世の中は意外と魔術で何とかなる

ものまねの実

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魔術師にも穴はある

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『魔術師を名乗るなら、魔術をもって強さを示すべし』

 ずっと昔にいたという王が残した言葉で、現在でも魔術協会をはじめとした魔術偏重主義の人間の間には根強く残っているものだ。

 当時は魔術師の定義が広く、ライターや霧吹き程度の今では魔術と認められないレベルのものしか使えなくとも、魔術師と認められていた。
 実力もピンキリで魔術師を名乗る人間があまりにも増えたため、時の権力者達が管理のために魔術師と名乗れるボーダーラインを定めた際、とある王が公布とともに述べたのが先の言葉だ。

 現代における魔術師の定義もこの時のものを踏襲しているそうで、それだけ完成した判別法が大昔には生み出されていたことになる。

 また、この言葉は一般人と魔術師を明確に分けた最初の法とも言われており、魔術師至上主義がいまだに絶えない元凶だと陰口を叩く学者も少なくない。
 現代の魔術師がどこの国・機関・種族で教育されたかによって性根は様々だが、往々にして魔術の腕-とりわけいかに高威力を叩き出せるかが評価の基準になるのはこれらのせいだと言える。

 過去から現代に至るまで、魔術は効率よく敵を倒すことこそを追求され、破壊のための火力向上だけ偏った発展をしてきた過去がある。
 特に火魔術などは火力という点では他の属性よりも優れているため、人によっては最も優れた魔術は火の術だと公言してやまない。

 もっとも、今では体系立てて蓄積された技術により、魔術には直接的な火力以外での発展性が見いだされてもいる。
 発動速度や効果範囲の精度などに着目されたのは比較的最近のことではあるが、既にそれら別のアプローチによって結果を出しているケースも出てきている。

 多様な発展を遂げる魔術の世界だが、それでも強さという点を求める意識に大きな変化はない。
 血統に依らず完全に個人の才能で発現する魔術は、ある種突き詰めると求道者のような生き方へと至りやすいそうだ。
 特にヤゼス教のエリート部隊であるバルガラの一員に選ばれたともなれば、強さを求める姿勢にも一層身が入るというもの。

 だというのに、鼻息を荒くした若者が自分の力を示せると意気込んで訓練に臨んでおきながら、魔術のまの字も出さないうちにリタイアという結果では鬱憤も溜まる。
 そのリタイアを言い渡した教官へ、魔術での決闘を改めて挑みたくなる気持ちには多少理解もできる。

 もっとも、それも実力が伴っていればの話ではあるが……。






 キリクからの要請により、バルガラの隊員を相手に決闘をすることになったが、その人数は三人だけと意外に少ない。
 これは俺への不満を持った人間の中でも、実力が伴った威勢のいい人間が三人だけだったという話であり、これが純粋な指導目的での手合わせならもっと多かったに違いない。

 男一人と女二人という組み合わせのこの三人だが、どいつも俺を見る目は不遜そのもので、一泡吹かせてやるという自信がニヤついた顔に現れている。

 少し意外だったのは、ここにサザーランが含まれていないことか。
 森の中で決闘を吹っ掛けてきたぐらいなのだから、ここで俺と戦おうと名乗り出るぐらいはしそうな気もしたが、当の本人は見物人の中に埋もれて目立とうとしない。
 何となく周囲を見回した時に一度俺と目が合ったが、すぐに視線を逸らしてしまった。
 どうも脅しつけたのが尾を引いているらしい。

 無駄に自尊心をこじらせて勘違いしているようなら、再起不能なレベルのトラウマを植え付けることも考えたが、あれでサザーランも分別がつく男だったと少しだけ安堵した。

 こうなると、これから戦う三人がどれほど自尊心をこじらせて名乗り出たのか気になるところだ。
 サザーランは貴族としての地位からシペア達や俺を見下していたが、目の前の三人は杖のクオリティから見ると一般人かせいぜい小金持ちの出といった程度だ。

 だというのに部隊長であるキリクにわざわざ意見をぶつけてこの場を設けさせ、あまつさえ不遜な態度で俺と相対しているとなれば、よほど魔術の腕に自信がないとこうはならないだろう。
 言葉を交わすまでもなく、態度から俺をなめているのは間違いなく、魔術師として自分達が上だという自負も十分伝わってくる。

 こいつらは既に森の中で一度死んだも同然だということを忘れた上でこうなのだから、正直戦いをなめているとしか思えない。
 キリクに頼まれた以上、ここは魔術師同士の戦いというものを骨身に染みるほど味わわせてやらねば。
 自信たっぷりな姿で俺の前に立つ彼らが果たしてどれほどの強さなのか、しっかり確かめてやろう。





「ぐぷぅっ…!」

 腹部へ岩による強打を受けた女性が、激しく吹いた吐しゃ物とともに地面へと倒れこむ。
 女性が見せる姿としては恥ずかしさの極みともいえるものだが、真剣勝負の結果では仕方がない。
 ギリギリ気絶してはいないが、全身を痙攣させて立ち上がる気配がない以上、戦闘続行は不可能だろう。

「勝負あり。アンディの勝ちだ。誰か、向こうへ運んでやれ」

 女性が倒れている様子を見て、キリクが他の隊員へ命令を出す。
 かなり汚れた姿となっているが、それでも肩を貸して運んでやる彼らの友情には頭が下がる。
 俺があの立場ならやりたくない。

 しかしなかなかの腕だったな、今の奴は。
 基本に忠実な風魔術の使い手だが、地道に鍛錬を積み重ねた堅実さが魔術の発動速度や精度に現れていて、並大抵の魔術師なら苦もなく倒せる実力はあった。
 残念ながら、俺にはあっさりとやられてしまったが、これは土魔術との相性が悪かっただけの話だ。

 一般的な運用方法だと、風魔術には質量のある攻撃を防ぐ手立てがほとんどなく、よく制御された土魔術の一撃であれば術者を簡単に打ちのめすことができてしまう。
 これがパーラなら魔術抜きでの技術で対抗してくるが、今回は魔術一辺倒の戦い方しか知らない素人であったことが災いしたわけだ。

「アンディ君、魔力のほうはどうだ?厳しいようなら一息入れるかね?」

 キリクの要請で始まったバルガラ隊員との決闘も、先ほどで二人目の相手となる。
 ここまで危なげない勝利をしているが、いずれの戦いも魔術を惜しみなく使っていたため、キリクの基準で見ると、俺はとっくに魔力切れを起こしていても不思議ではないようだ。

「お気遣いなく。魔力にはまだ余裕があるので、次の人をお願いします」

「…本当に?あれだけの魔術を立て続けに使っていたのに?」

「大丈夫ですよ。これでも保有魔力量は多いほうなので」

 今のところ使用した魔術は土の礫弾か地面を隆起させて放つ突きの二つだけで、俺自身の魔力の消費はたいしたことはない。
 手数はかなり使ったが、それでも雷魔術を一発使うよりはまだ抑えられている。

「そうか?まぁ君がそう言うのなら…よし、次!ズーニ、前へ!」

 まだ疑わしそうに首をかしげるキリクだったが、本当に疲労などない俺の様子を見ると納得したようで、次の対戦相手へ声をかけた。

 ズーニという名前で呼ばれて俺の目の前へやってきたのは、不敵な笑みを浮かべた男だ。
 先に戦った二人の隊員ともクソ生意気な態度は共通しているが、今度の相手は纏う魔力の量が他の隊員と比べて段違いに多い。
 魔力量だけで全てが決まるわけではないが、強さのバロメーターとしては見るべき要素の一つとしてもいいレベルだ。

 周囲からバルガラの隊員達と共にキリクが下がり、一瞬の静寂の後にズーニが杖を目の前に突き出し、詠唱を始める。

 ここまでもそうだったが、この戦闘では開始の合図などない。
 唯一、戦闘終了だけをキリクが判断しているのみで、やれるものなら不意打ち上等で仕掛けるのも許される。

 はっきり言って、このルールなら俺は初手不意打ちで全員即ノックアウトも可能だが、それではこいつらに何の教訓も与えられないのでそこは空気を読む。
 ついでに詠唱時間のアドバンテージも俺が完全に握ってしまっているので、初手は相手に譲ることにしており、向こうもそれは分かった上で長い詠唱で威力を積み上げた魔術を放ってくるのが始まりの光景となる。

 そうして長々と唱えられる詠唱から、ズーニが火魔術師だとは分かる。
 自分の領分ではない属性の魔術でも、詠唱文でおおよそを推測することは難しくはない。

 ちなみに、この詠唱文や術名からも読み取れるが、地球から転生か転移でやってきた奴が作ったと思われる魔術がいくつかある。
 ざっくりとだが、術名が英語やドイツ語などのもの、また詠唱文に中学二年生の考えそうな、背中が鳥肌立つレベルの言い回しが目立つものがそうであることが多い。

 過去にいた地球人の作った魔術をベースに、こちらの世界の人間がアレンジを施しているケースも少なくないため、完全に判別することは難しいものの、なんとなくそうと汲み取れるものはある。

 その特徴に則れば、今ズーニが唱えている魔術は、地球人の作り出したものだ。
 詠唱が進むにつれ、杖の先が蜃気楼のように歪んで見え、それに従ってあたりに漂う空気にも熱気が混ざり始める。

 先に相手をした二人がいずれも風魔術だったため、ここにきて初めての火魔術との戦闘になるわけだが、肌に触れる空気が帯びる熱は、これから使われる魔術の威力を容易に想像させる。

「―炎王の敵を討ち、灰を捧げよ!フレアグレイブ!」

 ずいぶん集中力を必要とする、高度な魔術なのだろう。
 苦しさすら垣間見える険しい顔のズーニが、終わりに強く術名を叫ぶと、杖全体から火花が立ち、その火花が徐々に数と勢いを増していく。
 そしてついには巨大な炎が生まれ、こちらを目掛けて刃のように形を成して襲い掛かってきた。

 ギロチン状に横一文字で迫る炎は、グレイブの名を冠するに相応しい形だ。
 籠められた熱と勢いは、下手に受ければ丸ごと飲み込んで焼き尽くされかねない凄味がある。

 正直、普通の人間相手に使う規模の魔術ではないが、先に俺の戦いを見ていたズーニは、使用を躊躇わないだけの材料には困らなかったらしい。
 また、仮にこれで俺を殺しても構わないという覚悟が感じられ、森の中での罠三昧が効いたとみえる。

 あと一秒にも満たない間に俺を襲う炎の刃。
 迎え撃つなら水で盾を作るのが定石だが、手元にある水は心もとない量のみ。
 ここは土魔術での防御がベターか。

 ただ、ここまで土魔術しか使ってこなかった俺への対策か、炎の刃は横に十分広く、正面だけを守る形だと横から回り込んでくる炎は防ぎきれない。
 前の二人の戦いを教訓とし、豊富な魔力量を生かして術の効果範囲を底上げしてきたわけだ。

 確かにここまで見せてきた土の盾は前面を防御するだけの形だったので、この魔術の選択は順当といえる。
 俺の土魔術での発動速度と干渉規模を計算してのことだとは思うが、あいにくあれが俺の全てではない。

 ズーニが詠唱している間、土魔術で干渉していた足元の土はとっくにスタンバイ状態だったため、即座に俺の周囲を囲むドーム状の壁を作り出す。
 完全に周囲と隔絶した空間となったドーム内に、炎が外壁に含まれていた水分を蒸発させる音が響く。

 あとはこのまま少し待って炎の勢いが弱まったタイミングで土壁を解体し、ズーニへ土魔術の弾丸でもぶつければ勝負ありなのだが……妙な感覚が胸をざわめかす。
 その瞬間、脳裏に先ほどのズーニの不敵な笑みがフラッシュバックで思い出された。

 先に二人がやられたのを見たうえで、あの顔だ。
 何か企んでいたからこその余裕があったとして、単なる火魔術による攻撃で攻めるだけで終わるとは思えない。

 もう一手、何か仕込んで攻撃を仕掛けてきたと考えてもいいだろう。
 あくまでも俺の勘だが、こういう戦闘中に突然湧く感覚に従って悪くなったためしはない。

 ここで向こうの出方をみるためにも、いったん身を隠してみるとしよう。
 ドーム状の土壁はそのまま残し、足元の土だけをさらに沈下させて地下へ潜っていく。
 これでズーニからは土壁の中に俺がまだいるように見えているはずなので、さらに何かやってくるなら頭上でそれを見届けることができる。

 もしも何もなければ、このままズーニがいた場所まで土を掘り進んで、地面へ引きずり込んで試合終了としてもいい。
 果たしてどうなるかと様子を見ていると、頭上の土壁がまるで押しつぶされるように拉げ始め、空いた隙間から針のような細さとなった炎がなだれ込んできた。

 炎のように重さのない攻撃ではそうそう壊れないと思っていた土壁が、まさかこうも簡単に壊れるとは驚きしかない。
 しかも壁の壊れ方が、まるで炎が食い破ったかのようにも見え、火魔術でこのタイプの破壊を生み出すのは正直予想外だ。

 魔術師としての俺の感覚からすると、今ドームの中へ侵入している炎と、先ほどまで外をあぶっていた炎は恐らく単一の魔術で生み出されたものだ。
 この短時間で炎の形を変える、それも別々の魔術を放ったのではなく、先に使った魔術を後から形態変化させるとは、敵ながらあっぱれと褒めたい。

 撃った後の魔術の制御を手放さず、後から形を変えて操るということは不可能ではないが、実行するにはとてつもない技術を必要とする。
 一種の才能といっていい。

 ちなみに俺は普通にやれるし、パーラもある程度はやれる。
 俺達の場合は詠唱を必要としない魔術の運用をしているため、術自体の制御と応用にはある程度自由が利くから可能としているが、普通の詠唱魔術でこれをやっているズーニの才能はとんでもないものだ。

 歳は俺よりも上だが、まだ若いといっていいズーニは、性格的にはともかくとして、魔術の腕前に関してはかなりの人材だったようだ。

 そんなほんのわずかな思考の間にも、土のドームは止まることのない炎の破壊にさらされ、ついには形を維持できなくなって崩れ落ちてしまう。
 頭上の穴からも土の残骸が降ってきたが、土魔術で蓋をしてそれを防ぐと、横方向へトンネルを作っていく。

 ―どうだ…いない!?

 大体のあたりをつけて、今度は上へ掘り進める。
 もとからさほど深く掘っていなかったため、少し上へ向かうだけでズーニの勝ち誇る声が聞こえてきた。
 そのすぐ後に慌てた声もセットであったことから、どうやら土のドームが蛻の殻となっていたことには驚いてくれたらしい。

 いい具合に声を上げてくれたので、正確な位置もわかり、ズーニの足元と見られる地面へ土魔術を発動させる。
 使うのは土を円錐状に成形したもので、タケノコが生えるように一気に伸びる土とともに、俺も地表へと飛び出す。

「下っ…!?」

 この戦いで初めて、土の中からの奇襲を披露したが、予期せぬ足元からの攻撃でズーニは宙を舞って吹っ飛んでいく。
 土魔術の使い手を相手にするなら、足元からの奇襲にも気を配らなければならないという教訓にしてほしい。

 しかし地面が弾けた勢いで吹っ飛んだだけで、実際にはさほどダメージの入っていないズーニが地面へ不格好な着地を決めると、戦闘続行の意思を示すようにこちらへ杖を突きだす。
 突然現れた俺の攻撃でさほど混乱もせず、そうして戦意を保っているのは大したものだ。

 すぐに詠唱を始めたズーニへ向けて、俺が素早く踏み込んで距離を詰める。
 地面から巻き上げた土を右腕へと集め、巨大な拳を模した形にすると、目の前の目標へ殴りつけるように振るう。
 威力よりも発動速度を優先してか、意外にも素早く放たれた火球だったが、それを土の拳はすり潰すように散らし、都合百キロを超える大質量の土塊がズーニの正面へと迫っていく。

 このままだと自動車の交通事故のような悲惨な光景が生み出されるだけだが、当然俺は寸止めで命までは奪うつもりはない。
 本当にギリギリで止めようと加減していた俺の腕だったが、想定よりもだいぶ手前で勢いを大きく削がれて停止してしまう。
 奇妙なことにこれは俺の意思ではなく、何かの力によって止められたのだ。

「それまでだ!…アンディ君、もういい」

 それと同じタイミングで、キリクから手合わせ終了の声がかかった。
 杖を構えて歯を食いしばっているキリクの表情から、今しがた俺の動きを止めたのが彼女の仕業だと分かる。
 どういう魔術かはわからないが、サイコキネシスのように俺の腕を抑えている力は、まるで重機が引っ張っているかのような力強さだ。

 あのままなら俺がズーニを殺しかねないと判断して介入したようだが、その判断は少し早いように思える。
 俺としてはもっとギリギリで止めてビビらせたかったと、そう思ってズーニの様子を見た途端、キリクの判断の正しさを思い知った。

 そこには始まる前までの自信たっぷりだった姿は失せ、恐怖に顔を染め上げた情けないズーニの姿があった。
 火魔術すらものともせずに突き進む土の塊に、よっぽど恐ろしさを覚えたようだ。
 もう少し遅ければトラウマを植え付けていたかもしれないと、そう疑わせるのに十分な様子にこちらのやる気が急激に冷めていく。

 殺すつもりだったのなら殺される覚悟を持って当然だとは思っていたが、このざまを見るにズーニの覚悟は浅いものだったらしい。
 その姿に若干の苛立ちを覚えるが、それを追及するのは俺の役目ではない。

「…やりすぎだ。なんだ、あの土の腕は?殺すつもりかと思ったぞ」

 手に纏っていた土を解体して地面へと落としていると、疲れた様子で溜息を吐きながら、キリクが声をかけてきた。

「まさか。一応、当たっても死にはしない程度に抑えてはいましたよ。勿論、寸止めでとどめておくつもりでしたけど、仮に当たっていても命だけは助かったでしょう」

 寸止めが間に合わなかったとしても、当たり所はちゃんと見極めていたため、せいぜい打撲か骨折、悪くすれば何らかの身体的な障害を残していたかもしれないが、それでも死にはしないはず。

「命以外は保証しない、というわけか?だから私が止めたんだがね」

「…まぁその判断も妥当だったとは思います。ただ、向こうの使ってきた魔術が思ったよりも殺傷能力が高かったので、ついこちらも相応に応えてしまっただけです」

「わかっているよ。私もズーニの実力を見誤っていた節はあった。まさかあそこまでの腕だったとは…」

 頭痛をこらえるように頭へ手を当てたキリクは、この手合わせで発覚したズーニの予想外の実力をどう評価するかで困っているのだろう。
 あれほどの魔術師が一人いるということは、今後の部隊編成で重宝されるに違いない。
 足りないのは実戦経験のみで、性格のほうを矯正して場数を踏めば、きっとズーニ達もいい兵士になる。

「ところでこの後はどうしますか?今の戦いの統括なんかも俺のほうからした方がいいですかね?」

 だいぶ辛口になるが、それぞれに対する俺からの評価などもあの三人に教えてやるのも、この手合わせに勝った者の仕事だ。
 もっとも、それを反省点として血肉に変えるかは個人の度量次第なので、必ずしもやる必要はないが。

「ありがたい申し出だが、それは私の方でやるよ。訓練の最後にまとめてね」

 キリクなりにこの訓練に込めた狙いがあるのは間違いなく、今の手合わせも含めて何かしらを訓練の終わりに隊員達へ行うつもりのようだ。

 ーえ、なにこれ?私らがいない間になにかやってる?

 そんな風に話していたら、森の中から姿を見せたウェイリンが若干引いたような声を上げた。
 そばにはシペアの姿もあり、二人とも身なりが汚れているうえに、例の布を持っていないことから、どうやらリタイアとなって戻ってきたらしい。

 戻ってきて最初に見た光景が、戦闘の跡がある荒れた大地とズーニを介抱するウルディオとあって、自分達のいない間に起きた何かを想像して戸惑っているのだろう。

「戻ってきたか。その様子だと、目的は……二人とも、その髪はどうした?」

 事情を知らないシペア達を不安にさせないよう、キリクが穏やかな笑みを浮かべながら労いの言葉をかけたのだが、目に入った二人の姿に怪訝な顔を見せる。
 俺も気づいてはいたが、この二人には出発前とは大きく異なるところが一つだけあった。
 なんと、爆発にでもあったようなアフロヘア気味な髪型に変わっていたのだ。

 それを指摘され、ウェイリンが不機嫌そうに口を尖らせ、シペアは遠い目をして切なそうな表情で口を開く。

「…パーラにやられました。あいつとの戦闘で、風魔術を派手に使われてこんな頭に」

 そう言ってチラリとこちらを向くシペアと目が合い、思わず俺は吹き出しそうになるのを何とかこらえる。
 あの目、文句のつけようのない倒され方をされた一方で、髪型をおかしくされたことについてはどう文句をつけるか考えていると見た。

 パーラと直接戦ったということは、目的の物にはかなり惜しいところまで近づけたが、結局魔術での戦いで敗れたうえ、奇妙な姿となって送り返されたのが、ウェイリンが不機嫌な理由か。
 実際、二人を見る隊員のほとんどは笑いをこらえ切れていない。
 それもウェイリンには耐え難いようで、俺を見る目は殺意が籠っているほどだ。

「…では俺は森に戻ります。次の小隊が最後になると思いますが、送り出す時にはまた合図を」

「あ、あぁ、頼む」

 年頃の女が望まぬアフロヘアーにされて怒らないわけもなく、そのとばっちりを受けてはかなわない。
 ここに残っているとウェイリンがどう出るかわからないので、俺はキリクへ次の訓練の進展を言い含め、さっさと森の中へ引っ込んでいく。

 ーちっ……!

 その際、盛大な舌打ちが俺の背中へとかけられたので、この行動は正しかったと思う。
 俺がやったことではないのに、一味とみなされて責められるのは辛すぎる。

 とはいえ、パーラもわざとやったわけではないと思うので、俺から苦言を言うつもりもない。
 互いに魔術を使って戦ったのなら、髪型ぐらいは犠牲にする覚悟はあっただろうに。
 毛が無いと怪我無いをかけるには、あいつらの姿はまだ軽いと思おう。

 なお、森の中で合流した際にパーラに尋ねたら、面白いからあえてあの髪型にしてやったのだそうだ。
 こいつほんと……。




 その後、最後の挑戦者となった小隊も、結局普通に罠でリタイアとなったが、さすがは前の四つの小隊によって罠のデータが集約されていただけあって、かなり惜しいところまで来てはいた。
 それでもシペア達ほど目標に迫るには至らなかったのを思うと、ウェイリンとの組み合わせは結構いい線まで行っていたのかもしれない。

 とはいえ、誰も目的を達成しての帰還を果たせなかった以上、バルガラの隊員達への期待と評価は厳しいものとなるだろう。
 訓練課程を全て終えたとして、キリクが小隊員を整列させると、厳しい顔をして全員を見渡す。
 今度は始まりの時よりも、静かで素早い集合だったのには満足しているようだが。

 そして、俺とパーラもキリク側に立って成り行きを見守ることとなった。
 一応今日の訓練では教官としての扱いがあるので、こちらに立つことになんら矛盾はないが、訓練の結果が結果なので、隊員達が様々な感情のこもった目を向けてくるのが少し居心地を悪くする。

「さて、訓練を終了したわけだが、目標を達成できた者が誰もいないとは……不甲斐ないっ!!」

 鋭く発せられた声で、体を大きく震わせた隊員たちを睥睨したキリクだったが、少しの間をおいてその顔が穏やかなものへと変わり、諭すように言葉を続けた。

「…と言いたいところだが、この結果は私が予想した通りではある。よって、諸君らを責めるつもりはない」

 叱責を覚悟していた隊員達も、キリクの急な態度の変化は予想外なようで、互いに目線を交わして戸惑っている。
 若干ざわめきも立ってきたが、それが落ち着くのを待つことなく部隊長の総括は続く。

「今回の訓練は、諸君らにあることに気づいてもらいたかったために実施した。…私から見て、諸君らには決定的に足りないものがある。それは連携だ」

 凛と通った声が、隊員達のざわめきを落ち着かせていく。
 部隊長としての気配りに加え、弁も立つようでキリクの言葉に今では隊員たちが引き込まれるように耳を傾けている。

「諸君らは魔術師だ。己が力に自信を持っていよう。そのせいか、ほとんどが連携を意識して訓練には臨んでいなかった。訓練の開始時に、私が小隊同士の情報共有を指示していなければ、惨憺たる結果になっていたかもしれないほどだ」

 俺達が森の中で見た隊員達で、仲間同士の連携を意識していた人間はほとんどいなかった。
 もしこれで小隊同士の情報共有がなかったら、隊員達のほとんどは森の入り口付近の簡単な罠で撃退できていたに違いない。

「隊員の中には、単独でそこの手練れを相手にできる人間も確かにいる。こんな化け物じみた魔術師をだ」

 クイっと俺を指差すこの女、まさかそんな目で見ていたのか。
 少し派手に土魔術を使ったのは自覚しているが、化け物呼ばわりとはな。
 隊員達がキリクに同意するようにうなずいているのがまたひどい。

「だが全員がその水準にいるわけではない。国に仕えている以上、いずれ単独では倒せない魔物も人間も相手をする時が来る。その時、逃げ出すことは許されない私達が立ち向かうには、全員が一丸となって戦うしかないのだ」

 この世界には魔術師であろうと個人が相手をするには手に余る存在があまりにも多い。
 魔物はいうまでもなく、魔術師以上の強さを持つ人間も多く、国の命令で動く時にはそれらとの対峙は避け得ない。
 本来人間は群れで戦う生き物であるのなら、キリクの言うようにバルガラは一体となって隊員達が戦う姿こそが正しいものだといえる。

「隣の友を守れ!そうすれば別の隣にいる友が君を守ってくれる!そうして我らは一個の、バルガラという最強の生き物として戦う力を手にできるのだ!」

 鼓舞するように力強くキリクがそう締めくくると、呼応するように隊員達の中からまばらに同じ言葉が上がる。

 演説としては堂に入ったものをぶち上げたが、思ったよりも隊員達の心を動かすには至らなかったのは、やはり驚きが大きいからだろう。
 個としての力を磨いてきたからこそ、自分達の力が認められてエリート部隊へ配属されたが、今度は集団としての在り方の重要性を説かれれば戸惑うのも無理はない。

 だがバルガラにとっては、個と群それぞれの力の求め方は決して矛盾するものではないので、その内隊員達もキリクの言いたいことをしっかりと呑み込むことはできるはずだ。

 彼らがどんな戦いに赴くのかはその時々の情勢によるが、砲台としての魔術師が求められる戦場は決して安易なものではありえない。
 その時に備えて、自らを高める日々を過ごした先で、果たして彼らは何を得て、また手放すのか。

 この日が、バルガラという部隊が産声を上げた日と伝えられる日が来るのか来ないのか。
 それは今後の彼らの活躍次第だろう。

 とにもかくにも、これにてバルガラの初訓練は無事に終わった。
 始まる時は楽しく準備をしていたが、拘束期間の長さと隊員達への配慮やらなにやらと精神的な疲労が意外と多く、できればこの手の依頼は当分遠慮したいぐらいだ。

 一仕事終えた爽快感に包まれ、街に帰ったら少し奮発していいものを食おうと思いをはせている俺の肩に、誰かの手が乗せられる。
 …妙に生暖かい手だ。

「アンディ君、それにパーラ君。この後少しいいか?実は別の隊員達の訓練も、ぜひ君らに頼みたいのだがね。依頼の延長、受けてもらえるかな?」

 振り返ると、清々しい笑みを浮かべたウルディオからそんな言葉をかけられてしまった。
 まさかのリピーターの誕生である。

 やっと依頼が終わったと思った矢先で断ることも考えたが、バルガラの隊員の質を高めることは遠回しにシペアへの餞別にもなると思うと、他の隊員達へのてこ入れも必要かもしれない。
 パーラの方にも疲れは見えるが、ひとまず話だけは聞いてみるしかないか。
 最終的に受けるかどうかは、それから決めるとしよう。
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