21 / 44
21話
しおりを挟む「ん、んん…………メル……」
シルバース家へ走る馬車の中。メルの膝上に乗せられ、口付けを繰り返されるラヴィニアはされるがまま。首に腕を回して自分からメルの舌に絡み拙い動きをする。細い視界に映るのは嬉しそうに笑むメルの目元。ラヴィニアから触れられてメルも喜んでいる。
腰と後頭部を抱く手に力が込められ、もっと強く、激しいキスとなった。
体をまさぐらないのは此処が馬車でもうすぐ目的地に到着するから。
唾液で濡れた唇に軽く触れて甘くて激しいキスは終わった。
メルの胸元に倒れたラヴィニアは規則正しい心音を聞いて気持ちを落ち着かせていく。キスが終わってもメルの抱き締める力は緩まない。
「メル……メルが好き、好きよ」
「うん」
「好きなの。メル、メル」
「俺も同じだよラヴィニア。ラヴィニアが好きだ」
心臓の上に刻まれた魔法が無くてもラヴィニアはもう逃げない。逃げる意思が湧かない。プリムローズの件は完全に終わった。何時まであの宮に滞在するのかと訊ねれば微笑むだけでメルは明確な答えはくれない。
周りの問題を片付けないとならない。ラヴィニアの場合は実家。父と後妻と異母妹。母を殺した娘に一度たりとも愛情を示さなかった父はラヴィニアがいなくなった途端、思い出したようにラヴィニアが大事だったと語ったみたいだが聞いても首を捻るばかり。大事にされていると思ったことは一度もない。
キスをされて快楽を引き出された体は冷めていき、シルバース邸が見え始めた辺りでメルを見上げた。
「お父様についてだけど」
「どうした」
「一度、キングレイ家に戻って会った方がいいのかな」
「会わなくていい。耳障りなことしか侯爵は言わん。俺もだが母上も相当怒りを堪えていた」
「そう、なの?」
一体何を言った。大体の予想はつくものの、温厚で優しいシルバース夫人の怒りを頂点まで上げられるのは父やフラム大公家くらいだとか。偶に皇帝が入る時も。
「陛下?」
「ああ。理由は知らない」
「そうなんだ」
メルは心の中で理由を述べるも人の心を読む術を持たないラヴィニアに聞こえない。
シルバース家の正門を潜り大きな屋敷の前で馬車は停車した。馭者が開けた扉からメルが先に降り、ラヴィニアは差し出された手を取って降りた。
約二ヵ月振りとなるシルバース家。長きに渡り帝国に仕える由緒正しき名家。皇族の降嫁によく選ばれる家でもある。メルの曾祖母も皇女だった。
屋敷の前には既にシルバース夫人と使用人達が待ち構えていた。
メルと同じ紫がかった黒髪と空色の瞳の美女。メルが女性だったら、シルバース夫人のようになるんだと思わせるくらい似ている。メルの圧倒的な美貌と魔法の才能は魔法騎士である公爵譲りなんだろう。
ラヴィニア達の姿を見ると満足気に頷いたシルバース夫人にラヴィニアが頭を下げようとすると直前で制した。下げかけたまま戸惑いの目で見やると苦笑していた。
「元気そうで良かったわラヴィニアちゃん。メルのお馬鹿さんにすぐに連れて来なさいと言ったのに全然連れて来ないんだもの。会えて良かった」
途中で口を挟みたくてもシルバース夫人は止めなく言葉を紡ぎ続け、邸内に招かれるまで一言も挟めなかった。夫人お気に入りのサロンに案内され、向かい合うようにソファーに座った。
ガラス製のテーブルには多種類のスイーツが置かれ、グラスにはアイスティーが入れられた。
「宮での生活はどう? メルに不便がないよう心掛けなさいと口酸っぱく言ってはおいたけど」
「とても快適に過ごしています」
「良かった。メル、少しは反省した? 誰にでも愛想よく振る舞うのは結構だけれど、程度というものを知りなさい」
「……分かってますよ」
拗ねた様子でそっぽを向いたメル。珍しいと見上げるも夫人の目があまりに温かいから、今回の家出を内心どう思っているか訊ね、返された言葉に困った。
「ラヴィニアちゃんは私にどう思ってほしかったの?」
「マナーに厳しい夫人なら、怒っているよりも呆れているだろうなって」
「いいえ? ちっとも。発端はプリムローズが幻覚魔法を使ってラヴィニアちゃんの姿を偽りメルとキスをしたことだとしても、ラヴィニアちゃんの中の積もりに積もった疑惑が確信となっただけ。相手を誤解させたままなメルにも非はあるわ」
勘違いを暴走させ、メルの話を一言も聞きたくないと耳を塞いだラヴィニアに大きな原因がある。夫人に責められるのを覚悟していたのに、ラヴィニアよりもメルに非難を集中砲火させている。
呆気に取られている間にも夫人の説教は終わり、はあ、と疲れた溜め息を吐いたメルの頬がラヴィニアの頭に乗った。メル? と目線を上にし、手を握ってきたメルの手に空いている自分の手を重ねた。
「母上にラヴィニアを見せられたんだ、今日は帰ろう」
「来たばかりなのに?」
「そうよメル。ラヴィニアちゃんに別でお話があるから、貴方は呼ぶまで違う部屋にいなさい」
「俺を除け者にしてラヴィニアに何を話すつもりですか?」
「大した話じゃないわ。聞きたいならいなさい」
最初から場所を移る気がないメルはそうするつもりだとラヴィニアを自分に引き寄せた。隙間なく密着するのは二人きりだと嬉しくても、他人がいると恥ずかしくなる。相手が夫人だと余計に。
夫人は気にした風もなくアイスティーを何口か飲んで話を始めた。
一月後、フラム大公夫人主催のガーデンパーティが催される。自慢の息子が生きたまま捕らえた魔獣を披露するもの。人間に害を及ぼす種類もいれば、森でひっそりと暮らす個体もいる。今回捕らえたのは森に住み、知能が高く不用意に近付かなければ危害を加えないブラッドラビット。血色の瞳にクマをも超える巨体のうさぎだ。
ブラッドラビットが住処にしていた森には小さな村があるも、村人が襲撃された話はない。大昔から互いに干渉せず暮らしていたのに、噂を聞き付けたロディオンがフラム家の精鋭を引き連れ住処を荒らした挙句生きたまま捕獲した。引き連れた護衛の何名かは命を落とし、生き残った者も重傷を負った。村人は非難しようにも皇帝と縁深い大公家の子息に何も言えなかった。逆らえば己等もブラッドラビットの二の舞になると恐れて。
ブラッドラビットを捕獲したのも大公夫人の見せびらかしを満足させたいから。
ウサギ好きなラヴィニアとしては、静かに暮らしていたブラッドラビットを勝手な理由で襲撃し、住処を荒らし傷付け捕獲するなんて言語道断。理由のない魔獣狩は禁じられている。いくらロディオンといえど、理由なく魔獣狩を行えば罪に問われる。
が、前以て森に住むブラッドラビットが村人を餌にしているとの嘘の情報を騎士団に報告。騎士団から皇帝に話がいき、詳細な調査をする間もなくロディオンは独断でブラッドラビットを生け捕りにした。
「陛下はなんて?」とメル。
「処罰しようにも、既にブラッドラビットの災害指定登録が成された後だったの。フラム大公家の息の掛かった者が素早く根回しをしたのね。恐ろしいこと」
「そんな……」
「ここからが本題。私がラヴィニアちゃんにこの話をしたのはね、その自慢のお披露目会にキングレイ夫人と貴女の妹君も招待されているからなの」
「え」
プリムローズと後妻と異母妹はラヴィニアが気に食わないという点で結ばれた者達で仲が良いと聞かされた。招待されたのはプリムローズとの関係のせいだろうと思うも、どうも嫌な予感がしてきた。
「いくらあの人達でも馬鹿な真似はしないと思いたいけど旦那様がね」
多忙で屋敷にいる時間が圧倒的に短い公爵とは魔法通信で毎日連絡を取り合っており、この旨を話すとプリムローズがメルと婚約出来ない腹いせに後妻とプリシラを見せしめにする算段だろうと。
「見せしめって……意味がないです」
ラヴィニアが予想した見せしめの意味が当たっているなら、意味がない。
後妻やプリシラがどうなろうと多少感情は揺れても悲しみはしないのだから。
814
あなたにおすすめの小説
王子殿下の慕う人
夕香里
恋愛
【本編完結・番外編不定期更新】
エレーナ・ルイスは小さい頃から兄のように慕っていた王子殿下が好きだった。
しかし、ある噂と事実を聞いたことで恋心を捨てることにしたエレーナは、断ってきていた他の人との縁談を受けることにするのだが──?
「どうして!? 殿下には好きな人がいるはずなのに!!」
好きな人がいるはずの殿下が距離を縮めてくることに戸惑う彼女と、我慢をやめた王子のお話。
※小説家になろうでも投稿してます
愛しい人、あなたは王女様と幸せになってください
無憂
恋愛
クロエの婚約者は銀の髪の美貌の騎士リュシアン。彼はレティシア王女とは幼馴染で、今は護衛騎士だ。二人は愛し合い、クロエは二人を引き裂くお邪魔虫だと噂されている。王女のそばを離れないリュシアンとは、ここ数年、ろくな会話もない。愛されない日々に疲れたクロエは、婚約を破棄することを決意し、リュシアンに通告したのだが――
【完結】愛する人はあの人の代わりに私を抱く
紬あおい
恋愛
年上の優しい婚約者は、叶わなかった過去の恋人の代わりに私を抱く。気付かない振りが我慢の限界を超えた時、私は………そして、愛する婚約者や家族達は………悔いのない人生を送れましたか?
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi(がっち)
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
【完結】裏切られたあなたにもう二度と恋はしない
たろ
恋愛
優しい王子様。あなたに恋をした。
あなたに相応しくあろうと努力をした。
あなたの婚約者に選ばれてわたしは幸せでした。
なのにあなたは美しい聖女様に恋をした。
そして聖女様はわたしを嵌めた。
わたしは地下牢に入れられて殿下の命令で騎士達に犯されて死んでしまう。
大好きだったお父様にも見捨てられ、愛する殿下にも嫌われ酷い仕打ちを受けて身と心もボロボロになり死んでいった。
その時の記憶を忘れてわたしは生まれ変わった。
知らずにわたしはまた王子様に恋をする。
私は貴方を許さない
白湯子
恋愛
甘やかされて育ってきたエリザベータは皇太子殿下を見た瞬間、前世の記憶を思い出す。無実の罪を着させられ、最期には断頭台で処刑されたことを。
前世の記憶に酷く混乱するも、優しい義弟に支えられ今世では自分のために生きようとするが…。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
本日、私の大好きな幼馴染が大切な姉と結婚式を挙げます
結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
本日、私は大切な人達を2人同時に失います
<子供の頃から大好きだった幼馴染が恋する女性は私の5歳年上の姉でした。>
両親を亡くし、私を養ってくれた大切な姉に幸せになって貰いたい・・・そう願っていたのに姉は結婚を約束していた彼を事故で失ってしまった。悲しみに打ちひしがれる姉に寄り添う私の大好きな幼馴染。彼は決して私に振り向いてくれる事は無い。だから私は彼と姉が結ばれる事を願い、ついに2人は恋人同士になり、本日姉と幼馴染は結婚する。そしてそれは私が大切な2人を同時に失う日でもあった―。
※ 本編完結済。他視点での話、継続中。
※ 「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載しています
※ 河口直人偏から少し大人向けの内容になります
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる