31 / 81
ミルティーの宣言3
しおりを挟む昼になると生きているだけでお腹は減る。
授業に参加せず、昼食だけ摂るのも厭らしいが空腹を耐える根性がない。丁度ミルティーも持ってきた本を全て読み終えたらしく、表紙を閉じていた。
「お腹が減りました~」
「そうね。食堂で食事をするのもあれだから、パンと飲み物を買って裏庭で食べましょう」
「はい!」
ずっと同じ体勢でいたせいですっかりと体が固くなっていた。思い切り伸びをして肩、腕、手首の骨が鳴った。行きましょう、とミルティーを促し図書室を去った。
昼休憩はどこも人が多い。食堂はその最たる場所。購買に行く前シェリは食堂内を見渡した。
見つけた。
「オーンジュ様? あ……」
ミルティーも気になってシェリの視線の先を辿った。気まずげに金色の瞳を向けられても昨日程の痛みは起きなかった。
2人席に座って、談笑し合うレーヴとアデリッサがいた。
「……すごいわねミルティーさん」
「へ」
「あなたの【聖女】としての力はすごいわ」
「わ、私何もしていませんが……?」
側にいただけで何もしていない。
側にいただけでミルティーはしっかりとシェリを助けていた。【聖女】云々は関係ない、彼女が黙って側にいてくれた、いてくれるだけで救われている。
そうね、と可笑しく笑うとミルティーも釣られるように笑う。
嫉妬さえ起こさなければ、もっと早くに彼女とこうして穏やかな時間を過ごせていた。そう思うとレーヴの裏切りは少しは自分自身を見つめ直す切っ掛けを与えてくれた。
眺め続けていると気付かれる恐れがあり、購買に並んで今日のオススメの看板を見やる。
焼きたてイチゴジャムパン、チーズスティックパンがデカデカと書かれている。
一緒に看板を見ていたミルティーが「あ!」と嬉しげに声を上げた。
「イチゴジャムパンがありますね! 焼きたてだとジャムが熱すぎて気をつけないといけないですがとっても美味しいんです!」
「そう。なら、それにしようかしら」
「私も!」
順調に列が進み、3番目まで迫った辺りでシェリは紫水晶の瞳に険しさと冷たさを多量に含ませ、ある方向を向いた。4人で食事をしている令嬢グループがいた。彼女達は突然シェリからそのような瞳を向けられ震え上がった。
「あら、ごめんあそばせ。不味そうな蜜《デザート》を味わっていらっしゃるからつい気になってしまって」
列が進むにつれて、婚約破棄間近なオーンジュ公爵令嬢が平民といると陰口を叩く声は大きくなっていた。向こうも聞こえるように言っていたのだろうが。平等を謳っていると言えど貴族社会は階級が物を言う。公爵令嬢であるシェリに意見を言えるのは、同じ公爵家か王家だけ。グループに公爵家の者はいない。よく見るとアデリッサの取り巻き達だった。成る程、と嘆息すると同時に馬鹿らしいと鼻で笑った。
「あなた達の顔と名前はよく存じています。飼い主と同じで下品な振る舞いが好きとは……ふふ……お似合いですこと」
飼い主とはアデリッサ。
ナイジェル公爵家の末っ子で娘が彼女だけという理由からシェリとは違った意味で溺愛され育てられた。見た目の愛らしさとは反対の性格の悪さはシェリも引くくらい。彼女達もアデリッサの性格の悪さをよく知っている、故にシェリに同列に立たされ顔を赤くしている。
順番が回ってきた。おろおろとするミルティーを連れイチゴジャムパン3個とクリームたっぷりのカフェモカを注文した。ミルティーはイチゴジャムパン5個とミルクティーを注文。
パンとカップを受け取ると食堂を後にした。
「……」
シェリとミルティーが出て行くのを見届けた後、黙々と食事をしていた青年は蕩けそうな眼をアデリッサに注ぐレーヴに近付いた。
「殿下。陛下から至急城に戻るようにと報せが入りました」
「父上が? 分かった。済まないアデリッサ」
「いえ、とんでもございませんわ」
食事を半分残った状態で席を立ったレーヴから少し遅れて青年も歩き出した。
1人残されたアデリッサがひっそりと口元を歪ませた。
チラリと、青年の碧眼がレーヴを捉える。
(ああ……そういうこと)
青年--ミエーレの碧眼に素早く魔法陣が走る。魔法をかけた瞳から流れる情報が脳に到達し、昨日からの謎の正体を教えてくれた。
目にかかった金髪を煩わしげに後ろにやった。年中寝不足のせいで目元に濃い隈があり、恐ろしく整った美貌に加え隈のせいで迫力が増すからと前髪を伸ばした結果である。
(“転換の魔法”か……)
68
あなたにおすすめの小説
チョイス伯爵家のお嬢さま
cyaru
恋愛
チョイス伯爵家のご令嬢には迂闊に人に言えない加護があります。
ポンタ王国はその昔、精霊に愛されし加護の国と呼ばれておりましたがそれももう昔の話。
今では普通の王国ですが、伯爵家に生まれたご令嬢は数百年ぶりに加護持ちでした。
産まれた時は誰にも気が付かなかった【営んだ相手がタグとなって確認できる】トンデモナイ加護でした。
4歳で決まった侯爵令息との婚約は苦痛ばかり。
そんな時、令嬢の言葉が引き金になって令嬢の両親である伯爵夫妻は離婚。
婚約も解消となってしまいます。
元伯爵夫人は娘を連れて実家のある領地に引きこもりました。
5年後、王太子殿下の側近となった元婚約者の侯爵令息は視察に来た伯爵領でご令嬢とと再会します。
さて・・・どうなる?
※作者都合のご都合主義です。
※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。
※架空のお話です。現実世界の話ではありません。
※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
真実の愛は、誰のもの?
ふまさ
恋愛
「……悪いと思っているのなら、く、口付け、してください」
妹のコーリーばかり優先する婚約者のエディに、ミアは震える声で、思い切って願いを口に出してみた。顔を赤くし、目をぎゅっと閉じる。
だが、温かいそれがそっと触れたのは、ミアの額だった。
ミアがまぶたを開け、自分の額に触れた。しゅんと肩を落とし「……また、額」と、ぼやいた。エディはそんなミアの頭を撫でながら、柔やかに笑った。
「はじめての口付けは、もっと、ロマンチックなところでしたいんだ」
「……ロマンチック、ですか……?」
「そう。二人ともに、想い出に残るような」
それは、二人が婚約してから、六年が経とうとしていたときのことだった。
欲深い聖女のなれの果ては
あねもね
恋愛
ヴィオレーヌ・ランバルト公爵令嬢は婚約者の第二王子のアルバートと愛し合っていた。
その彼が王位第一継承者の座を得るために、探し出された聖女を伴って魔王討伐に出ると言う。
しかし王宮で準備期間中に聖女と惹かれ合い、恋仲になった様子を目撃してしまう。
これまで傍観していたヴィオレーヌは動くことを決意する。
※2022年3月31日、HOTランキング1位となりました。お読みいただいている皆様方、誠にありがとうございます。
白詰草は一途に恋を秘め、朝露に濡れる
瀬月 ゆな
恋愛
ロゼリエッタは三歳年上の婚約者クロードに恋をしている。
だけど、その恋は決して叶わないものだと知っていた。
異性に対する愛情じゃないのだとしても、妹のような存在に対する感情なのだとしても、いつかは結婚して幸せな家庭を築ける。それだけを心の支えにしていたある日、クロードから一方的に婚約の解消を告げられてしまう。
失意に沈むロゼリエッタに、クロードが隣国で行方知れずになったと兄が告げる。
けれど賓客として訪れた隣国の王太子に付き従う仮面の騎士は過去も姿形も捨てて、別人として振る舞うクロードだった。
愛していると言えなかった騎士と、愛してくれているのか聞けなかった令嬢の、すれ違う初恋の物語。
他サイト様でも公開しております。
イラスト 灰梅 由雪(https://twitter.com/haiumeyoshiyuki)様
【完結】私の望み通り婚約を解消しようと言うけど、そもそも半年間も嫌だと言い続けたのは貴方でしょう?〜初恋は終わりました。
るんた
恋愛
「君の望み通り、君との婚約解消を受け入れるよ」
色とりどりの春の花が咲き誇る我が伯爵家の庭園で、沈痛な面持ちで目の前に座る男の言葉を、私は内心冷ややかに受け止める。
……ほんとに屑だわ。
結果はうまくいかないけど、初恋と学園生活をそれなりに真面目にがんばる主人公のお話です。
彼はイケメンだけど、あれ?何か残念だな……。という感じを目指してます。そう思っていただけたら嬉しいです。
彼女視点(side A)と彼視点(side J)を交互にあげていきます。
忘却令嬢〜そう言われましても記憶にございません〜【完】
雪乃
恋愛
ほんの一瞬、躊躇ってしまった手。
誰よりも愛していた彼女なのに傷付けてしまった。
ずっと傷付けていると理解っていたのに、振り払ってしまった。
彼女は深い碧色に絶望を映しながら微笑んだ。
※読んでくださりありがとうございます。
ゆるふわ設定です。タグをころころ変えてます。何でも許せる方向け。
真実の愛のお相手様と仲睦まじくお過ごしください
LIN
恋愛
「私には真実に愛する人がいる。私から愛されるなんて事は期待しないでほしい」冷たい声で男は言った。
伯爵家の嫡男ジェラルドと同格の伯爵家の長女マーガレットが、互いの家の共同事業のために結ばれた婚約期間を経て、晴れて行われた結婚式の夜の出来事だった。
真実の愛が尊ばれる国で、マーガレットが周囲の人を巻き込んで起こす色んな出来事。
(他サイトで載せていたものです。今はここでしか載せていません。今まで読んでくれた方で、見つけてくれた方がいましたら…ありがとうございます…)
(1月14日完結です。設定変えてなかったらすみません…)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる