私のこと好きだったの?

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遅れた登場

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「わ、分かりました。モーティマー公爵家に行きます」


 ホッと安堵の息を吐いた公爵を横目にお父様に心配されるも、お父様が一緒なら大丈夫だと言うと抱き締められ額にキスをされた。人前で恥ずかしい……!


「だ、旦那様!」
「うん?」


 声が飛んで来た方をお父様が振り向くとマリンが慌てて駆け寄った。


「モーティマー公爵家へ向かわれるなら、お嬢様の着替えだけでもさせてください……!」


 ふむ、と漏らしたお父様は下を向くなり私を降ろした。


「いくらでも時間を掛けていいぞ」
「ルチアーノ様ってば、またそんなことを」


 呆れるモーティマー公爵だが、私が着替えることには賛成のようで、快く送り出してくれた。マリンと一緒に部屋に戻り、隣の衣裳部屋に入った。


「ありがとうマリン」
「いいえ! 旦那様ってば、ご自身の服装に拘りがないせいでお嬢様の服装にも無頓着だなんて」
「この間、アークラント伯爵家で着ていたドレスにする? あれなら、多分問題はないよ」
「そうしましょう!」


 一度しか袖を通していないドレスは他に沢山あるものの、赴く場所が場所なだけに見劣りしないのはあのドレスしかない。マリンと協力し、急いで着替えを済ませ、頭に瞳の色と同じリボンを結んで玄関ホールへと戻った。先に気付いたのは公爵、次にお父様。振り向いたお父様が両手を広げるものだからそのまま腕の中に飛び込んだ。あ、と思った時には遅く抱っこをされていた。


「似合ってるなマルティーナ」
「ありがとう。って、何で抱っこするの。習慣でつい行っちゃったじゃない!」
「良いだろう。お前をこうやって抱き上げられるのも、後数年で終わるんだ」
「ううっ」


 私の年齢は六歳。確かに後数年もすればもっと大きく成長し、お父様に抱っこをされる回数は激減する。抱っこをされるのは日常なのでできなくなると考えると寂しい。ギュッと抱き付くと背中をポンポン叩かれ、歩き出したのを感じた。外へ出ると待機させられているモーティマー公爵の馬車に乗り込み、公爵も乗れば馬車は発車された。
 引き続き抱っこをされたままの私は公爵に背を向ける形で二人の会話に耳を傾けた。


「ぼく、ルチアーノ様のことだからてっきり途中で子育てに飽きると思っていましたよ」
「お前といい、スレイといい、おれをどんな人間だと思ってる。途中で飽きるくらいなら子供は作ってねえよ」
「ええ、ええ。なので驚いています。マルティーナ様の様子を見ているだけでルチアーノ様に大切にされていると感じられます」


 実際大切にされているので反論はない。


「ラナルド。第二王子殿下は、マルティーナと婚約させられそうになっている件についてどう思っているんだ?」
「あくまでぼく個人の感覚ですけど、口には出さないが本心では嫌がっている、かと」
「へえ」
「政略結婚が嫌なのもあるのでしょうが……恐らくサンタピエラ伯爵令嬢に片想いしているせいでしょうね」
「サンタピエラ伯爵令嬢?」


 貴族の事情に疎い私は、勿論名前についても疎い。ほぼ知らないと断言していい。初めて聞いた名前に反応し身体ごと振り向いた。
「例の神聖力を持って生まれた娘か」と呟いたのはお父様。もしかして有名な人?


「ええ。サンタピエラ伯爵令嬢は、生まれつき神聖力を持った聖女の可能性を秘めた女性です。殿下は大聖堂でご令嬢に出会い、一目惚れをしたようですよ」
「伯爵令嬢なら王族に嫁げる最低条件を満たしてますよね?」
「以前も話した通り、ルチアーノ様に貴女という娘が生まれた以上、どこの家を差し置いても陛下は貴女を王家に引き込みたいと考えています。本当なら王太子殿下に嫁がせたいようですが、殿下には既に婚約者がいらっしゃいます。王命で婚約破棄をさせようものなら、彼女の実家が黙っていないでしょう」


 何より年齢が十も離れているのは私とて御免だ。年齢差は大事。


「クロウリーがマルティーナに拘る理由として、前にアークラント伯爵と話してな。魔導研究所の運営に口を挟みたいのが本音か?」
「これについては、ぼくも以前から陛下に進言していましてね」


 家を継がなかったり、婿入りする予定のない令息の人数が増えた影響で貴族だけで構成される騎士団の第三部隊が飽和状態になっていると公爵は話す。前にアークラント伯爵が話していたのと同じだ。そして彼等の就職先として魔導研究所に目を付けた陛下の策は、お父様の妨害によって終わった。


「他の部隊に回そうにも、剣や魔法の腕が今一つな者を入れる余裕はないとどこの部隊長も受け入れを拒否しています。知識のない者を文官には回せない。結局、ルチアーノ様の言う掃き溜めに置くしかないのが現状です」
「情けねえなあ」
「騎士団に多額の寄付をして下さっているのが彼等の家ですからね」
「誰か他に解決策を講じる奴はいないのか」
「いたら誰も頭を抱えません」
「はあ」


 特大の溜め息を吐いたお父様。よしよしとお腹に回っている腕を撫でた。室内の雰囲気が若干重くなった気がして話題をサンタピエラ伯爵令嬢に戻すこととした。


「サンタピエラ伯爵令嬢ってどんな人?」
「知らん」


 即答……!
 知ってそうなモーティマー公爵に視線を向ければ、快活明朗で非常に向上心の強いご令嬢だと話された。神聖力を持って生まれる人間は極僅かで傷病を癒せるのはその力を持っている人だけな為、非常に貴重な魔力とされている。王国で神聖力を持っているのは二十人に満たない。少ないのか、多いのか、私にはよく分からないが一つの国が有する人数としては多い方だとお父様が追加説明をした。


「人間以外の種族でも持てる性質なの?」
「エルフは全員扱える。ハーフのおれでもな」


 ということは、お父様の娘たる私にも使える。まだまだ魔力操作と簡単な魔法の訓練しかしていないから神聖力の特訓はもっと先になる。


「サンタピエラ伯爵家は大聖堂と関わりが強く、ご令嬢は未来の神官長になるべく、現神官長のもとで特訓中です。仮に陛下がヴィクター殿下とサンタピエラ伯爵令嬢の婚約を許したとしても、伯爵家や大聖堂側が断るでしょうな」


 万が一にも国王陛下は私以外の相手を第二王子殿下の婚約者にするつもりはないだろうけど。
 お喋りをしている内に馬車はモーティマー公爵邸に到着。外観や大きさで言うとアークラント伯爵家の二倍はある。さすが公爵家。因みに我が家の屋敷も十分大きい。お父様は屋敷を小さくして温室や庭の面積を大きくしたいとよくぼやいてはテノールさんに止められている。

 先に降りたお父様に差し出された手を取って馬車を降りると、初めに降りていたモーティマー公爵の許へ誰かが走って来た。


「旦那様……!!」
「どうした」


 若い男性だが風格がある。多分公爵の執事なのかな。


「どうした、ではありませんよ! 突然いなくなってっ。王太子殿下がルチアーノ卿は来ていない、旦那様は突然消えたと大変お怒りですっ」


「だからこうして連れて来たじゃないか」と言いながら私とお父様に向いた公爵に執事の人は目を剥いた。この慌てぶりを見るに王太子殿下って短気な人なのだろうかと不安を抱く。慌てて案内をする執事の人に続いて私達も移動を始めた。此処は花壇よりも芝生の面積が広い。快晴の下で寝転がってお昼寝をしたら気持ちいいんだろうなあ。建物の中に入り、案内されるがまま通されたのは一際扉の大きな部屋。中に入ると「お待たせしました、王太子殿下、ヴィクター王子殿下。ルチアーノ様とマルティーナ様をお連れしました」とモーティマー公爵が述べた。部屋の真ん中のソファーに座る男性と男の子。どちらも紫がかった黒い髪なのに対し、男性は金色の瞳、男の子は青い瞳。私やお父様と同じ色をしている。普通で見たら頬を赤らめる美形揃いであるが、二人揃って不機嫌な眼をモーティマー公爵やお父様に向けているせいで台無しである。ソファーを立った男性——多分王太子殿下が大股で此方へやって来る。


「モーティマー公爵。報せもなく突然消えるとは無礼ではないか。奥方が私やヴィクターに謝ってきたぞ」
「申し訳ありません。ルチアーノ様がすっぽかしたと解り、急ぎ迎えに行っていました」


 全然申し訳なく思っていなさそうな声と表情で形だけの謝罪をした公爵から、抑々の元凶たるお父様に矛先が変わった。


「ルチアーノ卿! 貴殿はモーティマー公爵家のパーティーに出席すると返事をしておきながら、当日になって来ないとはどういうつもりだ」
「欠席と書けば、また違う手で引っ張り出そうとするだろう。それと王太子、あまり声を荒げるな。おれの娘が怯える」


 詳しい為人は分からないけれど真面目な人なんだろう、王太子殿下は。不真面目の見本たるお父様に直球で不満を言える人は少ない筈。前世の年齢を合わせると成人を過ぎている私だけど、怒っている人の雰囲気というのはちょっと苦手だ。お父様の言う通りちょっと怖い。困ったように王太子殿下を見上げると先程までの勢いを失くし、気まずそうに視線を逸らした後二歩下がった。


「……申し訳ない。怖がらせるつもりは全くない。ただ、私が怒りを感じているのはルチアーノ卿のせいだとは知っていてほしい」


 悪いのはお父様であって自分じゃないと主張する王太子殿下を華麗にスルーし、私を連れて向かいの席に座ったお父様。文句を言い掛けた王太子殿下を止め、ささっと違う席に着いた公爵。居場所のない怒りを無理矢理呑み込み元いた場所に戻った王太子殿下は気を取り直すように咳払いをしたのだった。


「モーティマー公爵、ルチアーノ卿とマルティーナ嬢を連れて来てくれたこと改めて礼を言う」
「とんでもございません」
「ルチアーノ卿。陛下が貴方を説得しても、貴方は聞く耳を持たない。そこでヴィクターとマルティーナ嬢を会わせ、二人の相性に問題がなければ婚約の話を進めたい。どうだろう」
「どうもこうもあるか馬鹿」
「なっ」


 相手が誰だろうが機嫌が悪いと普段の倍は口が悪くなるのよね……。馬鹿呼ばわりされた王太子殿下は絶句、一緒にいるヴィクター殿下は顔を赤くしてお父様を睨み付けていた。


「陛下には何度も何度も話したぜ。おれは娘を王子に嫁がせる気は更々ないと。社交界に出すつもりもない」
「マルティーナ嬢が望んだらどうするっ」
「どうなんだ?」


 決まってる。答えは拒否一択。お父様に強く首を振ったら「だとよ」と笑いを堪えている。


「っ。マルティーナ嬢。君自身はどう思っている?」


 私を懐柔する方へ舵を切ったらしく、猫撫で声で問いかける王太子殿下に鳥肌が止まらない。


「私はお父様とこれからも一緒に暮らしたいです。社交界にも王子様にも興味ありません」


 子育てをしたくて私を創ったお父様は、溺愛を通り越した愛を常に注ぎ、余程のことがない限り私の意思を尊重する。大人になって誰かと恋愛をすることは何れあろう。もしもの未来より、確実と言える未来に重きを置く。私が側にいたいと現時点で思えるのはお父様の側だけ。……それに、だ。入った時から人のことを射殺さんばかりに睨んでくる王子なんかと絶対婚約したくない。
 私の返答に不満げな王太子殿下に尚も食い下がられるも、しつこいとお父様が一寸だけ魔力を解放し黙らせた。一瞬だろうと、魔力の強さと濃度が桁違いに違うお父様の魔力に当てられると並大抵の人は気絶する。……とジョゼフィーヌ先生に習った。今初めて見て吃驚。真っ青な王太子殿下の隣、王子殿下も真っ青になって震えている。公爵に至っても笑みを浮かべているが薄らと冷や汗を流している。平然としているのは私だけみたい。


「お前等の魂胆は見え見えなんだよ。行き場のない能無し共を魔導研究所うちで引き取らせたいんだろう」


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