19 / 21
10
しおりを挟む憧れを恋と誤認するのはよくある話。幼いラルスがヴィクトリアに向けていたのは、姉のような存在を思う気持ち。経緯はどうであれラルスにとっての好きな女の子はローゼライトただ一人。夜会で友人達との会話を聞かれていたのはラルスにとって痛手だろうが、もう一度会う機会を与えられるならローゼライトを納得させられる話をしなくてはならない。
「アバーテの娘はお前さんとの婚約に乗り気だ。それをお前さんがどう断るかじゃないか」
「分かりました。きっとヴィクトリアは僕に会いに来る。その時に、きちんと断ります」
貴族の体面としてはお互いこれ以上ない相手。肝心なのは個人の心。他に縁談を見込める相手がラルス以外いないヴィクトリアにとっては死活問題だとしても、ラルスからするとローゼライトが生きているなら尚更ローゼライト以外の相手は考えられない。
ソファーから立ち上がり、ダヴィデに深く頭を下げたラルスは心の中である決意を固めた。
——ダヴィデがやって来た四日後。ベルティーニ邸の庭園に設置されたテーブルで向かい合うのはラルスとヴィクトリア。三日前、先触れの報せがラルスに届いた。相手はヴィクトリア。大事な話がある為、会ってほしいというもの。ダヴィデや改めて父に確認をしたラルスは訪問理由をすぐに察し、了解の返事を送った。指定した日時通りにやって来たヴィクトリアを庭園の席に案内し、人払いをした。
美しいヴィクトリアに懸想する男性は多い。一部の女性には強い嫉妬心を抱かれているものの、生来の性格の良さがあって女性人気も強い。ティーカップの取っ手に指を掛ける仕草も、紅茶を飲み込む動作も、どれも完璧な公爵令嬢と呼ばれるに相応しい。彼女に憧れ、真似をする子供もいるくらいだ。
「ヴィクトリア」
「なあに」
席に着いて二人共会話を切り出さなかった。ヴィクトリアの方はラルスが話すのを待っていたのだろうか。嬉し気に笑い掛けられる。
「今日君が来た理由は大方父上から聞いている」
「なら、話は早いわね」
「君の婚約者の件は残念だと思っている。けど、申し訳ないが僕はヴィクトリアと婚約しない」
「え」
快い返事を貰えると顔に書かれていたヴィクトリアは、断りの方向で話を進めるラルスに面食らう。瞬きを幾度か繰り返した後、戸惑いの言葉を並べ、訳が分からないと首を振った。ラルスの婚約者であったローゼライトは一年前の夜会で爆発に巻き込まれ一人だけ死亡してしまった。一年過ぎたのならラルスに新しい婚約者が出来ても問題はないのに、何故、どうして、と疑問の言葉を続けるヴィクトリアを止めたのは勿論ラルスだ。
「僕は一年前のあの時からローゼライト以外と婚約も結婚もしないと決めていたんだ。たとえ、相手がヴィクトリアだろうと誰であろうとね」
「貴方はベルティーニ家を継ぐのよ? 結婚もしないなんて子供はどうするの?」
「親類から養子を貰えばいい」
「簡単に言うけれどラルス、貴方」
「ヴィクトリア」
尚も説得を試みようとするヴィクトリアの声を遮り、自身の決意を明かしていく。並々ならぬ熱意を受けてもヴィクトリアは引き下がらなかった。
ラルス以外の公爵令息でヴィクトリアのお眼鏡に適う男性はいない。他国に目を向けるなら可能性はある。勢いをなくし、俯いたヴィクトリアを見て罪悪感を感じるが一瞬で消えた。ラルスの決意に比べれば、ヴィクトリアへの情の差は大きく開いていた。
「ヴィクトリアなら、きっと良い相手が見つかる。僕はこれでいいんだ」
「そんな……ラルスとならきっと上手くいくと思っていたの」
婚約解消となってしまった令息とは良好な関係を築いていた。しかし、ヴィクトリアを娶る余裕がなくなった家に愛娘を嫁がせられないというのがアバーテ公爵夫妻の考え。両親がそう考えるのなら、とヴィクトリアは従った。誰が悪いという話ではない。そういう運命だっただけ。
その後もラルスはヴィクトリアを説得し続け、納得いくまで話を続けた。
終わった時の空は朱色に染まっており、見送りを断ったヴィクトリアの泣いている姿に多少の罪悪感はあれど後悔はなかった。きっとまた納得していない。今度はアバーテ公爵夫妻を使って説得をする場合もある。
「早急に父上に」
急ぎ足で邸内に戻り、執務室を訪れたラルスはある事を父に頼んだ。
「父上。お願いがあります。僕に——一年の時間をください」
一年で何をするのか、成し遂げられなかった場合は父の決めた相手と結婚し、公爵家を継ぐ約束を交わした。
374
あなたにおすすめの小説
【完結】公爵子息は私のことをずっと好いていたようです
果実果音
恋愛
私はしがない伯爵令嬢だけれど、両親同士が仲が良いということもあって、公爵子息であるラディネリアン・コールズ様と婚約関係にある。
幸い、小さい頃から話があったので、意地悪な元婚約者がいるわけでもなく、普通に婚約関係を続けている。それに、ラディネリアン様の両親はどちらも私を可愛がってくださっているし、幸せな方であると思う。
ただ、どうも好かれているということは無さそうだ。
月に数回ある顔合わせの時でさえ、仏頂面だ。
パーティではなんの関係もない令嬢にだって笑顔を作るのに.....。
これでは、結婚した後は別居かしら。
お父様とお母様はとても仲が良くて、憧れていた。もちろん、ラディネリアン様の両親も。
だから、ちょっと、別居になるのは悲しいかな。なんて、私のわがままかしらね。
勇者様がお望みなのはどうやら王女様ではないようです
ララ
恋愛
大好きな幼馴染で恋人のアレン。
彼は5年ほど前に神託によって勇者に選ばれた。
先日、ようやく魔王討伐を終えて帰ってきた。
帰還を祝うパーティーで見た彼は以前よりもさらにかっこよく、魅力的になっていた。
ずっと待ってた。
帰ってくるって言った言葉を信じて。
あの日のプロポーズを信じて。
でも帰ってきた彼からはなんの連絡もない。
それどころか街中勇者と王女の密やかな恋の話で大盛り上がり。
なんで‥‥どうして?
【完結】遅いのですなにもかも
砂礫レキ
恋愛
昔森の奥でやさしい魔女は一人の王子さまを助けました。
王子さまは魔女に恋をして自分の城につれかえりました。
数年後、王子さまは隣国のお姫さまを好きになってしまいました。
〖完結〗愛しているから、あなたを愛していないフリをします。
藍川みいな
恋愛
ずっと大好きだった幼なじみの侯爵令息、ウォルシュ様。そんなウォルシュ様から、結婚をして欲しいと言われました。
但し、条件付きで。
「子を産めれば誰でもよかったのだが、やっぱり俺の事を分かってくれている君に頼みたい。愛のない結婚をしてくれ。」
彼は、私の気持ちを知りません。もしも、私が彼を愛している事を知られてしまったら捨てられてしまう。
だから、私は全力であなたを愛していないフリをします。
設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。
全7話で完結になります。
お飾りな妻は何を思う
湖月もか
恋愛
リーリアには二歳歳上の婚約者がいる。
彼は突然父が連れてきた少年で、幼い頃から美しい人だったが歳を重ねるにつれてより美しさが際立つ顔つきに。
次第に婚約者へ惹かれていくリーリア。しかし彼にとっては世間体のための結婚だった。
そんなお飾り妻リーリアとその夫の話。
(完結)婚約者の勇者に忘れられた王女様――行方不明になった勇者は妻と子供を伴い戻って来た
青空一夏
恋愛
私はジョージア王国の王女でレイラ・ジョージア。護衛騎士のアルフィーは私の憧れの男性だった。彼はローガンナ男爵家の三男で到底私とは結婚できる身分ではない。
それでも私は彼にお嫁さんにしてほしいと告白し勇者になってくれるようにお願いした。勇者は望めば王女とも婚姻できるからだ。
彼は私の為に勇者になり私と婚約。その後、魔物討伐に向かった。
ところが彼は行方不明となりおよそ2年後やっと戻って来た。しかし、彼の横には子供を抱いた見知らぬ女性が立っており・・・・・・
ハッピーエンドではない悲恋になるかもしれません。もやもやエンドの追記あり。ちょっとしたざまぁになっています。
(完)大好きなお姉様、なぜ?ー夫も子供も奪われた私
青空一夏
恋愛
妹が大嫌いな姉が仕組んだ身勝手な計画にまんまと引っかかった妹の不幸な結婚生活からの恋物語。ハッピーエンド保証。
中世ヨーロッパ風異世界。ゆるふわ設定ご都合主義。魔法のある世界。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる