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経過観察中、これといって危険な兆候も見られず、私は予定通り退院し、晴臣と暮らすマンションへと帰ってきた。
ただし、実はその前にも一悶着あった。
私は、しばらくの間アームホルダーを装着しての生活を強いられることになる。
幸い、固定されているのは利き手と逆の左手とは言え、誰かの介助が必要になる。
そうなると、晴臣も仕事があるからその役を担うことはできないだろう。
そこで、当面の間実家に帰ると言ったらー
「心配するな。光越にとっていくらeternoがお荷物とはいえ、取引先の社長を殴ったせいで、一ヶ月自宅謹慎命令出てる」
「えっ?そうだったの!?でも…、介助って、お風呂とか着替えだし…」
「怪我人相手に変な気起こすわけないだろう」
「でも…、でも…、全部明らかになった今、私と晴臣の婚約を維持する意味ってあるの?」
「…それについては千歳の怪我が治ったら話し合おう。とにかく今は自分の体のことだけ考えてろ」
という感じで、あっさり却下されてしまった。
「ただいま…」
玄関のドアを開け、晴臣が私のために誂えてくれた部屋に足を踏み入れた途端、ここに来た当初は分からなかったことが、突然理解できた。
憐れみ、同情、労り、慈しみ、恋慕―
今更ながら、むせ返るほどの私への思いに戸惑い、立ち止まっていると、背後から晴臣に言われた「おかえり」が、「もう逃さない」に聞こえた。
そんな中、最初にして最大の難関。
入浴の時間があっという間にやってきてしまった。
誰かに手伝ってもらわないと服も脱げなければ体も洗えない。
そんな中、頼れるのは晴臣唯一人。
やっぱり実家に帰れば良かった…。
自分からはものすごく頼み辛い。
でも、頼むしかない。
「晴臣…あの…お風呂入りたいから手伝って」
派手な音を立てながら食洗機に洗い物を突っ込んでいた晴臣が、ピタリと手を止めた。
「ん。すぐ行く」
これは介護。
これは介護。
何度も言い聞かせてみても、冬場なのに脇に滝汗をかきそうな、妙な緊張感に襲われる。
やがて晴臣より一足先に辿り着いた脱衣所は、十分に暖房が効いていて温かった。
そして、小さめの遮蔽スクリーンまで準備されていることに気づいた。
驚いて突っ立っているうちに、晴臣が現れた。
「着替えは基本、スクリーンの向こう側で。脱ぐときは痛くない方から、着るときは痛い方からな。その方が負担少ないらしいぞ。手が要るときは声かけろ。極力見ないようにするし、千歳が前向いてたら背中しか見えないから、あんまり恥ずかしくないだろ?」
「なんか…すごいね。もしかして、ちゃんと勉強してくれた?」
「別に…どうせ謹慎中で暇だったから、ちょっとネットで調べてみただけ」
とか何とか言って。
スクリーンまで準備してくれた癖に。
ほんっと、素直じゃないんだから。
なんて心の中で呆れつつ調子に乗っていられたのはほんの一瞬。
「ブラのホックだけ先に外すから、こっち来い」
と顎で呼ばれた私は、再び得体の知れない緊張感に支配された。
こういうのは、変に恥ずかしがったら負けだ。
「…背中向けたらいい?」
「ん」
スクリーンの手前側に戻り、言われたとおり背中を向けた。
直後。
プツリ。
え?
てっきり服の中に手を入れられ、直に肌に触れられると思っていたのに。
服を着たまま。
それも片手で。
造作もなく外してしまった。
手先超絶不器用な癖に、どうしてこういうことは要領良すぎるくらい上手くできちゃうかな?
「何だよその目」
「…別に?」
いけない。
つい、汚いものを見る目で見てしまった。
寒い中背中丸出しで悪戦苦闘されなくて良かったと言い聞かせ、モヤつく気持ちに蓋をした。
その後も晴臣の適切な介助のもと、痛みと戦いながらもなんとか服を脱いだ私は、ようやく数日ぶりの湯船に浸かっている。
「はあ…極楽」
とろみのある濃い乳白色のお湯は、ムスクの香りがする。
お医者さんもお風呂は全身の血行が良くなって、骨の癒合にもいいから、積極的に入るよう言ってた。
肩まで浸かって、しっかり温まったので、体を洗うために湯船を出ようとしたとき。
「千歳、入るぞ」
「えっ!?ちょ、待っ…!」
ドアの向こうで晴臣の声がして、ザブンと湯船に逆戻る。
間一髪のところでズボンの裾を折り上げ、裸足の晴臣が浴室に入ってきた。
ただし、実はその前にも一悶着あった。
私は、しばらくの間アームホルダーを装着しての生活を強いられることになる。
幸い、固定されているのは利き手と逆の左手とは言え、誰かの介助が必要になる。
そうなると、晴臣も仕事があるからその役を担うことはできないだろう。
そこで、当面の間実家に帰ると言ったらー
「心配するな。光越にとっていくらeternoがお荷物とはいえ、取引先の社長を殴ったせいで、一ヶ月自宅謹慎命令出てる」
「えっ?そうだったの!?でも…、介助って、お風呂とか着替えだし…」
「怪我人相手に変な気起こすわけないだろう」
「でも…、でも…、全部明らかになった今、私と晴臣の婚約を維持する意味ってあるの?」
「…それについては千歳の怪我が治ったら話し合おう。とにかく今は自分の体のことだけ考えてろ」
という感じで、あっさり却下されてしまった。
「ただいま…」
玄関のドアを開け、晴臣が私のために誂えてくれた部屋に足を踏み入れた途端、ここに来た当初は分からなかったことが、突然理解できた。
憐れみ、同情、労り、慈しみ、恋慕―
今更ながら、むせ返るほどの私への思いに戸惑い、立ち止まっていると、背後から晴臣に言われた「おかえり」が、「もう逃さない」に聞こえた。
そんな中、最初にして最大の難関。
入浴の時間があっという間にやってきてしまった。
誰かに手伝ってもらわないと服も脱げなければ体も洗えない。
そんな中、頼れるのは晴臣唯一人。
やっぱり実家に帰れば良かった…。
自分からはものすごく頼み辛い。
でも、頼むしかない。
「晴臣…あの…お風呂入りたいから手伝って」
派手な音を立てながら食洗機に洗い物を突っ込んでいた晴臣が、ピタリと手を止めた。
「ん。すぐ行く」
これは介護。
これは介護。
何度も言い聞かせてみても、冬場なのに脇に滝汗をかきそうな、妙な緊張感に襲われる。
やがて晴臣より一足先に辿り着いた脱衣所は、十分に暖房が効いていて温かった。
そして、小さめの遮蔽スクリーンまで準備されていることに気づいた。
驚いて突っ立っているうちに、晴臣が現れた。
「着替えは基本、スクリーンの向こう側で。脱ぐときは痛くない方から、着るときは痛い方からな。その方が負担少ないらしいぞ。手が要るときは声かけろ。極力見ないようにするし、千歳が前向いてたら背中しか見えないから、あんまり恥ずかしくないだろ?」
「なんか…すごいね。もしかして、ちゃんと勉強してくれた?」
「別に…どうせ謹慎中で暇だったから、ちょっとネットで調べてみただけ」
とか何とか言って。
スクリーンまで準備してくれた癖に。
ほんっと、素直じゃないんだから。
なんて心の中で呆れつつ調子に乗っていられたのはほんの一瞬。
「ブラのホックだけ先に外すから、こっち来い」
と顎で呼ばれた私は、再び得体の知れない緊張感に支配された。
こういうのは、変に恥ずかしがったら負けだ。
「…背中向けたらいい?」
「ん」
スクリーンの手前側に戻り、言われたとおり背中を向けた。
直後。
プツリ。
え?
てっきり服の中に手を入れられ、直に肌に触れられると思っていたのに。
服を着たまま。
それも片手で。
造作もなく外してしまった。
手先超絶不器用な癖に、どうしてこういうことは要領良すぎるくらい上手くできちゃうかな?
「何だよその目」
「…別に?」
いけない。
つい、汚いものを見る目で見てしまった。
寒い中背中丸出しで悪戦苦闘されなくて良かったと言い聞かせ、モヤつく気持ちに蓋をした。
その後も晴臣の適切な介助のもと、痛みと戦いながらもなんとか服を脱いだ私は、ようやく数日ぶりの湯船に浸かっている。
「はあ…極楽」
とろみのある濃い乳白色のお湯は、ムスクの香りがする。
お医者さんもお風呂は全身の血行が良くなって、骨の癒合にもいいから、積極的に入るよう言ってた。
肩まで浸かって、しっかり温まったので、体を洗うために湯船を出ようとしたとき。
「千歳、入るぞ」
「えっ!?ちょ、待っ…!」
ドアの向こうで晴臣の声がして、ザブンと湯船に逆戻る。
間一髪のところでズボンの裾を折り上げ、裸足の晴臣が浴室に入ってきた。
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