まあ、いいか

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予想よりも早い合図

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 四方を天使の形をした光に囲まれた魔族の男。光から発せられる濃い神力と自身の力の差を感じ取り冷や汗が止まらない。大教会にいるのは子供姿の天使と大天使と聞いていた男からすると大天使以上の神力を感じさせる目の前の天使の存在は完全に抜けていた。


「どうしたんだい。さっきの威勢は何処へ行ったの」


 余裕の笑みで魔族の男と対峙するネルヴァ。多量の魔力をリゼルに奪われていると言えど、まず人間では勝てない。次に大天使でもミカエル以外は難しく、上位三体の登場となる。
 但し、ネルヴァからすれば弱い魔族。リゼルとエルネスト以外の魔族は基本弱いと見ているネルヴァであるが、威勢の良い魔族に少しだけ期待した。弱くても少しは楽しませてくれるのではと。

 固まってばかりで動く気配を感じない男へ失望の溜め息を零した。


「見掛け倒しか。つまらないね」
「な、舐めるな、天使風情がっ」
「じゃあ、試してみよう」


 明らかな強がりを披露する魔族の男への興味は疾うに失せた。男の足首を地面から出現した蔓が拘束し、動きを封じたまま四方を囲む天使の形をした光が一斉に男に抱き付いた。瞬く間に体に流れる神力は魔族にとって猛毒。激痛による絶叫を上げる男を見るネルヴァの銀瞳は冷ややかだ。
 戦いすら起きなかった目の前の光景に唖然となるジューリオ。退屈そうにするヴィルに関しては欠伸をする始末。ジューリアに至っては「ヴィルの兄者すごいね~」と感心していた。


「あんなんでも一番強いから」
「そういえばそうだったね」


 先代神の座に就き、現在は甥のヨハネスに神の座を押し付け隠居生活を送っていると言えど、純粋な神力で言うとネルヴァが圧倒的に上。兄弟間だとその次がヴィル、イブ、アンドリューとなる。
「魔族は……」呆然としたまま声を出すジューリオへヴィルとジューリアの視線が移る。


「人間では倒せないと信仰教育で習うんだ。対抗可能なのは、聖魔力を持った聖女や神官、そして天使様だけだと……」
「正解。人間が魔族に対抗する術は限られた力を持つ奴しかいない。その他は、魔族と遭遇しても逃げるのがお勧め」
「天使様というのは、こんなにも強かったのだな……僕から見てあの魔族はとても強そうだったのに」


 ネルヴァの正体が天使ではなく、先代神の座に就いていた神族というのは最後まで黙っていよう。
 絶叫を上げていた魔族の男の声が消えた。男がいた場所には灰色の粉が広がり、天使の形をした光も既に消えていた。


「終わったよ」
「呆気なかったね」
「顔の傷が大きかったのさ。多量の魔力を奪われていたお陰で動かずに殺せた」
「リゼル=ベルンシュタインに感謝だね」
「ある意味では、リゼ君のせいでお嬢さんに迷惑が掛かっているようだけど」


 リゼルについては後回し。メイリンに化けていた魔族の男は消滅し、脅威は去った。ジューリオに向いたジューリアは口を開こうとするも、従者が此方に向かっているのを視界が捉えたので何も言わなかった。


「殿下! 突然姿を消してしまわれたので心配しました」
「す、すまない」
「何処にいらしたのですか? さっき、この辺りを見た時殿下の姿はありませんでしたが」
「ああ、悪魔の仕業だ。天使様が倒して下さったから心配ない」


 姿が見えなかったのは人払いの結界を魔族の男が貼っていたからである。
 ジューリオの無事を確認した従者は心底安心した声を漏らし、天使様と教えられたネルヴァに深く頭を下げ礼を述べた。そういえばリシェルは? と抱いたジューリアは従者が走って来た方を見やれば、彼女の方も此方に向かっていて到着するとネルヴァの腕を掴んだ。


「お待たせリシェル嬢」
「ネロさん、何があったの?」
「皇子様とお供がいなくなってから話そう」

「ジューリア」


 膨大な魔力を持ちながらも扱う術を持たない人間の子供等、力を欲する魔族からしたら最も効率よく魔力を奪える極上の餌。魔王やリゼル以上がいないにしろ、これからも狙われ続けるのなら対策を講じる必要がある。
 今から相談をしたいとヴィルに持ち掛ける前にジューリオに声を掛けられた。


「悪魔がお前を狙っている事は陛下やフローラリア公爵に伝えるべきだ」
「要りませんよ。帝国やフローラリア家の力は要りません」
「……」


 いつもなら此処で食って掛かるジューリオなのに、今回は黙ってしまった。何度か瞬きを繰り返した後、とても何か言いたげな表情のまま「……分かった。お前が魔法を使える事も含めて何も言わない」とだけ言い、ネルヴァやヴィルに頭を下げると従者を連れて帰った。

 急な変化に不気味さを感じつつも、漸くうるさいのがいなくなった。


「ふう。これに懲りて二度と来ないでほしいわ」
「皇子様に言えば良かったじゃない」
「言ったら言ったでうるさいから言わない。それよりヴィル、今から魔王さんの所に行こうよ。ヴィルの兄者がさっき殺した魔族以外にも、私を狙ってる魔族がいるか探す方法はないかってさ」
「兄者に言えば感知能力を使ってすぐに見つけられるよ」


 そうなの? と側まで来ていたネルヴァに視線で問うと頷かれた。


「お嬢さんの言う通りエル君の所に行こう」
「いいの? そこの魔族も連れて行くんでしょう?」


 ヴィルの言う魔族とは言わずもがなリシェルを指す。


「勿論さ。リシェル嬢をビックリさせると思うけど大人しくしててね」
「魔王陛下がいるんだよね? 他に誰かいるの?」
「行ってみてからのお楽しみ」


 他の誰かがビアンカだと知ったリシェルの反応に不安を覚えつつ、早速魔王が滞在している宿へ向かうと決定した。その際、遠くからネルヴァと魔族の男を眺めていたヨハネスが慌てて走って来てヴィルに抱き付いた。


「だから僕を置いて行かないでって!!」
「うるさい」


 神力を纏った拳でヨハネスの顔を殴って黙らせたヴィルであった。

  

  

 ——魔王が滞在する宿の近所にあるカフェでお茶をしていた魔王を発見した。同じテーブルにはビアンカもいる。
 ビアンカがいると聞いていなかったリシェルは体を強張らせ、ビアンカもリシェルの姿を見るなり表情を険しくさせた。魔界の王子を巡って争い、結果ビアンカが負けた。魔界に於いて敗者は勝者に絶対服従。趣味の悪い貴族にビアンカが売り飛ばされたのは、仕返ししたいというリシェルの希望があったからだ。
 一触即発。……なのだが空気を読めない者が二人いた。
 大きな音をお腹から出したヨハネスに大層呆れるヴィルとネルヴァ。緊張状態が一気に解けたのはいいものの、何とも言えない空気が流れ始めた。にも拘わらず、気にしないヨハネスは魔王とビアンカの隣のテーブルに座って給仕にメニュー表を運ばせた。
「おい」とヴィル。


「いいじゃんか! お腹減ったんだもん!」
「空気を読むって知ってる?」
「しょうがないだろう。ネルヴァ伯父さん達が魔族の相手をしてる間、待ってたら急にお腹が減ったんだから」
「魔族の相手?」


 ヨハネスの口から出た二文字に反応したのは魔王。
「それがね」ヨハネスと同じテーブルに座ったネルヴァが先程の状況を簡単に説明した。
 難しい表情を浮かべる魔王の向かい、魔族が言ったリゼルによって消滅された家門が自身の生家アメティスタ家と瞬時に解したビアンカの顔色が悪くなった。ジューリアが魔族に狙われる理由にアメティスタ家が関わっているのなら自身も無関係じゃない。

 そして空気を読めない二人目が「魔王さん」と側に立った。


「人間界にいる魔族でビアンカさんの家と関係のあった人って探せますか?」
「どうだろう……『追放者』だったら探す術がない、かな。こっちで管理しているのは、正式な申請をした魔族だけだから」
「私を狙ってる魔族が何処にいるか分かれば、向こうが来る前にどうにかしてもらおうと思ったけど難しいか」


 となるとネルヴァの感知能力頼りとなる。期待した回答を得られず、トボトボと歩いてビアンカの側に行ったジューリア。顔色が悪いと指摘するとビアンカに恨まないのかと訊ねられ、頭から大量の疑問符を飛ばした。魔法の練習に付き合ってもらっているビアンカを恨むという発想がなかったジューリアからすると質問自体謎だ。


「どうしてですか」
「わ、わたくしの生家が貴女を狙っていたから、貴女は魔族に狙われる羽目になっているのよ?」
「ビアンカさんは知らなかったんですよね? 知ってたら、私を油断させてそのまま食べちゃってましたよね? 初めて会った時も私を知ってる素振りはなかったから、多分ビアンカさんは何も知らなかったのかなって思ったんです」
「知らなかったけれど……」


 知らないから無関係とは言えない。アメティスタ家が何故ジューリアを狙っていたかまでは分からない。魔力量に目を付けていたにしても誰の為にと疑問が浮かぶ。
 当主か後継者の魔力増強の線が最も濃い。ジューリア程の魔力量を得られればリゼルへの対抗策に大きく貢献する。

「その線が濃い…………うん?」と言い掛けたネルヴァの前を光の球がやって来ると顔の前をくるくる回る。寄越したのはネルヴァに天界の情報を流す主天使。天界に動きがあったのだと悟り、光の球を掌に乗せた刹那――顔色を変えたネルヴァが空を見上げた。他も釣られて空を見上げ、ジューリア以外瞠目し唖然とする。
 何が何だか分からないジューリアは顔を下げた魔王に訊ねる。今まで一番悩ましい表情を見せている魔王はジューリアだけ見えない理由を人間だからと話した。


「人間の君には見えないんだ」
「何が起きたの?」
「……天使による『悪魔狩』開始の合図が発生したんだ」



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