砂糖漬けの日々~元侯爵令嬢は第二王子に溺愛されてます~

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3 ヨハンとの初めての会話

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 アクアディーネ侯爵夫妻の関係は、当時8歳だったエウフェミアが聞かなくても分かるくらい冷めたものだった。
 父アロン=アクアディーネと母ウェンディ=アクアディーネは、貴族でよくある政略結婚だった。ウェンディは魔界では珍しい純金の髪に海の底を思わせる深い蒼の瞳をしており、エウフェミアの容姿は母親の遺伝が極端に強い。アロンは赤みがかった銀髪に真紅の色をした瞳の美丈夫。
 魔界の住民は、魔力が強くなればなるほど容姿が美しくなる。強い魔力を持つ両者も例外ではない。アロンは髪と瞳の色とは反対の冷たい美貌に虜になる女性が後を絶たなかった。ウェンディも珍しい髪の色であるが、幼さの残る可憐な顔立ちで男性達から絶大な人気を誇った。

 社交界では人気者の2人だが、婚約が決められた当初から仲は冷えていた。いや、アロンがウェンディを受け入れなかった。元々アロンには恋人がいた。それも平民。愛人や妾ならまだしも、恋人を正妻にしようとしていたアロンの行動を先回りして、アロンの両親がウェンディとの婚約を結んだ。
 ウェンディの実家は裕福ではあるが珍しくあまり欲のない貴族だった。ウェンディの気が乗らない様子だったから初めは断ったがアクアディーネ侯爵家は、どうしてもアロンと恋人を引き離したかった。半ば強引に婚約を結ばれてしまった。

 結婚し、1人娘のエウフェミアが生まれるとアロンは本邸には帰って来ず、平民界にいる恋人の所で暮らし始めた。無論、恋人と住む為に別荘を建てて。
 当時のエウフェミアは、父がいなくても母が父がいない分を補うように溢れんばかりの愛情を注いで育ててくれたので、これといって不満はなかった。使用人達も優しく見守ってくれた。

 父不在。だが、幸福に溢れた穏やかな生活。

 これだけで十分幸せだったのに、エウフェミアの8歳の誕生日を見届けるようにウェンディは病で亡くなった。亡くなる半年前から体調不良が続いており、誕生日の1ヶ月前から急速に病状が悪くなっていった。名高い名医に診察してもらうも、原因は不明と首を振られた。ウェンディは自身の余命が風前の灯火であるとよく分かっていたのだろう。毎日泣きそうな顔をしながら見舞いに来るエウフェミアの頭をそっと撫でてこう言った。


『エウフェミア。可愛い私の娘。お母様のお話を聞いてくれる?』
『も、勿論ですっ』
『ふふ、泣かないの。お母様は大丈夫だから。でも、もし私がエウフェミアを残して死んでしまったら、あの人は絶対恋人を家に迎え入れるわ。そうなったら肩身の狭い思いをエウフェミアにさせてしまうかもしれない』
『大丈夫、です。私の心配よりも、お母様のお体の方がうんと大事です』
『ううん。お母様よりもエウフェミアの方が大事よ。いい? エウフェミア。もし、この家に居たくないとちょっとでも思ったら、あの人以外の誰かを頼りなさい。きっとエウフェミアの力になってくれるわ』


 あの時のウェンディの言葉は、恐らくヨハンを頼れと言っていたのだろうとエウフェミアは解釈する。

 ウェンディの病が発覚するちょっと前に、魔王城に用があって母と共に登城していた。魔王の魔力によって咲き誇る青薔薇の庭園で待っていてと言われ、長椅子に座って母を待つエウフェミアの所に当時8歳のヨハンが珍しい顔をしてやって来た。


『此処で何をしてるの?』


 エウフェミアは彼が魔界の第2王子と知っていたので長椅子から降りてこうべを垂れた。礼儀に則った挨拶をして疑問に答えた。顔を上げてと言われ、エウフェミアは何時のまにか距離が近くなっていたヨハンに驚いて後ずさった。
 途端、不機嫌な表情をされた焦った。


『俺が近くにいるのは嫌?』
『ち、違います。きょ、距離が近くなっててビックリして……』


 心の通りの言葉を出した。嘘じゃない。
 エウフェミアの言葉に偽りがないと判ったヨハンは、表情を和らげ長椅子を指差した。


『アクアディーネ夫人が来るまで俺の話相手になってよ』
『は、はい』


 魔王の子は2人。ヨハンと兄王子のナスカ。2人は異母兄弟で、ナスカは正妻の子、ヨハンは愛人の子。魔王は世襲制ではなく、完全なる実力主義。代々『五大公爵家』から多く出ているが中には平民の魔王も存在した。魔力が強大でも政治的手腕がないと判断されれば、始祖の魔王に最も信頼されていた公平と名高いイグナイト公爵家が補佐をする。自由気儘な公爵と名高いシルヴァ家もこういう時は仕事をする。代々宰相を務めるフォレスト家も同じ。魔術の名家と名高いノワール家は、シルヴァ家を上回る自由人が多いので基本ノータッチ。但し、魔界の治安を担っているのでそれ相応の仕事はする。最後にドラメール家があるがここは典型的な完全なる貴族主義なので手を出させないようにしている。
 現在の魔王は、正妻やヨハンの母である愛人の他にも、多数の女性を囲っている。
 補佐役のイグナイト公爵が魔王の女性関係に何度か苦言を呈しているが聞く耳を持たない。

 愛人を囲っていると言えば、自分の父がそうなので何も言えないエウフェミアはヨハンの話に耳を傾け、適度に相槌を打つだけ。


『苦労してるよなあ、イグナイトのおじじ』
『こ、公爵様をそのように呼んでよろしいのですか?』
『いいよ。本人もいいって言ってるし。なあ、エウフェミア……つか、エウフェミアって長いな』
『そうですか?』
『うん。夫人には普段なんて呼ばれてるの?』
『エウフェミア、です』


 若しくは“可愛い娘”か“私の愛娘”である。


『ふーん。なら、俺が愛称を作ってもいい?』
『は、はい』


 王子の提案を却下する思考はない。


『エウフェミアだから……フェミー。フェミーでいいか?』
『フェミー……勿論です、王子殿下』


 初めて誰かに愛称を作って、呼んでもらえた。母に名前を呼ばれるのは大好きだが、ヨハンに呼ばれる愛称は特別感がある。


『じゃあフェミー。俺の上に王子がいるのは知ってるよな?』
『ナスカ王子殿下、ですよね』
『そ。母親違いだけど、兄者は俺に優しくしてくれる良い人なんだけど……ちょっとうざい』
『え』


 変わった呼称で兄を呼ぶのだなと抱いた直後のうざい発言。目を丸くするエウフェミアに構わず、ナスカの弟愛が毎日うざいとヨハンは溜め息交じりに話す。
 ヨハンもナスカは大好きだ。魔王譲りの膨大な魔力こそあるが、母が愛人ということで周囲から腫れ物のような扱いを受けている中、ヨハンを愛してくれる数少ない人。だが、如何せん愛情表現が過激で鬱陶しい。兄弟がヨハンだけしかいないというのもあるがナスカの弟愛はすごい、らしい。

 どこがうざい、でも本人に悪気が一切なく真っ直ぐに愛情表現をしているだけな分質が悪い。雑に扱うと大泣きして弟が反抗期を迎えたと嘆く。
 聞いているだけでは仲の良い兄弟の話。
 聞き役に回るエウフェミアはふふ、と微笑みを零した。


『殿下達が仲良しなのは良いことです』
『そう? 少しくらい距離を取ってくれてもいいんだけどね』


 お茶会で数度姿を見掛け、会話も挨拶だけでまともに話したことのない相手なのに、緊張は多少あれど普通に会話が出来る自分にエウフェミアは驚きを隠せない。
 きっと、ヨハンが話しやすいようにしてくれているのだ。

 それから母が来るまでずっとヨハンと会話し続けたのであった。


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