【本編、番外編完結】血の繋がらない叔父にひたすら片思いしていたいのに、婚約者で幼馴染なアイツが放っておいてくれません

１０ー５

違う。
遼平くんが、私に嫉妬だなんてありえない。
これは、作られた外見永美ちゃんに向けられた感情であって、私に向けられたものじゃない。

もう十分知ってる。
これ以上惨めな気持ちにさせないで。

今すぐここから消え去りたい。
この場から離れて、一人になって考えたい。

激しい動揺で固く目を閉じていると、遼平くんが聞こえるか聞こえないかくらいの小声で囁いた。

「ーーーごめん」

いつもの優しい声。
そしてさっきとは違う、物悲しそうな声。

ハッとして目を開け、顔を上げると、微笑む遼平くんの顔。
その笑みは自嘲的にも、何かを諦めたようにも見える。

「…こんなに近くにいたのに、怖い思いさせてごめんね」

ああ、なんだ。
そっちのことか。

一瞬、私ではなく永美ちゃんに謝っているのかと思ってしまった。

いずれにせよ、普段どおりの様子に戻った遼平くんに、嫌な動悸が収まっていく。

「この間のカフェでのことといい、ナンパこういうことは日常的に？」

入社してからしばらくはほぼ毎日だったけど、アレはナンパとは違う類のものだったような…と考えを巡らせていると、肯定とみなされてしまったらしい。

「椎名くん、気が気じゃないだろうね」

せっかく落ち着きを取り戻しつつあったのにー

晴臣の名を聞いて、再びざわつき始めた心に、片付けを終えて現れた真由先輩の言葉が火に油を注いだ。

「でもその椎名くん、最近浮気してるっぽいですよ？」


みぞおちの辺りに入ったズシッと重い一撃に、「うっ」と息が止まる。

「織田村。前も言っただろ？滅多なこと言うもんじゃないって」

「この間は確かに単なる憶測でしたけど、結構な数の目撃証言上がってますし。蓮見ちゃんもその目で現場見てるんじゃないですか？」

「…！本当に？」

今、このタイミングで晴臣との関係を疑われるのは絶対に良くない。
自惚れかもしれないけど、遼平くんの中の、私に対する感情に誤解に生みかねない。
そう判断してできる限り平静を取り繕って答える。

「いえ。私はただ会社で晴臣が女の子と一緒にいるところを見ただけで、別に浮気してる現場を見たわけじゃありません」

注意深く私を観察してくる遼平くんの視線が横顔に突き刺さっても、何とか耐え抜いた。
でもー

「じゃあ、まあ、椎名くんのことは置いておいて、蓮見ちゃんの方は私の言ったとおりじゃありません？」

小首を傾げながら、勝ち誇ったように話を変える真由先輩には苛立ちを隠しきれなくなってしまった。

「どういう意味ですか？それに、今回のこのヘアメイク…！」

「ごめん」

遼平くんが頭を下げたので、食ってかかろうとした勢いが行き場を失う。

「この間宣材資料一通り見てもらったから、永美がモデルをしたときのものと全く同じことに気付いたんだよね？OKを出したのは僕だ。織田村に根負けしたからとは言え、永美は蓮見さんにとっても大切な存在だと知っていたのに何も説明せずに、申し訳なかった」

こんなふうに社長遼平くんに謝られてしまっては、これ以上何も言えない。

それに、この企画を遼平くんが知っていたことだけでも救いだった。
私と同じように何も知らないまま、永美ちゃんの姿かたちを模した私と対面したんじゃなくて良かった。

「…撮影、始めましょう。日が暮れてくるとガラスの色味、変わってくるんでしょう？」

色んな感情を抑えこみ、ため息混じりに促すと、バタバタと撮影が始まった。