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元には戻らない1

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「あら? ミエーレ?」
「ん……?」


 放課後の学院内。
 今日は1日中図書室にミルティーといたシェリ。放課後になるとこれ以上付き合わせる訳にはいかないと、心配して探しに来てくれたヴェルデに礼を言うのと同時にミルティーを託した。ほんのお詫びと手助けをしたくて。ミルティーはミルティーで、シェリが帰るまで最後まで残ると譲らなかったものの、ヴェルデが諭してくれたので長くはいなかった。
 1人になると食堂に寄ってカフェモカを注文し、カップを持って裏庭へと足を運んだ。元々人通りの少ない此処は、放課後になっても人はいない。1人でいたい時は最適。
 カフェモカを堪能しつつ、何も考えず風景を眺めていると不意に足音が。誰かと思い振り向くとシェリにとっては馴染み深い顔が会った。

 黄金を溶かしたような髪、海を思わせる碧眼。容姿だけなら絵本に出てくる王子様なのだが……年中寝不足なせいで目元には濃い隈があり、整い過ぎている美貌と隈のせいで迫力が増して近寄り難い容姿をしている。


「やあシェリ。君が裏庭にいるなんて意外だな」
「わたしだって、偶には違う来たくなるわ」
「あ、そうなんだ。てっきり、王子殿下が堂々と浮気しているものだから傷ついて隠れているのかと思った」
「……」


 嫌な男だ。
 シェリが1人、普段なら絶対にいない場所にいるのは明らかな理由があるわけで。
 彼女を深く知らない人でも、原因は多かれ少なかれ第2王子にあると察する。
 はあ……と溜め息を吐いたシェリは仕方ないと割り切る。彼はこういう人間だ。

 ミエーレ=ヴァンシュタイン公爵令息。
 ラビラント伯爵家が王家の忠臣なら、ヴァンシュタイン公爵家は王家の番犬。
 法で裁けない悪人を独自の判断で処罰し、処刑する一族。但しそれはあくまで裏の顔。
 表向きは一族皆甘党が多く、数多くのスイーツを開発している。王都にはヴァンシュタイン家が運営するカフェやスイーツショップが数多くあり、シェリお気に入りのスイーツもその1つ。

 ミエーレはヴァンシュタイン家の3男。長男が既に跡取りとして決定しており、次男は隣国の公爵令嬢と婚約。ミエーレは魔法の才能は群を抜いており、魔力量も学年トップと言ってもいい。
 顔は非常に良いのに隈のせいで台無しである。
 ヴァンシュタイン公爵と父フィエルテの仲の良さから、幼い頃から交流のある2人。学院に入学してからも顔を合わせたら会話をする。


「はあ、で? シェリ。シェリはいいの? 殿下があのままで」
「……いいも何も。知っているでしょう? わたしが今までどれだけ殿下に嫌われていたか」


 何度か同じお茶会に参加していたのだからミエーレだって知っている。何度話し掛けても嫌そうな顔を隠そうともせず、必死に気を引こうと行動するシェリを冷たく見るあの青い宝石眼を。


「今まで存在を認識しているのかも怪しかったアデリッサとあんなに仲が良いなら……ずっと婚約を解消しなかったのが不明だわ」
「疑問に思わないのか?」
「今まで水面下で絆を深めていたのを表に出してきただけでしょう」
「シェリは殿下とやり直す気はないの?」
「やり直すも何も……」


 婚約解消を決意した日から今日まで。何度も予想外な事実が判明し、昨日のトドメを食らった。
 やり直す……シェリが望んでも叶わない願いだ。


「やり直す……ね。わたしと殿下は何をやり直せばいいのかしら」
「いいのだけどね、おれは」
「それに、わたしと殿下の婚約は今日中に解消されるわ。今朝お父様にお願いしたの」
「そうなんだ。じゃあ、おれ立候補しようかな」
「は?」


 令嬢らしからぬ間抜けな声を出してしまった。
 恥じる暇も与えられず、瞬きを繰り返すシェリに不敵な色を隠さない碧眼を向けられる。


「シェリの婚約者候補に」
「ミエーレが? 今まで婚約なんて興味もなかったくせに」
「碌に知らないのと一緒にいるのは無理な気質でね」
「殆どが知らない者同士よ」
「そうだね。でもシェリはおれを知ってる。おれもシェリを知ってる。これでいいだろう」
「良くないわよ」
「そう言うなって。でも公爵も、下手に探すよりかは昔から付き合いのおれにしておけば心配はないだろう」
「どうかしらね……」


 決めるのはシェリではなく、公爵である父。
 シェリに気遣って無理に婿養子を探さなくていいと言ってくれた父のこと、完全に婚約解消となった今回でも同じことを言うだろう。学力も魔力も運動神経も家柄も容姿も(隈を除けば)完璧なミエーレなら父も納得しそうではある。
 いつの間にか隣に座ったミエーレに違う話題を振られ、勝手に変えるなと言いたいが昔からの友人と話すのはやっぱり楽しくて。


「ふふ」
「急に笑ってどうしたの」
「いいえ、ミエーレとこうしてゆっくり一緒にいるのも久しぶりだと思っただけよ」


 レーヴとアデリッサの仲を見せつけられ、傷ついた心はちょっとだけ癒えた気がした。


「……」


 ――カフェモカのカップ縁に口をつけるシェリを盗み見るミエーレ


(殿下とやり直す気はないの? か。もう手遅れだろうな)


 “転換の魔法”を使われた時点で元に戻る可能性はほぼ不可能となった。
 ただ、とミエーレは疑問を抱いていた。


(アデリッサが“転換の魔法”なんて高等魔法が使えるとは……調べる必要があるね)


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