世の中は意外と魔術で何とかなる

ものまねの実

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船は行く 奪われた暗闇の中に

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 船で海を移動して今日で三日目となる。
 現在、ヘイムダル号をテルテアド号が追う形の縦列で移動しており、障害らしい障害も無いままに順調に目的地を目指している。

 現在の時刻は朝の八時半前。
 ヘイムダル号に備え付けの時計にそう表示されているが、今の日付と日の出から日の入りまでの時間をヘイムダルが計算して割り出したものなので、正確さは俺には判断できない。
 しかし、腹の空き具合や眠気を覚えるタイミングなどから、そうかけ離れたものではないと今は思っている。

 飛空艇とは異なる乗り心地と視界に、最初の頃は真新しさゆえの興奮を覚えていたが、三日も経つと代わり映えしない景色にすっかり飽きを覚えてしまっていた。
 おまけに操縦もヘイムダルがほぼ全て担当しているため、俺はキャプテンシートでふんぞり返るほかにやることが無かったのも飽きを加速させていた。

『テルテアド号に接触する物体アリ。ツルギイサダと推定されます。……警告、攻撃を受けています』

 ボヘェっとしてるところに、ヘイムダルからの警告が告げられる。
 時折あるこの警告は、船体に接触、あるいは攻撃を仕掛けてくる魔物などによるものだ。
 とにかく頑丈な船体だが、ひたすらに攻撃され続ければ損傷を負いかねないので、早急に排除しなければならないのだが…。

「よっし、魔物だな!?すぐ―」

『排除しました』

「ア、ハイ」 

 これである。

 退屈しのぎになると思っても、すぐにヘイムダルが対応してしまうため、俺の出番がないまま全てが終わってしまう。
 楽なのは部tにいいんだが、暇を持て余してしょうがない。

 二隻の船には最低限の武装も搭載されており、メインである投射砲という、熱線を発射するものは完全に故障しているが、船体に触れた物体をピンポイントの超振動で粉砕する近接防御武装は生きており、こうした攻撃を仕掛けてきたと判断した対象には、容赦なくその牙を剥いていた。

 浮かしかけた腰を再びシートへと降ろし、たった今攻撃されたテルテアド号のステータスが立体映像となって目の前に現れる。
 表示された船の全体像の内、攻撃された箇所が黄色く点滅しているが、問題ないとしてすぐに立体映像が消えた。

 このように、船が高性能であるが故に俺の仕事が全く存在せず、この三日間でヘイムダルに俺が出した命令と言えば、『ちょっと寒いから空調の温度上げて』というものだけだ。
 俺、いる?

 自分の必要性を疑い始めると、中々辛いものがある。
 本当にやることが無くて暇すぎるので、他のことをして時間をつぶすとしよう。

『船長、どちらへ?』

 シートから立ち上がり、通路へと出ようとした俺に、ヘイムダルが声を掛けてきた。

「あぁ、ちょっと手持ち無沙汰だから、遺品の整理をしようと思ってな。運航は任せるから、問題が起きたら船内放送で教えてくれ」

『了解しました』

「それと、ジンナ村への到着まではあとどれくらいだ?推定の時間で構わない」

『本船は目的地までおよそ五日の位置にいます。ただし、現在地が不正確なため、誤差は十二時間とお考え下さい』

 当初の予定よりもまだ時間がかかるようだが、こればかりは海流や風の影響もあるので仕方がない。
 とりあえずそれが分かっただけで十分なので、操舵室を後にして自室として使っている部屋へと入る。

 スイッチで反応するスライド式の扉が閉まると、三日も使ってすっかり慣れた光景に、思わずホッと息を漏らす。
 元々士官室として使われているのだろうその部屋は、船内という限られたスペースの割には随分と広さがあった。

 およそ八畳ほどの広さにベッドとオフィスデスクだけという殺風景なものだが、長年水に沈んでいた割には綺麗なものだ。
 掃除をしたというのもあり、机は少し磨けば普通に使えたし、ベッドはマットに当たる部分は使い物にならないので取り外したが、飛空艇から移した寝具をそのまま使えばこれも普通に使えるので不便はない。

 窓のない部屋ではあるが、壁いっぱいには外の景色が映し出されており、圧迫感はなく、明るさも十分保たれている。

 その室内の一角に、布を引いて荷物を積み上げた場所がある。
 それはこの船内で無くなった人達が身に着けていたものだ。

 遺体を片付ける傍らでそう言った遺品も集め、俺達で活用しようと思っている。
 ヘイムダル号とテルテアド号の二隻分の遺品となれば、このような小山にもなろうというもの。

 遺品の山の前に腰を下ろし、昨日から行っていた仕分けを再開する。
 こういったもので主に多いのは、やはりスマホ的な携帯端末だ。
 亡くなった人の大半が持っていたと思われるそれは、この遺品の半分を占める量がある。

 この携帯端末は大別すると腕時計タイプと地球のスマホに似たスレートタイプに分けられ、多いのは腕時計タイプだ。
 地球でもウェアラブルデバイスは普及しているが、古代文明ではスマホを腕に取り付けるという方向へ技術は進んでいたようだ。

 一方でスレートタイプも比率としては腕時計タイプと同じぐらい存在しているのは、ヘイムダル曰く、携帯性の腕時計タイプかスペックのスレートタイプかで使用者は分かれていたそうだ。
 一応高性能な腕時計タイプもあったが、それは高級機という位置付けて、普及率はそう高くないらしい。

 これらの物は魔力を注げば普通に動くものもあるにはあるが、それ以上に壊れているのが多く、今の所、腕時計タイプは悉く全滅している。
 やはり薄く繊細な造りの腕時計タイプは、スレートタイプほどに耐久性も高くないようで、そういう点からも棲み分けは出来ていたのだろう。

 起動できた端末には遺書が残されていると思ったが、今の所そう言ったものが見当たらないのは、遺書を残す暇も無く死んだからか。
 あのラウンジで死んだ親子と通路で溺死した人間達のどちらがマシだったかなど、つい無意味なことを考えてしまう。
 …よそう。また夢に出てきちまう。

 携帯端末に次いで多いのは装飾品だ。
 見るからに高級だと分かるほどに大きな宝石が付いたネックレスや指輪など、換金率の高そうなものが多いのは、避難した先で金に換えやすいものを持ち出したからと推測する。
 そこそこの量がある装飾品は、ちゃんとしたところで売れば一財産になりそうだ。

 よく口さがない人間は、遺跡発掘は墓荒らしと変わらないというが、こうして金目の物をより分けている自分の姿を思えば、返す言葉はない。
 だが、死んだ人間に必要のないものは、生きた人間のために使った方がいい。
 そこは割り切っていかなくては。





 その後、海流の影響で多少遠回りすることになったが、凡そ予定通りの五日後の早朝、懐かしい景色を目にすることが出来た。
 朝日に照らされて輝く湾、そして朝早くから漁をする船、見慣れたものを目にすることで、自分が帰ってきたのだと強く感じるようになった。

 ある程度進んだところで船を停止させ、村の方からのリアクションを待つことにする。
 突然現れた巨大な船に村人達は気付いていると思うので、このことがアイリーンに伝わり、それからパーラがこちらへと来るはずだ。

 それまで待機しようと思っていると、左手側に陸から伸びる一本の桟橋を見つけた。
 ひと月前に俺がジンナ村を出た時は存在していなかったその桟橋は、まず間違いなくパーラがアイリーンに頼んで用意してもらったのだろう。
 波に揺れて上下しているのは、海底に足を固定していない浮桟橋ならではのものだ。

 パーラと別行動をして十日も経っていないが、その短い期間で用意できるものとしては確かに浮桟橋が最適だ。
 元々大型の船が立ち寄ることのないジンナ村にとっては、桟橋を持つ必要がないため、こうした浮き桟橋を都度設置するだけでいい。

 他に大型船の姿がないようだし、俺達のために用意してくれた桟橋だ。
 許可を待たずに使わせてもらっても構わないはず。

「ヘイムダル、左に桟橋が見えるな?あそこに船をつけろ」

『了解しました』

 桟橋一本に対して船は二隻なので、桟橋を挟んで停泊する形になる。
 どの船をどちら側になど指示することなく、ヘイムダルは自己判断で船を桟橋へと近付けしていく。
 二隻が桟橋を挟む位置で停止、そこから鏡あわせのようにゆっくりと横へスライド移動していき、全く同じタイミングで横付けして止まった。

 移動と急停止が非常に滑らかに行われ、浮桟橋に一切の破壊を発生させなかったのは、船の特殊な推進方式のおかげだ。
 この船はスクリューでもジェット噴流でもない、全く別の推進方式が採用されている。
 船体表面に発生させた超振動によって推進力を生み出すという、改めて考えても原理がよく分からないものだが、それで動けているのだからそういうものだと思うしかない。

 無駄に水流を生み出さず、船体を押し出す力によって移動するため、静粛性には優れているし前後左右の移動も楽々と、いいことずくめの推進機関だ。
 しかし一方で、装置が複雑で大型なためにこのクラスの大型輸送船ぐらいにしか搭載できないという欠点も抱えており、もしも今後船が研究されていったとしても、実用化されるのはまだまだ先のことになるだろう。

 接岸したことで下船が可能となったため、俺は早速外へ出てみることにした。
 操舵室を後にして、エレベーターで三層下った先にある乗降装置へと辿り着く。
 第三層は貨物区画のすぐ上であり、乗客の乗り降りはここから行われる。
 目の前にある扉の脇にあるレバーを押し下げると、空気の抜ける音と共に外へ通じる扉が開いていく。

 扉は上に開いて庇のようになり、足元に階段状のタラップが下へ向かって伸びていく。
 このタラップの動きはヘイムダルが制御しているようで、上手い具合に浮桟橋に届いた辺りで伸長が止まる。
 少し角度は急だが、ちゃんと階段として上り下りが出来る程度に収まっていた。

 階段を伝って桟橋へと降り、フワフワとする足場に少し膝が遊びつつも、久しぶりの陸地ということで、少し急ぎ足になってしまうのは否めない。
 桟橋を渡り終えて揺れない大地に足が着いたところで、つい足元の感触を確かめてしまう。

 船は揺れが抑えられてほとんど地上と変わらないとはいえ、こうしてしっかりとした地面に立つと安心感を覚える。
 やはり人は土から離れては生きられないのよ。

「おかえりなさい、アンディ」

 地面のありがたさを噛み締めていると、桟橋が接続されている陸の方からアイリーンの声が飛んできた。
 見ると、そこにはアイリーンを先頭にして多くの村人の姿があった。
 恐らく船の姿を見た誰かが村中に伝えて回ったのか、ほとんどの村人が見物にやってきたようだ。

「アイリーンさん、ただいまもどりました。一先ず勝手に使わせてもらいましたけど、この桟橋に停泊させてもらっても?」

「ええ、もちろん構いませんわ。そのために用意させましたもの。…それにしても、大きいとは聞いていましたけど、予想以上ですわね」

 アイリーンが左右に聳える形で浮かぶ二隻の船を見上げ、感嘆とも呆れとも取れる声で呟く。
 パーラから説明は受けていたはずだが、実際に目にするまではもっと小さいものを想像していたらしい。
 他の村人達も船のでかさには衝撃を覚えているようで、呆けた顔がちらほら。
 やはり普通に暮らしていてはお目にかからないサイズとあれば、そういう反応にもなろうというもの。

「まぁこの船は輸送船としても大型の部類に入りますからね。…そう言えばパーラは?真っ先に来ると思ってたんですけど」

 ふと思ったのは、先程からパーラの姿が見えないのが妙だということ。
 船の姿が見えたら、噴射装置でかっ飛んでくると思っていたが、それが無かったのでアイリーンと一緒にやってくると思っていたのに、ここにいないのが少し気になった。

「あぁ、あの子でしたら、レジルに捕まって説教を受けてますわ」

「説教?なんかあったんですか?」

「なにか…ええ、大いにありましてよ。それはアンディ、あなたにも責任はあるのではなくて?」

「え、責任て…」

 何故か急に冷めた目に変わったアイリーンに見つめられ、思わず一歩後ずさってしまう。

「大きな船が来るというのは聞いてましたわ。ジンナ村では停泊できないから桟橋を用意してほしいとも。ええ、それは構いませんのよ。ここにも浮桟橋ぐらいはありますもの。ですが、船が二隻とは一言も聞いていませんでしたわよ?」

 鼻息を荒く吐くアイリーンに、そういうことかと俺も理解できた。
 どうやらパーラはアイリーンには巨大な船が来るとだけ伝え、二隻あるとは言っていなかったらしい。
 その辺りは、パーラのホウレンソウが足りなかったと言える。

 俺はちゃんと、パーラには船の数と到着予定日、必要な停泊場所の提供を言い含めたのは記憶しており、船の数が伝わっていないというのはパーラのミスだ。
 だがしかし、こうして二隻は普通に停泊できているのを結果オーライとして、パーラを叱ることもないのではないだろうか。

「誤解のないように言いますけど、二隻船があるというのが悪いと言っているのではありませんのよ?問題なのは、皇都へ送った書簡にその旨が書けなかったことについてですわ」

「書簡、ですか?一体なんの?」

「遺物調査における人員の派遣要請に決まっているでしょう」

 何を当たり前のことを、という表情を浮かべるアイリーンだが、そういう遺物に対するこの国の人間が取る対応に、俺が詳しいわけではないことを分かって欲しい。





 要するに、アイリーン達が困っているのは、調査員の派遣を要請する書簡に、船の数を正確に書けなかったことについてだ。

 アイリーンはパーラから話を聞いてすぐに皇都へ書簡を送っていたわけだが、アイリーンが書簡に記したのは近い内に持ち込まれるのが巨大な船であること、発見者が俺とパーラであること、停泊地がジンナ村であることというものだった。

 ここで、船の数を二隻と書けなかったのが効いてくる。
 特に船の数を書かなかったことによって、皇都の方では遺物は一隻だけと判断し、派遣される人員の数が少なくなってしまう可能性があるらしい。

「現在のソーマルガでは、遺物の研究者はほとんどが飛空艇関連に回されていて、余所へ動かせる人材は不足しているそうですわ。そのために私は早々に書簡を出して、人員を確保しようとしたのですが、船の数を書き損なったことで派遣される人数は恐らく最小のものになるでしょう」

「最小…というと何人ほどになりますかね」

「船の大きさは伝えてますから、十人前後と言ったところでしょうか」

 これだけ巨大な船が二隻ともなれば、確かにアイリーンの危惧するようにその人数では手が回らないだろう。
 研究者は引っ張りだこということなら、恐らくあまり長い時間拘束するのもよくない。
 そういう意味では、船の数を少なく申告してしまったのは確かにまずい。
 だからパーラは説教を食らっているわけか。

「十人ですか。一隻だったらまだしも、二隻ともなれば少々心許ないですね」

 しかもアイリーン達はまだ知らないだろうが、船の中には大量のコンテナもあるし、それを込みで調査するなら、本当はこの三倍の人手が欲しいところだ。
 まぁコンテナは色んな意味で危ない品も詰まっているので、後回しにしても一向に構わんが。

「その研究者はいつ頃こちらにやってくるので?」

「こちらの書簡は巡察隊に託して急がせましたし、今頃は皇都で申請を処理している頃でしょうね。研究者をかき集めて、出発の準備に動いて四日。それから飛空艇で来るとしたら、早くて今日から十日後、風紋船ならその倍はかかりますわね」

 風の影響や補給の頻度などで俺達の飛空艇よりもずっと時間はかかるが、それでも新発見の遺物ということで行政の腰も軽いだろうから、アイリーンの見立てからはそう遅れないだろう。
 となると、俺の方でやれることはある。

「…わかりました。では情報伝達の不足は俺にも責任があるので、追加の人員を要請する書簡を皇都に持っていくのと、その人員をこちらまで運ぶのは俺達が引き受けますよ。それでいいんでしょ?」

 そう言うと、それまで眉間に皺をよせていたアイリーンの顔が、ニッコリとしたものに変わる。
 やはりこの女、俺の口からこれを言わせたかったのだろう。
 今から追加の人員要請を行うとして、一番足が速くて確実なのは俺達の飛空艇を使うことだからな。

「あら、それは助かりますわね。是非お願いしますわ」

 さも俺から自発的に言ったかのような反応のアイリーンだが、最初からこの着地点に定めて話をしていたはずだ。
 パーラはもうレジルから説教を受けているが、俺にも何かチクリとやっておきたかったという魂胆が透けて見える。

「…それはそうと、この船ですけど中には入れますの?」

 チラチラと視線を船へ振っているアイリーンの様子は、うずうずとしたものを隠せていない。
 色々と俺に言っている間も、船が気になっているのは感じていたので、この言葉は予想できていた。

「もちろん、入れますよ。ここまで無事に乗ってきましたから、危険もありません。見学しますか?」

「では見せてもらいましょうか。古代文明の船の性能とやらを」

 アイリーンが妙に不敵さを醸し出しながら、ヘイムダル号から伸びるタラップへと足を掛ける。
 と、そこで立ち止まり、脇にいる俺へと視線を向けた。

「あぁ、そうだ。アンディ、村人にも船の中を見学させてほしいのですけど、いかがかしら?」

 なるほど、ここに集まっている村人達の目はどれも好奇心に満ちてキラキラとしている。
 それを見て、船を見学させてやろうというのは領主としてのサービス精神だな。

「村の人達ですか?…まぁ構いませんけど、船の中は立ち入りを制限している場所もありますから、それを周知してもらうという条件はつけさせて下さい」

 別に見られて困るものはないが、動力室や貨物区画なんかは下手に動き回られると危険な場合もある。
 一応ヘイムダルが船内を監視しているとはいえ、立入禁止の場所に向かわないようにしてもらわないと、見学は許可できない。
 俺は促成の船長ではあるが、船内での事故はなるべく起こらないように努めなくては。

「ええ、当然の措置ですわね。では……ワンズ!こちらへ」

「え!?あ、へい!」

 桟橋に詰めかけている村人を一度見回し、その中にいたワンズの名前を叫ぶ。
 急に呼ばれて体を大きく跳ねさせ、それからワタワタと桟橋を渡ってくるワンズ。
 流石普段から船の上で働いているだけあって、揺れる桟橋を歩く足は乱れることも無く、すぐに俺達の目の前へとやってきた。

「何か御用で?」

「ええ、勿論あなたに用ですわ。これから船の内部を見て回りますけど、あなたも同行なさい」

「へ?お、俺がですかい?なんでまた…」

「この後、他の人も船の見学をさせますから、立入制限などを先に体験して、後の方達に説明して頂きたいのです」

 このアイリーンの考えは悪くないものだ。
 村の中でも若者を纏める立場にあるワンズにまずは船の中を見学させ、そのワンズが他の村人に注意事項を説明することで、その後の見学をトラブルなくスムーズにさせる効果が見込める。

 一見するとワンズが説明役を押し付けられた形に見えなくもないが、本人はそうは思っていないようだ。
 なにせ、言われてから顔がにやけっぱなしだからだ。
 ワンズもここに集まった一人として、また漁師としても船には関心があったため、他の誰よりも先に船を見学できるのは嬉しいのだろう。

「わかりやした。このワンズ、しっかりとお役目を果たしてみせやしょう」

 鼻息荒く言うワンズの言葉に、アイリーンも満足そうな顔で頷く。

 これで船に乗るのは、アイリーンと護衛のマルザン、ワンズの三人となる。
 俺を含めると四人か。

「では中をご案内します。タラップが急なので気を付けて上がってください」

 先導する形で俺がまず船に入り、三人を出迎える。
 まずアイリーンが船内へと一歩足を踏み入れると、周りの様子を見回す。
 一応綺麗にはしたつもりだが、他の人間からはどう見えるのか少し不安を覚える。

「お邪魔しますわよ。…へぇ、思ったより中はきれいですのね。確かパーラと一緒に掃除をしたとか?」

「パーラから聞いたんですか?ええ、俺とパーラで三日がかりで磨いたんですよ。もっとも、二人しかいなかったので手を付けてない場所もまだまだありますが」

 主に通路や動力室などを中心に掃除をしたが、いくつかの部屋は手付かずのままだ。
 水没していなかった部屋も多いが、そういうのは後回しにした上で、まだまだ掃除は不十分だと言える。

「でしたら船内を綺麗にするのに人手を出しましょうか?どうせ詳しい調査をするのですから、綺麗にしておいた方がよいでしょうし」

「それは助かります。見ての通り、広さがとんでもないですから、人を貸してもらえるなら有難いですね」

「では後程使用人…いえ、村の人達からも手伝いを募りましょうか。見物させてもらうのですから、それぐらいは聞いてくれますわよ」

 見物の対価というわけではないが、朝の漁が終われば暇な人間はそれなりにいるので、手伝いを要請すれば意外と人は集まるかもしれない。

「あぁそれと、一応紹介しておきます。ヘイムダル」

『はい、船長』

 虚空へ向けてそう投げかけると、どこかに埋め込まれているであろうスピーカーからヘイムダルの声が聞こえてくる。
 船で生活をして慣れていた俺には当たり前の現象であるが、突然どこかから声だけが聞こえたことに対してマルザンがまず反応した。
 アイリーンを背中に庇うように動き、腰に提げた小剣の柄がしっかりと握られる。

「マルザン、不要ですわ」

「…は」

「…っぷはぁ~」

 だがすぐにアイリーンの声が戦闘状態を解除させ、一瞬で張りつめていた空気が霧散する。
 それによってワンズが息をつけるようになり、冷や汗を拭っていることからも、一番近くにいたことはまさに不運だったとしか言えない。
 堅気の中では度胸も腕っぷしもあるワンズだが、やはり本職の騎士だったマルザンの気迫を肌で感じて、平常ではいられなかったか。

「アンディ、この声がヘイムダルとやらのものですわね?」

 特に驚いた様子のないアイリーンは、ヘイムダルのことをパーラから聞いていたのかもしれない。
 船の説明をするうえで、人工頭脳は欠かせないからな。
 それにしては船の数を伝え忘れていたのだから、パーラも迂闊な奴だ。

「ええ、そうです。船の人工頭脳…で通じますかね。まぁ魔道具の一種だと思ってください。その人工頭脳が船を管理しているんです」

「確かパーラの話だと生物ではないとか?古代文明は仮初の人格を再現できるほどでしたのね。…始めまして、ヘイムダル。私はアイリーン・ラーノット・マルステル男爵ですわ」

『個体名を登録…お会いできて光栄です、マルステル男爵閣下』

「ふむ、声はすれど姿は見えず…。まるで亡霊のようですわね。意思の疎通もできるようですけど、本当に人間ではありませんの?」

『はい。私は船の運航を司る積層式人工頭脳『ヘイムダル』に備わる仮想人格です。生体という認識には当てはまりません』

 俺はヘイムダルが機械的な話し方をしているからすぐにAIだと推測したが、この世界の人間からすればそういう話し方をする変わった人間という風に思うのだろう。
 アイリーンはまだ人間との疑いが抜けきれないようだ。

「今は三人だけだが、後でもっと大勢が見物しに来ると思うから、危ない場所は封鎖しておいてくれ」

『承知しました』

 マルザンとワンズの紹介をし、場所を移動しながらヘイムダルに今後の指示を出しておく。
 今は少人数で見て回るだけなのでいいが、大勢が船を動き回ると迷子は必ずと言っていいほど出る。
 危険な場所から遠ざけるのは勿論だが、複雑な通路を塞いでおくことで迷子になりにくくしておくのも大事だ。

「さて、それじゃあどこから見て回りましょうか。今いる階層は食堂とか談話室なんかが多いんですけど、上の方には客室なんかもありますよ。…まぁどの部屋も使える状態じゃないんですが」

「そうですわね……では上から順に見せてもらいましょうか」

「順に…ですか。わかりました。ではこちらへ」

 上から順にということは、まずはエレベーターで上に行く必要がある。
 最初に見せるのはラウンジからになるが、あそこは正直、足を運びづらい思いがある。
 勿論、遺体はちゃんと別の場所に移して保管してあるが、それでもやはり染みついた怨念じみたものを感じてしまうのは、あの手記を見てしまったからだろう。

 パーラがあれをアイリーンに話しているかを聞いておくべきか。
 知らないなら悲しい少女の最後を伝えたいし、知っているのなら最後に身を横たえた場所を教えたい。
 この船は古代文明の遺物としては高い価値があるが、同時に多くの深い悲しみも秘めていることを知ってもらわなければならない。
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