56 / 81
僕が好きなのは……1
しおりを挟む重なり合う、シェリとミエーレの唇。
瞠目する紫水晶の瞳と合わさず、深慮を彷彿とさせる碧眼は挑発的感情を宿してレーヴを見た。
シェリは嫌いな相手。アデリッサにずっと影から嫌がらせをしていた最低な女性。
……頭では何度そう言い聞かせても、心が張り裂けんばかりに悲鳴を上げていた。
他人行儀に第2王子殿下と呼ばれた時も、親しみのない無感情な瞳で見られた時も、レーヴの意思とは関係なく大きな刃で心は切り裂かれる。
ミエーレとの口付けは特大の刃物で振り下ろされ、悲鳴を上げる暇も与えずレーヴを痛めつけた。
あの口付けを見せ付けられた日から日数が過ぎた。
愛しいアデリッサと一緒にいられて味わっていた幸福も空虚なもので、愛しい感情はしっかりと心あるのにアデリッサの姿も言葉も何も残らなくなった。涙を堪え潤う栗色の瞳も愛らしい顔も……そこに存在するだけの、愛しい物にしか捉えられなくなった。
どんな時でも考えるのはシェリのことだけ。
朝早くから登校している生徒は少なくない。あの口付けを目撃したのはレーヴとアデリッサだけじゃない。噂は瞬く間に広まった。第2王子の婚約者がヴァンシュタインの天才と恋仲とか、あの2人は昔馴染みにしては親し過ぎるとか、色々。公にレーヴとシェリの婚約解消されていないのでお互いが恋人を作る始末は、当然刺激に飢える彼等の格好の餌となった。
ある日。レーヴは放課後、両手に分厚い本を抱えて歩くミルティーと遭遇した。
「ミルティー……」
「あ……殿下」
ミルティーはレーヴに礼をして見せた。最初に出会った時より、洗練された動作と堂々とした姿に目を細めた。最初、彼女はシェリに随分な言葉を吐かれていると耳にした。【聖女】であるがずっと平民として暮らしていた彼女にとって、貴族の教養を学ぶのは辛い日々だったろう。幸いにも、彼女を養女として迎えたラビラント伯爵家は心の優しい者ばかりで平民だからとミルティーを馬鹿にする者はいない。
レーヴが声を掛けるとミルティーは頭を上げた。
「何だか久しぶりだな。その本は教会から?」
「はい。歴代の【聖女】が残した魔法や日記が記されていまして、今の私に必要なことが沢山書かれているんです」
「そうか。ミルティーなら、すぐに歴代の【聖女】のような立派な【聖女】になれるよ」
「ありがとうございます。……ところで……あの……今日ナイジェル様は……」
最近ずっと一緒にいるアデリッサが側にいないのを不安げに思われ、安心させるように微笑んだ。
「今日は一緒にいないよ。考え事があってね」
「そう……ですか……」
レーヴはある提案をした。
「ミルティー。今から時間はあるかな?」
「は、はい」
「すまないが少しだけ付き合ってくれないだろうか」
「どんな御用でしょうか?」
「……最近の僕は、君の目にはどんな風に映っているのか教えてほしいんだ」
シェリに辛辣な物言いをされてもへこたれず、親しくなろうと前向きなミルティー。彼女の人を信じる心と前向きさは今のレーヴにとって必要だった。言葉を偽らないミルティーに、今の自分がどんな風に見えるのか知りたい。
悩む素振りをしつつも、強い意志を宿した金色の瞳が真っ直ぐ青の宝石眼を見上げた。
「分かりました。図書室にヴェルデ様を待たせていますので、ヴェルデ様も交え話しましょう」
「ヴェルデが?」
ミルティーはヴェルデを恐らく好いている。ヴェルデのことを教えてやると他の誰の話題では見せない嬉しさを浮かべていた。
別の日に、と提案する前にミルティーは言い切った。
「ヴェルデ様がいた方がいいです。絶対に!」
押し切られたレーヴは適切な距離を保ちミルティーと図書室に入った。紳士として、本を持つと名乗り出たいが教会が保管する貴重な【聖女】の本は当代にしか持つことを許されていない。
隅に設置されているテーブル席に座って窓から外を眺めていたヴェルデの新緑色の瞳がミルティーとレーヴに向いた。
77
あなたにおすすめの小説
チョイス伯爵家のお嬢さま
cyaru
恋愛
チョイス伯爵家のご令嬢には迂闊に人に言えない加護があります。
ポンタ王国はその昔、精霊に愛されし加護の国と呼ばれておりましたがそれももう昔の話。
今では普通の王国ですが、伯爵家に生まれたご令嬢は数百年ぶりに加護持ちでした。
産まれた時は誰にも気が付かなかった【営んだ相手がタグとなって確認できる】トンデモナイ加護でした。
4歳で決まった侯爵令息との婚約は苦痛ばかり。
そんな時、令嬢の言葉が引き金になって令嬢の両親である伯爵夫妻は離婚。
婚約も解消となってしまいます。
元伯爵夫人は娘を連れて実家のある領地に引きこもりました。
5年後、王太子殿下の側近となった元婚約者の侯爵令息は視察に来た伯爵領でご令嬢とと再会します。
さて・・・どうなる?
※作者都合のご都合主義です。
※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。
※架空のお話です。現実世界の話ではありません。
※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
真実の愛は、誰のもの?
ふまさ
恋愛
「……悪いと思っているのなら、く、口付け、してください」
妹のコーリーばかり優先する婚約者のエディに、ミアは震える声で、思い切って願いを口に出してみた。顔を赤くし、目をぎゅっと閉じる。
だが、温かいそれがそっと触れたのは、ミアの額だった。
ミアがまぶたを開け、自分の額に触れた。しゅんと肩を落とし「……また、額」と、ぼやいた。エディはそんなミアの頭を撫でながら、柔やかに笑った。
「はじめての口付けは、もっと、ロマンチックなところでしたいんだ」
「……ロマンチック、ですか……?」
「そう。二人ともに、想い出に残るような」
それは、二人が婚約してから、六年が経とうとしていたときのことだった。
欲深い聖女のなれの果ては
あねもね
恋愛
ヴィオレーヌ・ランバルト公爵令嬢は婚約者の第二王子のアルバートと愛し合っていた。
その彼が王位第一継承者の座を得るために、探し出された聖女を伴って魔王討伐に出ると言う。
しかし王宮で準備期間中に聖女と惹かれ合い、恋仲になった様子を目撃してしまう。
これまで傍観していたヴィオレーヌは動くことを決意する。
※2022年3月31日、HOTランキング1位となりました。お読みいただいている皆様方、誠にありがとうございます。
白詰草は一途に恋を秘め、朝露に濡れる
瀬月 ゆな
恋愛
ロゼリエッタは三歳年上の婚約者クロードに恋をしている。
だけど、その恋は決して叶わないものだと知っていた。
異性に対する愛情じゃないのだとしても、妹のような存在に対する感情なのだとしても、いつかは結婚して幸せな家庭を築ける。それだけを心の支えにしていたある日、クロードから一方的に婚約の解消を告げられてしまう。
失意に沈むロゼリエッタに、クロードが隣国で行方知れずになったと兄が告げる。
けれど賓客として訪れた隣国の王太子に付き従う仮面の騎士は過去も姿形も捨てて、別人として振る舞うクロードだった。
愛していると言えなかった騎士と、愛してくれているのか聞けなかった令嬢の、すれ違う初恋の物語。
他サイト様でも公開しております。
イラスト 灰梅 由雪(https://twitter.com/haiumeyoshiyuki)様
【完結】私の望み通り婚約を解消しようと言うけど、そもそも半年間も嫌だと言い続けたのは貴方でしょう?〜初恋は終わりました。
るんた
恋愛
「君の望み通り、君との婚約解消を受け入れるよ」
色とりどりの春の花が咲き誇る我が伯爵家の庭園で、沈痛な面持ちで目の前に座る男の言葉を、私は内心冷ややかに受け止める。
……ほんとに屑だわ。
結果はうまくいかないけど、初恋と学園生活をそれなりに真面目にがんばる主人公のお話です。
彼はイケメンだけど、あれ?何か残念だな……。という感じを目指してます。そう思っていただけたら嬉しいです。
彼女視点(side A)と彼視点(side J)を交互にあげていきます。
忘却令嬢〜そう言われましても記憶にございません〜【完】
雪乃
恋愛
ほんの一瞬、躊躇ってしまった手。
誰よりも愛していた彼女なのに傷付けてしまった。
ずっと傷付けていると理解っていたのに、振り払ってしまった。
彼女は深い碧色に絶望を映しながら微笑んだ。
※読んでくださりありがとうございます。
ゆるふわ設定です。タグをころころ変えてます。何でも許せる方向け。
真実の愛のお相手様と仲睦まじくお過ごしください
LIN
恋愛
「私には真実に愛する人がいる。私から愛されるなんて事は期待しないでほしい」冷たい声で男は言った。
伯爵家の嫡男ジェラルドと同格の伯爵家の長女マーガレットが、互いの家の共同事業のために結ばれた婚約期間を経て、晴れて行われた結婚式の夜の出来事だった。
真実の愛が尊ばれる国で、マーガレットが周囲の人を巻き込んで起こす色んな出来事。
(他サイトで載せていたものです。今はここでしか載せていません。今まで読んでくれた方で、見つけてくれた方がいましたら…ありがとうございます…)
(1月14日完結です。設定変えてなかったらすみません…)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる