私のこと好きだったの?

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マルティーナだって反撃したい

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 またしてもルチアーノの不在を狙ってマルティーナに接触を図ろうとした図太い神経に呆れるしかない。玄関ホールで騒ぐ第三部隊と不機嫌な相貌を隠そうともしないヴィクターがラナルドの姿を捉えると両者揃って身を固くした。二度目のルチアーノの不在があれば、二度目のラナルドの留守番だってあると彼等は考えなかった。騒ぎ声は一瞬にして消え去り、気まずい空気が漂い始めた辺りでラナルドは彼等の前に立った。


「ヴィクター殿下。これはどういうことですかな。マルティーナ様への接触は陛下に禁じられている筈です」
「わ、私は婚約者だ。不本意であるが第二王子妃ともなる者が王子妃教育も受けない、私とも会わない等間違っている!」
「最初に間違った行動を貴方がしたせいでそうなっているのでは?」
「なっ……」


 父の右腕たるラナルドが自身を肯定しないことに強いショックを受けたヴィクターは絶句した。
 大方の心情を察しているラナルドは怒鳴る第三部隊の隊長トリスタンにさっさとヴィクターを連れて王城へ帰還するよう命じた。


「ルチアーノ様が何時戻るかぼくにも分かりません。日付は跨がないとは言っていましたが、何時までもいてルチアーノ様に見つかれば、また怖い目に遭いますよ?」
「これは王太子殿下や王妃殿下の命令でもあるんだ!」
「ですから、ね? トリスタン殿。第三部隊は王族の私兵ではないのですよ」


 王家直属の部隊となると近衛兵がいる。尤も、近衛兵と第三部隊どちらに価値があるかと問われれば当然前者である。


「ヴィクター殿下は同意の上で彼等を連れて此処へ?」
「む、無論だ。私にだって王子としての自覚はある。政略結婚が嫌なのは、マルティーナだけじゃない!」


 元来、他人に対して強い関心を示すことが少なく、極一部の相手以外興味を抱けない性質の為、他人に感情を振り回されるのが極端に少ないラナルドだが。
 分かるように話しても通じない相手と接すると沸々と苛立ちが込み上がると初めて知った。
 ルチアーノはずっとヴィクターとマルティーナの婚約に反対で、マルティーナの方も王子様にこれっぽっちも興味がないとラナルドは知っている。ルチアーノの手が少しでも空くようヴィクターに会うと決めたマルティーナを思うとヴィクターの言い分は見当違いも甚だしい。この場にルチアーノもマルティーナもいなくて良かった。ルチアーノがいれば今度はヴィクターの脳味噌を弄りかねない。マルティーナの場合は不快にさせるだけ。
 どうやって彼等を追い返すべきか。ルチアーノと違ってラナルドだと手荒な真似は使えない。使っても後でルチアーノがああだこうだ言って有耶無耶にしてもらえるものの、彼の手を煩わせるのは不本意。感情の読めない微笑を貼り付けたまま思考を巡らせるラナルドに対し、我慢のきかないトリスタンは大声を上げた。


「我等第三部隊を王族の私兵と言うが貴方はどうなんだ!」
「何がですか」
「貴方だってルチアーノ卿の言いなりではないか! 陛下の右腕として名高く、騎士団を統べる人がルチアーノ卿が不在だからと留守番をする等と!」
「ご機嫌取りですよ」


 ルチアーノと良好な関係を築くことで得られる利益は計り知れない。ラナルドにとってマルティーナの為に留守番を仰せつかるのは苦でもなく、また別の目的もあってラナルドにも利があるとした。


「息子のジョーリィもマルティーナ様も、外の世界の人間とあまり交流をしたことがありません。他人に不慣れな者同士でまずは交流を持ってもらおうと考えたまでです」
「つまり、貴方はご自身の息子をマルティーナ嬢に近付けていると? 殿下の婚約者たるマルティーナ嬢に!」
「マルティーナ様は今後も殿下と交流を持つ気も、婚約者であり続ける気も更々ありません。ぼくの方からも陛下には言っていますがね」


 それは自分も同じ気持ちだと叫びたかったのだろうヴィクターはすんでのところで声を発さなかった。直後、ラナルドに氷点下に達した眼を向けられたせいで怖くて何も言えなくなったのだ。


「トリスタン殿。殿下を連れ王城へ帰りなさい。王太子殿下や王妃殿下には、ルチアーノ様が戻り次第ぼくが説明をします」
「絶対に帰らん! マルティーナ嬢に会わせてもらう!」


 能力は低く、使い道もない、なのにプライドだけは王族並に高いトリスタンの意地の固さはルチアーノも面倒くさくなって転移魔法で遠くへ飛ばす程。ラナルドもそうしてやりたい気持ちはあれど、側にヴィクターがいると使えない。誰が相手だろうと手を出すルチアーノが羨ましい。
 話では通じない人間には、また痛い目に遭ってもらおうと考えた矢先。


「モーティマー公爵!」
「マルティーナ様?」


 部屋に置いてきたマルティーナが侍女を連れて来てしまった。


「どうして此処に?」
「時間が掛かっているのでしつこく迫られているのかなって。公爵はお父様みたいに転移魔法で相手を飛ばしたり、ビンタしたりしないでしょう?」


 そろそろ実力行使も厭わないと思考を過った直後のマルティーナの登場の為、ラナルドはどちらとも取られる笑みを見せるだけ。マルティーナは気にせずルチアーノそっくりの面倒くさそうな目でヴィクターや第三部隊を捉えた。


「二度目ですね、殿下。一体何をしに来たのですか。確か、相手の家に訪問をする時は先触れを出すのがマナーだと家庭教師に習いましたよ」
「お前が一度も私の手紙に返事も送らない、招待にも応じないからだ!」
「お父様が読んでそのままゴミ箱へ投げているんです。読む価値がないからって」
「っ!」


 明らかに嫌々書いたと丸分かりな文字と言葉の羅列をマルティーナには見せられないとしてルチアーノはさっと読むと毎回丸めてゴミ箱へ投げて捨てていた。一度も外したことがなく百発命中のコントロールを持つ。


「嫌なんでしょう? 私が婚約者で。私だって、図星を突かれたからって手を出してくるような人嫌ですよ」
「あ、あれは、っ……」


 言い訳を口にしようともマルティーナの軽蔑に染まりきった青の瞳に圧倒されヴィクターは閉口する。手を握りしめ唇を噛み締める姿からは悔しさが滲み出ている。


「私は殿下と仲良くなる気はありません。交流もしません。名前だけの婚約者で結構。何を言われようと構いませんよ、今後も社交界に出る気は一切ありませんから」


 どうせルチアーノと同じ時間を生きるのなら、前世ではできなかった魔法というものをとことん極めたい。それともう一つ。


「殿下がサンタピエラ伯爵令嬢が好みのように、私にだって好みのタイプの人がいます」


 項垂れていたヴィクターがこの言葉に反応し顔を上げた。
 なんで? と内心首を傾げるマルティーナは、視線を向けているラナルドを見上げた。


「お父様や公爵のような頼りになる人が好きです!」
「ぼくとルチアーノ様を並べられてもね」
「お父様も公爵も短気ですぐに人に手を出すような人じゃないですから」
「ルチアーノ様は、マルティーナ様が生まれるまでは割と気が短い人でしたよ。今は気が長い……とも言えません」
「そうなの?」


 マルティーナの知っているルチアーノと言えば、マルティーナに苛立ったことも怒ったこともない。寧ろ、マイペースな父に娘が振り回されている率が高い。


「お父様が戻ったら、殿下達が来たと伝えてもいいですか?」
「マルティーナ様にお任せしますが言っておくべきですね」

「おい!!」


 すっかりと放置されていたヴィクターが大声で怒鳴り、存在を思い出したマルティーナがうんざりした様子で振り向いた。


「なんですか」
「黙って聞いていれば好き勝手言ってくれるな!」
「殿下が片想いしているサンタピエラ伯爵令嬢は、殿下が逆切れして女の子の顔を叩いたと知ったら軽蔑してくれそうですね」
「お前!!」


 火に油を注ぐとは正にこのこと。皮肉を述べるマルティーナの言葉を真に受けて激昂するヴィクターは、制止したトリスタンの手を振り払いマルティーナに向かって駆け出した。咄嗟に前に出たラナルドを止めたマルティーナは、目の前に来た途端激情の赴くまま手を振り上げたヴィクターに叩かれるより早く——ヴィクターに平手打ちを一気に二回お見舞いした。
 唖然とするヴィクターと強い困惑を示す第三部隊を前にマルティーナは腹から声を出して言い放った。


「あんたなんて顔も見たくないくらい大嫌い! 好きな人を婚約者にできない鬱憤を私で晴らそうとしないで、自分の力でサンタピエラ伯爵令嬢を婚約者にできるよう努力しなさいよ!」
「お父様が戻ったら、また殿下に叩かれそうになって反撃したって言います。それで無理矢理にでも殿下との婚約を無かったことにします!」


「どうぞ、お帰りはあちらです!」と扉を指したマルティーナの勢いに呑まれ、二度も頬を叩かれたヴィクターは気圧され言葉を発せなかった。
 青の瞳に濃く浮かぶ嫌悪と軽蔑の色を知った時激しいショックを覚えた。

 今までその様な感情を誰にも向けられなかったのに。


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