アルベルティーナは平穏な三人暮らしを希望する

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4話

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 馬車よりも早く家に降り立ち、牧場で購入した牛乳やチーズ、バターを一旦食事をする時に使用するテーブルの上に置いた。


「リュビが起きているか見て来て。アルベル」
「うん」


 もうすぐそこまで迫っている。ピエールに言われてリュビの寝室に行った。
 大きな天蓋付きのベッドでリュビはまだ寝ていた。


「リュビ、リュビ起きて。お義姉様達がもう来るよ」
「んん……」


 寝付きは良くても中々起きないのが難点と、お母さんは困ったように言っていたのを思い出す。身体を揺さぶってもリュビは顔を顰めるだけで起きる気配がない。


「どうしよう……」
「アルベル」


 様子を見にピエールが部屋に来てくれた。


「起きない?」
「うん……リュビがいなくても私とピエールで何とか帰ってもらうようにしよ?」
「その方が良さそうだね。冷水を浴びせても起きない気がする」


 一度寝ると起きないリュビを効率よく起こす方法は、今後の課題とし、私とピエールは外から聞こえる騒ぎ声にもう到着したのだと部屋を出た。
 家の外に出れば、十年振りのお義姉様とレッドライン伯爵がいた。

 私の知っている十年前より、かなり変わっているけれど。


「やっと出て来たわね! 相変わらず鈍臭い。大魔法使い様に引き取られても変わらないお前が何時までピエール様の婚約者でいるつもり?」
「止めないかエヴァ! いやあ大きくなったなアルベルティーナ。私は嬉しいぞ」


 外見は変わっても中身は全く変わっていなかった。以前と変わらず敵意を剥き出しにするお義姉様の方がまだ接しやすい。
 レッドライン伯爵は私が伯爵夫人やお義姉様達、使用人達に虐められても助けてくれることはなかった。私を無理矢理引き取ったのに、私を透明人間の如く扱った。目の前で私が何をされようが伯爵は私を見なかった。
 そんな伯爵に猫撫で声で話し掛けられ、鳥肌が立ったのは言うまでもない。


「レッドライン伯爵令嬢。ぼくの名前を呼ぶ許可を君に与えた記憶はない。ぼくを名前で呼ばないでくれ」
「アルベルティーナとの婚約は正式に破棄すると国王陛下が認めたのです! 次の婚約者はわたくしエヴァ=レッドラインとも陛下は——」
「我がキャメロット家は、ぼくとアルベルティーナとの婚約破棄を認めていない、何なら、陛下がそのような決定をしたとも聞いていない」
「昨日決まったばかりでキャメロット家にはまだ通達がされていないだけです」
「おかしいな。確かに貴族同士の婚約は王家の承認がいる。婚約を破棄なり、解消をする際にもね。その場合、陛下立会の下、両家が契約書にサインをする。もしも独断で婚約破棄を実行したのなら重い罪に課せられる。陛下がキャメロット家の許可を得ず、了解したのならより話は変わってくる」


 貴族の婚約は家を繋ぐいわば重い契約。王家の承認が必要なのは、一方に不利な婚約をさせない為と血筋を重んじる国の風潮として高位貴族と下位貴族の婚姻を分けたい魂胆がある。リュビに引き取られた時点で私はレッドライン家から籍を抜いており、現在はリュビの生家ナイトレイ侯爵家に籍を入れてもらっている。因みにリュビも。


「アルベルティーナはナイトレイ侯爵家に籍を置いています。よって、ぼくと婚約しようと身分に問題はありません」


 仮にリュビがナイトレイ家に籍を置いていなくても、リュビという強大な魔法使いを父に持つという時点で私には価値が生まれている。魔法オタクなキャメロット公爵夫妻は仮にそうであっても私とピエールの婚約をそのままにしてくれた。


「陛下の決定は王国の決定。キャメロット家は歯向かうおつもりですか?」
「抑々、レッドライン伯爵家と縁を結んだところで我が家に何の利点があるのですか」
「ピエール様は我が娘エヴァを好いていたではありませんか。アルベルティーナが屋敷にいた頃、エヴァによく会いに来てくれていたではありませんか!」


 ……ピエールの機嫌が瞬く間に下降していってるのが私にも解る。
 伯爵家にいた頃を思い出すなあ……。


 ——レッドライン家にいた頃。ピエールが屋敷に来る日は、趣味が全く合わないお義姉様のドレスを着せられ、髪は頭皮が剥がれるのではと危惧するくらい強い力で梳かれた。食事の場に私が顔を出すことは許されていなかった。時たま、伯爵夫人の機嫌が良い時に呼び出されても私は食べることを許されなかった。皆が温かくて美味しいご飯を食べているのを立ったまま黙って見ていないといけなかった。普段は俯いていろと言うのに、その時だけは顔を上げろとも。空腹の私が食事を欲しそうにするのを見て笑いたいのだ。お腹が鳴れば大笑され、足下に野菜やパンを投げられたことも数知れず。下に落ちた物を食べる勇気は私にはなかった。拾わなくて罵倒された。拾っていても罵倒され嗤われていただろう。
 いつも玄関ホールで出迎えるピエールは氷の如き冷たい瞳で私を見つめ、彼をまともに見れなかった私はいつも俯いていた。話し掛けられても一言でも返事をしようものなら、後で折檻をされ食事を抜かれた。以来居心地が悪かろうとピエールの前で話すことはしなかった。

 お茶の席に着くとすぐにお義姉様がやって来た。


『御機嫌ようピエール様。お会いできて嬉しいです!』
『……』
『今日はピエール様に見せたくて新しいドレスを着てみました! どうですか? 似合っていますか?』


 ひらりとスカート部分をなびかせ、くるりと回って可愛い姿を見せつけるお義姉様を俯いたふりをしつつ見ていた。ピエールには後からこう言われた。
 “好きでもない女性の可愛い子ぶった光景を見せつけられるのはきつかった”と。

 ピエールが無言でもお義姉様はめげず自分をアピールし続けた。
 私は俯いたまま、ジッと時間切れが来るのを待つ。
 これがいつものお茶の時間だった。


「リュビ様が怖いからでしょう!?」
「は?」


 過去の記憶を思い出しているとお義姉様の大きな声で現実に戻った。


「リュビ様がアルベルティーナを婚約者にしろとピエール様を脅しているから、婚約破棄をしたくないのでしょう!?」
「ぼくは心底アルベルティーナが好きだ。どうしてそんな勘違いをする」
「そんなのおかしい。レッドライン家に来ていた頃は、ずっとアルベルティーナを睨んでいただけだった。会話だって一度もしていなかった! でもわたくしとは」
「当り前だ。アルベルティーナは君達に声を出すな、顔を上げるなと命令されていた。命令を破れば暴力を受け、食事を抜かれるから、ぼくと話すことはおろか顔を見ることだって出来なかったんだ」


 私以上に怒ってくれるピエール。彼の怒りに顔を青くさせるお義姉様と伯爵。
 すると。


「アルベル。君も言いたいことを言ってやればいい」


 私に振り向き、二人に向けていた怒りを消して甘い笑みを見せた。


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