世の中は意外と魔術で何とかなる

ものまねの実

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 ジンナ村から少し離れた場所に墓地がある。
 この国ではアンデッド対策として火葬が一般的で、その燃やした後の灰を土に埋めて墓石を建てるため、土葬と違ってコンパクトな墓地となるのが特徴的だ。

 その墓地の一角に、ひときわ大きな墓石がある。
 基本的に村の住民は無くなると個人個人で所有する墓に入るが、中には村が所有する共同の墓に入る人間もいる。
 共同の墓に入るまでには色々な事情があるが、今回、ヘイムダル号とテルテアド号で亡くなった古代人達の遺体も、この共同の墓へと葬られることとなった。

 アイリーン達が船の見物をした際、かつてラウンジで起きた苛烈とすら言える悲劇について語ったところ、何かに感じ入ったアイリーンが船にある遺体をジンナ村で引き受けると言いだし、貨物区画で山積みになっていた麻袋に入った白骨は、村人の手も借りて全て墓地に埋葬された。

 人数が人数なので個別に墓石を用意はできないが、大きめの墓石を一つ用意して慰霊碑にするとのこと。
 石碑は近日中に手配するそうで、それまでは櫂を数本組み合わせただけの簡易のもので代用している。

 墓を建てたら次はお祈りの時間だが、古代文明でも宗教の自由は約束されていたそうで、とりあえずひとまとめにヤゼス教の様式に則って行われた。
 ジンナ村には教会も神父もいないが、幸い元修道女の老人がいたため、そちらに頼んで諸々をやってもらった。

 略式ではあるがきちんと葬式の体裁も整ったので、古代人達も安らかに眠れることだろう。
 村人達も事情を詳しく説明しなくても多くが立ち会ってくれたのは、やはり海で暮らす人間として古代人の死因には大いに同情したからか。
 溺死が一番辛いらしいしな。




 そんな具合で葬儀が終わり、いよいよパーラが単身で皇都へと飛び発つ。
 目的は当然、アイリーンの新しい書簡を皇都へと送り届け、そこで追加の人員を乗せて戻ってくること。
 出発を翌日に控えて、俺達は飛空艇で予定を詰めていた。

「え、私一人だけ!?アンディは?」

「俺は船の管理があるからな。本当ならお前が残るのでもよかったんだが、アイリーンさんからはこれもパーラにやらせるべきだってよ」

 既に説教を受けたパーラは許されているはずだが、それはそれとして仕事をさせようというのがアイリーン達の意見だ。

「こういうのってアンディが向いてると思うんだけど…。じゃあロニは?一緒に行く?」

 一瞬項垂れたパーラだったが、すぐに俺の隣に座るロニにターゲットを合わせ、旅の道連れにと勧誘を始める。
 片道五日はかからないが、それでも皇都までの道のりをよっぽど一人で行きたくはないようだ。
 寂しいというより、退屈だからという理由が大きいのだろう。

「ううん、僕は行かないよ。こっちでやることもあるし、アンディ達が持ち帰った船ももっと見てみたいから」

「えぇ~……はぁ、しょうがない。一人で行くか」

 ロニは例の魔道具製の舟の管理をしているので、村を離れられない。
 俺もジンナ村に戻ってから知ったが、中々メカニックとしてはいい仕事をしてるそうで、村人からも頼られていると聞いた。

 俺達が持ってきた船にも興味津々で、ちょくちょく侵入しているのをヘイムダル経由で報告を受けている。
 危険なところに入り込まないようにきつく言い含めてあり、それさえ守れば出入りを特に制限していないので、村の子供達と一緒に日々船内探索に勤しんでいるらしい。



 翌日、パーラだけを乗せた飛空艇は北へ飛び立った。
 俺とロニはそれを見送り、一先ず安堵の息を吐く。

「行ったか。…ふぅ、朝から騒がしい奴だったな」

「よっぽど一人が嫌だったんだね」

 出発のギリギリまで、俺とロニに着いてきてと猫撫で声で擦り寄ってきていたパーラだったが、頑として頷かなかった俺とロニに、最後の方はほとんどキレていたぐらいだ。
 そんなパーラも無事に空のかなたへと消え去ったので、俺達も屋敷へと戻ることにした。

「ロニ、今日はどうするんだ?また船の…あーヘイムダル号の探索か?」

「ううん、今日は魔導具の方の舟を見ておこうと思って。なんか調子が悪いらしくて」

 俺のいない間に築いた信頼関係が、こうしてロニに大人が相談を持ち掛けてくるわけだ。
 なんだかロニはメカニックとしての成長が期待できるのは、やはり若さゆえの吸収力からか。

「そうか。俺の手伝いはいるか?」

「大丈夫、原因は分かってるからすぐに終わるよ」

 頼もしいな。
 まだ歳一桁の子供なのに、もう一端の整備士みたいなことを言う。

 しかしそうなると、俺は暇になるな。
 最近はこの村の文官も育ってきているそうで、俺に任せる仕事は大分少ないため、今日は休みでいいとレジルからは言われている。

 今俺がこの村で関係がある仕事と言えば、アイリーンのところの事務仕事ぐらいで、他にやることを今は思いつかない。
 魚醤造りは多少関係していると言えなくもないが、あれは今パーラとミーネが中心で動いているため、俺が今から口を出せる段階はとうに過ぎているだろう。

 ならどうするかは自然と決まってくる。
 ここ数日で、俺がする仕事は遺物関連がほとんどだ。
 今日は後回しにしていた、貨物区画に放置されている乗り物を弄るとしよう。
 自分で使うにしろ、売り払うにしろ、調べておくべきことはまだまだ多い。

 最も、あそこにある乗り物の半分以上は飛空艇に載せれるサイズではないので、大半を売り払うことになるだろうが。
 いや、俺が船を所有するならそのまま積んでてもいいが、今のところそのつもりはないので、金に換えるのが一番活用できそうだ。

 朝食を済ませ、ロニと別れて俺はヘイムダル号へと向かう。
 湾を形作っている弧の西側に巨大な船が二隻停泊している光景は、改めて見てみると黒船来航を思わせる迫力がある。
 俺が持ち込んだ船ではあるが、ジンナ村のような小さい村に不釣り合いな巨大船は、場違い感が半端ない。

 もっとも、村人にとっては珍しい船として面白がられているので、村自体から拒絶されてはいないと思うが。

 タラップを上がって船内へと足を踏み入れると、すぐに子供達の声が聞こえてきた
 見ると、少し離れたところにある談話室から飛び出してきたところで、俺と目が合うと先頭にいた少女が話しかけてきた。

「あれ、アンちゃんだ。こんなとこで何してるの?」

「何してるもなにも、この船はまだ俺のもんだ。いてもおかしくないだろ」

 子供特有の純粋な目で言われて苦笑交じりにそう返すが、俺に言わせればお前達がいる方が普通じゃないのだがな。

「お前らこそ、今日も探検か?」

 この子供達はよくロニと一緒に遊ぶ子達で、最近は探検と称して船内をうろついているのをよく見る顔だ。
 今日のロニは船のメンテナンスで忙しいので、彼女らだけで遊んでいるのだろう。

「今日はロニ君がいないから探検はお休み!私達はおばあちゃん達と一緒に来ただけ」

「でね、ばあちゃん達はお話してるから、僕らこれから貝を取りに行くんだよ」

 ねー!と顔を見合わせる姿は無邪気さに溢れていて、見ているだけで和む。

 まだ幼い彼女達は海に潜りはしないが、浅いところにある貝を拾って家の食事の足しとするのが日課のようなものだ。
 この辺りではハマグリっぽいのからムール貝っぽいのまでバラエティに富んだ貝が採れるため、美味いものを食べたいという欲求に子供は忠実だ。
 きっと今日も日が暮れるまで海岸を走り回ることだろう。

 そのまま外へと駆けていく子供達を見送り、俺は談話室の方へと足を運ぶ。
 先程子供達が言っていたが、実はこの船の談話室を村人に一部開放している。
 これは別に請われてというわけではなく、村の老人達がよく船を眺めに近くへと来るため、ずっと外にいては熱中症になりかねないので、それなら中へどうぞと、いう流れから談話室を貸すことに決めたわけだ。

 村人の手を借りて掃除された船内は、使える部屋が大分増えたため、談話室の一つや二つは好きに使ってもらって構わない。
 入って欲しくない階層はヘイムダルがロックしているので、変なところに迷い込むということも無いので安心だ。

 扉が開け放たれたままの談話室を覗き込むと、ソファに座って談笑している老人達の姿があった。
 一つの部屋としては船の中でも一番広いスペースが割かれている談話室に、十人に満たない数となればかなりスペースが余っている。

 ソファの前にあるテーブルには老人達が持ち込んだであろうマグカップとケトルが置かれており、銘々にお茶と会話を楽しむ用意は万全のようだ。

「おやアンちゃん。来とったのか」

 そんな老人達の一人と目が合い、声を掛けられる。

「ええ、今来たところです。皆さんは朝から?」

「おおよ。なんせここは涼しくて老体には過ごしやすうてな」

 老人が言うように、船内は空調が利いているし湿度もコントロールされていて外よりも遥かに過ごしやすい。
 朝からいるのはこの老人達ぐらいだが、昼のクソ暑い時間帯には、村人も船にやってくることが多い。
 ちょっとした避暑地として機能しているわけだ。

「アンちゃんは仕事かい?」

「ええ、船の貨物を色々と見ておかないといけませんので」

「ほう、そうかい。んなら頑張ってな」

「はい、ではこれで」

 軽く顔を見せての挨拶だけで終わらせ、談話室を後にして貨物区画へと向かう。
 エレベーターに乗ったところで、ヘイムダルに大事なことを尋ねる。

「ヘイムダル、俺が来るまで貨物区画には誰も入っていないな?」

『はい。船長の指示通り、二級以上の権限を持たない人物は船内での移動を制限しています。貨物区画は二日前の船長以来、一切の出入りはありません』

「ならいい。閉鎖はこのまま維持しろ。俺かパーラ以外は絶対に重要区画へ入れるな」

『了解しました』

 AIは命令を忠実に守るものだと分かっているが、何かの間違いで人が迷い込むという可能性は排除しきれない。
 とはいえ、あくまでも念のために尋ねただけなので、無いと言われれば無いと考えるだけだ。
 その辺りはヘイムダルを信頼しているからな。

 エレベータを降り、貨物区画へと入ると、当たり前だが二日前と全く同じ光景のままだった。
 最後にここに来た時は、コンテナの中身で衣服や雑貨、日用品なんかに見分けるために目印の色付きの紐をつけて回った。
 コンテナの扉に括り付けたカラフルな紐がピラピラして中々綺麗だ。

 ヘイムダル号の貨物区画には主に一般的な物資がほとんどだが、テルテアド号の方は武器などが満載されたコンテナが多い。
 数少ないながらヘイムダル号にもあった武器コンテナは、とっくにテルテアド号に移してあるので、仕分けも済んである。

 研究者達にとっては武器を調べるのも調査としては重要なことだとは思うが、冒険者としては武器として使えるなら俺達で確保しておきたい。
 こっちの重機類を調べ終わったら、テルテアド号のコンテナを漁るとしよう。

 さて、貨物区画にある乗り物をざっとだが見てみよう。
 バスや乗用車のようなものは用途が分かりやすいので、エンジンが動くと分かるだけでいい。
 いずれ地上で走らせてみたいとは思うが、まだ先の話だ。

 一方で今気になるのは、フォークリフトやクレーン、ショベルカーといった、明らかに工事用と分かる厳ついやつだ。
 大まかな形状から用途は凡そ推測できるが、それも普通に使えないと意味がない。
 既にいくつかの重機は実際に使ってはいるが、今回は手付かずのものに触れていくとしよう。






 いくつか用途不明の重機類はあるが、そういうのは放置することにして、一先ず大半の重機の試乗を終える。
 色々と体験してみたが、どれも流石重機といえるだけの重厚で力強い機能を知ることが出来た。
 正直、ここにある重機類を一通りそろえれば、ちょっとした砦ぐらいなら恐ろしく短い時間で作れそうなので、その辺をセールスポイントにするべきか。

 重機類で遊…試乗はこのぐらいにして、次はテルテアド号の貨物区画へと移る。
 テルテアド号も村人達の手によってきれいにされているが、例によって貨物区画は誰も入らないよう閉鎖されている。

 それに、こっちは談話室を開放していないので、俺以外に誰もいなく静かなものだ。
 武器の詰まったコンテナを漁るという、ちょっと危険な作業をするため、他に人がいないというのは安心できる。

 まずは手始めに一番厳重にロックされているコンテナから手を付けていく。
 一般の物資に比べ、武器が入っているだけあって頑丈そうなコンテナは、ちょっとやそっとじゃ開きそうにない。
 よく日本でも見られる、貨物列車などに載せられているコンテナと似た形と大きさだが、白一色の外観はどこかSFチックな風情がある。

 テルテアド号もヘイムダルが管理しているので、まずは宙空へ向けて声を掛けてみる。

「ヘイムダル、聞こえるか?」

『はい船長。聞こえます』

「今俺の目の前にコンテナがあるのは分かるな?この中身を知りたい」

『少々お待ちください……確認しました。そちらのコンテナには魔導鎧が収められています』

「魔導鎧?それはどんなものだ」

 初めて聞く単語ではあるが、言葉の響きからしてパワードスーツのようなものだろうか。
 あるいは人が乗り込むロボットとかもあり得るな。
 ロマンがあるわ。

 そんなことを考えていると、手に持っていたタブレットの画面表示が更新された。
 見ると、どうやらヘイムダルが魔導鎧に関する情報を出してくれたらしい。

 それによれば、この魔導鎧というのはいわゆるロボット兵のようなもので、与えられた命令に従って活動をする兵器だという。

 全長2メートルの二足歩行型で、手腕で武器を保持することで多彩な戦闘行動を取ることが可能。
 全身が高硬度の金属で保護されているため、生半可な攻撃では活動を停止させることは難しく、スペック上では単独での大気圏突入もできるそうだ。

 ちっちゃいガ〇ダムかな?

 細かく命令を設定すればある程度の自立行動を取ることも可能だが、運用には長距離通信網を活用したAIによるサポートが必須とあり、衛星を始めとしたあらゆる通信網が機能していない現状では、まともに動かてもせいぜいヘイムダル号の周囲数百メートルくらいだろうとのこと。

「なるほど、文明が万全だったら使い勝手のいい兵力だったわけか。この魔導鎧はこの船にどれくらい残ってるんだ?」

『専用コンテナ一つにつき3体が搭載されていますので、合計で36体と数えられます』

「コンテナ一つに3体とは、随分少なくないか?」

 コンテナの容量的には、身長2メートルのロボットならもっと入りそうな気もするが。

『専用コンテナは魔導鎧の完体保全に加え、局地においては懸架調整台としても機能しますので、その機材の分だけ容積は圧迫されています。また、予備部品と動力にも内部容積が割かれるため、3体が格納限界数となります』

 つまりただ中に入っているわけではなく、予備パーツとかも一緒に収められていて、おまけにコンテナ自体も特殊な機能が付加されているから、その分内部容積を取られてスペースは足りなくなっているわけか。

「…一応聞くが、このコンテナを開けることはできないんだよな?」

『開封には軍士官の立ち合いが必要です。船長は正規の任官過程を経ていないため、開封は統括省からの許可を得てください』

 武器という危険な物を管理するには妥当な措置ではあるが、もう存在しない統括省からの許可も、とっくの昔に死んでる軍人の立ち合いも無理である以上、まともな方法ではコンテナを開けられない。

「ちなみに、正規の手順を踏まずにコンテナを勝手に開けたら、俺はどうなるんだ?」

『その場合、船長の行動記録が統括省へと提出され、追って処罰が下されます』

「統括省は通信途絶状態だろう。てことは、俺は誰にも罰せられないんじゃないか?」

『肯定します』

 110番はするが、警察署が無いので警官は来ないという状況だな。
 まぁAIにしてみたら、与えられた仕事をしようとしているのに、命令を出した大元がもういないというのが想定外で、対処にも困るところなのだろう。

 しかし、無理矢理コンテナを開けても直接の罰則が無いというのはいい情報だ。

 早速目の前のコンテナの横腹に回り込み、適当な箇所に手を触れる。
 少し叩いて、装甲がやや薄い部分を確認したら、雷魔術で細く収束したプラズマを造りだす。

『警告。軍用コンテナの付近で高温の物質が発生。誘爆の恐れがあるため、直ちに離れてください』

 船内の状況を逐一モニターしているヘイムダルにとって、突然現れたプラズマ状態の高温物質は、それだけで警戒に足りるもので、事前に用意されていたであろう避難勧告が辺りに響き渡った。
 今は俺以外に誰もいないが、この船が古代文明時代に会った時なら、作業員達が逃げ惑う姿を見ることも出来ただろう。

 当然、今の警告の対象には俺も含まれているのだが、それを無視してプラズマでコンテナの壁をゆっくりと焼き切っていく。

 軍用だけあって、耐熱にも優れているコンテナは一万度に迫る高温にも抵抗していたが、それも長くは続かず、目の前の壁はじわじわと溶かされていき、あっというまにその中身を俺の目に晒してくれた。

 コンテナの中は常時明かりなどついているわけがなく、貨物区画の明かりが届く範囲しか目に出来ないが、それでも中に納まっている機材と、片膝をつく人影は確認できた。
 どうやら騎士のように佇むこの人影が、件の魔導鎧のようだ。

 膝をついているのはコンテナに収まりやすい体勢をとっているからだが、その状態でも高さと幅が一般人よりも大きなものだと分かる。
 稼働状態でもないにもかかわらず、奇妙な圧迫感を感じてしまうのは、やはり兵器だと知ってしまったからだろうか。

 地球ではまだまだ実用化に程遠いロボット兵が、異世界の古代文明ではこうして形となっているのだから、兵器を発達させることに関しては世界が違っても傾ける情熱は同じだということか。

「ヘイムダル、この魔導鎧の動力はなんだ?」

『第二世代以降の魔導鎧は全て重魔力結晶で駆動します』

 他の重機と同じか。
 古代における軽油のようなものと考えれば妥当だ。

 何度か重機への充てん作業で触っているが、250ml缶サイズの魔力結晶でほば全ての乗り物が動くと考えれば、魔力結晶とはなんと古代文明においては汎用性が高い代物か。
 惜しむらくは、今ある分を使い切ればもう在庫の補充が出来ないことだが、そこは今後の研究者達の頑張りで製造可能となることを期待したい。

 魔力結晶に使われているのが未知の素材である可能性を考えれば、この手の研究は錬金術師達が適任だと思うが、問題は製造技術がどこまで量産化に迫れるかだ。
 一年や二年でどうにかなるなど考えてはいないが、この手の技術者の情熱は侮れない。
 時間はかかるだろうが、量産化を実現してくれると信じよう。

 話が逸れたな。
 時を戻そう。

 ともかく、これらの魔導鎧は破損も見られないし、重魔力結晶を充填すれば動きそうではある。
 後で一体だけ動かしてみるとして、次のコンテナを開けてみる。

 今度のも軍用のコンテナだが、魔導鎧が入っていたものに比べると少し小さい。
 というか、このサイズがコンテナとしては一般的で、魔導鎧の入っていたのが特別に大きかっただけだな。

 中身は人間が携帯する小型の武器で、主に銃や剣といったものが入っていた。
 多少形状は違うが、銃身と銃把、引き金と弾倉という構成は馴染みはある。

 これと似たようなものをカーリピオ団地で見つけ、改造したものを俺達も使っているからな。
 大量にあるみたいだし、30丁ほどキープしておくか。

 次に俺が興味を持ったのは剣の方だ。
 全体が黒一色のショートソードといったその剣は、一見すると普通にそこらで買えるものと変わらない。
 しかし流石古代文明の武器だけあって、どえらい機能が秘められていた。

 柄の部分にあるスイッチを押すと、剣からは甲高い音が聞こえ始める。
 実はこれ、剣身が超振動で動いている音で、超振動で切れ味を引き上げてあらゆるものを切断するという、この時代だと考えられない高度な技術が詰まった逸品だった。

 ちなみに動力は持ち主の魔力を使っているため、使いすぎると虚脱感に襲われて失禁するので注意が必要とはヘイムダルの言だ。
 この歳で失禁は嫌だな。

 一応、俺やパーラのように、保有魔力の多い魔術師が使うなら早々魔力切れにはならないので、これは俺達で何本か確保するべき武器だな。
 古代では銃の方が一般的なため、剣の方はあまり数はないが、それでも全体で100本はあるそうなので、これは20本ほど頂戴しよう。

 残りはソーマルガにでも売り払うのがいいだろう。
 下手なとこに流れると大量殺戮が起きそうな気もするので、今の所は信頼できる国に丸投げしとこう。

 武器が詰まったコンテナがそれなりの数はあるが、ほとんどが銃器類ばかりなので、そろそろ見飽きていた俺の目の前に、少し毛色の違うものが現れた。

 他に比べてなんというか、高級感漂うとでも言うのか。
 とにかく何か雰囲気の違うコンテナがあったのだ。

「なんかこれ一つだけ他と違うな」

『そちらのコンテナは特務部隊が管轄する厳重規格箱です。開封には上級将校2名の立ち合いが必要となります』

 つまり他の武器コンテナと比べて、セキュリティレベルはずっと高いわけか。
 さぞや中には凄いものが入っているに違いない。

「中身はやっぱり武器か?」

 特務部隊というのが俺の想像する特殊部隊と同様のものだとすれば、最新鋭の強力な武器を扱っていたはずだ。

『特務部隊が使用する武器として申請を受けています』

 基地を脱出する船に特務部隊の武器が載っているのは少し妙な気はするが、特務部隊の人間が船にでもいたのだろうか。
 あるいは単に輸送するためだったかもしれないが。

 早速プラズマカッターでコンテナをこじ開けて中を見ると、見慣れた銃器と超振動剣がズラリと並ぶ中に、特別に分けてある金属のケースを見つけた。
 やや大き目なアタッシュケースといった形のそれを開けてみると、中には手袋が入っているだけだった。

 金属で補強された灰色一色の手袋は、武器と一緒にあるということはこれも武器なのだろうが、パッと見た感じだとそんな風には思えない。
 試しに一双身に着けてみると、やや重さはあるがフィット感は抜群の皮手袋と言った感じだ。
 物を握るのもいいし、ある程度の細かい作業にも向いてそうだ。

「ふむ、これはいい手袋だ。流石特殊部隊仕様」

 手袋をつけた手をグーパーと閉じたり開いたりして具合を確かめる。
 いや、マジでこの手袋いいな。
 ケースは全体で10個はあったので、何個かをキープするのは決定だ。

『船長、可変籠手の取り扱いにはくれぐれもご注意ください』

「可変籠手?この手袋の名前か?取り扱い注意ってなにを」

『可変籠手は着用者からの魔力伝達に反応して形を変えます。船内での取り扱いには十分に注意を払ってください』

「へぇ、魔力に反応するのか。どれ」

 魔力で変形するとは中々浪漫がある。
 試しに手袋に魔力を通してみると、金属部分が増殖するように蠢いて、あっという間にその形を変えていく。

「おお!すげぇ!ロックマ〇みてぇーになっ―」

 特に意識していなかったが、自動的に手首の先から伸びるように筒状の形になった可変籠手は、次の瞬間、その先端部分から猛烈な衝撃波を撃ちだした。

 自動車が衝突したような激しい轟音と共に、一気に舞い上がる埃。
 そして、目の前にあった壁が遠ざかっていく。
 同時に、俺の背中を何かが激しく叩きつけてきた。

 肺の空気が一気に押し出され、全身が感電したような激しい痛みに襲われ、一瞬意識が飛びかけた。
 混乱した頭を何とかなだめ、今の俺の身に起きたことを分析してみると、どうやら吹き飛んだのは壁の方ではなく、俺自身だったようだ。

 可変籠手から発射された衝撃波は、前方へと向けられたためにコンテナ内にいた俺の体を後ろへと押し飛ばし、結果として別のコンテナに背中から飛び込んだ形になってしまった。

「げぇっほ!オえっ…くそ、背中いてぇ…」

 体がバラバラになるんじゃないかという衝撃を受けて、自分の体の様子を探ってみるが、幸い骨折してはいないようだが、どこかの骨にひびぐらい入ってそうな痛みが続いている。
 下手をしたら背骨をやっていた可能性もあり、四肢が何とか動くのを確認できたことにひとまず安堵した。

 俺をこんな風にした犯人である可変籠手を恨めしく見つめるが、あの後すぐに形が戻ったようで、今は普通の手袋常態になっている。
 詳しい説明を聞かないで魔力を通した俺が悪いのだが、ことが終わってこうして手袋常態に戻っているのを見ると、なんだかしらこいてるように見えて、ちょっとイラっとくる。
 まぁ物にイラついても仕方ないのだが。

『船長、お怪我はありませんか』

「…無いように見えるか?」

 そんなはずはないのだが、呆れているように聞こえるヘイムダルの声に、少しだけバツが悪くなって素っ気なく返してしまう。

『深刻な外傷は負っていないと見受けられます』

「ああそうだよ、今すぐ死ぬって怪我は無い。…ちっ、とんでもない武器だな、こいつは」

『可変籠手は着用者の意思が籠った魔力からその形態を判断し、登録された形態を組み合わせて武器の形をとります。今回は、魔力の瞬間膨張を利用した波動浸透砲を形成したと思われます』

 たった今起きた出来事を分析するヘイムダルは、可変籠手がどういう機能を発揮したのかを教えてくれた。
 どうやら俺の魔力に反応して、プリセットの形態を組み合わせてあの砲身を作り出したようだが、だとしたら迂闊に魔力を可変籠手に送るのは危険だ。

 何か安全装置のようなものは無いのかとヘイムダルに尋ねると、普通にあると答えた。

『装着した状態では、手首の内側に三角の模様が現れているはずです』

 手首を返し、内側を覗き込むと確かに三角の模様があった。

「おう、あるぞ」

『それを三度軽く叩くと、魔力に反応しない状態に移行します。解除時は同様に三度叩いてください』

 言われた通りに三度叩くと、魔力を通しても変形しないようになった。
 これで暴発の心配がなくなって一安心だ。

 軽く息を吐き、立ち上がろうとして地面に着いた手が、力の入らない状態だと今気づいた。
 何故と原因を探すとすぐに分かった。
 俺の肩が外れているのだ。

 衝撃で痺れて痛みを忘れていたが、気付くと途端に痛み出した。
 どうやらあの砲撃の勢いをダイレクトに肩で受け止めてしまった結果、こうして抜けてしまったわけか。

 外れた肩は今はどうしようもないので、とりあえず磁力で体を持ち上げて何とか立つ。
 この状態だとコンテナの調査をこれ以上続けるのは無理なので、一旦村に戻って肩を嵌めなおすことにしよう。
 その後で、散らかった貨物区画を片付けないといかん。

 散乱した物をそのままにして離れるのは心苦しいが、それをぐっと飲みこんで貨物区画を後にした。

 さて、まずは村で誰か人を探すとしようか。
 肩を入れる技術がある人がいるといいのだが。

 簡単な調査だけで済ませるつもりだったが、散らかすわ怪我はするわで今日は散々だ。
 なんだか妙に疲れたし、まだ日は高いが今日はもうここまでにするか。

 やはり遺物調査は一筋縄ではいかないな。
 古代文明の罠、実に手強い。
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