砂糖漬けの日々~元侯爵令嬢は第二王子に溺愛されてます~

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1 愛しい人

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 紺色に染まった空の下。
 魔界を統治する魔王の魔力によって咲き誇る青い薔薇。
 一面青で埋め尽くされた庭園の芝生で、心地よい風に当たって読書をしている女性が1人。

 名前をエウフェミア=ローゼンベルク。

 魔界では珍しい純金の髪は陽光に照らされただけで輝きを増し、海の底を思わせる深い蒼の瞳は小さな文字を集中して追っている。純白の肌と可憐な――若干幼さがある――顔立ちのエウフェミアに夢中になっている男性は数多くいる。
 が、エウフェミアは人妻。

 それも――

  
「フェミー」

  
 フェミーと呼ばれたエウフェミアは本から顔を上げた。青みがかった癖のある黒髪、長い睫毛に縁取られたアーモンド型の紫水晶、聴覚に入るだけで異性を甘く蕩けさせる声色を発した男性が隣に腰を下ろした。

  
「フェミー……」
「んっ……」

  
 耳元で囁かれる様に名前を紡がれた。
 至近距離から聞く声は全身に甘い痺れを発生させる。

  
「も、ヨハンっ」
「俺は耳元で喋っているだけだが?」
「だか、ら、それがっ」
「それが?」
「っ~~~」

  
 分かってて聞いてくるヨハンは意地悪だ。真っ赤な顔と涙目な瞳で睨んでも、ヨハンは涼しい表情をしている。

 ヨハン=ローゼンベルク。
 エウフェミアの夫であり、魔界の第2王子。
 2人が結婚したのは1年前。
 出会ったのは8歳。丁度、10年前。

 ヨハンの手が腰に回された。
 愛撫するように上下に動く手。ぴくん、とエウフェミアの身体は反応し、声が漏れる。上を見ても、意地悪く微笑むヨハンのかんばせがあるだけ。小さな雫が瞳から零れて漸くヨハンは意地悪を止めた。顔を真っ赤にし、息が荒くなり始めていたエウフェミアの額にキスをした。

  
「嗚呼、可愛いフェミー。今から俺と遊ぼう」
「はあ……あ……、遊ばない」
「つれないことを言うな。一昨日から、ずっとフェミーを気遣って二度しか抱いてないのに」
「二度も十分多いわよ……」

  
 悪魔、とりわけ強大な魔力を有する高位魔族は欲が強い。物欲、性欲、食欲等々。次期魔王である兄王子よりも強い魔力を持つヨハンは、更にエウフェミアというただ一人の伴侶を得ている為に、余計欲が強い。

 毎日飽きることもなくエウフェミアを抱き潰していたヨハンだが、近々開催される夜会の為に何度も抱いていたのを2回に制限した。しかし、エウフェミアにしたら1回でぐったりするのに二回は多い。

  
「ね、え、ヨハン、せめて1回にして」
「1回? 少ない。今でさえ2回で我慢しているというのに」
「2回も多いよ。普通は1回よ……」
「フェミーは分かってないな。兎に角、1回じゃ終わらない。今は2回で済ませてやっているんだ。……それか、面倒な夜会なんて無視して朝になるまで」
「うう、わ、分かった、分かったからぁ、2回でいいよ!」


 恐ろしい発言を軽々と口にしようとしたヨハンの声を遮り、諦め境地に達したエウフェミアは半ば自棄になって言い放った。2回より更に抱かれるともう理性も何もない。ヨハンの好きなようにされるだけ。
 了承の言質を取ったヨハンは上機嫌に純金の髪にキスを落としていく。エウフェミアの読んでいた本に触れた。


「これは?」
「ああ、書庫室にあったのを借りて読んでいたの。部屋にあるのは全部読んじゃったから」
「言ってくれれば、新しいのを用意するのに」
「書庫室にある本を借りれれば十分だよ」
「そうか?」
「うん」


 本から視線をエウフェミアに移したヨハンは、前髪を上げて額にキスを落とした。


「部屋に戻ろう。元々、フェミーとお茶がしたくて此処に来たんだ」
「うん。本も読み終わったからいいよ」
「読み終わってなくても、無理矢理連れて行った」
「もう」


 ぷすう、と頬を膨らませても「怒った顔も可愛い」と囁かれて顔を真っ赤するだけ。ヨハンはエウフェミアの背中に腕を支えるように回し、膝を裏側から抱き上げた。
 歩けると訴えても聞く耳を持ってくれない。ヨハンの腕の中で顔を真っ赤にするだけのエウフェミアは、彼が漏らした夜会という言葉を聞き、自分の元家族を思い出した。

 向こうにとって自分は家族ではない。

 エウフェミアがヨハンと結婚したのは1年前だが、一緒に暮らし始めたのは9年前から。幼少期に家を離れ、王族しか住んでいない魔王城で暮らしているのにはちゃんと訳がある。

 エウフェミアの家庭環境ともう一つは、夫ヨハンの――エウフェミアに対する果てのない独占欲と執着心によるもの。

 第2王子夫妻の部屋に戻ると、金の装飾がされた青色のソファーに座ったヨハンの膝上に乗せられた。


「よ、ヨハンっ」
「恥ずかしがるな。フェミーの席は此処だろう?」
「もう、そうやってすぐにからかう」
「からかう? 俺は至って真面目だ。真面目にフェミーに求愛して、愛情表現をしている。それを疑うなんて……」


 端正な顔には似合わない、悲壮感漂う表情をされるも長年一緒にいるエウフェミアには、それが嘘だと分かる。怒ったようにヨハンの頬を両手で包み込んだ。


「ヨハンの愛情を疑ったことなんてないわ。でも、恥ずかしがる私を見て楽しんでいるでしょう?」
「はは、バレてたか」
「バレバレよ」
「そう怒るな。フェミーの怒った顔も可愛くて何度も見たくなってしまうんだ」


 アーモンド型の紫水晶に見つめられるだけで、期待を抱いて甘く痺れてしまう。悪魔の成人は16を迎えてから。成人を迎えてすぐヨハンはエウフェミアを抱いた。
 ヨハンも初めてな筈なのに上級者並みの手管を持っていたのは何故なのか。エウフェミアの中の、ヨハン七不思議の1つである。

 ヨハンの顔を引き寄せ、触れるだけのキスを唇にしていく。
 すると抱き締められ、薄く開いた口内に舌を差し入れられた。


「ん……んう……、あ……」
「ふ……ん……」


 数え切れない程キスを交わしてきた。
 が、自分から舌を絡ませるということが出来ないエウフェミアは、絡まれると舌を奥へ引っ込んでしまう。すかさず、ヨハンの舌が逃がさないと絡めてきた。
 キスに夢中になり、熱が入ったヨハンに押し倒されるまで後数秒ー……




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