世の中は意外と魔術で何とかなる

ものまねの実

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研究者の情熱はロケット並み

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 変人との邂逅というのは、得てして自分のキャパシティを超えた驚きでフリーズしてしまいがちだが、アミズとの出会いもまたその例にもれず、戸惑いの中でのこととなった。

 蛇のようにパーラへ絡みついていたアミズをどうにか引きはがし、ゼビリフの手を借りて軽く片付けたテーブルに四人で着くと、ようやく落ち着いたアミズに、俺とパーラも名乗ることができた。

「さっきは悪かったわね。興味のあることになると、どうしてもこう、なっちゃって」

 そう言いながら自分の顔を挟むようにして手を添えるアミズ。
 視野が狭くなると言いたいのだろうが、その仕草が向く先にはパーラがいて、再び視線が向けられたことでパーラはビクリとなって俺の背中に隠れてしまった。
 よっぽどさっきのギラギラした目で言われた人体実験という言葉がショッキングだったらしい。

「ちょっちょっと!そんな隠れないでよ!もう実験させろなんて言わないから」

「…ほんと?」

「ほんとほんとほんと」

 変人とは聞いていたが、さっきの姿を見たら納得できるものの、こうして話をしてみると道理は通るし、パーラに謝っているところにはちゃんとした常識を備えているように思える。
 柔和な笑みを浮かべるアミズは、研究者としては比較的まともな部類にはいるのかもしれない。

「…今は」

 そうでもないな。
 ボソリと呟いたアミズの言葉で、こいつは諦めの悪い探求心を持ち合わせた根っからの研究者であり、この口ぶりから実験は諦めていないことが分かる。
 警戒しているパーラを見て、今は抑えているがまだ実験の機会をうかがっているのは、目の奥にある鋭い光から伝わってくる。

「それで、君達はどんな用で私に会いに来たのかな?…私に用があるのよね?ゼビリフ、どうなの?」

「いや、そんな不安そうな顔しないでよ。大丈夫、合ってる。二人はアミズに用があるんだ」

 ある程度事情を知っていて、義理でも姉弟だけあってゼビリフの方がアミズも話しやすいだろう。
 説明は彼に譲り、こちらは訂正があれば加える程度でいい。

 かくかくしかじかと話されたものに、アミズはやや興奮の面持ちを見せるが、何やら考え込む仕草も見せ始めたのは、研究者としての冷静な視点を失わずにいるからか。

「…新しい加護持ちの誕生か。何年ぶり?」

 神妙そうなアミズの呟く声に反応したのは、やはり同じく知識層にあるゼビリフだ。

「記録に残っているのだと、最後に確認されたのが確か二十年ほど前だよ」

「そんなに前ね。どんなのだったかしら?」

「確か方角を見失わないってやつだね」

「あぁ、絶対に南が分かるっていう?役に立たないわけじゃあないけど、使い道が随分と狭い」

 絶対方位感とでも言うのか、あって損はしないが何に使えばいいのか悩むレベルの加護もあるようだ。
 加護というのはもらう側は選べず、その内容はピンキリで、大体は日常で使いどころのないものが多いとも聞く。

 しかし、南が分かるというのは船乗りにしてみたら喉から手が出るほどに欲しいものではなかろうか。
 この世界では北極星があるのかは分からないが、指針のない海の上では頼りになることだろう。
 もっとも、今は普通に方位磁石が手に入るので、さほど重要でもない気はする。

「しかし、加護を貰ったからって普通こうなる?パーラだっけ?あなた、本当に普人種なのよね?」

「へ?あぁ、うん。獣人種でもエルフでもないよ。これも、ある日いきなり高熱で倒れて、治ったらこうなってた」

 急に話の矛先を向けられ、少し慌てた口調になったパーラだが、今度はアミズも真剣な目をしていたからか、先程のような怯えはないように思える。

「転真体って言ったかしら?聞いたこともないわね。ゼビリフは?」

「僕も初めて聞いたよ。けど、僕達の知らないことも妖精達なら知っててもおかしくはないでしょ。逆もまたあるだろうけど」

 学園という知識の宝庫にいるゼビリフ達をして未知という転真体は、やはり発生自体が稀なことで妖精達のみの知る存在となっているのだろう。

「ふぅむ、実に興味深い。アンディ、その転真体ってのはどこに行けば会えるの?私もこの目で直接見てみたいわ」

 やはりというか、研究者の血がうずいたようで、アミズが鋭い視線と共に予想通りの言葉を俺に投げかけてきた。

「あぁ、そりゃ無理です」

「…なんでよ?」

 突き放したような物言いになってしまったが、こればかりはしっかり言っておかなくてはな。

「そういう約束なんで」

「約束?その転真体ってのと?」

「いえ、妖精の方とです」

 実はリッカとシェスカから、転真体の居場所についてはあまり広めないようにと頼まれている。
 もっとも、リッカの方は不機嫌そうに口を尖らせていたが。

 元妖精への誼で転真体が穏やかに暮らせるようにという配慮と、下手に人が手出しして暴れられたら困るという、二つの理由からのことだった。

 タミン村にも、話を広めないようにとリッカが強く頼み込んでおり、妖精に崇拝染みた思いを見せた村人達の様子から、頼みを無碍にはしないと信じよう。

 転真体と直に対面した身からすれば、確かにあれにちょっかいをかけて怒りを買いでもしたら、あの辺り一帯は焦土になりかねないし、最悪、国が一つ滅ぶことも考えられる。
 触らぬ神に祟りなしという言葉がこれほど相応しい相手もいまい。

 アミズが愚かにも…ということではなく、接触の機会自体を減らしておけば万が一もないとの安全策に過ぎず、そのため俺の口からあの場所を教えることはできないのだ。

「なに?そういう契約でも結んだの?妖精も抜け目ないわねぇ」

 契約なんぞ結んではいないが、そう思わせても構わないと思ったので訂正はしない。

 しかし、意外なほどあっさりと引き下がったのは、妖精が背後にいるということを聞いたからだろうか。
 ウォーダンのおかげで妖精の最新情報が更新されたとはいえ、まだまだ分からないことの多い不気味な存在であることに変わりはない。

 その妖精が絡んでいるということで、アミズにも奇妙な説得力を与えたのは、色々と推察をしてしまう頭のいい人間の性なのかもしれない。
 アミズ、やはり優秀だな。

「ま、転真体のことは一先ずいいわ。まずはこっちの方を調べましょう。パーラ、いくつか質問をするから、なるべく正確に答えてね。答えられないこと、わからないことはそう言ってちょうだい」

「あ、はい」

 そう言って書き取りのためにか、羊皮紙の束を手にしたアミズが、パーラの傍へと椅子を移動させて座る。
 転真体の方はスッパリと切り捨て、手近な興味の対象であるパーラへとターゲットが移ったようだ。

 まだ加護の封印まで話は行っていないせいか、どうもアミズはパーラが分析のためにやってきたように誤解しているのではないか?
 その辺りを言おうとしたが、ゼビリフに視線で制された。

 どうやら彼なりに順序を考えているようで、まずはアミズの行動を静観しろと、そう言いたいようだ。
 まぁこの場では頼りにする相手だし、聞きたいことを先に吐き出させておくのも悪くないだろう。

「ふむふむ、四日ほど高熱が続いたと」

「まぁ酷い高熱は最初の一日ぐらいで、あとはそこそこの高熱が続いたって感じだけど」

 アミズがペンを動かし、羊皮紙に何かをスラスラと書き込んでいく。
 返ってきた答え以上の量を書き込んでいく様は、まるで医者がカルテを作っているかのようだ。

「なるほど。…今は味覚や嗅覚に変化は?」

「鼻はよく利くようになったかな。味覚は変わってないと思う」

「ほうほう。狼の系統の獣人ならそうだろうね。……月のものは?周期に変化があったりとか?」

「う…ちょっと耳を」

 問診のようなものがいくつか続いたが、パーラの生理周期にまで質問が及ぶと流石に恥ずかしくなったのか、俺とゼビリフに聞こえないようにとアミズへ耳打ちをする形に変わった。
 そりゃそうか。
 女の身からしたら、男に聞かせたい話でもない。
 そこは男ながらに理解はできる。

「違和感は覚えるが変化なし、と」

 しかしパーラのそんな努力も、アミズが普通に口に出してしまったせいで意味のないものに変わる。
 そういうところだぞ、研究者。

「ふむ、大体わかった。それで、君はこの加護で出来ることの上限を知りたいのね?なら、ちょうどいい。つい先日、なじみの職人が作り上げたとっておきの―」

 一通りの聞き取りが済んだのか、椅子から立ち上がると乱雑に積まれている荷物の中をあさり始めるアミズだったが、俺達が望む加護への対応とは若干のずれがありそうだ。

「あ、違う違う。アミズさん、違うよ?」

「ん?違うとは?」

 パーラが急いで訂正すると、今にも崩れそうな荷物の山から体を引き抜き、こちらへと怪訝な顔を向けるアミズ。
 頭のいい彼女なら、パーラが加護の封印を望んでいると察してもらえるとなんとなく思っていたが、やはりちゃんと言葉にしないと伝わらないか。

「俺達がここに来たのは、パーラが普人種の姿に戻れるよう、加護を封印するためなんですよ」

 ここでようやく本来の目的を告げることができたのだが、それを聞いたアミズの表情は驚愕に染まった。

「……正気?加護を封印する?君達はあれか。加護がどれだけ貴重なものか理解してないの?」

「いやいや、分かってますよ、それぐらい」

 妖精からの話以外にも、手持ちの文献からそれっぽいのを見つけることができ、この世界での加護のレアリティについては一般常識程度には学んだつもりだ。
 その感覚で言えば、加護を封印するのは相当に勿体ないというのも分かった。
 例えるなら、賄賂のあてを政治家が手放すようなものだと言えばわかりやすい。
 つまり絶対にありえないということ。

 望む者は多くあれど、手にできたのは偶然と運に恵まれたごく一握り、いや、一つまみと言っていいほどに少ない。
 それを手放そうというのだから、アミズのこのリアクションの方が普通で、ゼビリフがたんぱくだったのが意外なくらいだ。

「俺もアミズさんの言ってることはわかりますが、当事者であるパーラが望んでますんで、聞いてやらにゃならんでしょう」

「そうかもしれないけど、加護を封印なんて…ぶっちゃけ、勿体ないわよ?」

 そこからしばらく、加護がいかに貴重で珍しいか、ついでにどれほどいい研究対象なのかも混ざったアミズの説得が続いた。
 しかし、パーラの意志が固いことを悟り、渋々だが封印の助力を約束してくれた。
 その代わりというのか、処置を施すまでの間、パーラの体に起きている変化のデータ的なものをとりたいというので、痛いのはなしという条件の下で承諾した。

「それにしても、封印に関することだから私のとこに来たんだね。ゼビリフの差し金?」

「差し金とはひどいな。古典魔術ならアミズ以外、誰が適任だって言うんだい?それだけのことさ」

「まぁね。自慢じゃないけど、封印術なんてカビの生え過ぎで化石みたいな技、私以外に詳しい奴はいないわね。唾液、もらうわよ。口開けて」

「んがー」

 ゼビリフを助手代わりにして、パーラの唾液の採取を行うアミズは、流石研究者だけあって手慣れたものだ。
 検体として一通りを採取されるパーラは大人しく従っているが、ちょっぴり怯えた目からは、まだ一抹の恐怖心が残っているのが分かる。

「はい、ありがと。次は毛を少しもらうわ。…腕でいいか」

「あいたー!?ちょっとアミズさん!痛いのなしって言ったじゃん!」

 獣人化によって毛深くなっていたパーラの腕から、躊躇いもなく毛をむしり取る姿は、平然とし過ぎていてちょっと怖い。
 これぞまさしくモルモットに対する扱いか。

「これぐらい痛いのに入んないでしょ。ゼビリフ、そっちの皿に腕の毛って書いた紙切れ載せといて」

「腕って表記、いるかな?」

「何事も詳細に残すべきよ。…こんなもんかしらね。さて、それじゃあ本題に行きましょうか」

 テキパキと標本作りに励むアミズ達だったが、一通りが終わったあたりで封印術についての話が始まった。

「先に言っておくけど、封印術で加護をどうにかするってのは恐らく可能よ。けど、実際にやるのは私も初めてなの。だって、加護持ちなんてそういるもんじゃないでしょ?」

「そりゃまぁそうでしょうね」

「そういうわけだから、理論だけは知っている頭でっかちがいきなり実践に移る以上、失敗もあるって思って欲しいわけ」

「失敗って、そうなったら私はどうなるの?まさか死…」

「まさか。せいぜい、何日か魔力が使えなくなるってだけ。命の危険はないはずよ」

 命の危険がないことに、ホッと胸をなでおろすパーラだったが、俺としては加護というのが超常の力によって齎されたにしては、封印の際に被るデメリットが少ない方に驚いている。
 大抵、強大な力をどうこうするには相応のリスクがあるものだが、加護に関してはそうでもないということなのだろうか。

「封印処置に際して、使うのがまずはこれよ」

 検体の採取の前に用意したのか、アミズが白衣のポケットから金属製の名刺入れ大のケースを取り出す。
 蓋を開けると、そこには何やら楕円形をした陶器と思われる質感の灰色の物体があった。
 まるでライフル弾のような形状のそれが、封印の際に使う道具だと言うが、使い方が全く見当のつかないだけに、好奇心がそそられる。

「これは『ファイマンの廃骨』と言って、古代の魔導文明期に使われていた祭器になるわね。詳しい説明は長くなるから、気になったら学園の蔵書室でそれっぽい本で読んでちょうだい」

 投げやりともとれるアミズの言葉ではあるが、道具は使い方を知っていればいいので、長々と語られるよりはこういう方が楽でいい。

「全体の流れとしては、さっき採った唾液で、まずはパーラの魔力の質を廃骨に覚えさせるの」

「あ、さっきのってそれで使うんだ」

「唾液の方はね」

 DNA検査でもないのに唾液など何に使うのかと思っていたら、そのファイマンの廃骨とやらに使うためのものだったようだ。

「加護ってのはいわば後付けの魔力装置のようなものでね、今は本来のパーラの魔力と半端に馴染んでいるせいで、その姿になるんだと予想してる。そこで、この廃骨で加護とパーラの魔力とを一時的に分離させれば、パーラの自己防衛意識が加護を活性化している方の魔力を抑え込むようになるはずよ」

「それって、私の意識が封印に作用するってこと?」

「その認識であってるわ。封印自体はこっちで魔道具を使ってやるけど、実際に加護が肉体に影響を及ぼさないように抑え込むには、パーラがそう望む強さにかかってるの」

 加護というのは人の手に余るものであるという認識だが、しかし同時に、持ち主を守るというものでもある。
 その持ち主がいらないという思いを強く持って抑え込むのなら、封印もできるのかもしれない。
 しかしアミズの言いようだと、封印というよりも抑制と言った方がしっくりくる気がするのは俺だけだろうか。

 その後も説明は続いたが、後半に行くにつれて専門用語が増えていき、理解できるのが半分を切った時点で、俺は考えるのをやめた。

「―て感じね。じゃあ早速やってみましょうか」

 専門用語を理解できないせいで彫像のようになっていた俺達だったが、アミズの説明が終わったことで意識が現実へと戻ってこれた。
 どうやらようやく封印処置へと移れるらしい。

「ゼビリフ、そっちはどう?」

「大丈夫、廃骨の方は上手くいったよ」

 説明しながら廃骨にパーラの魔力を覚えさせる作業も並行していたのか、少し離れたところにいたゼビリフが準備完了を告げてきた。

「パーラ、これから封印術を施すけど、心の準備はいい?」

「勿論!いつでも!」

 やっと元の姿に戻れると分かり、満面の笑みを浮かべたパーラの嬉しそうな返事が室内に響く。
 ここまで来るのに、三日ほどと意外に早かったのだが、気持ち的にはもっと長く感じる不思議さよ。
 濃かったからな、これまでの出来事が。

「よし、じゃあケツ出して」

「……え?」

 …気のせいか?
 なんか今、アミズの口からとんでもない言葉が飛び出したような。
 幻聴かとも思ったが、パーラは目が点になってるし、俺だけにしか聞こえなかったというわけではなさそうだ。

「いや、え?じゃなくてケツ。正確にはお尻の穴、肛門を出しなさい」

「えぇっ!?なんで!?やだよそんなの!恥ずかしい!」

「なんでって、この廃骨は肛門から挿入するやつなの。あ、もしかして初めて?安心して。潤滑液はちゃんと用意してあるから」

 アミズがそう言ってゼビリフから手渡されたカップを軽くゆすると、タッポイタッポイという粘性の強い液体の音が聞こえてきた。
 音だけならローションっぽいが、異世界にもそういうのがあるのかと少し感心してしまう。

「え…お尻って、嘘でしょ?」

「嘘じゃないわよ。ちゃんと記録としてそういう使い方と効能が残ってたんだもの。貴重よ?古代魔導文明期の記録で、あそこまで詳しく残ってたのは」

 いたって真面目な顔のアミズを見るに、あれが肛門から投与するという、いわゆる座薬的なものだというのは嘘や冗談ではなさそうだ。
 そう考えると、あのライフル弾のような形状は、座薬と言われれば納得できるものがある。
 地球でも、よく座薬タイプのものは使われていたので、今よりも高度な文明でも、魔道具としてそういう使われ方があってもおかしくはない…のか?

「いやでも…他に!他になんか方法はないの!?例えば、口から飲むとかさ!」

「ダメよ。魔道具は用法容量を守って正しく使わないと」

 薬みたいに言うな。
 それってほんとに魔道具なんだよな?

「うー…どうしても?」

「嫌ならいいわよ。けど、他に加護を封印するやり方なんて私は知らないから、例の三割がないように祈るのみね。ま、私としてはそっちの方がいい研究材料になるから歓迎だけど」

「~~ッッわかった!もうそれでいいから、パッとやっちゃって!あと!アンディ達は外に行って!」

 アミズが最後にぼそりと呟いた不穏な言葉が後押ししたかは分からないが、パーラのやけくそ気味な決断によって、処置が進められることになった。
 当然ながら、年頃の乙女としては男にケツを晒すのはお断りというのは理解できるので、俺とゼビリフは研究棟の外へ出る。

 処置が終わるまでの間、待っているだけなのも暇だったので、世間話感覚でゼビリフに教師としての仕事はいいのかと尋ねると、今日の受け持ちの授業は午前で全部終わったので、後は暇な事務仕事があるだけだという。

 いや仕事があるんじゃねーかと思ったが、遠くを見るような目をするゼビリフの立ち姿に漂う哀愁から、その事務仕事からの現実逃避のためにこうして俺達に付き合っているようではある。
 結局後回しにしてるだけなので、いつかはやらなくてはならないという現実はあるのだが、気持ちはいくらかわかるので追及はしないでおく。

「しかしアミズさんて、かなり優秀な研究者なんですね」

 暇なので、世間話でもとゼビリフに尋ねるのは、アミズの研究者としての優秀さについてだ。
 知識と探求心を持ち合わせた優れた学者であるというのは、この短い時間でも十分に伝わっている。

「いきなりどうしたんだい?まぁアンディ君の言う通り、確かにアミズは優秀だよ。何せ、あの若さで十七賢人の一人として名を連ねてるんだもの」

「十七賢人?」

「おや、知らないのかい?まぁ君はペルケティア教国の人間じゃないから仕方ないか。十七賢人てのは、あらゆる分野で著しい功績を挙げた人に与えられる賢者の称号を持った人達を指しているのさ。ペルケティアが公に認める賢者は十七人までとされているから、そう呼ばれるわけだね」

「へぇ、賢者ですか。…もしかして、強力な魔術師の集団とか?」

 日本から転生してきた孫がいたりするのだろうか。

「なんだいそれは?賢者というのは功績によって与えられる称号であって、魔術師だけを指すものじゃあないよ。まぁ魔術師で賢者の称号を持っているのもいるけど、大多数ではないね。アミズ自身も魔術師じゃないけど、彼女は古典魔術の研究を進めるうえで、いくつか古代の魔術を復活させたのが功績と認められ、賢者の称号を与えられたんだ」

 そりゃそうか。
 賢者イコール攻撃も回復も使える魔法使いというのは、某ゲームの功罪だな。
 勇者が称号ではなく職業になっているのと同じ現象だ。

「しかしそうなると、アミズさんはなんでこんなとこに研究棟を構えているんですか?功績があるなら、もっと目立つところに置きますよね、普通は」

 学園の中でも目立たない、まるで隠すかのようにある建物を研究棟としているのは、賢者に対する扱いとしてはいかがなものか。
 学園側も、所属する研究者の功績を誇るのなら、もっと人目に触れるようにするものだろうに。

 もしかしたら、本人がここを望んだとか?

「んー、そこは身内の恥とでもいうか、やむを得ない処置というか…。あそこ、見てごらん」

 悩ましそうに顎をしゃくって見せた方向には、開けた空間と焦げた地面があった。

「…火事ですか?」

「いや、爆発痕だよ。優秀な研究者っていうのは、得てして好奇心も旺盛でね。あそこもアミズが少し前の実験で、洒落にならない爆発を起こしたんだ」

 痕跡が奇麗に円を描いていることから、放射状に炎が広がった爆発を予想できるが、焦げ跡が直径5メートルを超えているのを考えると、爆風の及ぶ範囲はかなりのものになったはずだ。

「ひょっとして、アミズさんがここにいるのは隔離されて…?」

「そういうこと。アミズは学園に来てすぐの頃に、勝手にやった実験で校舎を半壊させてね。学園側も本音ではもっとアミズを表に出したいところだけど、危険な実験をバンバンやるもんだから、何かあったときに被害の出ない場所を割り当てるしかなかったってわけだ」

 優秀で決断力があるだけに、迷惑な女だな。

 それにしても、アミズの実験の痕跡をこうして目にしてしまうと、今パーラに施されている封印も、失敗するのを想像できる余地が大きくなってきてしまう。
 失敗しても命の危険はないのだが、それでも成功した方がいいに決まっている。

「大丈夫ですかね。いや、別にアミズさんを疑っているわけじゃないんですがね、こうして失敗の痕跡を見てしまうとどうしても…」

「気持ちはわかるけど、大丈夫だよ。確かにアミズの実験は失敗することもあるけど、それ以上に結果も残してるんだ。それに、全体的に見れば失敗する方が少ないしさ」

「その分、失敗したら被害が大きいってやつですね」

「否定はしない」

 有能であるだけに、実験には大きな成果を望めるが、犠牲もまた大きい、と。
 ハイリスクハイリターンと言えばいいのか、しかし失敗自体が少ないなら許容できるかもしれない。

「けど、封印術みたいな繊細な処置は、アミズじゃなきゃ無理だしね」

「そうなんですか?」

「ああ。言ってなかったけど、アミズは魔眼持ちでね、人体の魔力の流れを読み取るのがとにかく上手い。そのおかげで、パーラ君の加護の封印もできてしまう」

「あの廃骨ってやつのおかげでは?」

「あれもアミズの研究の成果さ。過去に発掘されたファイマンの廃骨の原本を、ほぼ完全に複製できるのは、今のところアミズだけだしね。使い方も彼女が一番分かってる。魔眼と廃骨、同時に扱えるからこそ、今回の処置ができるってわけさ」

「ははぁー、なるほど。…もしかして、初対面でパーラに飛び掛かった時も、魔眼で何か見抜いていたからですかね?」

「それはあるね。魔力を読み取るということは、幽星体とのずれも見抜けたかもしれないし」

 やっぱりそういうことか。
 初めてアミズと会った時、まだよく知らないパーラにああまで興味を示したのは、魔眼の力で幽星体と肉体の違いに気付いたからだったようだ。

 ―アッー!

 そうしていると、建物の中から悲痛な叫び声が聞こえた。
 声の主は当然パーラで、あれは座薬を投与された瞬間のものだろう。
 大抵の奴は、ケツに異物を入れられるとああいう声を上げるし。

「始まったようだね。…そういうものだと言われては仕方ないが、正直、自分の尻にあれをされるのは御免だね」

「同感です」

 今頃、パーラのケツはアミズによって蹂躙されているとは思うが、これも必要なことであるし、パーラ本人も認めたことではあるので、何とか耐えて欲しい。
 助けはない。

「あ、そうそう。ちょっと聞きたいんですけど、シペアはアミズさんが変わり者で有名だって言ってたんですよ。なんでですか?確かに変わったところはありましたけど、あれは十分常識の範囲だと思うんですが」

「そのことか。まぁ確かにアミズは変人で有名だね。彼女は魔眼で変わった魔力の持ち主を見つけやすいんだ。だから、新入生の中に固有魔術師なんかを見つけてしまうと、いきなり実験を持ちかけたりすることがしょっちゅうでね」

 学園には魔術師の卵が多く集まるが、中には意図して集められた固有魔術師もそこそこの割合で混ざっている。
 魔眼で普通とは違う魔力の質を見つけたアミズが、入りたてホヤホヤの新入生に迫る絵を想像すると、変人のレッテルを張られるには十分に思える。

「実験台にしようと迫っているところを見た人の噂によるものと?」

「有体に言えばそうだね」

 そりゃ変人の噂も広まるか。
 ただ、フレッシュな新入生に壁ドンか顎クイをするアミズという絵を想像すると、少しだけこう、なんかクるものはあるな。
 アミズも普通にしてれば顔は悪くないし、年も多分まだ20台のはず。

 異世界おねショタか……なくはないな。
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