞬驚いたようだったが、すぐに冷笑を浮かべる。

「背景扱いされたのは初めてだよ。私もまだまだ努力が足りないみたいだね。それとも君だけが特別に世間知らずなのかな? ――――警備。この少女を捕まえなさい。こんなことをしでかした理由を調べるために先生方に連絡もお願いするよ」

 響く声で命ずるヴァイディーウス殿下。
 その声に従い警備の人たちが少女を拘束する。
 ギャーギャー喚く声は五月蠅いが、それを気にする事無く迅速にその場を離れていく警備兵達。
 残されたのは困惑した周囲と私達である。
 嵐が去ったようだと思った。

「大丈夫かい、キース嬢」
「はい。助けていただきありがとう存じます、ヴァイディーウス殿下」
「気にすることはないよ。大したことはしていないし」

 苦笑するヴァイディーウス殿下に私も笑みを返す。

「口出し出来ずにすまない」
「僕もごめんね」
「いえ。何故か顔を知られているお二人が口を挟めば、ことがもっと大きくなった可能性もありますから」

 味方をしてくれると思い込んでいる輩に絡まれて場が混乱する可能性も何故味方をしてくれないのかと攻撃される可能性もあった。
 口を挟めば場は更に混乱したことだろう。
 むしろ口を出さずにいてくれてありがとうと言った所だ。
 それらの可能性を考えて二人共あえて口に出さなかったのだろうし。
 まぁ今の時点で十分大ごとだけどさ。
 少女が連れていかれた先を見てため息をつく。

「何か裏があるのでしょうか?」
「さぁ? そこらへんは先生達に任せるつもりだよ。あまり私達が口を出すのもね」
「今はいち生徒ですしね」
「そうなるね。そういう意味ではさっきのもちょっと問題あったかもね?」
「あれは致し方ないのでは?」
「これ以上不敬を重ねると本人だけの問題ではなくなりますしね」

 平民でも貴族でもあれ以上は罰を受ける可能性があった。
 学園内の出来事とはいえ、あんな一方的な罵倒は不敬であると言うしかない。
 そうなれば学園内は決して無法地帯と言うわけではないのだから処罰は必要となる。
 どうやら転生者らしいが、何か思惑があったのだろうか?
 まさかこんな事でさらなる転生者を見つけるとは。
 しかも友好的な関係は築けそうにない。
 少女の今後の処分も含めて前途多難である。

「すんなり解決すればよいのですけれど」

 フラグっぽいなぁと思いつつそう願わずにはいられなかった。





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