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「な、何で勝手に入ってくるのよ!?」

「ちゃんと声かけただろ。いいからゆっくり体の向き変えて、頭ここに乗せろ」

若干パニック気味の私とは対象的に、晴臣は冷静で、小脇に抱えていたバスピローをテキパキと設置し始めた。

「い、いいよ。片手でも洗えるし」

「洗えるかもしれないけど、どうやってその長い髪、片手で絞るんだよ?」

「…お願いします」

頭に弱めの水圧で、適温のお湯がサーッと注がれる。
入院中は洗髪できなかったので、十分気持ちがいい。

そこに、晴臣がシャンプーボトルをワンプッシュしては手のひらで泡立て、私の髪に乗せる度に、お気に入りの香りが広がった。

髪を洗う晴臣の手つきは、ぎこちないを通り越して、たどたどしい。
単に打ったところに触れないように気をつけているだけかもしれないけれど。

それでも、想定通りの晴臣の姿にホッとすると同時に、晴臣が浴室に入ってきたとき、一瞬でも下心があるのではないかと思ってしまった自分を密かに恥じた。

お風呂から上がり、スクリーンで上手く体を隠しながら着替えの手伝いをしてもらっていると、

着替えこれが済んだらソファに来いよ」

と言われる。

リビングに戻ってみると、ドライヤーを手にした晴臣がソファの背もたれの後ろに立っている。

…これは断るだけ無駄だな。

大人しく、言われたとおりにすれば、シャンプーのときと同じく、たどたどしい手つきが心地良かった。

晴臣のオーバーケアは夜中も続き、私が痛みで少しでも声を出そうものなら、すっ飛んで来てくれた。

そんな至れり尽くせりの状態は数日続き、怪我人じゃなくてどこかの国の女王にでもなったような気分だった。

病院で骨癒合も確認でき、本格的なリハビリを始めた頃。
真夜中、喉の乾きに目を覚ました。
晴臣を起こしてしまわないよう、静かに、慎重に体を起こした。

つもりだった。

それなのに、気づけばもうベッドサイドに晴臣が駆けつけていた。

いや、違う。
駆けつけて来たんじゃない。
最初からこの部屋にいたんだ。

「晴臣…?どうかした?」

「…別に」

「もう骨もくっついたし、痛みもないから大丈夫だよ。晴臣も部屋に戻ってゆっくりー」

言いかけたところではたと気づいた。

ちょっと待って。
ここ数週間、どんな小さな物音にも飛んできてくれた晴臣は、一体いつ寝ていたのだろう?
昼間もずっと、病院の付添から慣れない家事まで休みなく頑張ってくれていた。
私の前で疲れた素振りは見せないけれど、言われてみれば目の下に大きなクマができていたような。

「本当に私のことはもういいから!自分の部屋でゆっくり寝て!!」

「俺は寝なくてもいい」

寝なくていい人間なんているはずがない。

声には確実に疲労の色が滲んでいるのに、顔は暗くて見えない。

急いで手元のリモコンで部屋の照明をつけ、明るさに慣れた目で晴臣の顔を見た私はやっと状況を理解した。

「晴臣…あんた、もしかして…寝なくてもいいんじゃなくて…眠れないの?」
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