社長の×××

恩田璃星

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律の十字架 3

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 葵に対する気持ちがハッキリしないまま、季節は巡って冬になった。

 あれはその年の初雪が降った寒い日。

 父は仕事、母は習い事、葵は友達の家。
 通いの家政婦達は交通機関が機能してるうちに家に帰していた。

 滅多にない、俺しか居ない時間。
 しつこく電話が鳴ったので仕方なく出た。

 「はい。真田です」

 「………」

 自分でかけてきておきながら、相手は何も言わない。

 「イタズラなら切ります」

 受話器を置こうとしたら

 「待って!律くん…なの?」

 と切羽詰まった声が聞こえてもう一度受話器を耳に当てた。

 「ごめんなさい。声が変わっていたから分からなくて」

 聞き覚えのある声だった。
 いつも俺と遊んでいた葵を呼び、家に連れて帰るひとの声。

 「葵に…取り次いでもらえないかしら」

 名乗りもしない相手の言葉にカッと頭に血が上るのが分かった。

 「今さらアオに何の用ですか?」

 よく分からない熱い怒りと焦燥感が全身を渦巻いているのに、問いかけた声は痺れるくらい冷たい。

 「葵に伝えたいことがあって」

 「残念ですけどアオは居ません。じゃあ、失礼します」

 とにかく早く電話を切ってしまいたかった。

 なのに、葵の母親はそれをさせてくれなかった。


 「律くん!!お願い葵に伝えて!私と来る気があるのなら、今夜8時にパスポートだけ持って空港に来てって」

 「…え?」

 「今夜アメリカに発つの。葵のチケットも取ってあるわ。葵の父親とはダメになったけど、あの子は私の大切な一人娘なの。この二年離れてみてよく分かった。どうしても…手離したくないの」

 今夜?
 アメリカ?
 葵のチケット?
 手離したくない?

 これ、まさか葵のこと、連れて行こうとしてる?

 そんなこと、させない。
 させられるわけがない。

 「…アメリカには一人で?」

 「それは…」

 バツが悪そうに口籠ったのを聞いて更に頭に血が上る。

 葵に異国の地で血の繋がらない男との生活をさせるつもりか。

 「無神経なヒトですね。貴女の身勝手な行いのせいでアオがどんな思いをしたかも考えずに」

 「律くんが何て言おうと葵は私の娘なの。そしてこれは私と葵の問題。決めるのは葵よ。必ず伝えて」

 何て傲慢さだ。
 母親だからというだけで、こんな極限のタイミングで究極の選択を突き付けることが許されるのか。

 いや、許されるわけがない。

 こんな女に俺の葵は絶対に渡さない。

 「…分かりました。伝えます。その代わりアオが貴女と行かない選択をした時は、死ぬまでアオの前に現れないでください」

 「…分かったわ。ありがとう、律くん」

 葵の母親は妙に自信に満ちた声でそう言って電話を切った。


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