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懲りない人達
しおりを挟む大きな水槽をテーブルに置き、中に小さなコップやお皿を置いてたっぷりの水を注ぐ。中の物が動かないよう予め固定はしている。
「お嬢様、これで何をするのですか?」
道具の準備を手伝ってくれたマリンが不思議そうに覗く。私がする遊びって前世の遊びが殆どだもんね。
「コイン落としだよ」
「コイン落としですか」
「うん。落としたコインがどの器に入るかで点数が違うの」
「変わった遊びを知ってますね」
「えへへ」
お父様は例の西の洞窟に棲み付いた魔物の討伐に行ってしまい不在。大聖堂で遺体の記憶を読み取ったのが三日前。早いのか遅いのか私にはよく分からないが昨日遊びに来ていたスレイさん曰く早い方らしい。
「それもルチアーノ様に教わったのですか?」とはモーティマー公爵の台詞。お父様が今日不在なのは国王陛下も知っていて、当然王妃殿下も知っている筈。またお父様の不在を狙って私兵として騎士団第三部隊を使わないとは限らない為、お父様が戻るまで公爵がまた留守番を任せられたのだ。公爵だって忙しいのに無理をしてお父様に付き合わなくても、と至るも当の公爵本人がお父様に頼まれても淡々と受け入れるので口を出さなかった。
今回違うのはジョーリィ様がいることだ。
「狙ってコインを落とすのは難しそうですね」
興味津々に水槽を眺めるジョーリィ様。遊び、というものに強い興味があるらしく、私が知っている遊びをしましょうと提案した時はキラキラと目を輝かせていた。二年前までは病人でベッドでの生活を強いられていたのだ、外の世界の物になんだって強い興味を示すのも頷ける。
「それでも目当ての器にコインが入るとすごく嬉しいですよ」
「僕もやってみていいですか?」
「勿論! 今コインの準備をしますね」
王国で使われる通貨は金、銀、銅の三種類に分かれる。私は胴を使うと思っていたのが、マリンは金を沢山持って来た。ええ!?
「マリン、銅でいいよ」
「お嬢様の遊びを知っていた旦那様が使うなら金にしろと仰っていましたよ」
確かに水中を落ちていくコインを見るなら金が綺麗だけど……!
「大丈夫ですよお嬢様。水で濡らしたってタオルで拭けばいいだけですから!」
そういう問題じゃない!
高価な金貨を使うことに抵抗があるの!
前世の庶民根性はまだまだ健在である。
「ジュリエットにも今度教えてあげよう」
ジョーリィ様が紡いだジュリエット様の名前に私はある旨を訊いてみた。
「ジョーリィ様。ジュリエット様の同行を断った私が言うのはなんですが……今度、ジュリエット様と一緒に遊びますか?」
「え」
本当に私が言うのはなんだけどね。驚いたジョーリィ様が顔を上げた直後、否定の言葉を放ったのはモーティマー公爵だった。
「マルティーナ様。ジュリエットに気を遣わなくて結構」
「えっと……」
分かってはいたけど公爵はジュリエット様が好きじゃないんだろうな。ちらっとジョーリィ様を見やる。
「ジョーリィ様はどうですか?」
「僕は……」
視線を迷わせつつ何度も公爵をチラ見する辺り、公爵がいるのを気にしているのだろう。幾許かの間の後、ジョーリィ様は自身の気持ちを振り払うかのように頭を振った。
「以前マルティーナお嬢様に失礼な態度を取ったジュリエットは、あの後もジュリエットは自分は悪くないと言い張るだけでした。マルティーナお嬢様は気を遣わないでください」
「そう、ですか」
事実にしろ、嘘にしろ、ジョーリィ様としてはジュリエット様も一緒の方が良い気がする。
気まずい空気を察してか、ジョーリィ様に早速遊びましょうと言われれば切り替えるしかなく、踏み台に乗って上から水槽の中を覗き込んだ。
最初に狙うのはスイーツ皿の上。初めから小さな入れ物を狙ったって入らないのは分かり切っているもん。マリンに金貨を受け取り、早速水の中に落とした。ひらひらと落ちていく金貨を見つめるジョーリィ様の楽しそうな姿に満足しつつ、自分で落とした金貨がどこに落ちるか注目した。
「あ」
結果はスイーツ皿の外。掠りもしなかった。
「遠くに落ちましたねお嬢様」
「いい感じに落ちるって思ったのに」
踏み台を降りてジョーリィ様に勧めた。緊張した様子で踏み台に上がり、マリンに金貨を受け取ると狙いを定め水中に落とした。ひらひらと落ちた先は——水槽の底。
「上から見える場所に落としても水の中だと予想していないところに落ちますね」
「簡単に見えて難しいんですよ、これ」
縁日の屋台で見かけては百円玉を渡してやってたっけ。
「マルティーナお嬢様……」
踏み台を二台にして今度は私とジョーリィ様同時に落とそうとなった時、困り果てた様子のヘレンさんに遠慮がちに呼ばれた。
嫌な予感がする。
「どうしたの」
「それが……今屋敷の前に第二王子殿下と護衛の騎士団の方々がお嬢様にお会いしたいと」
あんぐりと口を開けなかった私を誰か褒めてほしい。二度目のお父様の不在をしつこい王妃殿下が逃さないと警戒はしていた。その為のモーティマー公爵だ。
でも、まさかの第二王子本人が来るなんて予想もしていなかった。
「侍女殿。ヴィクター殿下の護衛は、以前此方に来ていた騎士と同じ顔ぶれですか?」
「はい! 公爵に迫っていたあの騎士です!」
「はあ、やれやれ」
ってことはやっぱり騎士団第三部隊。困り果てているヘレンさん曰く、第二王子も第三部隊も私が来ない限り帰る気はないらしい。私が行くしかないのか……と思ったのも束の間、優雅に紅茶を嗜んでいた公爵が動いた。
「ルチアーノ様の二度目の不在でまたぼくがいると向こうは考えていなかったのでしょうね」
「私も行った方がいいですか?」
「マルティーナ様は此処に。ジョーリィもいなさい」
部屋を出て行った公爵の後をヘレンさんも付いて行った。
「マルティーナお嬢様はヴィクター殿下の婚約者でした……よね? 殿下に会いたくないのですか?」
事情を知らないジョーリィ様が訝しく感じるのは無理もない。ジョーリィ様にとったら良い人らしい第二王子の印象を悪くするのもアレだし、適当にはぐらかしておこう。
「お父様も私も王家と深く関わりたくないんです。婚約者にもなりたくてなった訳じゃありません」
「でも、折角婚約者になったならヴィクター殿下と交流を持つべきです。殿下は他人と接するのが苦手な僕にも優しい方ですよ」
うん、ジョーリィ様には良い人なんだろう。でも私には最低最悪な人としか思えない。正直に言ってジョーリィ様に幻滅させるのも悪いし、適当にはぐらかそうとしてもジョーリィ様は引こうとしない。どうしても殿下の良さを私に伝えたくて必死な気がする。困ったとマリンに目をやっても同じ気持ちを返されただけだった。
「僕も一緒に行きますから、ヴィクター殿下に会いに行きませんか?」
「うーん……モーティマー公爵が対応してくれているので、もしも公爵でもどうにもならなかったら私と来てください」
ジョーリィ様は公爵にこの部屋にいなさいと言い付けられたのを思い出したのか、あ、と気まずい表情を浮かべる。
「僕……マルティーナお嬢様に強制したかった訳じゃ……」
「分かってますよ。ジョーリィ様は殿下の良いところを私に教えてくれようとしただけだと」
個人的に全然いらない情報だとしてもジョーリィ様の好意は受け取りたい。
「マルティーナ様も他の人と会うのは苦手ですか?」
「そうですね。ずっとお父様や屋敷にいる人達としか会っていなかったので」
「僕も同じです。二年前からゆっくり色んな人達と交流を持つようしていますが中々上手くできません。僕が頼りないから、ジュリエットに迷惑をかけてばかりで」
彼女の場合は如何せん度が過ぎる部分がある気がする。ジョーリィ様の為でもあるけれど、ジョーリィ様に他の子が寄り付かないよう牽制しては意味がない。
それにしても公爵はまだ戻らない。前と同じで第三部隊が食ってかかってるのかも。
マリンに頼んで様子を見て来てもらうと予想は当たっていた。
「やっぱり、私が行った方がいいのかな?」
「旦那様であれば、雷を落としてさっさと追い帰すのですが公爵様だと強引な手段も取りづらいのでしょう」
お父様は王族、モーティマー公爵は貴族。王族に危害を加えるとなるとお父様しか適任者がいない。
行くか、行かないか迷った後——行かないへ天秤は傾いた。私が行ったところで問題は解決せず。何なら、ジョーリィ様の中の殿下の好意がダダ下がりとなるだろう。
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