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ビンタされた
しおりを挟む的を射たお父様の言葉は益々王太子殿下の口を詰まらせた。唇を噛み締め、次の言葉に迷う姿を見ていると私でも溜め息を吐きたくなる。何故国は碌な考えを示さず、適当な場所に放り込もうとするのか。前世で私が育った国にもそんな場面が沢山あったっけ。
「おれもこの子もお前達王家に従う義理はねえ。さっさと諦めろ。貴族の観点から見れば、王子妃に相応しい娘は他に沢山いるだろう」
反論をしたいのだろう王太子殿下は、お父様の魔力に当てられた影響か思う様に口が動かない。隣にいる第二王子殿下も然り。こっちの場合は王太子殿下より顔色が悪くて抑々言葉なんて出ない気がする。見兼ねたモーティマー公爵が一つ提案をした。
「ルチアーノ様。此処で貴方が王太子殿下達を脅したところで陛下は屈しません。どんな手段を使ってでもマルティーナ様とヴィクター殿下の関係を結びつきたいと考えるでしょう。ぼくから提案が一つ」
その提案というのが私と第二王子殿下をまずは友達として交流させてみてはどうかというもの。……えぇー……顔色悪くてもすっごく嫌そうにしてますけど。
「マルティーナ様はルチアーノ様や周囲の人間以外とは交流がないのでしょう? 人との交流を持つ良い機会だと思って一度折れてみてください」
「お前何を企んでる」
「何も?」
黒眼鏡越しでも分かる。お父様の目は胡乱げに公爵を睨み、公爵は公爵で掴みどころがない。一つ溜め息を吐いたお父様が私に「どうする?」と訊ねた。どうするも何も、現在進行形で人を睨んでいる第二王子殿下なんかと仲良くなりたい以前に関わりたくすらない。ただ、公爵の言う通り一度折れない限り国王陛下は諦めない。少しの不安はあれど、お父様を怒らせたいとは思えないので直接私に何かしてくることはないと祈る。されたらされたでお父様に言い付けてやる。
「分かりました。王子殿下とお友達になります」
うわ、更に嫌そうにしてる。お父様と公爵は気付いてそうだけど王太子殿下は気付いていないのか、私の言葉に安堵し、隣の第二王子殿下の肩に手を置いて喜んでいる。絶対気付いてないやつ。
子供だけで話してみろと言われ、私と第二王子殿下以外の面々は退室となった。お父様は最後まで私を心配していたけれど、何かあったら大声で叫べと言ってこの場を後にした。護衛の人も部屋の外にいますと言って出て行ってしまい、本当に二人きりにされた。
「……おい」
「!」
何を話せばいいの? 私が話し掛けていいの? と一人悩んでいると不機嫌MAXな声に弾かれたように顔を上げれば、足と腕を組んで嫌悪丸出しで睨む第二王子殿下の目と合った。
「一度だけしか言わない。よく覚えておけ。お前がルチアーノ卿の娘だろうと、母親が分からないような娘は願い下げだ」
「……」
「だが父上は私の婚約者は絶対にお前だと決めている。政略結婚の重要性は、ルチアーノ卿の娘なら分かるだろう。お前が私を好きになるのは勝手だが、私がお前を好きになるのは決してないということだけは頭に入れろ。私には想いを寄せる人がいる」
なんだろう……表情ですっごく嫌なんだろうなあ、というのは伝わってたけど、口を開いたら想像以上に酷い。しつこくされるのを嫌うお父様の負担を減らしたくて第二王子殿下と交流をしてみると言ったけれど……これはないわー……。私が呆然としているのをショックを受けていると判断したのか、相手は想い人たるサンタピエラ伯爵令嬢について熱く語り出した。出会いがどうのとか、彼女の素敵なところとか、お父様達の話を聞いて良い人なのは伝わったけれど私にしてみるとそこまで。今後関わるかは分からないけれど現状興味がない相手の話を延々聞かされるのは嫌。
「おい、聞いているのか」
「聞いてますよ。王子殿下の頭には脳味噌じゃなく、お花畑が埋まっているのですね」
「なっ!」
偉そうに人に命令する割に他人の口撃には慣れていないらしく、言葉を詰まらせ瞬く間に顔を赤く染めた。
「王子殿下は先程までのお父様を見てなかったのですか? それとも、この場にいなければ私に何を言っても良いと判断しました? 後で私がお父様に殿下に言われたことを話すと考えなかったのですか?」
偉そうに誇らしげに語っていた内容を全てお父様に話してしまえば、当然私と殿下の婚約は雲の上を通り越して宇宙へ飛んで行く。私が告げ口をする度胸がないと思ったのかは謎。
肩を震わせ、俯いた王子殿下に更に私は続けた。
「それと言わせてもらいますけど、殿下が想いを寄せるサンタピエラ伯爵令嬢は仮に殿下が告白しても受け入れないんじゃないですか。確か、未来の神官長にする為に現神官長が特訓を課していると聞きました」
大聖堂は、国の存亡に危機が訪れない限りは政に関わらない。そして、王家筋の人と縁を結ばないとも聞いた。下手に入られれば運営に口を出されかねないのを危惧してのこと。魔導研究所の件と同じね。
「私が殿下を好きになるような物言いも不愉快です。一目惚れって言葉はありますけど、殿下には一目惚れする魅力なんて皆無ですよ」
内心はどうであれ、表面上は友好的に振る舞ってくれていれば、私だって仲良くしようと努めた。初見で道を間違えてくれてありがとうだけどね。
「お父様のところに行こう……」
言いたいことは言ったし、これ以上いるつもりもない。ソファーを降りた私は俯いたままの殿下を放って扉に近付いた。ドアノブを掴む間際——「待て!」と肩を掴まれ、無理矢理振り向かされた瞬間、頬に衝撃が襲った。相手は子供なせいか、大した音は鳴ってないがそれなりに痛い。右手を左へ向ける殿下の手が私の頬を打った。呆然としているともう一度同じ頬を叩かれた。
「ルチアーノ卿の娘だからと図に乗った報いだ」
「……」
「外へ出るなら腫れが引いてから出て行け。お前とて、騒ぎを起こしたくない——」
馬鹿の台詞を最後まで聞くつもりは私にはない。素早く部屋を出て行き、後方に聞こえる叫び声を丸っと無視してお父様を探し——見つけると大きな声で呼んだ。
私の声に振り向いたお父様は驚いた様子で振り向き、私を見て硬直した。
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