ラヴィニアは逃げられない

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20話

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「今日はシルバース邸に行こう。母上がラヴィニアに会いたいとうるさいんだ」
「シルバース夫人が? 私も行きたい」


 メルと生活を始めて早二十日程が過ぎた。多忙な皇太子は一日一回必ず顔を見せ、その度にメルの機嫌は悪くなり二人は睨み合うも。毎回どちらかが折れて終わりとなる。ラヴィニアには偶にスイーツを渡してくる。どれもウサギの形をしたクッキーだったり、ケーキだったり。
 エドアルトの行動理由だけはメルと二人考えても首を捻るばかり。プリムローズを最優先とするエドアルトは変わらず二人の婚約解消を迫る。はい分かりましたと言うとはエドアルトも考えていないのに。ラヴィニアにスイーツを渡す件といい、プリムローズの件といい。不可解が過ぎる。

 今朝起床するなり、シルバース邸へ行く提案を受けたラヴィニアは快諾した。シルバース夫人と会い、謝りたい気持ちがあるからだ。
 ベッドの上に座ってメルと向き合った。


「朝食を食べたら出発をしよう。父上はいない確率の方が高い」


 定期的にシルバース家に滞在していたラヴィニアも公爵と会えた頻度は少ない。魔法騎士の称号を持ち、実力は帝国でも五本の指に入る強者。主に任務の為、屋敷を留守にしているのが多い。
 女主人たる夫人がいるから安心して屋敷を任せられるのだと昔語られた。


「途中で街に寄って夫人の好きな茶葉を買ってもいい?」
「いいよ。ラヴィニアの好きな茶葉も買おう」
「私はいいよ」
「俺がそうしたいんだ」


 隙あらば甘やかそうとし、寂しそうに眉尻を下げるからいつも折れるのはラヴィニア。分かったと頷けばメルは安心し、左手を持ち上げ手の甲に口付けを落とす。
 行為中なら感じるそれも何もしていない時は擽ったさがある。
 子供の頃、騎士の真似をして跪いてラヴィニアの手の甲に口付けを落としたメルは格好いいよりも可愛いが強かった。顔が真っ赤だったから。あの時より何倍も格好よくなったメルに教えたら拗ねてしまうだろう。

 ベッドから降りてお互い朝の支度を済ませ、朝食を食べ出掛ける準備を終えて。宮の外へ出て結界を通り抜けた。結界の内側と外側の光景は同じであるのは当然だが、人に関してだけ同じとはいかない。


「メル!!」


 朝からプリムローズの登場にギョッとなる。何時からいたのか、今朝は結界が叩かれていたという報告は受けておらず、空に波紋は広がっていない。メルが出て来るのを待っていたとしたらエドアルト以上に暇で有り得ない行動だ。
 更に今回はプリムローズ一人じゃない。プリムローズの兄ロディオン=フラムまでもいた。黄金の長髪に空色の瞳の美丈夫。プリムローズを最も大切にし、妹を傷付ける輩はどんな相手だろうとロディオンの敵と認定される。最愛の妹が恋心を寄せるメルの婚約者ラヴィニアを最も敵視していると言っても過言じゃない。
 プリムローズの後方からラヴィニアに強烈な眼力を放ってくるもメルが庇うように前へ出た。


「やっと会えた! エド兄様に教えていただいた暗号がいつの間にか変わって中に入れなくなったの!」
「俺が変えたんだ。またお前達が入って来ないように」
「まあ! どうして酷いことをするの? 前にも言ったでしょう、メルはラヴィニア様に騙されているの」
「前にも言っただろう、俺はラヴィニアに騙されてない。ロディオン大公令息、すぐにプリムローズを連れて帰っていただきたい」


 プリムローズの言葉を否定しかしないメルへもロディオンは強い睨みをきかせていた。話題を振られたロディオンはプリムローズの前へ出たメルと対峙した。


「貴様、それが朝から健気にお前を待っていたプリムに言う台詞か! シルバース家だからと言えど、我がフラム大公家を侮るのは如何なものか!」
「シルバース家として正式にフラム家には抗議の連絡を入れている。その旨を知っている上での発言なら、侮られても仕方ないのでは」
「プリムの心を弄んだ挙句誠意も見せんとはどういう了見だ!! メル、プリムが昔からお前を好きなのは知っていただろう!」


 更にロディオンの眼力はラヴィニアにも向けられた。


「キングレイ侯爵令嬢! 君も君だ!! プリムがメルを想っていると知りながら何故婚約解消をしない。母親同士の約束だか知らんがそこにいるメルと本来婚約していたのはプリムだったんだぞ!!」


 体格と声量が大きいのもありロディオンに非常に苦手意識を持つラヴィニアは大声を出されるだけで体が震えてしまう。メルの後ろにいることで体が震えるまではいかない。


「キングレイ侯爵に疎まれている君なんかより、私や両親、周囲に愛され美しいプリムこそ未来の公爵夫人に相応しいと思わんかね?」


 反論しようと口を開きかけたラヴィニアの声はプリムローズによって遮られた。


「お兄様。メルは優しいから、きっと婚約解消をしたラヴィニア様に次の貰い手がないのを気にしているのよ」
「なに、父親に疎まれていると言えど侯爵令嬢。それも強い魔力を持つ令嬢なら、婚約解消となっても次の縁談はすぐに来るさ。キングレイ侯爵令嬢を嫌う侯爵夫人が余程の相手を見つけない限りは令嬢だって不幸にならないさ」


 ラヴィニアを嫌う後妻のこと、仮にメルとの婚約が解消になっていれば、ラヴィニアを永遠に苦しめる為とんでもない相手を見つけていた。絶対に誰も嫁ぎたがらない男性はいる。噂は稀に耳にするも、シルバース夫妻やメルが耳を塞ぐから詳細は知らない。


「さっきから好き勝手言ってくれるが何時俺とラヴィニアが婚約解消になると言った」
「キングレイ侯爵令嬢とお前の婚約が解消となった時、私が責任を持って彼女に相応しい新しい婚約者を見つけてやってもいい」
「お断りだ。他人の婚約の話をするより、自分の婚約者を見つけるのが先決だろう」
「ふん! プリムの幸せが確固たるものになるまで、私は婚約しないと決めているのだ!」
「はあ……」


 面倒くさげで疲れた溜め息を吐いたメルに手を強く繋がれた。このまま、宮の前で言い争っても時間だけが過ぎていく。時間にうるさいシルバース夫人が怒らない為にもメルは強行突破の道を選んだ。ラヴィニアはメルの意図を察し。背中に抱き付いた。プリムローズとロディオンから非難の声を上げられるも、メルが一緒なら怖くない。
 周辺に濃く重圧的な魔力が漂った矢先、遠く離れた場所から毎日聞いている声が飛んだ。一同一斉に向くとエドアルトが呆れ果てた紫水晶をフラム兄妹にやっていた。近くまで来るとプリムローズは瞳に涙をたっぷりと滲ませエドアルトに抱き付いた。難なく抱き止めたエドアルトは指で涙を拭い、手に持っていたショールをプリムローズの肩に掛けた。


「風邪を引くぞ。寒い季節なのに薄着で出歩くんじゃない」
「ごめんなさいエド兄様……わたくし、どうしてもメルと会いたくて」
「エドアルト言い方がキツイ。プリムが悲しんでいるぞ!」
「プリムが風邪を引けば長引き、苦しむのは本人なんだ。健康面にはシビアになれ」
「だからと!」
「兄様、エド兄様はわたくしの為に注意してくれたの! 怒らないで!」
「ご、ごめん」


 急なエドアルトの登場に驚くものの、変ではない。エドアルトだってメルとラヴィニアの婚約解消を願う一人。三人の意識が一瞬だけでも逸れているのを良い事に、気配と息を殺しラヴィニアはメルに抱かれ即座にこの場を離れた。

 三人がラヴィニア達の姿がないと気付く頃には用意されていたシルバース家の馬車に乗り込んでいる。ラヴィニアを先に乗せメルは後から乗り込んだ。馭者に出発するよう告げた。
 馬の鳴き声と同時に馬車は走り出した。プリムローズとロディオンの意識がエドアルトに向いてくれたお陰で逃げられた。


「皇太子殿下は何をしにいらしたのかしら」
「さてな。あの二人と似たようなものだろう」
「そうだね」


 随分とタイミングが良すぎるものの、エドアルトが加わればより面倒になっていた。

 シルバース家への道則は順調で、街で途中下車し目当ての茶葉を購入し、再び馬車を走らせた。
 シルバース家の正門を潜り、馬車から降りるとラヴィニアが屋敷に来ると必ず迎えてくれた執事がいた。


「お帰りなさいませメル様。ラヴィニア様もようこそいらっしゃいました。奥様がサロンでお待ちです。ご案内致します」


 若干瞳が涙で濡れている気がするも、輝く笑顔を見ると何も言えなくなる。執事の上機嫌はどこから来ているのか。きっと、彼にとって良い事があったに違いない。


「行こうか」
「うん!」


 移動中話されたがシルバース夫人はラヴィニアに怒ってはおらず、今日話をするのもラヴィニアを心配して。
 もう一つ。修道院の院長からラヴィニアを気遣う手紙が来ており、近い内に一緒に行こうという誘いをするのだとか。


「修道院へは行かせたくないんだが……」


 メルは嫌そうな顔をしてもラヴィニアが行くと言うなら付いて行く。


「私は行きたいな。院長にちゃんとお礼と謝罪をしたいの」


 可能なら、キングレイ家に置いて行った宝石類を全て売り払い、修道院に住む子供達の支援に使いたい。

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