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葵の帰還 2
しおりを挟むやっと解放されたのは、躊躇う私を唯人が部屋に引っ張り入れた直後。
「…っ何考えてんだ!この馬鹿っ!!!」
いきなり頭上から思い切り怒鳴りつけられたというのに、今、唯人の瞳に自分が映っているというだけで、私の胸は、言いようのない感情でいっぱいになった。
「あんな得体の知れない男に付いて行こうとするなんて…何かあったらどうするんだ!?」
いつも穏やかで、優しい唯人が、本気で怒っている。
やめて。
こんな、まるで本当に心配してたみたいに。
自惚れちゃダメ。
期待なんてしちゃダメ。
心の中で何度も唱えながら、消えそうなくらい小さな声を絞り出す。
「何かあったらって…あなたには関係ないでしょ?」
「何言って…」
「それに…私にはもう利用価値なんてない。日本に帰っても真田本家とは一切関わらないつもりだから」
探るような目で見据えると、唯人の視線が泳いだ。
「葵…もしかして…もう知って…?」
動揺する唯人を見て、さっきの予感が確信に変わった。
「……りっちゃんが結婚するって話なら、さっきネットのニュースで読んだ」
何の感情も込めずに答えると、唯人は顔を苦しそうに歪めて、私の両肩を強く掴んだ。
「それ…違うから!いや…ニュースは事実だけど、でも、りっちゃんは本当に葵のことが誰より大事で…」
何で?
何で唯人が必死になって律のしたことの言い訳をしてるの?
まさか…
「今度はお爺さまとじゃなくて、りっちゃんと取引したの?」
唯人の顔が、さっきより更に苦しげに歪む。
「今回は取引なんてしてない!俺はただ…葵が心配で…」
「心配…?どうしてあなたが私を心配するの?」
「それは…葵がりっちゃんのこと、どれだけ好きか嫌ってほど知ってるんだから、当たり前だろ?」
「私は…りっちゃんなんて…律なんてもう好きじゃない!あんな…嘘つきで、隠し事ばっかりで、散っ々私の人生振り回して…それでも…私にとってはかけがえのない人だからすごく悩んだのに!!なのに…こんなアッサリ…もう知らない!結婚でもなんでも好きにしたらいいのよ!!」
一番肝心なことを伝えられず、唯人に誤解されたままなのが苦しくて、律に対する不満だけを感情的に並べ立ててしまった。
そして、気づいた。
私は律に腹を立てているのだと。
でも、そんなこと知りもしない唯人は、追求モードのまま畳み掛けてくる。
「じゃあ何であんな男にフラフラ付いて行こうとしたんだよ!俺に抱かれた時と同じだろう?りっちゃんの結婚を知って、辛くて、諦めるために…どうでもいい男と寝て忘れようとしたんだろう?」
図星過ぎて、言葉が出ない。
確かにあの時も、今日も、見ず知らずの誰かに抱かれて忘れようとした自分がいた。
ただし、今日私が忘れたかったのは、律への恋心じゃなくて、誰にも必要とされない自分自身。
唯人にとっては、利用する価値のない私。
そんな惨めな自分を、唯人にだけは知られたくなくて。
「あなたには…関係ない。もう、放っておいて」
震える声で言って、部屋を出るため唯人の前を通り過ぎようとした。
しかし、すぐに長い腕が私を捕らえ、その中に閉じ込めた。
「放っておけるわけないだろう!?」
唯人の香りと温もりに包まれ、ここが自分の居場所だと、錯覚しそうになる。
でも、違う。
最後にこの腕に包まれたとき、キッパリと唯人本人にそう言われたのはたった1週間前。
それを忘れるほど馬鹿じゃない。
広い背中にしがみつきたい衝動を、跳ね返すように叫んだ。
「…離して!!」
私の抵抗に、腕を軽く緩めた唯人の顔は、深く傷ついているように見えた。
そんなこと、あるはずなんてないのに。
「っ…あんな…胡散臭い外国人は良くて、俺はダメなの?そんなに俺が嫌い?取引目当てで近付いたから?」
「そうじゃ…そうじゃない…!」
「じゃあ何で!?」
やめて。
私のことなんて好きじゃないくせに。
これ以上そんな目で見ないで。
「…あなただけはダメなの」
「だから何でなんだよ!?」
ああ、もうダメだー
抑えきれない感情が、涙と一緒にこみ上げる。
「…きなの」
「…え?」
「好きだから、ダメなの」
唯人の反応を知るのが怖くて、俯いたまま沈黙に耐えていると、
「…え?誰が、誰を?」
と、何とも間の抜けた声が続いた。
まさか、今の話の流れで、分からないなんて。
それとも、分かってて、わざと?
考え込んでいると、もう一度訊ねられた。
「ねえ、誰が、誰を?」
ここまでハッキリ言っても伝わらないもどかしさに、噛み付くように答えた。
「…私が!…あなたを!!」
「葵が、俺を?」
「そう!だから、私のことなんて好きじゃないのに、側にいられたら…優しくされたら辛いだけなの!!分かったら離して!!」
今度こそ、この居心地の良い腕の中から抜け出そうと、思い切りもがく。
「ちょっ、葵!ちょっと待って!ーーっ!」
腕を振り回した拍子に、唯人の顔を引っ掻いてしまい、怯んだ私を唯人は逃さなかった。
壁際に追い込まれた私は、精一杯の抵抗として、唯人に背を向けた。
しかし、唯人は構うことなく背中からそっと私を包み込んだ。
「そのままでいいから…聞いて、葵」
気づけば背中から伝わる唯人の鼓動と、私の鼓動が重なっていた。
「俺も葵が好きだよ。だから側に居させて?」
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