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話が通じない
しおりを挟むイケメンコンテストを開いたら全員優勝だろうというくらいに突然押し掛けた騎士団第三部隊の面々は、一人も漏れなく顔面が整い過ぎている。公爵の後ろに続いて現れた私を見るなり、テノールさんに食ってかかっていた先頭の人が人の好さそうな笑みを貼り付けた。見せたんじゃない、貼り付けた。
「貴女がマルティーナ様ですね?」
ゾクリと背筋が凍る。明るいブラウンの髪は肩の辺りで切り揃えられ、切れ長な翡翠色の瞳は視界に映る相手に好まれると信じて疑っていないと書かれている。テノールさんに食って掛かっていた乱暴な口調も声も鳴りを潜め、私が怪しまないようにと甘い声で話し掛けて来た。聞いただけで背筋が凍るわ、鳥肌が止まらないわで最悪だ。硬直する私の視界の前に公爵が立つ。まるで私と騎士を遮断するように。
「部隊長殿。お引き取り願えませんか」
「モーティマー公爵……! 本当にいたのかっ」
え? 嘘だと思われてたの? いくら何でも公爵家の当主の名前を騙ったらお父様でも駄目な気がする。
「いるに決まっているでしょう。部隊長殿、執事殿に事情は聞きました。ぼくが王妃殿下を説得しますので貴方方は直ちに退却を」
「ならん! 我等は王妃殿下の命令により、マルティーナ様を城にお連れするよう託った。貴方の命を聞く訳がない!」
「はあ」
あからさまに溜め息を吐いた公爵は、額に青筋を立てる部隊長に冷静な口調でこう指摘した。
「君はぼくが騎士団を統括する騎士団団長という地位にいるとお忘れですか?」
……え?
騎士団団長? つまり、モーティマー公爵は複数の部隊がある騎士団を纏めるすごく偉い人ってこと?
目をパチクリとさせ、ゆっくりとテノールさんに本当かどうかの視線を送ると頷かれた。……道理で指揮を執るとか、公爵が出向くとか言ってたわけだ。お父様が面倒くさがりながらもちゃんと相手をしていたのもそういう事だったんだ。公爵の言葉には確かな重みがある。属する組織の頂点の命令に背くのは規則違反。ただ、第三部隊に命令を下したのが厄介だ。
「いいえ。しかし、我等に命令を下したのは王妃殿下です」
騎士団長たるモーティマー公爵は、国王陛下の右腕と名高くても貴族。貴族の上に王族がいる。
「だからなんです」
「なっ」
「王妃殿下の命令? 王妃殿下が騎士団を指揮する権限を持つのは、有事の際、国王陛下が指揮を執れない状況下にある重要緊急時のみ。平時で王妃が陛下の代わりに騎士団を動かすなんて聞いたことありませんよ」
「陛下はルチアーノ卿や同行する部隊との会議の為動けない。聞けばマルティーナ様は、ヴィクター殿下の婚約者だとか。なのに、王子妃教育も受けず、殿下と交流をなさろうとしないその姿勢を王妃殿下は大層心を痛めている。ルチアーノ様不在の間は城で保護をし、その間、王子妃となる自覚を持ってもらうよう説得したいと話されていた」
こっそりと公爵の顔を下から覗けば目が合い、私の目線に合わせて膝を折った。
「部隊長殿の話、貴女はどう思いますか?」
「聞けば聞くだけ鳥肌が止まらないですっ」
「王妃殿下は、余程ヴィクター殿下が二十回も叩かれたことを根に持っているようです」
だと思います。
陛下の方は、これ以上お父様の機嫌を損ねたら形だけの婚約も無くなってしまうと理解して干渉をしてこないのに、何故王妃殿下の方は諦めてくれないのか。公爵の上の立場にいる王妃殿下の命令は大事だけれど、何でもかんでも命令を聞き入れるのは違う。時に主の暴走を止めるのも臣下の仕事。……なんだけど、第三部隊の人達は誇らしげだ。
「執事殿。水を入れた容器を用意してもらっても? 温室で手を洗うのを忘れてしまった」
「すぐにご用意致します」
土弄りをしていた証で採取したばかりの薬草を入れたトレーを運び、手は土塗れのまま。またぴきっと部隊長の額に青筋が浮かんだ。
「それはなんですか」
「薬草ですよ。君達を待たせていた理由です」
「火急の用件だとあの執事には伝えたと言うのに!?」
「ぼくにとっての最優先は薬草。屋敷の主が不在なら、血縁者たるマルティーナ様が同行してくれていないとぼくは不法侵入したことになってしまう」
「モーティマー公爵! 持って参りました」
カートに乗せられた二つの容器にはお湯が張られ、テノールさんが持った容器は公爵、マリンが持った容器は私と別れ、両手を突っ込んだ。程好い温度のお湯が気持ちいい。水中で手を動かして土の汚れを落としていく。
「タオルで手を拭きましょう」
「うん」
両手を水中から離し、容器をカートに戻したマリンにタオルで手を拭いてもらう。公爵の方は自分で拭いてる。
使ったタオルをテノールさんに返した公爵は再び第三部隊の相手をする。
「お待たせしました。と言いたいところですが……騎士団長の命令です。直ちに城へ戻りなさい。此度の無礼は、王妃殿下の命に従っただけと後程ルチアーノ様にはぼくが説明をしておきます」
「いいえ! 貴方の命令より、王妃殿下の命令を優先します!」
「公爵はあの人達の言わば上司なのに」
「仕方ありません。王妃殿下のご命令なら、公爵たる騎士団長より優位になってしまいます」
マリンに愚痴っても貴族と王族の差が原因だと首を振られてしまう。恐らく、いや、確実に王妃殿下の暴挙を国王陛下は知らない。知っていたら絶対に来させない。自分の息子が十倍返しされたのは、息子のせいだってどうして分かろうとしないのか。
前世でもいたなあ……自分の子供が悪いのに絶対に非を認めない親。そういう親の子供は、段々と周囲から孤立して気付いたらいなくなっている。王子殿下の場合はそうならないと思うけど。
「ならば、令状を見せなさい」
正式な命令なら発行される令状を要求された部隊長の顔色が途端に悪くなる。誰も言わないがやっぱりと内心思ったに違いない。お父様が不在になる今が絶好の機会だと思い立った王妃殿下の暴走を止めなかったのは第三部隊だ。
後ろの隊員達も自分達の分が悪いと悟ったらしく、人のことをニヤニヤ顔で見ていたくせに全員漏れなく顔色が悪くなっていった。
「どうしました? まさか、令状もなしに王妃殿下はマルティーナ様をルチアーノ様の目がない内に連れ出そうと?」
「悪意のある言い方は止めてもらいたい! ヴィクター殿下の為を想ってのこと!」
「尚のことマルティーナ様のことは放っておくべきなんですがね」
「モーティマー公爵! 私は知っているのだぞ!」
「何をですか」
急に元気を取り戻した部隊長は自信満々に公爵がお父様の味方をする理由がお父様のお気に入りだからと言い放った。……お気に入りって……絶対ない。信頼しているとかいないとかの話じゃなく。
性的な意味でのお気に入りと含んでいると私にだって伝わる。向こうはそう思ってないだろうけど。
「部隊長、いえ、トリスタン殿」
「なんですかな? 痛いところを突かれて焦っておられるので?」
「ルチアーノ様は面倒くさがりですし、ぼく自身どうでも良かったので放っておきましたが未だに信じている輩がいるとは驚きです」
「なんだと?」
「大方、君の御父上フィンドール公爵に教えられたのでしょうが……やれやれ」
今やっと部隊長の名前と家名を知り、更に公爵家の人だと知って二重の意味で驚いている。お父様の愛人疑惑を払拭しなかったのは言葉通り面倒だったのと興味がなかったこと。噂が回り始めた当初ならいざ知らず、十年以上も前の噂を未だに信じる馬鹿がいるとは、と呆れる公爵。噂が流れてしまった理由は語らず、大きく前に出て部隊長に顔を近付けた。
「君が部隊長をしていられるのは、騎士団に最も多額の寄付をしているのがフィンドール公爵のお陰です。君は自分のせいで御父上の名を汚す真似をしたいですか?」
「わ、私を脅そうとしても無駄です! 公爵が騎士団長と言えど、王妃殿下の命に背けばどうなるか分かっておられるのか!?」
尚も引き下がらない部隊長にいい加減私もマリンもテノールさんもうんざりしてきている。私は公爵の手を引っ張り、部隊長から離した。
「マルティーナ様? 危ないですよ」
「大丈夫です!」
私は吃驚している部隊長を見上げ、言いたいことを放った。
「私も公爵もお父様にお留守番を頼まれているんです! 正式な許可が下されていない命令には従えません!」
「どうしても私を連れて行きたいなら令状を持ってきてください!」
顔だけ部隊と言うけれど、話の通じなさについては王家の人達に似た部分がある。まさか私まで従わないと思わなかったのか、わなわなと震える部隊長は見る見る内に顔を赤く染め上げ目を吊り上げた。
「ルチアーノ卿の娘だからと調子に乗るんじゃない! ルチアーノ卿の娘でなければ——」
「ストップ。トリスタン殿、少々口が過ぎていますぞ」
部隊長の声を遮った公爵の声は驚く程冷たく威圧的だった。
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