まあ、いいか

文字の大きさ
95 / 142
連載

八つ当たりは天使へ向く①

しおりを挟む
 


 人間の目には、空に広がった閃光は映らない。『悪魔狩』の合図を目にしたジューリア以外の面々の反応は様々だ。魔族であるリシェル、ビアンカ、魔王はかなり難しい表情をしている。神族であるネルヴァ、ヴィル、ヨハネスは一人一人違った。
 ネルヴァは主天使が寄越した光の球に礼を告げると空へ放し、椅子の背凭れに盛大に背を預けて呆れ全開の息を吐き。
 ヴィルも似たようなものだがネルヴァと違ってテーブルに肘を立て、頬杖をついて涙目なヨハネスへどうするんだと言いたげな視線をやっていた。
 ヴィルの視線に気付いていても意地でも天界へ戻りたくないヨハネスは涙目なままもう一度空を見上げた。ジューリアが見ても変化のない空は、魔族や神族の目では変化がある。


「まだ光ってるの?」
「いや……光はもう消えたよ。……昨日の今日で『悪魔狩』の再追試を始めるなんて……父さんは何考えてるんだろ」
「神の代理になったから、自分が神になったらやりたかった事をしてるだけじゃないの?」


 昨日の今日の合図とあり、一番混乱しているのは人間界にいる天使と悪魔。
 魔界への帰還指示も昨日。まだ帰還を終えていない悪魔は大勢いる。合図を確認後、魔界にいるリゼルへ連絡を取っている最中の魔王には後で話し掛けるとし、天使達の反応を窺おうとネルヴァが感知能力を最大値に上昇させた。周囲を銀色の神力が包み、微かに開いている銀の瞳も力に呼応して光を発していた。濃度の高い神力は距離を作っても弱い悪魔を消滅させる力を有する。側にいるのが魔王やビアンカ、リシェルといった高位魔族だからこそ躊躇なく使うのだ。
 また、人間にとっても毒と等しくなり、ネルヴァから離れるようヨハネスに促されてビアンカの側へジューリアは逃げた。


「ふむ」
「何か分かった? ネルヴァくん」


 連絡を送っているがリゼルからの応答がなく、声を漏らしたネルヴァに状況確認を求めた魔王。幾分か黙っていたネルヴァが重々しく口を開いた。


「ヨハネスの言う通り、昨日の今日での『悪魔狩』開始の合図に天使達も大いに困惑している。アンドリューがどんな命令を天使達に下したか分かれば良いが……」
「主天使は何も言わなかったの?」
「合図の件を送るのが精一杯だったようだよ。どうも、ミカエル以外に内通者がいるとアンドリューは勘付き、天界にいる天使達を互いに監視させてる」
「やってる事がかなり滅茶苦茶になってきたなあの眼鏡……」


 互いを疑心暗鬼にさせるだけではなく、怪しいと睨んだ天使をアンドリューに密告し、黒だと判断されれば密告した天使には褒美を、黒と判断された天使は刑罰が与えられる。
 人間の世界での刑罰は地域によって異なるが大抵は罪人を罰する為に存在する。今話を聞いた天使への刑罰は、どう考えても私的なものに見えてしまう。根底にネルヴァに知られれば怒りを食らうという事実だけは理解されており、密かに情報を送る天使を炙り出す事でネルヴァへの漏洩を防ごうとしている。


「補佐官さんとはまだ連絡取れませんか?」
「そうだね。恐らくだけど、合図を見た悪魔達が大慌てで魔界に帰還しているのかも。もしもそうだったら、役人の手だけじゃ帰還手続きが間に合わなくてリゼルくんに泣き付いただろうね」


 人間界へ降りる前に申請を通しているかの確認や帰還後の状態や荷物確認等、細かく検査をされた後家へと帰れる。悪魔なのに念入りな確認の様は人間のジューリアは吃驚で、現魔王の何代も前の時代から始まったとされており、経緯については詳しく残されていない。
 外界から齎される未知の影響力は計り知れず、数少ない理由で知っている事とすれば、山奥の街で領主を務める魔族が人間界から帰還した際、持ち帰った食べ物が人間には害がなくても魔族には非常に毒性の強い物だったせいで口にした者は一人残らず死んでしまった。領主家族だけではなく、招待を受け物珍しさから口にした貴族も。


「私の前世でもよく聞いたよ。外国から持ち込まれた動物や植物が在来種の脅威になってるって。悪魔でもそんな話になるんだね」
「意外でしょう?」
「うん」


 それが生き物というもの。


「魔王陛下。私からもパパに連絡を入れましょうか?」
「リシェルちゃんからの連絡なら、リゼルくんも最優先で聞いてくれるだろうから頼めるかい?」
「はい!」


 愛娘リシェルを溺愛する補佐官なら、どれだけ多忙だろうとリシェルからの連絡なら必ず応じるという確信は補佐官をよく知る者なら持つ。早速リシェルもリゼルに連絡を送った。
 互いが遠くにいても念話テレパシーという魔法で何時でも連絡が取り放題。どうやって使うのかと魔王に訊ねると相手の姿を鮮明に頭に浮かべ、魔力を辿ることで念を送る。相手が受け取ってくれれば会話が成立される。


「難しそうだけど便利」


 魔力操作自体は難しくないものの、相手の姿を頭に鮮明に浮かべないとならないので親しい者限定でしか使えないのが難点。絶賛魔力操作の練習中であるジューリアには先の話。


「ダメね……パパからの応答がない。陛下の言うように帰還した魔族の対応に追われてるのね」
「リシェルちゃんでも駄目となると……リゼルくんらしくないな。リシェルちゃんからの連絡なら、最優先で応える筈なのに」


 今ネルヴァが感知能力を最大値にして探っているように、魔界の状況を同じ術で探れないかと魔王に聞いてみたら、既にしている最中だと答えられた。なのに魔王の表情が優れないのはリゼルからの応答がないのと同じで魔界の状況も探れなくなっているから。
 昨日の今日での『悪魔狩』開始は念入りな準備がされていたのかと疑ってしまうくらい、魔界との連携が取れなくなってしまっている。


「どう思う? ネルヴァくん」
「ううん……どうも人間界にいる方の分が悪い。人間界に上位天使が一人、魔界の空にも中位の天使が数人いる。魔界にいる天使が人間界へ続く扉付近で君達のやり取りを妨害する術を構築してしまって上手く連絡が取れなくなってるのだよ」
「そうだったのか……リゼルくんならすぐに気付けそうなのに」
「エル君の言う通り、大慌てで帰還した悪魔達の対応をしているんじゃないのかな?  魔界の中位天使はリゼ君に任せたらいい。問題は人間界にいる上位天使だ。熾天使ではないがかなり厄介だ」


 上位三体の一角で最も好戦的な天使。と聞いただけで「あいつか。最悪。任せたよ兄者」とヴィルの言葉を受けたネルヴァは感知能力を解き、片手で顔を覆い空を見上げた。


しおりを挟む
感想 42

あなたにおすすめの小説

リアンの白い雪

ちくわぶ(まるどらむぎ)
恋愛
その日の朝、リアンは婚約者のフィンリーと言い合いをした。 いつもの日常の、些細な出来事。 仲直りしていつもの二人に戻れるはずだった。 だがその後、二人の関係は一変してしまう。 辺境の地の砦に立ち魔物の棲む森を見張り、魔物から人を守る兵士リアン。 記憶を失くし一人でいたところをリアンに助けられたフィンリー。 二人の未来は? ※全15話 ※本作は私の頭のストレッチ第二弾のため感想欄は開けておりません。 (全話投稿完了後、開ける予定です) ※1/29 完結しました。 感想欄を開けさせていただきます。 様々なご意見、真摯に受け止めさせていただきたいと思います。 ただ、皆様に楽しんでいただける場であって欲しいと思いますので、 いただいた感想をを非承認とさせていただく場合がございます。 申し訳ありませんが、どうかご了承くださいませ。 もちろん、私は全て読ませていただきます。 ※この作品は小説家になろうさんでも公開しています。

【完結】最後に貴方と。

たろ
恋愛
わたしの余命はあと半年。 貴方のために出来ることをしてわたしは死んでいきたい。 ただそれだけ。 愛する婚約者には好きな人がいる。二人のためにわたしは悪女になりこの世を去ろうと思います。 ◆病名がハッキリと出てしまいます。辛いと思われる方は読まないことをお勧めします ◆悲しい切ない話です。

ドレスが似合わないと言われて婚約解消したら、いつの間にか殿下に囲われていた件

ぽぽよ
恋愛
似合わないドレスばかりを送りつけてくる婚約者に嫌気がさした令嬢シンシアは、婚約を解消し、ドレスを捨てて男装の道を選んだ。 スラックス姿で生きる彼女は、以前よりも自然体で、王宮でも次第に評価を上げていく。 しかしその裏で、爽やかな笑顔を張り付けた王太子が、密かにシンシアへの執着を深めていた。 一方のシンシアは極度の鈍感で、王太子の好意をすべて「親切」「仕事」と受け取ってしまう。 「一生お仕えします」という言葉の意味を、まったく違う方向で受け取った二人。 これは、男装令嬢と爽やか策士王太子による、勘違いから始まる婚約(包囲)物語。

(完結)お姉様の恋人をとってもいいでしょう?(全6話)

青空一夏
恋愛
私と姉はオマール男爵家の長女と次女で、姉は屋敷から出て、仕事をして暮していた。姉は昔から頭が良くて、お金を稼ぐことが上手い。今は会社を経営していて、羽振りが良かった。 オマール家で、お兄様が結婚して家督を継ぐと、私は実家に居づらくなった。だから、私は姉の家に転がりこんだのよ。 私は姉が羨ましかった。美人で仕事ができてお金が稼げる・・・姉の恋人を奪えば・・・ コメディタッチの、オチがあるお話です。※現代日本によく似た部分のある西洋風の爵位がある不思議異世界もの。現代機器あり。

[完結]「私が婚約者だったはずなのに」愛する人が別の人と婚約するとしたら〜恋する二人を切り裂く政略結婚の行方は〜

h.h
恋愛
王子グレンの婚約者候補であったはずのルーラ。互いに想いあう二人だったが、政略結婚によりグレンは隣国の王女と結婚することになる。そしてルーラもまた別の人と婚約することに……。「将来僕のお嫁さんになって」そんな約束を記憶の奥にしまいこんで、二人は国のために自らの心を犠牲にしようとしていた。ある日、隣国の王女に関する重大な秘密を知ってしまったルーラは、一人真実を解明するために動き出す。「国のためと言いながら、本当はグレン様を取られたくなだけなのかもしれないの」「国のためと言いながら、彼女を俺のものにしたくて抗っているみたいだ」 二人は再び手を取り合うことができるのか……。 全23話で完結(すでに完結済みで投稿しています)

壊れた心はそのままで ~騙したのは貴方?それとも私?~

志波 連
恋愛
バージル王国の公爵令嬢として、優しい両親と兄に慈しまれ美しい淑女に育ったリリア・サザーランドは、貴族女子学園を卒業してすぐに、ジェラルド・パーシモン侯爵令息と結婚した。 政略結婚ではあったものの、二人はお互いを信頼し愛を深めていった。 社交界でも仲睦まじい夫婦として有名だった二人は、マーガレットという娘も授かり、順風満帆な生活を送っていた。 ある日、学生時代の友人と旅行に行った先でリリアは夫が自分でない女性と、夫にそっくりな男の子、そして娘のマーガレットと仲よく食事をしている場面に遭遇する。 ショックを受けて立ち去るリリアと、追いすがるジェラルド。 一緒にいた子供は確かにジェラルドの子供だったが、これには深い事情があるようで……。 リリアの心をなんとか取り戻そうと友人に相談していた時、リリアがバルコニーから転落したという知らせが飛び込んだ。 ジェラルドとマーガレットは、リリアの心を取り戻す決心をする。 そして関係者が頭を寄せ合って、ある破天荒な計画を遂行するのだった。 王家までも巻き込んだその作戦とは……。 他サイトでも掲載中です。 コメントありがとうございます。 タグのコメディに反対意見が多かったので修正しました。 必ず完結させますので、よろしくお願いします。

【完結】竜人が番と出会ったのに、誰も幸せにならなかった

凛蓮月
恋愛
【感想をお寄せ頂きありがとうございました(*^^*)】  竜人のスオウと、酒場の看板娘のリーゼは仲睦まじい恋人同士だった。  竜人には一生かけて出会えるか分からないとされる番がいるが、二人は番では無かった。  だがそんな事関係無いくらいに誰から見ても愛し合う二人だったのだ。 ──ある日、スオウに番が現れるまでは。 全8話。 ※他サイトで同時公開しています。 ※カクヨム版より若干加筆修正し、ラストを変更しています。

【完結】私の望み通り婚約を解消しようと言うけど、そもそも半年間も嫌だと言い続けたのは貴方でしょう?〜初恋は終わりました。

るんた
恋愛
「君の望み通り、君との婚約解消を受け入れるよ」  色とりどりの春の花が咲き誇る我が伯爵家の庭園で、沈痛な面持ちで目の前に座る男の言葉を、私は内心冷ややかに受け止める。  ……ほんとに屑だわ。 結果はうまくいかないけど、初恋と学園生活をそれなりに真面目にがんばる主人公のお話です。 彼はイケメンだけど、あれ?何か残念だな……。という感じを目指してます。そう思っていただけたら嬉しいです。 彼女視点(side A)と彼視点(side J)を交互にあげていきます。

処理中です...