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信じるモノ
しおりを挟む例の教団の本拠地は思っていたよりも人通りの多い、平和な場所にあった。
建物自体は黒を基調としたモノであり、色の割には周囲に溶け込んでいる。
『わたし』の認識ではこういった建物は白なのだけれど、考えてみれば闇の聖獣様を崇めているのだから、おかしくないのかもしれない。
そういえば光闇教の総本山は白の建物だったなぁ。貴色を考えると白と黒が混ざっていてもおかしくないのでは? いや、そんな建物見たくないけど。
今、思い出してもあそこはまさに宗教団体の本拠地と言った風情だった。
確かに人の出入りは多かったが、荘厳さ? 壮麗さ? ともかく清廉な雰囲気が建物を包んでいた。
それに比べて此処は……。
「<全体的に希薄というか、薄暗いと感じるのは、私の意識の問題かな?>」
「<オレにもそー見えるんだけどなー。ただし、オレもここが本拠地だって知っているからなー>」
どうも、こういった時客観的に見る事は難しい。
それが必要な時でもないため努力不足というのもあるかもしれないけれど。
ともあれ、推定敵の本拠地の前に何時までも立っている訳にもいかない。
私は此処に案内してくれたノギアギーツさんに声をかける。
「それで、ノギアギーツ様? 此処に彼が入ったのを見た事があると?」
「そうですね。その後、周囲を調べた所、此処が例の教団だという事が分かりました。……彼に関しては私が目撃した時は暫くの後、飛び出してきました」
「飛び出して、ですか。交渉決裂だったのか、それとも何やら不穏な事を吹き込まれたか。何方にしろあの書置きの事も考えると此処に居る可能性が高そうですね」
此処にアズィンケインがいる、又はいた可能性が高い事は分かった。
さて、どうやって入れば良い事やら。
どうやらこの教団は私達が考える以上にここら一帯に受け入られているらしい。
先程から道歩く人々からの視線が痛い。
私達が明らかに貴族と言った風体だからだろう。
時折敵意のようなモノを感じ、その度にテルミーミアスさんが憮然とした表情で視線の主を威嚇している。
それ、悪手だと思うんだけど。
ヴァイディーウス様もそう思っているのか、苦笑しつつテルミーミアスさんを止めていた。
喧嘩を売ってくる存在がいない事が今の所救いかな。
此処に居るのは殿下達だからねぇ。はっきり言って喧嘩を売った方がまずいし。
ただ、教団が思ったよりもこの辺一帯に受け入られている事に私は眉を顰める。
表面上は善良な団体が裏では悪逆非道の限りを尽くしていた、というのは良くある話だ。
此処が『地球』ならば、検挙される事でニュースになり、あっという間に化けの皮は剥がれる。
けれど、この世界にはそんな風に誤差の無い情報を一斉に広める方法は存在しない。
かの教団が元凶だったとして、それが周知されるまでにどれだけかかるだろうか?
そもそも周知出来るのだろうか?
出来ない場合、シコリを残し、それが何時しか貴族、ひいては王家に対しての火種とはならないだろうか?
ただでさえ宗教ってのは厄介なのに。こうも表向き清廉潔白っぽいと、無理を通した此方が完全に悪役だもんなぁ。
人は何かを縁にする生き物だと思う。
特に心が弱っている時は何かに縋りたくなるものだ。
もしこの教団がそういった人達にとって縁だとしたら?
あまり良い結末は迎えられないかもしれない。
考えれば考える程頭が痛くなる問題である。
「<出来ればお父様に迷惑をかけないで欲しいんだけどなぁ>」
「<どーしてそーなんだよ?>」
「<うーん。ここら一体が貴族や国に対して不信感を抱いて、結果として国に反抗的になればお父様の仕事が増えるなぁと>」
「<どういう思考からそうなったかは分からなくもねーが、それって今考えなきゃいけないことか?>」
「<んー。半分くらい現実逃避、かな?>」
明らかに面倒事になるのが確定しているものだから、意識が勝手にあさってな方向に行きたがるのだ。
そうなったとしても現実は目の前にあるので無駄な行為なのだが。
「<さっさと戻ってこいよ>」
「<無慈悲な一言過ぎない? とは言え、そろそろ動かないといけないのは確かなんだよねぇ>」
この状態だと殿下達を此処に留めておくのも難しそうだし。
私はどうしようもない状態に溜息をついた。
「さて、中に入りたいと思うのですが。中にいる信徒の方々の内、どれくらいの人が“真実”を知っていると思いますか?」
「大半は知らないだろうね。……いや、下手をすれば知っているのは極一握りの存在かもしれない」
「可能性は十分にありますね。では正面突破も難しいですね。仕方ないですし、取り敢えずは穏便に尋ねるしかないですね」
そうして、私はノギアギーツさんにこの場を任せる事にした。
テルミーミアスさんはこういった穏便に会話するのは無理だろうし、インテッセレーノさんは最初の初対面の印象が人によって違いすぎる。
内心でそんな事を考えつつ頼むとノギアギーツさんは苦笑しつつも請け負ってくれた。
心の内が少しばかり漏れていたかもしれないけど、気にしない事にする。
ノギアギーツさんが扉を叩くと中から一人の女性が出て来た。
「どうかしましたか?」
「申し訳ありません。実は今、私達はある男を探していまして。その男と同じ風貌の男性が此方の建物に入ったという情報が。何かご存じではありませんか?」
ノギアギーツさんがアズィンケインの風貌を説明すると女性は一瞬顔を顰めた。
それは嫌な事を聞かれた、という風に私には見えた。
案の定、女性は眉間に皺を寄せて口を開いた。
「その男なら数度こちらに来ています。ええ、本当に迷惑な事に。あの男、何かやったんですか?」
「迷惑? 一体何があったのですか?」
「何時も教主様をお守りくださっているディス様におかしな事を言い募っています。説得とは言ってましたが、そのせいでこちらは説話の時間が遅れたりして、色々問題が起こっています」
どうやらこの人は元隊長が何をしたのか、此処にはいてはいけない人物だという事を知らないらしい。
私は隣にいるルビーン達に視線を向けたが、ルビーンが肩を竦めた。
嘘を言っている様子はない。
つまり現在ディスを名乗っている元隊長は教主様をお守りしている……それなりの地位にいるらしい。
「<あの野郎がコクオーヘイカ以外を護るもんかねー>」
「<完全に狂信者だったもんねぇ。私も少し意外かも>」
有り得ないけど、王都にいるのは陛下から離れたくないがためで、改心したとか?
あー、無いな。
改心してたら王都から離れてるもんなぁ。
って事は中身は変わらないはず。
と、なると陛下以外を護るって所が不思議なんだけど。
「大変でしたね。それで、今日はこちらには?」
「私は知りませんが、交代したばかりですので、もしかしたら今日も押しかけてきているかもしれません」
女性がそういった途端、奥から甲高い音が響き渡った。
「あれは……」
「剣戟音?」
私達は顔を見合わせると、訝し気な顔をしている女性を押しのけて中に入り込む。
「お待ちなさい! この中に入るには――」
「緊急事態により省略させて頂きますわ。中で戦闘が起こっている可能性があります!」
私の言葉に女性の顔から一気に血の気が失せていくのが見えた。
けれど、構っている場合ではない。
「先に行きます!」
私は答えを待たず駆け出す。
後ろをルビーン達が付いてきたのが分かった。
出来れば殿下達にはそこに留まっていて欲しい所だけど、きっと無理だろう。
結局無理矢理、通る事になり、溜息が出そうだ。
「<片方は元騎士野郎としてもう一人はあの狂信者野郎かねー?>」
「<多分ね。これで全く関係無い人達なら笑うんだけど>」
「<儚すぎる願望だな>」
クロイツの辛辣な発言に私はつきそうになった溜息をかみ殺すのだった。
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