ラヴィニアは逃げられない

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42話

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 ――二ヵ月後。

 修道院へと向かう為メルと共に馬車に乗り、帝都から東へ現在八日目。後二日で到着する予定。


「ラヴィニア? 疲れてないか?」
「大丈夫だよ、メル」


 この二ヵ月多忙の日々を送っていたものの、漸く落ち着きを見せ始めたということでラヴィニアが以前から希望していた修道院行が叶えられた。
 皇帝とフラム大公夫人の長年の不貞に加え、プリムローズとロディオンがフラム大公の子ではなく皇帝の実子と公にされた時は帝国中の貴族が驚愕した。見目はフラム大公の血を引いていると一目で分かるのに。夫人が妊娠中に見目を変える少々外法な魔法を医師が掛けたのもあって二人は大公の子と判断される見目になっていたと知らされた際は、呆れ果てるか軽蔑の声を上げるかのどちらかであった。
 長年のフラム大公の横暴さに我慢の限界が来ていた貴族も多く、夫人の不貞と二人の子を托卵されていたと知らなかった点において嘲笑する者も多かった。

 皇帝と夫人、ロディオンとプリムローズは家族四人仲良く幽閉と決定。
 フラム大公はロディオンが無許可で行った魔獣狩りやプリムローズの他貴族への虐め、更には子供達が行った数々の違法を揉み消した罪に問われ地位も財産も全て没収されて平民落ちの上、炭鉱送りが決まった。否、既に決められていた。帝国一の怪物公爵によって。
 表立って動いたのは皇后であるとされたが実際は裏でシルバース公爵が大きく動いたと感付いた者も多いだろうが、貼り付けた笑みの下に怪物を飼っている男に向かって真正面から問い質せない。彼が愛するマリアベル以外には。フラム大公を失脚させたいと願う貴族は大勢おり、誰も大公の罪の軽減を唱えなかった。


「フラム大公は少し可哀想だなって思っていたけどそうでもなかったのね」
「ああ」


 相思相愛で鴛鴦夫婦として有名な夫妻であったが大公の方も実は愛人を囲っていたと発覚した。プリムローズより幾つか下の女の子までいるとなり、妻の不貞に激怒する資格なしと烙印を押されたのは言うまでもない。
 取り潰しとなったフラム大公家の領地や財産は帝国が没収し、領地については適切な管理者を選定次第決定となる。

 空位となった皇帝の座には皇太子エドアルトが就いた。滞りなく戴冠の儀は終わり、近隣諸国からの反応も悪くなかった。頼りなく皇后や皇太子を長年裏切っていた皇帝であるが国の為、民の為尽くしてきた事実は変わらない。皇太子も皇帝と共に尽力していたと知られており、皇帝のようにならない事を祈られる。
 戴冠の儀には貴族は皆参加必須の為、当然ラヴィニアも出席した。今後は皇后の選出が始まるだろう。エドアルトが誰を選ぶかは分からなくても隣に立ち彼を支えてくれる人であると良いと願う。

 キングレイ侯爵家に関しては、前妻のテレサが夢に出たか化けて出たか不明だがずっとラヴィニアに懺悔し、まともな判断能力が消えてしまった当主に変わってラヴィニアの叔父が当主代理となった。正式な当主となるのも早く、後継者は親戚から養子を貰う予定となっている。最愛の女性が命と引き換えに出産した娘を後妻とその娘と共に冷遇し続けた男の末路に世間の同情は一切集まらず、自業自得だと言う声が大きい。当然と言ってのけたのはシルバース夫人。長年ラヴィニアがどんな目に遭っていたかを知っている分、落ちぶれる侯爵の姿に溜飲を下げた。

 何度もシルバース家で預かるとしても頑なに拒否されていた。理由については、以前キングレイ家に仕える執事の予想と同じだとシルバース夫人は語った。


『テレサに似ているラヴィニアちゃんを憎んでいるくせに、手元から離したくなかったのよ。あの男自身気付いていないラヴィニアちゃんへの愛情のせいで』


 夫人やラヴィニアからすると理解に苦しむ考えではあるが。
 後妻グロリアや義妹プリシラは、あの時父が宣言した通り離縁されてキングレイ家を放り出された。荷物も持たされず、生活費さえ渡されず、仕方なくグロリアは生家へとプリシラを連れて出戻ったがラヴィニアへの冷遇は生家の耳にも届いていて最低限の生活費と貧民街のボロ屋を与えられる代わりに二度と足を踏み入れるなと追い出された。二人とも浪費癖が激しかったせいで貧民街での生活に耐えられる筈もなく、あれだけ仲が良かったのに互いを罵り合っていると聞いた。また、人を見る目がなかったせいで上手い話に見事騙され多額の借金を背負わされたとも聞く。


「お義母様やプリシラが借金を背負わされたところまでは聞いたけど、その後は聞かないわね。メルは何か知ってる?」
「さあ。聞いたところでもうラヴィニアには無関係なんだ、気にしなくていい」
「そう、だね」


 良い思い出が何一つない人達。メルの言う通り、キングレイ侯爵家から縁を切られた二人を気にしてもラヴィニアにはどうこうする力はない。互いを罵り合おうと相性がピッタリの二人だ、きっとどうにかして生きていくと信じよう。


「そろそろ街に到着するね」
「ああ」
「街に着いたら孤児院にいる子供達にお土産を買っていきたいから寄り道してもいい?」
「構わないよ。ラヴィニアの好きにしたらいい」
「ありがとう。院長が育てている花畑にも行こうね。とても綺麗なんだよ」
「知ってる」
「ハリーがいたらお礼も言いたいなあ。私が修道院で一番お世話になったのがハリーだから」


 院長の知り合いとして紹介され、慣れない修道院での生活を送るラヴィニアの世話をしてくれたのがハリー。実際はカトレット家のハロルドであり、ラヴィニアもハロルドもお互い変装魔法で姿を変えていた為正体に気付けなかった。ハロルドの場合は社交界にも滅多に顔を出さないので素顔であってもラヴィニアが気付けていたかは微妙である。
 ハロルドの名前を出した途端、拗ねた面持ちをするメルに苦笑した。ラヴィニアの口から自分以外の男の名が出るのが嫌なのだ。
 腰を抱かれてメルの側に引き寄せられるとオレンジ色の頭に何度も口付けを落とされた。


「ラヴィニアを修道院へ行かせるのは、本音を言うと嫌なんだ」
「どうして? 院長にお礼を言いに行くだけだよ?」
「だとしても、だよ」


 腰を抱いていた手は背に回り、もう片方の腕でも抱き締められ、頬をメルの体に当てた。メルの香りと心地よい温もりに包まれ嬉しくなる。


「ラヴィニアが俺の側からもう離れないと分かっていても……ラヴィニアが俺から離れた場所が修道院なんだ。分かってても不安になる」
「何処にも行かない。ずっと、メルの側にいるよ」


 離れもしない、逃げもしない。
 ラヴィニアはずっと前からメルの側から逃げられなくなった。心臓の上に刻まれた魔法の刻印のせいもある。いわば主従関係を強制的に結ばれた。メルの側から一定の距離を離れると体の動きは停止され、居場所は常にメルに把握されているから何処にいても見つかる。触れると体に快楽が流し込まれ、強制的に発情させてしまう効果もある。情事の際、異様に感度が良くなったのはこれが原因だ。


「……ラヴィニア」


 そっと体を離され、耳元でメルに囁かれて吐息が耳に入りビクリと反応してしまう。


「街に着いたら…………な?」
「……うん」


 離宮からシルバース邸に移ってからメルとは一度もしていない。事が落ち着いてからも公爵夫妻の目があるからと抱かれていなかった。
 二人しかいない今が良い機会であった。



  
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