私のこと好きだったの?

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父の仕返し

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 マルティーナとヴィクターを二人きりにさせる為、相当嫌々渋々退室を促されたルチアーノはラナルド、王太子ハイターと共に外へ出ていた。一際大きな溜め息を吐きラナルドへと振り向いた。


「お前の本音はなんなんだよ」
「なにとは」
「本心で第二王子殿下とおれの娘を結ばせたいのか」
「ええ、本心です」


 子供の頃のラナルドを知っているルチアーノとしては、今の彼が本心を話しているとは到底思えない。人生二週目か? と疑いたくなる冷静さと知識欲、心の中に秘める狡猾さは他人よりも群を抜いて優秀。現国王クロウリーをも上回る。モーティマー家は代々王の右上となる者を育てる名家中の名家。一人くらい怪物が生まれても不思議じゃないが、ルチアーノが今まで見ていたモーティマー家のどの人物を差し置いてもラナルドは掴めない男だ。

 言う気のない人間の口を割らせる趣味はなく、面倒くさくなったルチアーノは視線をビンビンと突き刺すハイターに意識を向けた。


「なんだよ」
「ルチアーノ卿! 少しは、私やヴィクターに敬意を払ってはどうか!」
「は?」


 魔力を一瞬解放したことで顔色と気分を盛大に害していたのに、時間が経つにつれ症状がマシになったらしく、己の言いたい言葉を言えてすっきりしているハイターは顔を顰めたルチアーノに尚も続けた。


「幾らルチアーノ卿が王女の息子と言えど、二百年も前の話。王族籍にいない貴方は厳密に言うと王族ではない」
「王太子殿下」


 不機嫌と苛立ちが混ざり魔力が急上昇しているルチアーノを危惧し、自信タップリに語るハイターを止めるラナルド。しかし、気分が高揚しているハイターは邪魔だと言わんばかりにラナルドの制止を振り払う。


「魔導研究所の管理を貴方がしているのだって王女の願いを当時の国王陛下がお認めになった為に叶ったもの。本来であれば、王家の血を引く者として陛下の案を快く引き受けるのが筋ではないのか」


 人数が多くなり過ぎて飽和状態と化している騎士団の第三部隊の問題は、騎士団上層部やクロウリーの悩みの種でもある。ハイターは父の助けとなりたい一心で状況打破の力を持つルチアーノに訴えかけた。自分は正しい、間違っていないと信じ切っている人間の自信はこの上なく厄介な代物。ルチアーノの苛立ちが最高潮に達しかけた直後、部屋に置いてきたマルティーナの大きな声がルチアーノを呼んだ。驚いて声のした方へ振り向いたルチアーノは硬直した。近付くにつれ鮮明になるマルティーナの頬の腫れ。ジョゼフィーヌに淑女教育を習って以降、ドレス姿で走り回ることをしなくなったマルティーナが屋敷ではない——それも他人のいる場所で——走って来た。考える間もなく膝を地につけ、両手を広げたルチアーノに飛び付いたマルティーナをしっかりと受け止めた。腕の中で呼吸を整えるマルティーナの背を優しく撫で続け、走ったせいでアクアマリンに梳かれた髪がボサボサになり手で梳いてやる。マルティーナを落ち着かせるルチアーノは慌てて後を追い掛けて来たであろうヴィクターとその護衛へ視線を移した。魔力を当てた時以上に真っ青な顔色で狼狽する様子のヴィクターと訳が分からないまま二人を追い掛けて来たであろう護衛騎士。どちらを見れば、何があったか大体察しがつく。

 ヴィクターからマルティーナに視線をやったルチアーノは小さな頭に頬を乗せた。


「マルティーナ、何があった」


 顔を離し改めてマルティーナの顔を見下ろすと眉間に皺が寄り、苛立ちは最高潮を通り越して最早何も感じなくなる。白くてぷにっと柔らかい可愛い頬の片方が痛々しい赤に腫れている。そっと触れると痛みを感じたマルティーナが顔を歪ませた。


「誰にやられた」


 地の底を這う恐ろしい低音を響かせれば、腰を抜かして意識が遠退きかけているヴィクターを咄嗟に護衛騎士が支えた。後ろの二人もどうなっているか分かるが確認する気はなく、唯一平然としているマルティーナに二度ヴィクターに叩かれたと話された。後ろに立つハイターが飛ばした否定の言葉を即座に魔法で実体化させ殴りつけ、倒れた音を聞いた後またマルティーナに意識を注ぐ。


「お父様のところに来たのは、王子殿下に仕返しをする許可が欲しいの!」
「おれの許可なんざなくても殴り返せばいいだろう」
「私が勝手に殴り返して、後であることないこと言われたら困るもん! お父様なら、私の記憶を見られるでしょう?」
「ああ」


 他人の脳に干渉し、記憶を覗き見る術はルチアーノにとっては至って簡単。方法さえ間違えなければ対象者の精神に負荷を掛けられずに済む。マルティーナの許可を得て記憶を覗き込んだルチアーノは、一部始終を閲覧するなりマルティーナを抱き、外した黒眼鏡をマルティーナに預けてヴィクターの足下付近に立った。


「成人していないたった六歳の第二王子如きが随分と偉そうにおれの娘を侮辱したのか。王子殿下、一体どういう了見だ? 兄王のいる前で説明してもらおう」
「あっ、あ、う、わたっ」


 尋常ではない怯えと震えを起こすヴィクターが発するのは言葉にならない声のみ。殺気を和らげる気が更々ないルチアーノを止めたのはラナルドだった。


「そう殺気立っていては、ヴィクター殿下だって答えたくても答えられませんよ」
「モーティマー公爵! ルチアーノ卿が言っているのは出鱈目だ!」


 具現化した己の否定の言葉に殴られて倒れていたハイターは復活するなりラナルドに食い掛かるも、ルチアーノがマルティーナに使った精神干渉魔法は本物だと語られた。騎士団の中で諜報活動や尋問を得意とする専門部隊が使用する他者への精神干渉魔法の構築は、全てルチアーノが作り出したもの。無罪の可能性がある者に従来の方法で行えば、最悪の場合廃人に追い詰める危険性があった。そこでルチアーノは、対象者への負担を最大限少なくし、尚且つ、使用者に正確な情報を送り込む術式を開発、成功した。開発者本人が使って嘘は有り得ないとハイターの希望は切り捨てられた。


「マルティーナ様が殿下に叩かれた理由は何だったのです?」
「下らねえ内容だ」


 簡潔にマルティーナを叩いた理由を聞いたラナルドやハイターの反応は異なる。淡々とした笑みを浮かべたまま「そうですか」とだけ零したラナルドに対し、ハイターの方は信じられない者を見る目で遂に地べたに座り込んだ弟を見やった。兄弟揃ってマルティーナと婚約を結べることで生じる利益を国王に聞かされ、ハイターの方は従順に守っていた。ヴィクターだけが甘く見ていた。


「お父様! 王子殿下に仕返しをしていいですか?」
「仕返しって何をするんだ」
「十倍返し。二回叩かれたなら、二十回叩いてやりたい」


「いいぜ」とルチアーノが承諾するなりハイターが止めるも、すぐにルチアーノは「と言いたいが」とマルティーナの仕返しを止めた。不服そうに睨むマルティーナの叩かれていない頬にキスをしつつ、意識が遠退きかけているヴィクターに魔法を放った。


「ヴィクター!?」


 ハイターの悲鳴が響く。

 バシ、バシ、バシ。
 占いで使用する水晶サイズの光の球がヴィクターの頬を交互に殴り始めた。

 護衛騎士が止めにかかるも足首にいつの間にか蔓が巻き付いて動けず、殴られるがままのヴィクターを見ているしかない。


「お父様が仕返ししてるじゃない!」
「お前の手で二十回も叩いたら、可愛い手が真っ赤になる。相手を叩き続けるのはかなり痛いって知ってるか?」
「うわ、お父様したことありそう……」
「否定はしない」


 因みにマルティーナは前世も含めて手が痛くなる程誰かを叩き続けた経験はない。

 二十回殴られた頃にはヴィクターの両頬はマルティーナ以上に赤く腫れあがり、ある程度手加減をしていたが見ているだけで痛々しい姿へ成り果てた。


「ヴィ、ヴィクター……!」


 弟の痛々しい姿に涙を流し、俯いて泣いているヴィクターへ駆け寄り抱き締めたハイターは心の底から沸き上がる怒りをルチアーノにぶつけるべく怒号を放つも——既にルチアーノとマルティーナの姿はなく、いるのはラナルドのみであった。


「なっ!? ル、ルチアーノ卿とマルティーナ嬢は!?」 
「王太子殿下がヴィクター殿下の側へ駆け寄った際に転移魔法で帰りましたよ」


 帰る前ラナルドに「帰るぜ」と一言告げて。自分には声が掛からなかった以前に、王子をこのような目に遭わせておいて無言で帰るとは何事かと憤慨するハイターを後目に、人を呼んで来るとラナルドは一旦この場を去った。

 一人になった彼は息子の友達作りという名目で開催されているパーティー会場へ向かう。


「ふむ」


 ヴィクターが大聖堂で出会ったサンタピエラ伯爵令嬢に現を抜かし、クロウリーが必ず射止めるようにと念を押していたマルティーナを無下に扱った。それどころかルチアーノの怒りを買った。元々王妃に似て恋愛脳寄りな性質とは見抜いていたが、予想を超えたことでラナルドにとっては幸いである。


「父上?」
「ジョーリィ」


 会場へ向かう途中、主役たる息子ジョーリィが出て来た。ラナルドと同じ混じりっ気のない純白の髪と薄紫の瞳。垂れ目じゃない以外そっくりな息子。


「どうされたのですか? なんだか、愉しそうに見えます」
「そうか。強ち、間違ってはいない」
「?」


 訝しく見上げてくるジョーリィの前へ来ると膝を折って目線を合わせたラナルド。小さな頭に手を乗せた。


「パーティーは楽しんでいるか?」
「はい。色んな子達とお話ができて楽しいです」
「それならいい。ジョーリィ。今度、お前に会ってほしい子がいる」


 誰ですか? と首を傾げた我が子の頭を数度撫でて立ち上がり、マルティーナ様と言った直後、ジョーリィの名を呼びながら一人の少女がやって来た。


「ジョーリィ!」
「ジュリエット」


 真っ赤な髪を揺らしてジョーリィの側に来た少女ジュリエットはラナルドに気付くと礼を執った。


「あ……モーティマー公爵様」
「ジョーリィ。後日、ルチアーノ様とマルティーナ様に会いに行く。そのつもりでいなさい」


 ジュリエットに構わず、必要事項をジョーリィに伝えるとラナルドはそのまま会場へ行ってしまった。


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