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雨には傘を、友にはフリーフォールを
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特に戦闘やトラブルもなく順調に森から脱出した俺達は、隠していた物資を回収して開拓村へと戻ってきた。
「ソニアさん!ご無事でしたか!」
村へ入った俺たちを出迎えたのは、ここを仕切っている黒一級の冒険者の男だ。
馬車から降りたソニアへ真っ先に駆け寄ってきたのは、やはりパダーブリクのいる森が近い場所に黒級だけでいる不安の表れだろう。
「ご無事も何も、誰もケガ一つしてないわよ」
「おぉ、流石。…あれはパダーブリクの素材ですか。なんとも…すごい」
男が馬車の荷台を覗き込み、そこに積まれたパダーブリクの素材を見て喉を鳴らす。
黄級での討伐が推奨される強力な魔物の素材は、黒級の冒険者にとっては垂涎の的だ。
依頼の報酬でもその日暮らしがせいぜいの黒級には、牙の一本でも手に入ればしばらくは慎ましくとも寝て暮らせる金額になる。
よもやちょろまかそうなどとは考えてはいないだろうが、人間、欲に目がくらめば大胆な行動もする。
彼の理性を蒸発させないためにも、俺達はさっさとギルドへ素材を運搬してしまったほうがよさそうだ。
「まぁ見ての通りの量だから、さっさと街に持っていきたいのよ。悪いんだけど、誰か先にギルドへ連絡しに行ってくれるかしら?」
「わかりました、すぐに向かわせましょう」
そういって男が他の冒険者を呼び寄せると、一人に馬を与えて連絡要員に仕立て上げる。
パダーブリクの討伐完了とギルド側への素材搬入の手配を口頭と文書で託し、すぐさま馬は村から出ていく。
それに少し遅れ、馬車の馬を代えた俺達も村を後にする。
決して多くはないが、それなりの数の冒険者達に見送られながらの出発だ。
あの冒険者達もパダーブリクが討伐されたことで依頼は完了となり、諸々の後始末を済ませて街へ戻る手はずとなっている。
こうしてみると、今回の討伐に関わった冒険者の数の多さを改めて実感する。
全員が魔物と直接対峙したわけではないが、彼らの支援があったおかげで俺達は実質一日という短い時間で討伐を終えることができた。
当然、全員にはギルドから報酬が支払われるが、黒級とはいえこの数を何日も拘束する人件費を考えると、果たしてパダーブリクの素材でどれだけこれらの費用を賄えるか、ギルドの手腕が試されることだろう。
『働いた奴は食っていいんだ』と古の偉人が言っていたように、働きには見合った報酬が十分に支払われなければならない。
願わくばボーナスの一つでも発生して、彼らが満足するだけの賃金が払われることを願おう。
来た時は急いでいたこともあって片道五日かけたが、帰りは少しゆっくりと七日の旅程となった。
パダ―ブリクの素材を積んだままの馬車でギルドへ入ると、先に連絡が言っていたおかげでスムーズに素材の査定を専門とする職員へと馬車ごと引き渡される。
大物の魔物の討伐で発生した大量の素材の山でにぎわう倉庫を抜け、俺達はギルドにいくつかある応接室の一つへ通される。
先に連絡が行っていたこともあり、そこでは出掛けに討伐の担当を任されていた男性職員が待ち構えていた。
「こちらが今回の討伐で得られたパダーブリクの素材の目録、こちらが報酬です。お納めください」
代表してソニアへ差し出された木製のトレーには、巻物状にされた数枚の紙と片手には余る大きさの小袋が三つ乗せられていた。
小袋の中身は間違いなく、貨幣だろう。
いくつかの例外を除けば魔物の素材というのは討伐を行った人間が所有権を主張できるが、今回は全員の合意の下、全量をギルドに買い上げてもらっている。
討伐の報酬に加え、素材の買取額も上乗せされた金額は並の冒険者が稼ぐ年収を楽に超える額となっているはずだ。
トレーを受け取ったソニアは、すぐに目録をロイドへ検めさせると、内容に問題がないという頷きをもらい、その顔に笑みを浮かべた。
「うん、ありがと。たしかに報酬は受け取ったよ。それじゃあんたたち、もってって」
小袋を二つ手に取ったソニアは、それぞれのグループへと投げてよこす。
一つは俺とパーラの組、もう一つはドワーフの三人組へと分配された。
今回の討伐では三組が合同で集められたため、報酬もそれぞれのチームで山分けというのが事前の契約となっていた。
「へへっ、こんなにもなるのかよ。こりゃあ美味い酒が飲めそうだな」
「はやいとこ酒場行こうぜ」
報酬を三等分すると、ドワーフ達は一人頭の取り分が少なくなるが、ランクと仕事の量からすれば不当とは言い難く、実際不満もなく男達は報酬の金を数えると上機嫌で部屋から出ていった。
討伐の道中からもわかっていたが、ドワーフという種族への期待を裏切らず、あの三人は何をおいてもまず酒という生き方を送っているらしい。
「まったく、稼いだお金もすぐお酒に注ぎ込んじゃって。もういい歳なのに、将来のこととか考えてないのかしら」
「まぁドワーフってそういう種族だしさ、仕方ないって」
部屋から去った三人組へ呆れの混じった溜息を吐きながら、ソニアも中々リアルなことを言う。
この姉弟は彼らとも付き合いはそれなりに長いそうで、為人もよく知っているだけに酒に走って将来設計を疎かにしていることを案じているようだ。
「では私はこれで失礼いたします。急かすことはしませんが、こちらの部屋にあまり長居されませぬようお気をつけください」
「あぁ、チョット待ってくれ」
報酬を手渡したことで自分の仕事は済んだと、部屋を出ていこうとする職員をロイドが呼び止める。
「…どうかされましたか?なにか報酬に不備でも―」
「いや、そうじゃない。少しこの二人のことでギルド側に聞いておきたいことがあるんだが」
黄二級の人間が呼び止めたことで一瞬身を固くした職員だったが、ロイドが俺達を指さしたことでその顔には困惑がさらに加わる。
そして、その困惑は俺とパーラもまた同じく抱いたものだ。
「…はい?俺達のことで、ですか?」
「なに?私らなんか悪いことした?」
どこか非難するような声色にも感じたロイドの言葉に、心当たりのない不手際を責められるのかと俺もパーラも身構えてしまう。
「違う違う、君達の働きに不満があるとかじゃないんだ。ただ、俺達から見た二人のランクがどうにも見合っていない気がしてね。あの戦いっぷりは、白級どころか黄級の上位にすら見合う実力はあった」
「そうね。おまけに道中の振る舞い・人品も問題なし。なにか、不当に評価を貶められて白級に押し込められているんじゃないかと私らは勘ぐったわけよ。で、どうなの?そのあたり」
ジロリとソニアから鋭い目を向けられ、職員は怯えたように後ずさりかけたが、冒険者からの恫喝には慣れているのか、すぐに観念したように細く声を漏らす。
「そ、それに関して私から説明するのは…」
「なら分かる人を読んで頂戴。納得いく説明がなきゃ、今後の指名依頼も対応を考えることになるわよ」
「そのような……わかりました。ただちに」
ソニアの毅然とした声に追い立てられるようにして、職員が慌てた様子で部屋を出ていった。
相手がランクの低い冒険者ならまだしも、黄級上位のソニアからの要請と慣れば無視もできない。
平の職員の手に負えないなら、お偉いさんが出張ってくるのだろう。
しかし、ソニア達がなぜこうも俺達のランクを気にするのか、すこし不思議に思える。
仕事の間の交流もそれなりに持って仲は深めたとは思うが、それでもまだ出会って二週間ほどだ。
ここまでギルド側へ強い非難を示すのは、正直意外だった。
「ソニアさん、なにもそこまで……別に俺達は今のランクでも不満は―」
「ダメよ!こういうのは早い内にはっきりしとかなきゃ、ズルズルと後回しにしちゃうもんなのよ。それに、評価が歪められてるのを放っておくのは、他の冒険者の仕事にも悪影響よ」
「姉さんの言う通り。もしも冒険者への評価を正しくしていないとすれば、今後はギルドを信用できなくなる。そんな相手から仕事を回してもらおうと思うか?少なくとも、俺は指名依頼をもらったら、一度は疑ってかかるね」
「はあ、そういうものですか」
本来、ランクというのは依頼をこなして得られる信頼と実績により、ギルドが冒険者へ付与する評価を表したものになる。
同時に、ギルドがその冒険者がいかにギルドにとって有益で重要かを、内外へ保証する証でもある。
一種の社会的ステータスともいえるだけに、不当なランク付けには冒険者も敏感になるのだろう。
ただ、俺とパーラに関しては、実力はともかくとして、ギリギリ死亡認定を免れた行方不明という前歴があるため、ギルド側としては経過観察もかねて昇級の打診を見送っていた可能性は高い。
よって、今の白級に留められているのも、ある意味では妥当なものと受け入れていた。
そのことをロイド達に伝えようと、パーラと目配せをして口を開きかけたところで、先程部屋を出ていった職員が戻ってきてしまい、タイミングを失ってしまう。
「お待たせした。ランクに関しての不備とのことで。……うん、そちらの二人だね?」
帰ってきた職員の背後には、壮年の女性職員の姿があった。
彼女は室内を見回して俺とパーラに目を留めると、何かを納得したように大きくうなずく。
そして手にしていた紙の束を広げると、ソニア達へゆっくりと説明を始めた。
あの書類はギルド側が保有する冒険者の情報をまとめたもののようで、分かりやすいように書類を指さしながら俺とパーラの今日までの活動から現在のランクの妥当性を理路整然と語られていく。
それによると、やはり俺とパーラが行方不明となった件が利いているらしく、マイナス評価というわけではないが、ギルド側も今後の活動を慎重に見守るべく俺達の昇格は当分見送られているそうだ。
これに関しては俺達には不満はなく、むしろ有望株を大事にしたいという思いが見てとれ、決して不当な扱いをされているようには感じない。
「…なるほど、そういうわけだったのね。ねぇロイド、これって…」
「うん、俺達の勇み足、ってところか。ギルド側の不正などと疑い、申し訳ない」
「サーセン」
すべてを開示しているというわけではないが、それでも十分な説明といえるものを与えられたソニア達は、どこかギルドのスタンスに懐疑的だった態度を改め、素直に姉弟が揃って頭を下げて謝罪をした。
少しバツが悪そうなのは、勘違いのままで強い言葉を言ってしまったことに対してか。
しかしソニアの方は謝り方がひどいな。
パーラといい勝負だ。
「お気になさらず。君達にはギルドの制度に不当性を感じたのなら、問いただす権利がある。命を賭けるに足る信頼を思えば、当然のこと」
職員の女性は変わらず淡々とした様子で謝罪を受け入れるが、最初に詰め寄られた職員の方は露骨に安堵のため息を吐いている。
妥当なものだったとしても、あの迫力で黄級に詰め寄られてはそれも仕方がない。
「そういうわけで、君達も昇格はまだ暫くは保留だ。とはいえ、この措置もそう長くはない。思う所もあろうが、変わらず励んでくれ」
「ええ、言われるまでもなく、不満などはないので真面目に働きますよ」
グルリとこちらへ顔を向けてきた職員に、俺も当たり障りのない言葉で謙虚さをアピールしておく。
ギルド職員を相手に印象を悪くする必要もない。
「うむ、結構なことだ。…説明もこれで十分だろうし、私達は失礼させてもらう。君達の持ち込んだ素材で今は立て込んでいるのでな」
「ええ、わざわざ来てくれて悪かったわね」
「構わない。有望な人間にはこちらもそれなりに応じるべきだからな。では……あぁ、この部屋もあまり長居はしないように。使う予定はまだないが、あまり居座られても困るのでね」
この手のことは慣れたものなのか、特にソニア達に苦言を漏らすでもなく、第一印象のドライなまま、職員らは部屋を後にする。
部屋に俺達だけとなったところで、若干の気まずさが出てきた。
俺とパーラはともかく、ソニア達は鼻息荒くしていたところをいなされたようなもので、形の曖昧な恥ずかしさを抱いているように見える。
このままなんとも言えない空気を堪能させられるのかと、僅かに戦慄を覚え始めた頃、ソニアが徐に口を開く。
「んー…とりあえず出ましょうか。なんか悪かったわね、二人も」
「いえ、ソニアさんが謝ることでは。俺達のことを思っての進言だったとは理解してますから」
「そうだねぇ。こうなる前に、私らの状況を言えばよかったかなぁ」
行方不明からの経過観察中という措置は既に覚えがあるため、先にソニア達にそのことを言っておけば悲劇は起きなかったわけだが、その隙も無かったのが悲劇だったとも言える。
人間、対話が大事だと再確認するいい機会だったと思おう。
「やめときましょ、誰が悪かったとかってのはさ。一仕事終わったことだし、美味しいものでも食べに行きましょうか。お詫びってわけじゃないけど、おごるわよ」
「いいの!?じゃあ私、甘いのがいい!」
「おい、ちょっとは遠慮しろって」
「はっはっはっは、まぁいいじゃないか。姉さんのおごりなんだ、君も好きなのを食べるといい」
おごりと聞いて図々しくなるパーラを諫めようとするも、ロイドに笑いながら制されてしまう。
報酬まで等分した上で奢られるのは流石に気が引けるのだが、目上の人間にこうまで言われては辞退するのも失礼か。
「言っとくけど、おごるのはアンディとパーラだけよ。あんたの分は自分で―ん?」
応接室を離れ、ギルドのメインホールへ向かう通路の途中、進行方向からやってくる人影に気づいたソニアがその歩みを止める。
自然と俺達もそれにならってその場で立ち止まると、人影に向かってソニアが声をかけた。
「あら、ウルディオさんじゃない?こんなところに会うなんて珍しいわね」
人影はヤゼス教の男性神官だった。
十分年寄りと言える姿に、纏うのは高位でも通じる程度の上等な法衣だ。
ただ、その着ている人も服もどこかくたびれても見えるあたり、教会でも中間管理職に相当する人間であろうか。
人並み以上の付き合いがあるのか、親しげに声をかけてきたソニアに、神官の方も顔を綻ばせて応える。
「やあ、ソニア。君はいつも元気そうだね。ロイドも変わりないようでなによりだ」
「ええ、姉さんはいつも無駄に元気ですよ。ウルディオさんも、ご壮健のようで」
「ちょっと!誰が無駄に元気だってのよ」
「姉弟仲も相変わらずよさそうだ」
冒険者と協会関係者となると、全く交流がないとは言わずとも親しくなるのはそうあることではない。
しかし目の前の三人は穏やかに笑い合っており、立場に縛られない友宜をしっかりと築けているのは十分に伝わってくる。
「君達はこれから仕事かな?そちらの二人は初めて見る顔だ」
「いえ、俺達はついさっき戻ってきたところです。こっちの二人はアンディとパーラ、今回の依頼で協力を頼みました」
それまで蚊帳の外だった俺とパーラにウルディオの興味が向いたようで、ロイドが紹介をしてくれた。
教会関係者にはそれなりに知り合いは多いが、なにせ母数が多く、顔どころか名前すら知らない人間はまだまだ多い。
司教の幾人かには多少知られている俺だが、ウルディオにはそうではなさそうだ。
「二人とも、こちらはウルディオ司祭だ。以前、ギルドの依頼で縁ができてね。それからも何度か世話になっているんだ」
「それはお互い様だ。こちらとて困りごとがある時は助けられているよ」
教会が出した依頼を冒険者が受けるのはよくあることだが、大抵はギルドを仲介するため依頼者と冒険者が接点を必ずしも持つということはない。
こうしてウルディオとソニア達のような関係が構築できたとなると、よっぽど依頼者が満足する結果を安定して示してきた結果だろう。
言葉を交わす三人の顔は、なんとも楽しそうに見える。
「ところでウルディオさんはなんでここに?こっちにはギルドの応接室しかないわよ?」
「いやいや、ギルドにきてなんでも何もないだろう。依頼を出しに来たんだ。ただ、少し特殊なものになるから、ギルドマスターに相談をしたくてね」
「あぁ、それでこっちに」
ヤゼス教の神官がギルドに来ること自体はなくもないのだが、司祭ともなれば自ら足を運ぶことは珍しい。
大抵は部下や見習いを走らせれば済むが、任せられないほどに重要度が高いか特殊性があればやはり自分で赴くのが確実だ。
俺達がいるこの通路だが、応接室が並ぶエリアを抜ければギルドマスターのいる上階への階段がある。
そこへ向かう途中で俺達は出会ったというわけだ。
「へぇ、特殊な依頼ってどんなの?よかったら私らが受けようか?」
「姉さん、特殊って言ってるんだから不躾に聞くのはまずいだろ。すみません、ウルディオさん」
「構わんよ、特殊と言っても漏れると困る類の話ではない。まぁ大っぴらに触れ回られるのも困るが」
そう言ってウルディオの目が俺とパーラへ向く。
なるほど、この中で俺達二人はウルディオからなんら信を得ていないため、口が軽いかどうかは気になるところだろう。
ここは気を利かせてこの場を離れた方がいいかと、パーラと目配せをして口を開こうとしたタイミングで、ソニアが割り込むように声を被せてきた。
「二人なら大丈夫よ。おもしろがって言いふらすようなことはしないわ。分別の分かる子達だもの。そうよね?」
「あ、はい」
「そりゃまぁ」
俺達がソニア達の為人を何となく理解しているように、向こうもこの短い付き合いの中でこちらのことはそれなりに信頼しているらしい。
命を預け合った先に育まれる仲というのは、決して軽くないのだ。
「ふぅむ、ソニアが言うのならば……よかろう。実は教会の本部で新しく魔術師の実働部隊を新設されるんだが、私はその部隊の運用を一部任されていてね。今回は導入訓練の相手を探しているんだよ」
ヤゼス教―というよりペルケティア教国が新たに組織する魔術師部隊と聞いて、俺にはピンとくるものがあった。
以前、シペアとの会話の中で出たネタで、すでに発足しているのならシペア自身もそこに編入されているはずだ。
「導入訓練……ってなんだっけ?」
「集められた人間の特性と能力を見るためにする最初の訓練だよ。冒険者の俺達にはあんまりなじみはないけど、国軍やら騎士団なんかじゃよくあるやつ」
聞きなれない言葉なのか、導入訓練というワードに首を傾げるソニアに、ロイドが慣れた様子で補足した。
薄々感じていたが、時折出てくるロイドの知識には教育の匂いが確かにあり、意外とこの二人はいい所の出だと伺い知れる。
「流石ロイド、よく知っているね。新設の部隊ができればまず必ず行うんだが、本来は身内で訓練相手を賄うところを、今回は少し人手が足りないものだからこうしてギルドへやってきたというわけだ」
魔術師部隊というだけあって、その訓練相手は機密性や安全を考えて教会内部で見繕うのが妥当なところだが、わざわざ冒険者ギルドへ司祭が足を運ぶぐらい、今の教会は人手不足に喘いでいるのだろう。
その理由について、一般人は深く知らずとも、俺とパーラには見当がついている。
シェイド司教が処刑されて少し経った頃、久しぶりにスーリアと顔を合わせた際も愚痴をこぼしていたが、現在のマルスベーラの教会組織内では各部署への命令の伝達と実行が鈍化しているそうだ。
原因はシェイド司教閥にある。
旗頭の失脚によってシェイド司教の派閥は組織内で大幅に影響力を落とすことが確実視されており、それをどうにか食い止めようと派閥に有用な人材を引き込むべく動いた結果、各派閥が引き締めを図った余波で部署間の連携にも難が出始めているとか。
この状況で表向きとはいえマルスベーラでは混乱もなく平穏なのは、ひとえにボルド司教を始めとした上層部が抑えに回っているおかげだ。
もっとも、そうまでしても派閥間の暗闘を完全に沈静化できていないのが今のヤゼス教の実態とも言える。
本来なら花形にもなりうる魔術師の新設部隊、その導入訓練で人手不足が出るとなると組織の体質を疑わしくなるが、ウルディオのような人間がこうして動いているあたり、まだまだヤゼス教の寿命は尽きそうにない。
「身内でってことなら、第二だかの部隊に頼めないの?あそこって古株も多いんでしょ?頼めば訓練相手ぐらい―」
「その第二魔術師隊が解体されて作られるのが、今回の部隊なのだよ。比較的若年の者が少数は残留したが、それ以外の人間も解隊後はあちこちに取られてしまってな。協力要請を気軽には出せなくなったそうだ。一応、何人かあてはあるが…」
「十分な数とは言えない、と。どれぐらいの人数が必要なんですか?」
「訓練の相手をしてほしいのは主に年若い連中だ。人数はそう多くない。せいぜい30人を切る程度だろう。確かな実戦経験のある人間を4人ほど。魔術師なら尚いい」
「ランクは問わないってこと?流石に黒級はまずいわよね?」
「実戦経験豊富なら構わんが、まぁ黒級には酷な話だ。叶うなら白級からを目安にしたい」
「なるほどでねぇ……わかったわ!ウルディオさん、その依頼、私らに任せてみない?」
唐突にソニアが名案だと言わんばかりに声を上げる。
「…君達が?そりゃあ有難い話だが、いいのかね?正直、君達ほどのランクでは物足りない程度の報酬しか出せないが」
黄級の冒険者を雇うのに必要な金額は到底安いとは言えない。
言いようからして、その依頼に割ける教会の予算も多くはないのか、ウルディオも申し訳無さそうではある。
とはいえ、よく知る人間に頼めるなら心強い仕事ではあるので、叶うなら渡りに船だろう。
「報酬なんか気にしないでよ。ウルディオさんには世話になってるんだから。いいわね?ロイド」
もうとっくに意思を固めたソニアは同意を求めてロイドへそう声をかけたが、そのロイドはというと困り顔を見せた。
「そりゃ俺だってそうしたいけど……ウルディオさん、その導入訓練の日程ですが、いつ頃を予定していますか?」
「そうだなぁ、大体十日後か。訓練自体は一日で終わるはずだが」
「なるほど。心苦しいのですが、俺達はその依頼を受けることはできませんね」
この姉弟を今日まで見ていればわかるが、おおよその方針自体はソニアが決めて、細かい調整などをロイドがすることで上手くいっているらしい。
そのロイドがGOを出さない限り、ウルディオの依頼は受けられない。
「ちょっと!なんでよ!」
「姉さん、忘れたのかよ?八日後に俺達は指名で護衛依頼を受けてるだろ?導入訓練の日はちょうどその依頼で動いているど真ん中だ」
「…あ」
呆れたロイドの言葉を受け、ソニアが目を点にして間抜けな声を上げる。
流石は黄級だけあって護衛依頼にも引っ張りだこのようで、ソニア達は丁度その訓練の日程と依頼がもろにかぶってしまっているらしい。
先に指名を受けている以上、優先すべきは護衛依頼の方であり、ウルディオの方は諦めるのが妥当だ。
「……それ、なんとか先に延ばせない?あ、他の人に代理とか…」
「無理だね。先方とももう旅程から何からしっかり固めてあるんだ。今急に変えるってなると俺達の信頼はなくなるぞ。大体、あれは姉さんが勝手に持ってきた依頼だろ。『私が決めた!』って、いつものやつで」
「うぅ、だってぇ~…」
弟の鋭い指摘に姉の威厳とやらもすっかり鳴りを潜めたようで、ソニアは情けない声でもう半泣き寸前といった様子だ。
依頼の最中にも何度かあったが、ソニアは自らの即断即決で段取りを決める節があり、その際にロイドが指摘した『私が決めた』というのをよく口にしていた。
これは決して我が儘からではなく、本人がよかれて思って決めた結果につき纏う責任すら負うという、リーダーとしての正しい素質を窺わせる言動ではある。
とはいえ、果たしてロイドがどれだけ振り回されてきたかの苦労は十分に窺えるのが怖くもある。
「先約があったのでは仕方あるまいな。他を当たるとしよう」
ソニアのうっかりに困ったような笑みを見せつつウルディオがそう言うと、ソニアは気まずそうに視線をさまよわせ、俺と目が合った。
「んー……むふっ」
そして、少し考える仕草の後に朗らかな笑みを見せる。
こういう時、俺の勘はよく冴えるもので、次に彼女が何を言うのか何となく察してしまった。
「ウルディオさん、私らは無理だけど腕の立つ人間なら紹介できるかも。それも魔術師を二人」
またチラリとこちらを見るソニアと目が合う。
これは間違いないな。
「ほう、君達の推薦となると期待できそうだ。しかも魔術師とはな。そうなるとなるべく早く面通しをしたいが、頼めるかね?」
「面通しというのならもう済んでるわ。こっちの二人、アンディとパーラがそうよ」
「……なんと?」
胸を張って俺達を指すソニアに対し、ウルディオは怪訝か驚愕なのかなんとも奇妙な顔を見せる。
「この二人がかね?そうは言っても、魔術師には見えんのだが…」
ソニアの紹介という点には不信はないようだが、俺達が魔術師には見えないのが訝しくはあるらしい。
なにせ俺達は魔術師には必須と言っていい杖を持っておらず、むしろ剣を分かりやすく腰に提げているぐらいだ。
普通の人間だと魔力探知に慣れてでもいなければ、魔術師としての要素を欠いた人間をそうと見抜ける人間などまずいない。
「なりはこんなのですが、この二人は確かに魔術師ですよ。それもかなり腕が立ちます」
「この子達は白級なんだけど、正直、ランク以上の強さよ。魔術師で実戦経験もたっぷりある。ほら、ウルディオさんが今欲しい人材でしょ?」
「そこまでかね。ふぅむ、君達がそう言うのなら……如何かな?話は聞いていたとは思うが、私からの依頼を受けてくれるかね?」
普通、国絡みの組織から出さられる依頼というのは受諾する人間を吟味されがちなのだが、よっぽどソニアへの信頼が厚いようで、彼女からの太鼓判で俺達に対する態度も随分前向きな様子だ。
間接的な信用とはいえ、初対面の人間にこの手の話を持ち掛けるのはかなりなのか、あるいはよっぽど懐が深いのか。
いずれにせよ、ウルディオのこの提案に俺は乗り気ではいる。
なにせ件の部隊にはシペアがいるのはまず間違いなく、若手の訓練ということなら確実に参加するはず。
正直、他の魔術師部隊の人間はどうでもいいが、友人の助けとなるのなら協力するのも吝かではない。
「俺としては一向に構いませんが、パーラはどうだ?」
「アンディがやるってんなら私はいいよ。ウルディオさん、その訓練の相手ってなにをやるの?私らギルドの新人講習とかはやったことはあるけど、それとはまた違うんでしょ?」
「いや、やることはそう変わらんよ。実戦形式での手合わせの様なものだ」
そうなると、ギルドでやったのと大体一緒か。
魔術師を相手にするという点は違えど、実戦経験の浅い人間と手合わせをするだけなら難しいことはない。
パーラもそれを聞いて頷いているので、ウルディオからの依頼を受けることを決める。
「そうか、助かる。細かいところは日を改めて話し合うとして、とりあえず君達への指名依頼として申請しよう。少し経った後で受付へ申し出てくれ。そういうわけで、すまないが私はここで失礼させてもらうよ。ギルドマスターにこのことを伝えに行かねばならないのでね」
そう言って、ウルディオは足早に立ち去る。
残された俺達がその背中を見送っていると、徐にソニアが口を開く。
「なんか悪いわね、二人とも。急なお願いなのに、受けてくれて。おかげでウルディオさんにかっこ悪い所見せなくて済んだわ」
「いや十分かっこ悪い所は見られてたよ。……二人には姉さんの先走ったのを引き継がせてしまったな。俺からも礼を言うよ」
やや軽い調子のソニアに対し、ロイドの方は実に申し訳なさそうなのは、やはり姉が強引に依頼を振ったことへの後ろめたさのせいだろう。
俺としてはこの手合いからの無茶振りはよくあることなので、特に気にはしないが。
「いえ、その訓練の日は俺達も暇だったし、丁度良かったんで」
「丁度いい?」
「うん、新しくできる魔術師部隊ってのに、私らの友達が入隊してるはずでさ―」
シペアのことを交えて軽く説明すれば、このタイミングでの巡り合わせには感じるものがあるのか、ソニア達は感心するような顔で話を聞いている。
ウルディオへの義理から俺達を巻き込んだという自覚はあるが、同時にシペアという存在を知ると多少は罪悪感も薄れたようだ。
それに、この依頼が丁度いいというパーラの言も、俺としてはよく頷けるものでもある。
シペアとは随分手合わせもしていないし、今のアイツが魔術師としてどれだけ成長したかを見るいい機会だろう。
そうなると、一つ俺としては試したいこともある。
ウルディオとは日を改めて依頼の話をすることになるが、その際に可能ならば俺の方から訓練内容を多少弄ってシペア達にとって実りのある訓練へと仕上げたい。
この先、シペアの前に立ちふさがる壁を乗り越えるための力を養うためにも、いい訓練だったと思わせるものを用意してやりたい。
いくつか素案はあるが、それもウルディオとのすり合わせでブラッシュアップしていこう。
さしあたり、千メートル上空からのフリーフォールなどはどうだろうか?
世界の広さも見えて、度胸も鍛えられると一石二鳥なのだが。
「ソニアさん!ご無事でしたか!」
村へ入った俺たちを出迎えたのは、ここを仕切っている黒一級の冒険者の男だ。
馬車から降りたソニアへ真っ先に駆け寄ってきたのは、やはりパダーブリクのいる森が近い場所に黒級だけでいる不安の表れだろう。
「ご無事も何も、誰もケガ一つしてないわよ」
「おぉ、流石。…あれはパダーブリクの素材ですか。なんとも…すごい」
男が馬車の荷台を覗き込み、そこに積まれたパダーブリクの素材を見て喉を鳴らす。
黄級での討伐が推奨される強力な魔物の素材は、黒級の冒険者にとっては垂涎の的だ。
依頼の報酬でもその日暮らしがせいぜいの黒級には、牙の一本でも手に入ればしばらくは慎ましくとも寝て暮らせる金額になる。
よもやちょろまかそうなどとは考えてはいないだろうが、人間、欲に目がくらめば大胆な行動もする。
彼の理性を蒸発させないためにも、俺達はさっさとギルドへ素材を運搬してしまったほうがよさそうだ。
「まぁ見ての通りの量だから、さっさと街に持っていきたいのよ。悪いんだけど、誰か先にギルドへ連絡しに行ってくれるかしら?」
「わかりました、すぐに向かわせましょう」
そういって男が他の冒険者を呼び寄せると、一人に馬を与えて連絡要員に仕立て上げる。
パダーブリクの討伐完了とギルド側への素材搬入の手配を口頭と文書で託し、すぐさま馬は村から出ていく。
それに少し遅れ、馬車の馬を代えた俺達も村を後にする。
決して多くはないが、それなりの数の冒険者達に見送られながらの出発だ。
あの冒険者達もパダーブリクが討伐されたことで依頼は完了となり、諸々の後始末を済ませて街へ戻る手はずとなっている。
こうしてみると、今回の討伐に関わった冒険者の数の多さを改めて実感する。
全員が魔物と直接対峙したわけではないが、彼らの支援があったおかげで俺達は実質一日という短い時間で討伐を終えることができた。
当然、全員にはギルドから報酬が支払われるが、黒級とはいえこの数を何日も拘束する人件費を考えると、果たしてパダーブリクの素材でどれだけこれらの費用を賄えるか、ギルドの手腕が試されることだろう。
『働いた奴は食っていいんだ』と古の偉人が言っていたように、働きには見合った報酬が十分に支払われなければならない。
願わくばボーナスの一つでも発生して、彼らが満足するだけの賃金が払われることを願おう。
来た時は急いでいたこともあって片道五日かけたが、帰りは少しゆっくりと七日の旅程となった。
パダ―ブリクの素材を積んだままの馬車でギルドへ入ると、先に連絡が言っていたおかげでスムーズに素材の査定を専門とする職員へと馬車ごと引き渡される。
大物の魔物の討伐で発生した大量の素材の山でにぎわう倉庫を抜け、俺達はギルドにいくつかある応接室の一つへ通される。
先に連絡が行っていたこともあり、そこでは出掛けに討伐の担当を任されていた男性職員が待ち構えていた。
「こちらが今回の討伐で得られたパダーブリクの素材の目録、こちらが報酬です。お納めください」
代表してソニアへ差し出された木製のトレーには、巻物状にされた数枚の紙と片手には余る大きさの小袋が三つ乗せられていた。
小袋の中身は間違いなく、貨幣だろう。
いくつかの例外を除けば魔物の素材というのは討伐を行った人間が所有権を主張できるが、今回は全員の合意の下、全量をギルドに買い上げてもらっている。
討伐の報酬に加え、素材の買取額も上乗せされた金額は並の冒険者が稼ぐ年収を楽に超える額となっているはずだ。
トレーを受け取ったソニアは、すぐに目録をロイドへ検めさせると、内容に問題がないという頷きをもらい、その顔に笑みを浮かべた。
「うん、ありがと。たしかに報酬は受け取ったよ。それじゃあんたたち、もってって」
小袋を二つ手に取ったソニアは、それぞれのグループへと投げてよこす。
一つは俺とパーラの組、もう一つはドワーフの三人組へと分配された。
今回の討伐では三組が合同で集められたため、報酬もそれぞれのチームで山分けというのが事前の契約となっていた。
「へへっ、こんなにもなるのかよ。こりゃあ美味い酒が飲めそうだな」
「はやいとこ酒場行こうぜ」
報酬を三等分すると、ドワーフ達は一人頭の取り分が少なくなるが、ランクと仕事の量からすれば不当とは言い難く、実際不満もなく男達は報酬の金を数えると上機嫌で部屋から出ていった。
討伐の道中からもわかっていたが、ドワーフという種族への期待を裏切らず、あの三人は何をおいてもまず酒という生き方を送っているらしい。
「まったく、稼いだお金もすぐお酒に注ぎ込んじゃって。もういい歳なのに、将来のこととか考えてないのかしら」
「まぁドワーフってそういう種族だしさ、仕方ないって」
部屋から去った三人組へ呆れの混じった溜息を吐きながら、ソニアも中々リアルなことを言う。
この姉弟は彼らとも付き合いはそれなりに長いそうで、為人もよく知っているだけに酒に走って将来設計を疎かにしていることを案じているようだ。
「では私はこれで失礼いたします。急かすことはしませんが、こちらの部屋にあまり長居されませぬようお気をつけください」
「あぁ、チョット待ってくれ」
報酬を手渡したことで自分の仕事は済んだと、部屋を出ていこうとする職員をロイドが呼び止める。
「…どうかされましたか?なにか報酬に不備でも―」
「いや、そうじゃない。少しこの二人のことでギルド側に聞いておきたいことがあるんだが」
黄二級の人間が呼び止めたことで一瞬身を固くした職員だったが、ロイドが俺達を指さしたことでその顔には困惑がさらに加わる。
そして、その困惑は俺とパーラもまた同じく抱いたものだ。
「…はい?俺達のことで、ですか?」
「なに?私らなんか悪いことした?」
どこか非難するような声色にも感じたロイドの言葉に、心当たりのない不手際を責められるのかと俺もパーラも身構えてしまう。
「違う違う、君達の働きに不満があるとかじゃないんだ。ただ、俺達から見た二人のランクがどうにも見合っていない気がしてね。あの戦いっぷりは、白級どころか黄級の上位にすら見合う実力はあった」
「そうね。おまけに道中の振る舞い・人品も問題なし。なにか、不当に評価を貶められて白級に押し込められているんじゃないかと私らは勘ぐったわけよ。で、どうなの?そのあたり」
ジロリとソニアから鋭い目を向けられ、職員は怯えたように後ずさりかけたが、冒険者からの恫喝には慣れているのか、すぐに観念したように細く声を漏らす。
「そ、それに関して私から説明するのは…」
「なら分かる人を読んで頂戴。納得いく説明がなきゃ、今後の指名依頼も対応を考えることになるわよ」
「そのような……わかりました。ただちに」
ソニアの毅然とした声に追い立てられるようにして、職員が慌てた様子で部屋を出ていった。
相手がランクの低い冒険者ならまだしも、黄級上位のソニアからの要請と慣れば無視もできない。
平の職員の手に負えないなら、お偉いさんが出張ってくるのだろう。
しかし、ソニア達がなぜこうも俺達のランクを気にするのか、すこし不思議に思える。
仕事の間の交流もそれなりに持って仲は深めたとは思うが、それでもまだ出会って二週間ほどだ。
ここまでギルド側へ強い非難を示すのは、正直意外だった。
「ソニアさん、なにもそこまで……別に俺達は今のランクでも不満は―」
「ダメよ!こういうのは早い内にはっきりしとかなきゃ、ズルズルと後回しにしちゃうもんなのよ。それに、評価が歪められてるのを放っておくのは、他の冒険者の仕事にも悪影響よ」
「姉さんの言う通り。もしも冒険者への評価を正しくしていないとすれば、今後はギルドを信用できなくなる。そんな相手から仕事を回してもらおうと思うか?少なくとも、俺は指名依頼をもらったら、一度は疑ってかかるね」
「はあ、そういうものですか」
本来、ランクというのは依頼をこなして得られる信頼と実績により、ギルドが冒険者へ付与する評価を表したものになる。
同時に、ギルドがその冒険者がいかにギルドにとって有益で重要かを、内外へ保証する証でもある。
一種の社会的ステータスともいえるだけに、不当なランク付けには冒険者も敏感になるのだろう。
ただ、俺とパーラに関しては、実力はともかくとして、ギリギリ死亡認定を免れた行方不明という前歴があるため、ギルド側としては経過観察もかねて昇級の打診を見送っていた可能性は高い。
よって、今の白級に留められているのも、ある意味では妥当なものと受け入れていた。
そのことをロイド達に伝えようと、パーラと目配せをして口を開きかけたところで、先程部屋を出ていった職員が戻ってきてしまい、タイミングを失ってしまう。
「お待たせした。ランクに関しての不備とのことで。……うん、そちらの二人だね?」
帰ってきた職員の背後には、壮年の女性職員の姿があった。
彼女は室内を見回して俺とパーラに目を留めると、何かを納得したように大きくうなずく。
そして手にしていた紙の束を広げると、ソニア達へゆっくりと説明を始めた。
あの書類はギルド側が保有する冒険者の情報をまとめたもののようで、分かりやすいように書類を指さしながら俺とパーラの今日までの活動から現在のランクの妥当性を理路整然と語られていく。
それによると、やはり俺とパーラが行方不明となった件が利いているらしく、マイナス評価というわけではないが、ギルド側も今後の活動を慎重に見守るべく俺達の昇格は当分見送られているそうだ。
これに関しては俺達には不満はなく、むしろ有望株を大事にしたいという思いが見てとれ、決して不当な扱いをされているようには感じない。
「…なるほど、そういうわけだったのね。ねぇロイド、これって…」
「うん、俺達の勇み足、ってところか。ギルド側の不正などと疑い、申し訳ない」
「サーセン」
すべてを開示しているというわけではないが、それでも十分な説明といえるものを与えられたソニア達は、どこかギルドのスタンスに懐疑的だった態度を改め、素直に姉弟が揃って頭を下げて謝罪をした。
少しバツが悪そうなのは、勘違いのままで強い言葉を言ってしまったことに対してか。
しかしソニアの方は謝り方がひどいな。
パーラといい勝負だ。
「お気になさらず。君達にはギルドの制度に不当性を感じたのなら、問いただす権利がある。命を賭けるに足る信頼を思えば、当然のこと」
職員の女性は変わらず淡々とした様子で謝罪を受け入れるが、最初に詰め寄られた職員の方は露骨に安堵のため息を吐いている。
妥当なものだったとしても、あの迫力で黄級に詰め寄られてはそれも仕方がない。
「そういうわけで、君達も昇格はまだ暫くは保留だ。とはいえ、この措置もそう長くはない。思う所もあろうが、変わらず励んでくれ」
「ええ、言われるまでもなく、不満などはないので真面目に働きますよ」
グルリとこちらへ顔を向けてきた職員に、俺も当たり障りのない言葉で謙虚さをアピールしておく。
ギルド職員を相手に印象を悪くする必要もない。
「うむ、結構なことだ。…説明もこれで十分だろうし、私達は失礼させてもらう。君達の持ち込んだ素材で今は立て込んでいるのでな」
「ええ、わざわざ来てくれて悪かったわね」
「構わない。有望な人間にはこちらもそれなりに応じるべきだからな。では……あぁ、この部屋もあまり長居はしないように。使う予定はまだないが、あまり居座られても困るのでね」
この手のことは慣れたものなのか、特にソニア達に苦言を漏らすでもなく、第一印象のドライなまま、職員らは部屋を後にする。
部屋に俺達だけとなったところで、若干の気まずさが出てきた。
俺とパーラはともかく、ソニア達は鼻息荒くしていたところをいなされたようなもので、形の曖昧な恥ずかしさを抱いているように見える。
このままなんとも言えない空気を堪能させられるのかと、僅かに戦慄を覚え始めた頃、ソニアが徐に口を開く。
「んー…とりあえず出ましょうか。なんか悪かったわね、二人も」
「いえ、ソニアさんが謝ることでは。俺達のことを思っての進言だったとは理解してますから」
「そうだねぇ。こうなる前に、私らの状況を言えばよかったかなぁ」
行方不明からの経過観察中という措置は既に覚えがあるため、先にソニア達にそのことを言っておけば悲劇は起きなかったわけだが、その隙も無かったのが悲劇だったとも言える。
人間、対話が大事だと再確認するいい機会だったと思おう。
「やめときましょ、誰が悪かったとかってのはさ。一仕事終わったことだし、美味しいものでも食べに行きましょうか。お詫びってわけじゃないけど、おごるわよ」
「いいの!?じゃあ私、甘いのがいい!」
「おい、ちょっとは遠慮しろって」
「はっはっはっは、まぁいいじゃないか。姉さんのおごりなんだ、君も好きなのを食べるといい」
おごりと聞いて図々しくなるパーラを諫めようとするも、ロイドに笑いながら制されてしまう。
報酬まで等分した上で奢られるのは流石に気が引けるのだが、目上の人間にこうまで言われては辞退するのも失礼か。
「言っとくけど、おごるのはアンディとパーラだけよ。あんたの分は自分で―ん?」
応接室を離れ、ギルドのメインホールへ向かう通路の途中、進行方向からやってくる人影に気づいたソニアがその歩みを止める。
自然と俺達もそれにならってその場で立ち止まると、人影に向かってソニアが声をかけた。
「あら、ウルディオさんじゃない?こんなところに会うなんて珍しいわね」
人影はヤゼス教の男性神官だった。
十分年寄りと言える姿に、纏うのは高位でも通じる程度の上等な法衣だ。
ただ、その着ている人も服もどこかくたびれても見えるあたり、教会でも中間管理職に相当する人間であろうか。
人並み以上の付き合いがあるのか、親しげに声をかけてきたソニアに、神官の方も顔を綻ばせて応える。
「やあ、ソニア。君はいつも元気そうだね。ロイドも変わりないようでなによりだ」
「ええ、姉さんはいつも無駄に元気ですよ。ウルディオさんも、ご壮健のようで」
「ちょっと!誰が無駄に元気だってのよ」
「姉弟仲も相変わらずよさそうだ」
冒険者と協会関係者となると、全く交流がないとは言わずとも親しくなるのはそうあることではない。
しかし目の前の三人は穏やかに笑い合っており、立場に縛られない友宜をしっかりと築けているのは十分に伝わってくる。
「君達はこれから仕事かな?そちらの二人は初めて見る顔だ」
「いえ、俺達はついさっき戻ってきたところです。こっちの二人はアンディとパーラ、今回の依頼で協力を頼みました」
それまで蚊帳の外だった俺とパーラにウルディオの興味が向いたようで、ロイドが紹介をしてくれた。
教会関係者にはそれなりに知り合いは多いが、なにせ母数が多く、顔どころか名前すら知らない人間はまだまだ多い。
司教の幾人かには多少知られている俺だが、ウルディオにはそうではなさそうだ。
「二人とも、こちらはウルディオ司祭だ。以前、ギルドの依頼で縁ができてね。それからも何度か世話になっているんだ」
「それはお互い様だ。こちらとて困りごとがある時は助けられているよ」
教会が出した依頼を冒険者が受けるのはよくあることだが、大抵はギルドを仲介するため依頼者と冒険者が接点を必ずしも持つということはない。
こうしてウルディオとソニア達のような関係が構築できたとなると、よっぽど依頼者が満足する結果を安定して示してきた結果だろう。
言葉を交わす三人の顔は、なんとも楽しそうに見える。
「ところでウルディオさんはなんでここに?こっちにはギルドの応接室しかないわよ?」
「いやいや、ギルドにきてなんでも何もないだろう。依頼を出しに来たんだ。ただ、少し特殊なものになるから、ギルドマスターに相談をしたくてね」
「あぁ、それでこっちに」
ヤゼス教の神官がギルドに来ること自体はなくもないのだが、司祭ともなれば自ら足を運ぶことは珍しい。
大抵は部下や見習いを走らせれば済むが、任せられないほどに重要度が高いか特殊性があればやはり自分で赴くのが確実だ。
俺達がいるこの通路だが、応接室が並ぶエリアを抜ければギルドマスターのいる上階への階段がある。
そこへ向かう途中で俺達は出会ったというわけだ。
「へぇ、特殊な依頼ってどんなの?よかったら私らが受けようか?」
「姉さん、特殊って言ってるんだから不躾に聞くのはまずいだろ。すみません、ウルディオさん」
「構わんよ、特殊と言っても漏れると困る類の話ではない。まぁ大っぴらに触れ回られるのも困るが」
そう言ってウルディオの目が俺とパーラへ向く。
なるほど、この中で俺達二人はウルディオからなんら信を得ていないため、口が軽いかどうかは気になるところだろう。
ここは気を利かせてこの場を離れた方がいいかと、パーラと目配せをして口を開こうとしたタイミングで、ソニアが割り込むように声を被せてきた。
「二人なら大丈夫よ。おもしろがって言いふらすようなことはしないわ。分別の分かる子達だもの。そうよね?」
「あ、はい」
「そりゃまぁ」
俺達がソニア達の為人を何となく理解しているように、向こうもこの短い付き合いの中でこちらのことはそれなりに信頼しているらしい。
命を預け合った先に育まれる仲というのは、決して軽くないのだ。
「ふぅむ、ソニアが言うのならば……よかろう。実は教会の本部で新しく魔術師の実働部隊を新設されるんだが、私はその部隊の運用を一部任されていてね。今回は導入訓練の相手を探しているんだよ」
ヤゼス教―というよりペルケティア教国が新たに組織する魔術師部隊と聞いて、俺にはピンとくるものがあった。
以前、シペアとの会話の中で出たネタで、すでに発足しているのならシペア自身もそこに編入されているはずだ。
「導入訓練……ってなんだっけ?」
「集められた人間の特性と能力を見るためにする最初の訓練だよ。冒険者の俺達にはあんまりなじみはないけど、国軍やら騎士団なんかじゃよくあるやつ」
聞きなれない言葉なのか、導入訓練というワードに首を傾げるソニアに、ロイドが慣れた様子で補足した。
薄々感じていたが、時折出てくるロイドの知識には教育の匂いが確かにあり、意外とこの二人はいい所の出だと伺い知れる。
「流石ロイド、よく知っているね。新設の部隊ができればまず必ず行うんだが、本来は身内で訓練相手を賄うところを、今回は少し人手が足りないものだからこうしてギルドへやってきたというわけだ」
魔術師部隊というだけあって、その訓練相手は機密性や安全を考えて教会内部で見繕うのが妥当なところだが、わざわざ冒険者ギルドへ司祭が足を運ぶぐらい、今の教会は人手不足に喘いでいるのだろう。
その理由について、一般人は深く知らずとも、俺とパーラには見当がついている。
シェイド司教が処刑されて少し経った頃、久しぶりにスーリアと顔を合わせた際も愚痴をこぼしていたが、現在のマルスベーラの教会組織内では各部署への命令の伝達と実行が鈍化しているそうだ。
原因はシェイド司教閥にある。
旗頭の失脚によってシェイド司教の派閥は組織内で大幅に影響力を落とすことが確実視されており、それをどうにか食い止めようと派閥に有用な人材を引き込むべく動いた結果、各派閥が引き締めを図った余波で部署間の連携にも難が出始めているとか。
この状況で表向きとはいえマルスベーラでは混乱もなく平穏なのは、ひとえにボルド司教を始めとした上層部が抑えに回っているおかげだ。
もっとも、そうまでしても派閥間の暗闘を完全に沈静化できていないのが今のヤゼス教の実態とも言える。
本来なら花形にもなりうる魔術師の新設部隊、その導入訓練で人手不足が出るとなると組織の体質を疑わしくなるが、ウルディオのような人間がこうして動いているあたり、まだまだヤゼス教の寿命は尽きそうにない。
「身内でってことなら、第二だかの部隊に頼めないの?あそこって古株も多いんでしょ?頼めば訓練相手ぐらい―」
「その第二魔術師隊が解体されて作られるのが、今回の部隊なのだよ。比較的若年の者が少数は残留したが、それ以外の人間も解隊後はあちこちに取られてしまってな。協力要請を気軽には出せなくなったそうだ。一応、何人かあてはあるが…」
「十分な数とは言えない、と。どれぐらいの人数が必要なんですか?」
「訓練の相手をしてほしいのは主に年若い連中だ。人数はそう多くない。せいぜい30人を切る程度だろう。確かな実戦経験のある人間を4人ほど。魔術師なら尚いい」
「ランクは問わないってこと?流石に黒級はまずいわよね?」
「実戦経験豊富なら構わんが、まぁ黒級には酷な話だ。叶うなら白級からを目安にしたい」
「なるほどでねぇ……わかったわ!ウルディオさん、その依頼、私らに任せてみない?」
唐突にソニアが名案だと言わんばかりに声を上げる。
「…君達が?そりゃあ有難い話だが、いいのかね?正直、君達ほどのランクでは物足りない程度の報酬しか出せないが」
黄級の冒険者を雇うのに必要な金額は到底安いとは言えない。
言いようからして、その依頼に割ける教会の予算も多くはないのか、ウルディオも申し訳無さそうではある。
とはいえ、よく知る人間に頼めるなら心強い仕事ではあるので、叶うなら渡りに船だろう。
「報酬なんか気にしないでよ。ウルディオさんには世話になってるんだから。いいわね?ロイド」
もうとっくに意思を固めたソニアは同意を求めてロイドへそう声をかけたが、そのロイドはというと困り顔を見せた。
「そりゃ俺だってそうしたいけど……ウルディオさん、その導入訓練の日程ですが、いつ頃を予定していますか?」
「そうだなぁ、大体十日後か。訓練自体は一日で終わるはずだが」
「なるほど。心苦しいのですが、俺達はその依頼を受けることはできませんね」
この姉弟を今日まで見ていればわかるが、おおよその方針自体はソニアが決めて、細かい調整などをロイドがすることで上手くいっているらしい。
そのロイドがGOを出さない限り、ウルディオの依頼は受けられない。
「ちょっと!なんでよ!」
「姉さん、忘れたのかよ?八日後に俺達は指名で護衛依頼を受けてるだろ?導入訓練の日はちょうどその依頼で動いているど真ん中だ」
「…あ」
呆れたロイドの言葉を受け、ソニアが目を点にして間抜けな声を上げる。
流石は黄級だけあって護衛依頼にも引っ張りだこのようで、ソニア達は丁度その訓練の日程と依頼がもろにかぶってしまっているらしい。
先に指名を受けている以上、優先すべきは護衛依頼の方であり、ウルディオの方は諦めるのが妥当だ。
「……それ、なんとか先に延ばせない?あ、他の人に代理とか…」
「無理だね。先方とももう旅程から何からしっかり固めてあるんだ。今急に変えるってなると俺達の信頼はなくなるぞ。大体、あれは姉さんが勝手に持ってきた依頼だろ。『私が決めた!』って、いつものやつで」
「うぅ、だってぇ~…」
弟の鋭い指摘に姉の威厳とやらもすっかり鳴りを潜めたようで、ソニアは情けない声でもう半泣き寸前といった様子だ。
依頼の最中にも何度かあったが、ソニアは自らの即断即決で段取りを決める節があり、その際にロイドが指摘した『私が決めた』というのをよく口にしていた。
これは決して我が儘からではなく、本人がよかれて思って決めた結果につき纏う責任すら負うという、リーダーとしての正しい素質を窺わせる言動ではある。
とはいえ、果たしてロイドがどれだけ振り回されてきたかの苦労は十分に窺えるのが怖くもある。
「先約があったのでは仕方あるまいな。他を当たるとしよう」
ソニアのうっかりに困ったような笑みを見せつつウルディオがそう言うと、ソニアは気まずそうに視線をさまよわせ、俺と目が合った。
「んー……むふっ」
そして、少し考える仕草の後に朗らかな笑みを見せる。
こういう時、俺の勘はよく冴えるもので、次に彼女が何を言うのか何となく察してしまった。
「ウルディオさん、私らは無理だけど腕の立つ人間なら紹介できるかも。それも魔術師を二人」
またチラリとこちらを見るソニアと目が合う。
これは間違いないな。
「ほう、君達の推薦となると期待できそうだ。しかも魔術師とはな。そうなるとなるべく早く面通しをしたいが、頼めるかね?」
「面通しというのならもう済んでるわ。こっちの二人、アンディとパーラがそうよ」
「……なんと?」
胸を張って俺達を指すソニアに対し、ウルディオは怪訝か驚愕なのかなんとも奇妙な顔を見せる。
「この二人がかね?そうは言っても、魔術師には見えんのだが…」
ソニアの紹介という点には不信はないようだが、俺達が魔術師には見えないのが訝しくはあるらしい。
なにせ俺達は魔術師には必須と言っていい杖を持っておらず、むしろ剣を分かりやすく腰に提げているぐらいだ。
普通の人間だと魔力探知に慣れてでもいなければ、魔術師としての要素を欠いた人間をそうと見抜ける人間などまずいない。
「なりはこんなのですが、この二人は確かに魔術師ですよ。それもかなり腕が立ちます」
「この子達は白級なんだけど、正直、ランク以上の強さよ。魔術師で実戦経験もたっぷりある。ほら、ウルディオさんが今欲しい人材でしょ?」
「そこまでかね。ふぅむ、君達がそう言うのなら……如何かな?話は聞いていたとは思うが、私からの依頼を受けてくれるかね?」
普通、国絡みの組織から出さられる依頼というのは受諾する人間を吟味されがちなのだが、よっぽどソニアへの信頼が厚いようで、彼女からの太鼓判で俺達に対する態度も随分前向きな様子だ。
間接的な信用とはいえ、初対面の人間にこの手の話を持ち掛けるのはかなりなのか、あるいはよっぽど懐が深いのか。
いずれにせよ、ウルディオのこの提案に俺は乗り気ではいる。
なにせ件の部隊にはシペアがいるのはまず間違いなく、若手の訓練ということなら確実に参加するはず。
正直、他の魔術師部隊の人間はどうでもいいが、友人の助けとなるのなら協力するのも吝かではない。
「俺としては一向に構いませんが、パーラはどうだ?」
「アンディがやるってんなら私はいいよ。ウルディオさん、その訓練の相手ってなにをやるの?私らギルドの新人講習とかはやったことはあるけど、それとはまた違うんでしょ?」
「いや、やることはそう変わらんよ。実戦形式での手合わせの様なものだ」
そうなると、ギルドでやったのと大体一緒か。
魔術師を相手にするという点は違えど、実戦経験の浅い人間と手合わせをするだけなら難しいことはない。
パーラもそれを聞いて頷いているので、ウルディオからの依頼を受けることを決める。
「そうか、助かる。細かいところは日を改めて話し合うとして、とりあえず君達への指名依頼として申請しよう。少し経った後で受付へ申し出てくれ。そういうわけで、すまないが私はここで失礼させてもらうよ。ギルドマスターにこのことを伝えに行かねばならないのでね」
そう言って、ウルディオは足早に立ち去る。
残された俺達がその背中を見送っていると、徐にソニアが口を開く。
「なんか悪いわね、二人とも。急なお願いなのに、受けてくれて。おかげでウルディオさんにかっこ悪い所見せなくて済んだわ」
「いや十分かっこ悪い所は見られてたよ。……二人には姉さんの先走ったのを引き継がせてしまったな。俺からも礼を言うよ」
やや軽い調子のソニアに対し、ロイドの方は実に申し訳なさそうなのは、やはり姉が強引に依頼を振ったことへの後ろめたさのせいだろう。
俺としてはこの手合いからの無茶振りはよくあることなので、特に気にはしないが。
「いえ、その訓練の日は俺達も暇だったし、丁度良かったんで」
「丁度いい?」
「うん、新しくできる魔術師部隊ってのに、私らの友達が入隊してるはずでさ―」
シペアのことを交えて軽く説明すれば、このタイミングでの巡り合わせには感じるものがあるのか、ソニア達は感心するような顔で話を聞いている。
ウルディオへの義理から俺達を巻き込んだという自覚はあるが、同時にシペアという存在を知ると多少は罪悪感も薄れたようだ。
それに、この依頼が丁度いいというパーラの言も、俺としてはよく頷けるものでもある。
シペアとは随分手合わせもしていないし、今のアイツが魔術師としてどれだけ成長したかを見るいい機会だろう。
そうなると、一つ俺としては試したいこともある。
ウルディオとは日を改めて依頼の話をすることになるが、その際に可能ならば俺の方から訓練内容を多少弄ってシペア達にとって実りのある訓練へと仕上げたい。
この先、シペアの前に立ちふさがる壁を乗り越えるための力を養うためにも、いい訓練だったと思わせるものを用意してやりたい。
いくつか素案はあるが、それもウルディオとのすり合わせでブラッシュアップしていこう。
さしあたり、千メートル上空からのフリーフォールなどはどうだろうか?
世界の広さも見えて、度胸も鍛えられると一石二鳥なのだが。
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