世の中は意外と魔術で何とかなる

ものまねの実

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とある戦国武将曰く、実戦を知らぬ驕りはチョコラテよりも甘い

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 不思議なことに、気絶した人間というのは妙に重く感じる。
 成人した男性であれば、せいぜい体重は6・70kg程度なのだが、完全に意識を手放して脱力していると他人が持ち上げるのが途端に難しくなる。
 単純に60kgの米俵は一個のものとして持ち上げることは容易だが、人体には関節が存在し、重量のある手足や頭がブラつくために重心が取りづらいのが原因だ。

 これらの解決方法はいくつかある。
 体全体をロープでガッチリ縛り上げてボンレスハム状態にすれば、手足がバタつくことなく俵のように安定して持つことができる。
 難点は正しい緊縛方法を修めていなければならないことだが、SMに造詣が深い人間ならそこはクリアできると信じている。

 そしてもう一つ、単純にして誰でもがとれる手があり、俺としてはこちらを推す。
 気絶している人間を覚醒させ、自分の足で立ち上がらせることだ。

 まさにそれを実践すべく、地面に下ろした二人の男の顔を叩いている真っ最中だ。
 ビルグリフと呼ばれていた小柄な男の方はともかく、偉そうにしていたサザーランは完全に伸びているため、やや強めに刺激を与えてやらねばならない。

 平民を見下すだけならともかく、隊の連携に支障をきたすようでは問題だと思い、罠にかかった時点でお仕置きも込めて電撃を強めにお見舞いしたのがまずかった。
 おかげで目覚めさせるのに手間がかかる。
 さすがに死んではいないが、場合によっては半日は意識が戻らないことも覚悟しなければ。

「う、ん…」

「お」

 容赦なく二人の顔を叩き続けていると、やはり最初に意識を取り戻したのはビルグリフのほうだった。
 元々完全に気絶していなかったこともあって、薄く開かれた目が数度の瞬きの後に俺をしっかりと捉えた。

「あんた…アンディとかいう……」

「そうだ。立てるか?」

 ファーストコンタクトがシペアと戦闘ということもあって、ゆっくりと対面するのはこれが初めてとなる。
 まだどこかフワフワとした状態のビルグリフを介助し、近くの木の幹に身を預けさせて立てるかどうかを確認したが、返ってきた返事は力なく首を横に振る姿だった。

「あぁ…足に力が……」

「まだ体が混乱してるんだろう。少し休んでろ。すぐに動けるようになる」

 最初に罠にかかったサザーランは俺が気絶させたが、その後に友釣り式の罠にかかったビルグリフは吊り上げられた衝撃で半分気絶の状態に陥っていた。
 意識が多少回復したとはいえ、その余波がまだ残っている体が満足に動けるようになるには多少の時間がかかるだろう。

 ビルグリフの方はこれでよしとし、引き続きサザーランの顔を叩いていると、ようやくこちらにも覚醒の兆候が見えだした。
 呼吸に声が混ざり始めると、瞼がピグピグと動いた後にゆっくりと上がり、そこから覗く目と俺の目が合った。

「なんだ、ここは…俺はなんでこんなとこ……っ貴様は!」

 よくありがちな記憶喪失と似たリアクションを見せたことで一瞬焦ったが、すぐにその目に活力が戻ると俺を敵意丸出しで睨んできた。
 なかなか元気そうでけっこうなことだ。

「その様子だと大した怪我もないようだな。まだ体は痺れがあるとは思うが、少し休めば回復するはずだ。もうわかってるとは思うが、あんたらは失格。歩けるようになったら自分の足で帰れ。いいな」

 今までの連中もそうだったように、リタイアした人間はキリク達のところまで自分の足で歩いて向かわせており、それはサザーラン達も例外ではない。
 動けないほどの怪我もなく、体の回復を待つ時間は必要だが、意識があるのなら自力で森を脱出するぐらいはできるだろう。

 まがりなりにも魔術師であるのなら万が一の自衛も問題ないと判断し、俺はシペア達を追ったパーラに合流すべく、その場から飛び去ろうとする俺に怒声のような声がかけられる。

「おい待て!」

「あ?」

「お前…アンディだったな?俺と…私と勝負しろ!」

 俺をこの場に踏みとどまらせた声の主はサザーランで、なぜかそいつが勝負を挑んできた。
 失格になったばかりのくせに俺と勝負などと、どんな神経をしているのかいっそ心配になる。
 まだ足に力が入らない様子のまま、立ち上がろうとする気概は大したものだが、残念ながらそんな状態では勝負にはならんし、訓練という体裁上、失格となった人間とバトルを始めるわけにもいかない。

「断る。理由がない」

「理由ならある!私はこの結果を認めていないからだ!魔術師同士、魔術で決着をつけるべきだろう!」

 何を言うかと思えば、こいつはとんだ甘ったれな坊ちゃんだったようだ。
 思わず吹き出すような笑い声が出てしまい、サザーランをさらに不機嫌にさせてしまったが知ったことか。

「何がおかしい!」

「そんな様で勝負も何もあるかよ」

 状態はよくなっているようだが、立つのがやっとな人間なぞまるで案山子だ。
 詠唱ができるなら戦えるととでも考えているならとんだ勘違い。
 互いの今の距離は三メートルそこそこ、大袈裟な魔術など使うまでもなく、俺なら一瞬で距離を詰めてサザーランの喉を蹴り潰して殺せる。

「それはっ…回復してから正々堂々と―」

「罠で片を付けようって人間が正々堂々勝負するとでも思ってんのか?そもそも、さっきまで気絶した姿を俺にさらしてた時点で、生かすも殺すもこちらの自由。おまえ―」

 ―もうすでに一回死んでるぞ?

「ひぐっ…」

 垂れ流している魔力に指向性を持たせて操作し、殺意を乗せてサザーランに浴びせて少し脅してやると、ほんの一瞬前までの気勢などしぼむように失せていった。
 俺の思いやりによってサザーランも戦意は失せたらしく、チワワのように大人しくなる。

 その顔には死を間近にした恐怖がわかりやすいほどに表れており、あの程度の脅しでそんなリアクションをするようじゃあまだまだだ。
 実戦経験がほとんどないとは聞くが、そのくせプライドだけは一丁前ときては、バルガラの将来性に不安を覚えてしまう。

「訓練の結果が不服なら隊長に文句を言うんだな。あばよ」

 戦意を失ったサザーランを残し、今度こそ俺は噴射装置でその場から飛び立つ。
 リタイア組へのフォローはこれでよしとして、次に行うのはシペアとウェイリンとガラの三人組への対応だ。

 サザーランとビルグリフは気持ちいいほど見事に罠にかかってくれたが、こいつらの場合はそうはいくまい。
 なにせシペアは俺の性格から手口をある程度は察している。
 罠の大半は看破されるとなると、早い段階で魔術を使った戦闘を行うことになりそうだ。
 本来なら例の布が置かれた場所にたどり着いた時点で魔術による直接攻撃を行う算段だったが、まさか罠が通じない代替としてやることになるなどと、シペアをなめていたと反省しなくては。

 おおよそパーラが向かった方角へと飛んでいくと、木の幹に塗られた白い塗料を見つけた。
 矢印を模したそれはパーラがつけたもので、別行動をした際にはこれを辿って合流する手はずとなっている。

 そうして矢印に従って移動していくと、すぐにパーラの姿を見つけた。
 高さといい葉の茂り具合といい、身を隠しながら眼下を監視するのにちょうどいい木の枝に潜むようにしていたパーラの隣に俺も静かに着地する。

「よう、どんな調子だ?」

「お、意外と早かったねアンディ。そろそろあの三人が向こうを横切るぐらい。ほら来た」

 まるでタイミングを図っていたかのように、パーラの指さす先を駆け抜けていく人影が三つ。
 シペア達だ。

 距離的に声は聞こえないが、なにやらシペアとウェイリンは仲良く会話をしているように思える。
 無口な印象通り、ガラは会話に参加する気配はないが、特に不満はなさそうにしているのでこの三人はいい組み合わせなのだろう。

「なかなかいい感じっぽいな。さっきの二人がいない方が小隊らしくなってるじゃあないか。パーラ、あいつらの声は拾えないか?」

「多分できると思うよ。やってみる」

 なんとなくシペア達の会話が気になり、パーラに魔術で向こうの音を集めてもらう。
 こういう時、パーラの魔術は使い勝手が良くて助かる。
 早速パーラが広げた掌からシペア達の声が聞こえてきた。

 ―…なった途端、あんたが仕切るわけ?

「お」

 そうして拾い上げた声を聴いてみれば、なんだかウェイリンの声は皮肉気でもあり、勝手にシペアと仲良さそうだと思い込んださっきの様子とは少しズレがあるように感じた。

 ―別にあんたがリーダーでも俺は一向にかまわんが?

 次に聞こえてきたシペアの声によると、リーダーの権限を誰が持つかを決めているようだ。
 サザーランが抜けたことで新たにリーダーを選ぶ必要ができたわけだ。
 ガラの方は我関せずといった様子なので、自ずと二人の内どちらかがリーダーを務めることになる。

「ねぇアンディ、シペア達が今進んでいる方向だけど、確かあそこって罠がなかったっけ?」

 どちらが小隊を率いることになるのか、好奇心からシペア達を見守る俺にパーラが話しかけてきた。
 言われて頭の中の地図を開いてみれば、確かにシペア達が進む先、十メートルもない距離に俺が設置した落とし穴がある。

 間抜けにも自分達で仕掛けた罠にかかるのを避けるため、パーラにも罠の設置場所は共有しており、その記憶で気付いたらしい。

「ああ、落とし穴があるな。大きさ的には一人か二人がひっかかるかどうかってやつだが……あいつら気付くかね?」

「どうだろ。私が見た感じだと見破るのは無理っぽいけど、シペアならあるいは、ってところかな。」

 あの小隊の移動スピードから考えると、間もなくトラップが発動する距離に入るはずだ。
 既に一度、シペアは罠と俺達の潜伏場所を看破した実績があり、今回も見抜けるか見ものではある。

 果たして結果はどうなるかと俺達が見守る先で突然、ガラの姿が消えた。
 不運にも落とし穴への入り口を踏み抜いてしまったのは、ガラだった。

 ―……ガラ?

 ―ガラ!どこ行った!?

 俺達からは地面に吸い込まれるようにして消えたガラは普通に見えていたが、シペア達はそうはいかない。
 ちょうどシペア達の視界がガラから外れていたタイミングで落とし穴に落ちたものだから、仲間がいつの間にか消えていた驚きと恐怖はかなりのものだろう。
 二人ともが居場所を知られるリスクも忘れて名前を呼んでいるほどだ。

 しかしすぐに落とし穴の存在に気付くと二人は穴の入り口を覗き込み、そこにいるガラを見つけることができたらしい。
 そのままガラを引っ張り上げる行動に出るかと思ったのだが、どうしてか二人は覗き込んだ姿勢のまま動きを止めている。

「…動かんな。さっさと引き上げてやればいいだろうに」

 もしガラを助けようとすれば、その最中を狙って俺達はシペア達に襲い掛かるつもりだった。

 実はこの訓練において、罠にかかった人間を救出している隊員を襲撃する際の条件を俺達の中で設定してある。
 それは周囲の警戒を怠って、ただ衝動的に罠を解除しようとした場合だ。

 救出自体は一向にかまわんが、それをするなら相応の姿勢で臨まなければ、訓練としての意義がないため、条件付きでの救出は認めているのだ。
 もっとも、今のところこの条件をクリアして救出された隊員はいない。

「もしかして、穴の底で気絶してるんじゃない?だから引き上げようとしないとか?」

「…有り得るな」

 罠にかかって気絶した人間は問答無用でリタイアだ、と俺達は決めている。
 かすかにでも意識があればその限りではないが、もしもガラが落とし穴の底で気絶しているとすれば、救出を試みるのは無意味だとシペア達は理解しているはずだ。

「確かめるか。パーラ、向こうに話しかけてくれ」

「了解」

 離れた場所の会話を拾えるように、逆にこちらの声を送ることもパーラにはできる。
 間に遮蔽物がないことや、風などの環境音による混線を避けるなどの条件次第にもよるが、使いどころが嵌まれば便利であることには変わりはない。

「お二人さん、ちょっと確認するけど、その落とし穴の中の人って今気絶してる?そのまま話して」

 ―この声っ、さっきの!

 ―パーラか?…ああ、気絶してるよ

 やはり予想通り、ガラは気絶してしまっていた。
 穴の深さはそれほどでもないはずだが、落下時の衝撃や壁面への当たりどころによっては意識を失う可能性はあった。

 一応怪我には配慮して、穴の底には柔らかい土を敷いていたのだが、今回はあまり効果はなかったことになる。
 ただ、シペアの声は落ち着いたものなので、見ただけならガラの状態はそう悪くないのかもしれない。
 きれいに意識だけを失っているとみてよさそうだ。

 それにしても、ウェイリンはパーラの声に敏感な反応を示しすぎているが、何かあったのだろうか?

「なるほどね、了解了解。じゃあその人は棄権ってことで、私らで引き上げとく。二人はもう行っていいよ」

 ―そうかよ、じゃあ頼んだ。行くぞ、ウェイリン。…ガラのことは運が悪かっただけだ

 ―っええ、わかってるわよ!

 先ほどのビルグリフの時と違い、ウェイリンがここで食い下がらなかったのは、やはりガラのリタイアは避けようがない状態だからだ。
 あれでまだ意識があれば粘っただろうが、気絶してしまっていては見捨てたという認識も薄れる。

 声はすれども姿は見えずの俺達を警戒しながら、シペア達がその場から離れたのを見計らい、俺とパーラは落とし穴へと近付いて覗き込んでみる。
 すると、底の方でピクリともしないでひっくり返っている人影があり、微妙な暗さの中でかろうじてガラだと見分けがつく。

 すぐに土魔術で落とし穴の底を盛り上げて、ガラの体を地上へと運ぶ。
 小隊の中では比較的体格があるガラは、落とし穴の中ではかなり無理のある態勢で気絶していた。
 ざっと見た感じでは骨折レベルの怪我はないが、果たしてどんな具合かは本人に聞くのが手っ取り早い。

 すぐにガラの意識を戻すために、サザーラン達にしたように顔を叩いて覚醒を促す。
 気絶してからまださほど経っていないため、意識が戻るのにはもう少し時間が必要かと思いきや、意外にもガラはすぐに薄目を開く。

 眠気に逆らうように薄く開かれた目が俺とパーラを捉えると、すぐにその目は驚いたように開かれ、そしてガラは自分の傍に置いてある杖へと手を伸ばす。

「ダメ、それはいけない」

 しかしその手をパーラが抑え、諭すように声をかける。
 するとガラも自分の置かれた状況を理解したのか、起き上がりかけていた体から力を抜いて地面へ背中を預けた。

 覚醒からこの短時間で戦闘へ移ろうとする気構え褒めてやりたいところだが、これは訓練であり、リタイアが確定している人間に戦闘の機会を許すことはできない。

「悪くない反応だ。実戦ではそれぐらいでいいが、今はここまでだ」

 敗北の後のあがきは見苦しいものだが、今はあえてそこには触れずにリタイアをガラに告げると、表情の読めない顔にも落胆の色を感じ取れた。
 口数も表情の変化も少ない男ではあるが、こういうところで感情が出る人間らしさを知れてホッとする。

 サザーランとは違い、先ほどの感情に操られていない戦意は鋭いものがあり、正直、これまで見てきたバルガラの面々の中では、最も戦いに臨むに足るリアリティのある思考をしていた。
 しかも、なお収まることのない隙を狙っているような気配は、リタイアの決定を覆せる材料を今この時にも探しているようで、ルールは尊重するが穴を突こうとする姿勢は実に俺好みだ。

 魔術師としてどうかはともかくとして、実戦をいくつか経て成長した先で、いい戦士になりそうな期待を抱かせる逸材といえる。

「…棄権は俺だけか?」

 身を起こして周囲を見渡したガラは、ついさっきまで一緒にいた二人がリタイアとなったかが気になるらしい。
 目が覚めたら自分一人、しかも俺達に囲まれているとなれば小隊がどうなったかは当然気にするだろう。

「ああ。小隊の残りは、シペアとウェイリンの二人だ。気絶した段階でお前は失格だからな。お前の救助作業のために、あいつらは先を行かせた」

「そうか…」

「じゃあそろそろ行け。俺達はあいつらを追う。一人で戻れるな?」

「大丈―っ」

 そろそろシペア達の追跡に移ろうと、ガラを森の外へと行かせようとしたところ、立ち上がる寸前で顔をしかめて動きを止めてしまった。

「どうした?…足か」

 ガラの様子をよく見ると、左足に痛みがあるように押さえていることがわかる。
 どうやら落とし穴に落ちた時にでも痛めたらしい。
 出血や骨折といった状態ではなさそうなので、捻挫かそれに類するものだろうか。

「歩くのは無理そうか?」

「いや、大丈夫だ。大したことはない」

 わかりやすい強がりだ。
 そう言いながらいまだに立ち上がっていないのだから、徒歩で森を進むのは難儀しそうだ。

「仕方ない。パーラ、お前が森の外まで付き添ってやれ」

 俺達の仕事には怪我人を安全に搬送することも含まれている。
 今のところ怪我などで俺達が搬送した人間はいないため、ガラが最初のケースとなる。
 まずないとは思うが、森の中で遭難させるのもまずい。

 念のため適当な枝を添え木に使い、応急手当を施しておく。
 これで少しは歩くこともできるはずだ。

「えー?私がぁ?アンディが行ったらいいじゃん。私、シペア達の方に行きたいよ」

「そんなのそっちの方が楽し…じゃねぇや、これも仕事だぞ」

「だったらアンディでもいいってことでしょ」

「……そりゃあそうだが」

 怪我で足が遅いガラを森の外まで送り届けるのと、活きのいいシペア達にカチ込むのではどちらがやりがいがあるのかは言うまでもない。
 どちらかがガラを受け持つというのなら、できればパーラに任せたいところだ。

「いや、いい。面倒はかけん。一人で行ける」

 渋るパーラを見てか、ガラに気を使わせてしまったようで、辛そうにしながら立ち上がったガラがゆっくりと歩き出す。
 その姿はどう見ても一人で行かせて安心できるものとはいえず、そのまま放っておくのも忍びない。

「バカ言え、そんなザマで行かせられるか。…わかった、じゃあガラは俺が連れてく。送り届けたらすぐに戻ってくるから、それまでお前はシペア達の追跡だ。いいな?」

「任せてよ。例の場所に近づいてたら、別に倒してしまってもいいでしょ?」

「その時はな。それまでは自分から仕掛けに行くなよ」

 森の中の追跡と離れた位置での情報収集ではパーラの方が適任だ。
 こちらから直接攻撃を仕掛けるボーダーラインは共有しており、運悪くシペア達がそこを超えた時、襲撃イベントが発生する。

 これでパーラもさじ加減はわかっているはずなので、バーサーカー並みに戦いをふっかけることはしないはず。
 できれば襲撃する時は俺も居合わせたいが、こればかりは運も絡む。
 手早くガラを搬送して、急いで戻ってくればあるいはといったところか。

「よし、じゃあ行くぞ。支えはいるか?」

「問題ない。これがある」

 肩を貸して歩く必要があるかと思ったが、ガラは自分の杖を軽く振ってみせる。
 見たところあまり上等とは言えない杖だが、大柄な男が体重を任せるには十分な頑丈さはありそうで、ひとまず歩行の助けに使うぐらいは問題なさそうだ。

「ならいいが、辛くなったらすぐ言えよ。無理して怪我を悪化させるのもつまらんぞ」

「ああ」

 ガラを先導するように俺が前に立って歩き出すと、足をかばいながらの不揃いの足音がしっかりと背後についてくる。
 見立て通り、普通に歩くよりも多少ゆっくりとした移動になりそうだが、思ったよりも悪くないスピードで森を抜けられそうなことにまずは安堵する。

 可能ならガラを担いで噴射装置で移動したいところが、流石にガラほど大柄な人間を背負って安全に飛べるほどの出力はない。

「そんじゃあお二人さん、気を付けて行ってねぇ~」

 噴射装置の音とともに、パーラが暢気な口調で俺達とは逆の方向、シペア達が進んだ森の奥へと飛び立つ。
 地道に歩くしかない俺たちにとっては、ああして軽やかに飛ぶ姿にうらやましくもなる。

 のんびり行くしかないが、せめてトラブルもなく森を抜けたいものだ。




「ふむ、思ったよりも怪我は大したことはないな。手当もよかったのだろう。安静にしていればすぐに治る」

 森を抜けてバルガラの面々が待つ場所へ辿り着いた俺達は、さっそく部隊長のキリクにガラの怪我を報告すると、治療のためにウルディオが名乗りを上げる。
 ヤゼス教においては珍しいことに、彼は司祭であると同時に医者でもあるそうで、手慣れた様子でガラの足を診察すると安静を命じた。

「そうですか、それはよかった」

 俺の見立てでは大事はないと思ってはいたが、それでも万が一ということもある。
 ちゃんと医学知識のある人間が太鼓判を押すことで、知らずに胸のつかえがとれたような気がした。

「向こうの馬車を空けておく。中で少し横になるといい」

「いえ、そこまででは…」

「医者の言うことには素直に従うものだ。さあ来なさい」

 今回の訓練で初の怪我人ということもあって、ウルディオが多少張り切っている感もあるが、真摯にガラを心配する姿は聖職者にふさわしいものだ。
 ガラに付き添ってウルディオが馬車へ向かうと、入れ替わる形でキリクが俺の隣に立つ。

「ご苦労だったね、アンディ君。本訓練初の怪我人の護送を無事に果たしてくれたことにまずは礼を言うよ」

「いえ、これも仕事のうちですから」

 相変わらずの生真面目な印象のまま、キリクは礼を口にするが、俺としては仕事をこなしただけに過ぎず、わざわざ改めて礼を言われるほどではない。
 隊の監督もあるだろうに、こうして話しかけてきたのは何の目的があるのだろうか。

「それでもだよ。しかし、君も張り切っているね。いまだに成果を持ち帰った人間がいないとは」

 なるほど、用件はそれか。
 隊の訓練だというのに難易度を高く設定しすぎていることへ、苦言の一つでも言いに来たと見える。

「実戦に即したものと注文を受けたもので。一応、工夫を凝らせばなんとかなるような場にはしていますが」

「その工夫が思いつくほど、今の彼らは経験が足りないのさ。まぁそれはいい。この訓練では全員の失敗も織り込み済みだ」

 おや、てっきり手心を求められるかと思ったのだが、この様子だとそうでもなさそうだ。
 キリクの狙いがわからず、訝しむ顔をしていたのに気付かれたらしく、小さく笑われてしまう。

「ふっ、そんな困ったような顔をするな。君はよくやっているよ。ただ、私はいいのだが隊員達に少し不満が出ていてな」

「不満?…魔術師としての体裁も示せず、いいように罠でやられたことへのですか?」

「はっきり言うじゃないか。だがその通りだ。大半はそうでもないが、一部のはね返りが騒いでね。君と直接戦わせろとさ」

「ほう…」

 何を言うかと思えば、罠でやられたのが悔しいから魔術合戦で俺をぎゃふんと言わせたいとな。
 そいつらは認識が甘いな、チョコラテよりも甘い。
 端的に言って、俺はなめられているんだろう。

 罠でリタイアとなったのは、魔術師としての才覚以前に戦場への意識が足りていないせいだとなぜ気付かない?
 その上で魔術師としてのプライドだけで俺に挑もうとするなど、この先の成長がまるで見込めないと自ら証明しているようなものだ。

「すまないが、一つ相手をしてやってくれないだろうか?君の強さを見せつければ奴らも黙る。それでもごねるなら私がうまく収める。だからこのとおりだ、頼む」

 不機嫌さを出したことでキリクに気を使わせてしまったようで、頭を下げられてしまった。
 エリート部隊の隊長にここまでさせて、すげなくするほど俺も心を失っちゃいない。

「わかりました。そのはねっ返りどもに俺がびしっと指導してやりますよ。どいつですか?やるならすぐにやりましょう」

 はっきり言って、キリクを含めたここにいる人間で俺が魔術で劣る人間など一人もいない。
 そのはねっ返り連中がどれほどの腕なのかは知らないが、魔術での戦闘を俺と行うとなれば手加減はしないし、下手をすればトラウマものの結果も覚悟してもらいたいぐらいだ。

 この分だとシペア達との直接対決はパーラに任せることになるため、楽しみを失う鬱憤も込めて厳しく当たるとしよう。
 実力を正確に見抜けなどと言わんが、せめて未知の相手の力量を軽んじる愚かさをたっぷりと味わわせてやらねば。

「…頼んだ私が言うのもなんだが、怪我くらいはともかくとして、せめて命だけは奪わんでくれよ?」

「俺を何だと思ってるんですか。しませんよ、そこまでは」

 色々と考え込んでいると、なぜかキリクに釘を刺された。
 まるで俺が殺しにかかるかのような物言いは心外だ。

 訓練開始の時からずっとそうしているように、俺は彼らにとっての障害であることに努めるのみ。
 ただそれだけ、命は奪わん。

 そう、命だけは…。
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