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2 思い出さなければいい
しおりを挟む「ん……」
重たい瞼を開けた。月光が窓から差し込む薄暗い室内。寝惚けた意識で胸に感じる重みが何か確認した。エウフェミアの胸に顔を寄せてヨハンが眠っていた。終わった後、大抵気絶したように眠るエウフェミアは自分が裸ではなく、肌触りのいいネグリジェを着せられていてホッとした。裸だったら、起きたヨハンに襲われる可能性がぐんと高まる。癖毛な黒髪に指を通した。猫の毛を連想させる柔らかな髪の毛。暫く撫でているとヨハンの瞼が震えた。時間をかけて開かれた紫水晶の瞳は、薄暗い部屋の中でも輝きを失わない。妖しく光る紫水晶に胸が高鳴った。
「人の頭を撫でて楽しいか?」
寝たふりをしていたらしい。
「ヨハンの髪、触り心地が良くて好き」
「それは良かった。だが、俺はフェミーの髪の方が好きだ。さらさらして、いい匂いがする」
「ん……」
顔を上げたヨハンに顎をぺろりと舐められた。くすぐったさで声を漏らすと変な場所を触られ、顔を真っ赤にして「ヨハン!」と声を大きくした。
「はは、冗談だ」
「も、もうっ、冗談で触っていい場所じゃないっ」
気を抜くとすぐにエウフェミアをその気にさせようとする。
油断も隙もあったものじゃない。
拗ねた面持ちでヨハンを見、そっぽを向いた。フェミーと呼ばれても無視を貫いているとまた同じ場所を触られ、ヨハン! と真っ赤な顔で怒る。今度はヨハンが拗ねた顔をしてエウフェミアを見上げた。
「フェミーが相手をしてくれないと、退屈で死にそうだ」
「退屈で死ぬ人はいないわ」
「いいや。死ぬよ。刺激を受けない日々を過ごしていると最初に脳が死んで、感情も何もない……ただ生きているだけの存在になる。特に、俺達高位魔族は長寿だ。長く生きる程、生を実感するものを受けていないとあっという間に死んでいく」
人間の平均寿命が80歳以上なら、悪魔の寿命は軽く数千年を超える。ヨハンの言う通り、高位魔族程長く生きる。魔界で最も長生きなのは公爵家の当主である2人の悪魔。エウフェミア自身、接点がないので詳しく知らないがヨハンは魔王の息子なので何度か面識があるとか。
エウフェミアに抱き付いたまま、お休みと言ってヨハンはまた眠った。健やかな寝息を聞いているとエウフェミアも眠くなってきた。ヨハンの頭を抱き締めて眠りに就こうとしたが、今度の夜会、自分はきちんと元家族とちゃんと会えるだろうかと不安になる。
会って、第2王子妃として、相応しい振る舞いが出来るだろうか。
エウフェミアの生家アクアディーネ侯爵家は、侯爵家でありながら父の政治的手腕によって『五大公爵家』と並ぶ財力を誇る。下手にアクアディーネ侯爵家を敵に回せば面倒、というのは魔界の貴族ならば誰でも知っている。流石に公爵家には敵わないが……。
「ねえ……ヨハン……、私……ヨハンには言わなかったけどね、今度の夜会すごく不安なの。お父様達に会うのもあるけど、あの子もいるから……」
エウフェミアの口にしたあの子とは、腹違いの妹のこと。
家族として生活したのは1年程。
お姉様、お姉様と慕って親鳥に付いて回る雛鳥のようにエウフェミアと一緒にいたがった可愛い異母妹。
『エウフェミア。お前はもう1人ではない。姉になるのだ。何時まで1人っ子気分のままでいるつもりだ』
『妹の為にお茶もしてやれないのか? なんて姉だ』
『妹が欲しがっているのに譲ってもやれないのか? あの女の娘なだけあるな』
……脳内が愛人と娘の幸せしかない父にとって、エウフェミアは幸せを邪魔した女の残した邪魔者でしかなかった。
何をしても異母妹優先、異母妹が最優先なあの家での生活を思い出すと胃がキリキリと痛くなる。
例え異母妹が良い子でも、あの父と離れ離れになっていなかったら、エウフェミアは毎日胃痛に悩まされ胃薬が手放せなくなっていただろう。
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